第12話 近衛騎士の少女


 賊対策も終わったとことで、僕はバックパックを背負い直し、再出発する。


 バックパックに水と軽食、そのほか折りたたみの椅子やタオルなど、もしかしたら何か役に立つのではないかと思われるものをあれこれ詰め込んできた。それは功を奏し、やはり長時間移動ができない王女を休息させるのに活躍した。ちなみに、タブレットPCや携帯電話等も持ってきており、僕は生粋の現代っ子であることを再確認させられた。だってないと不安になるもん。


 そんなこんなで、休憩を含めて小一時間ほど歩き、方位磁針で方角を確認していると、ふと遠くで動くものを視認した。


 それは人の集団であることは間違いないが、この距離では捜索隊か賊か見分けがつかなかったので、僕はラシュトイア王女を促して隠れられそうな場所を探した。昨夜も感じたが、この土地は自然が豊かであり、小規模な林が点在し、見晴らしのいい草原がどこまでも広がっていて清閑としている。まるでゴルフ場を歩いているかのようだ。


 急遽一番近くの林に逃げ込み、集団の様子を窺うことにした。集団も僕たちを発見していたらしく、真っ直ぐこちらに向かってくる。人数は五人だ。僕は緊張で心拍数を上げながら、集団の正体が識別できる距離まで接近してくるのを待つ。


「テレ? テレですわ!?」


 突如、僕の間近で大声が発せられた。不意を突かれるかたちであったため、僕は必要以上に驚いてしまった。いや急に大声を出さないでくれ。ビビるから。


「テレ? 何のこと?」


「テレは乳母子です。幼くして近衛騎士団に入団を果たした俊才で、私の警護してくれています。そしてなにより同年代の同性ということもあり、誰よりも信用できる私の友人です」


 ラシュトイア王女は興奮気味に説明してくれた。しかしなるほど、そういったことなら王女の態度にも得心がいく。襲撃されて遭難したのだから、不安でないはずがないのだ。知っている人を見つければ、叫ばずにはいられないのだろう。それに乳母子となれば、ほぼ同じ環境で育てられた姉妹のような存在であり、信頼に値する人物であろう。この状況下でそのような人物を見つけたのだから、ラシュトイア王女がオーバーリアクションしてしまうのも無理はないな。


「では迎えの者ということですね。行きましょう」


 コソコソと隠れる必要がないと判断した僕はそう促し、ラシュトイア王女と共に林を抜け出す。するとその姿を視認した捜索隊が足を速めて近づいてくる。


「王女! ラシュトイア王女!」


 その集団の先頭、快活な声を上げながら少女が全力で駆けつけてくる。あの少女が噂のテレという側近なのだろう。


 王族に仕えるだけあって、彼女も上品な雰囲気を纏っており美人であった。近衛騎士ということもあり、引き締まっていて身体のラインも綺麗である。容姿端麗という言葉がそっくりそのまま似合う少女であった。


 騎士であるテレは特徴的な服装をしていた。


 昨日ラシュトイア王女は、僕が着ている学生服が騎士団の制服に似ていると言ったが、テレの後ろからついて来ている男性の騎士は、確かに僕と似たようなブレザースタイルの服を着ている。一見スーツのようであるが、騎士の服装はどちらかといえば軍服に近く、袖口に金線、肩から飾緒が吊るされている。僕の学生服と似てなくもないが、かなり違うぞ、これ。


 そしてテレも他の騎士と同様、ネクタイを締め、ブレザーを羽織っている。しかし彼女が穿いているのは、短めの裾のスカートとガーターベルトつきのニーソックスであり、健康的な美脚ラインをこれでもかと晒していた。


 だがそれは、二次元の萌えイラストなどで描かれるような軍服少女そのままであり、マニア受けしそうな格好であった。現に、僕はグッときた。これで軍帽被って、片目を黒の眼帯で隠し、手には鞭が握られていたら、ドS女将校様として完璧な姿になるのに。ちなみに僕はMではない。ドS少女を屈服……じゃなくてデレさせたい方向で僕は好きなのである。


 そんなかなり脱線した思考でテレを見つめていると、当のテレは「王女!」と叫びながらすごい剣幕で僕の眼前に来た。


 テレの腰のベルトには、拳銃のホルスターのような革製のケースが下げられており、テレは徐にそのホルスターに手をやり、そしてその手をこちらに向けてきた。その動作の最中、僕はテレの手に魔符が握られているのを見切る。次の瞬間、手にしている魔符が延長した。いや、正確には、魔符が記録している現象が実体化し始めた。


 しかし僕の動体視力が捉えたのはここまでであった。


「フッ!?」


 気がついた瞬間、僕の鼻の穴にレイピアの剣先が入っていた。


「お前は誰だ? どうしてこの方といる?」


 テレは鋭利な眼差しで僕を射竦めながら詰問する。いや射竦められているのは、視線とは別に物理的な要素もあるけど。


「瀬尾、総介です」


 王女の魔符によってテレの言葉を理解することができる僕は、魔符が実体化したレイピアに恐れながら名乗った。ちょっとでも動けば鼻が裂けてしまうし、テレが気分を害して更に突っ込めば脳を貫きかねない。下手に逆らうこともできず、僕はいつの間にか両手を上げて無害アピールをしていた。


 しかしテレは僕の名前を聞いて怪訝な表情を浮かべる。


「テレ!! 今すぐ剣を収めなさい!」


 テレの行動は迅速で、主であるラシュトイア王女に咎められた瞬間にレイピアの実体化を解いた。


「この方は瀬尾総介さん。ふるさとを離れて勉学のために旅をされている方です。私を賊の目から匿ってくれた命の恩人なのです。身分は私が証明します」


「これはとんだ御無礼を。お許し下さい」


 テレはラシュトイア王女に一礼したのち僕に振り向き、


「少年、失礼した」


 と、謝罪してきた。


「あ、う、うん……」


 僕はどう反応していいのかがわからず、歯切れの悪い返事しかできなかった。


「ラシュトイア王女、この方は異国の出身で?」


「はい。カコという国から来たそうです」


「カコ……聞いたことのない国ですね」


「私も聞いたことありませんでした」


「少年の言語の翻訳は魔符ですか?」


「そうです。調査用のものを使ってみました」


「では、私たちも」


 テレは王女に確認したのち、上着の内ポケットから一枚の魔符を取り出した。そしてその魔符を掲げると、魔符は突如発光し始める。昨夜ラシュトイア王女が使用した魔符と同様に光るが、今は夜間ではなく朝である。周りが明るいので、目が眩むような輝きではなかった。


 どうやらテレをはじめとする騎士の皆さんが翻訳の魔符の効果を受けたらしく、


「少年、何か言葉を喋ってはくれないか?」


 と、テレは魔符の効果を確かめるべく、僕にそう注文した。取り敢えず僕は適当な挨拶をしてみると、テレを含めた騎士たちが頷きだした。どうやら魔符は正常に作用し、意思疎通ができるようになったらしい。


 しかし、確かに魔符の携帯性は瞠目に値するものであるが、同時に脅威でもある。


 テレの剣技もさることながら、それを相手の不意をついて行ったことに驚愕を禁じ得なかった。そして相手の不意をつけた最大の要因は、魔符による武装であった。


 僕は接近してくるまで、テレは何も武器を持っていない丸腰だと思っていた。しかし腰のホルスターから魔符を取り出すやいなや、自身の得物が手元に出現した。


 通常武装していると、その得物は当然相手からも見える。腰に剣を差しているのなら、鞘の長さでおおよその間合いが取れるし、ましてや槍や戦斧を持っていれば警戒のしようがある。しかし魔符によって武器が記録され、紙切れの状態で装備されると、その限りではない。得物が何なのか気取られることは決してないので、相手からすれば間合いの取りようがないのである。


 先程の場合、テレは威嚇目的であったため事なきを得たが、これがレイピアではなくもうちょっと刀身が太いサーベルの類であったなら、僕の鼻は綺麗になくなっていただろう。そして最悪槍であったならば、僕の頭蓋は貫かれて一撃で絶命していた。僕はあのときそういう状況に立たされていたのである。


 魔符による武装は、相手にとっては何が来るかわからない上に、魔符使用者にとってはなんでもできる状況なのである。そしてその状況は脅威でしかないのだ。


 昨夜ラシュトイア王女が自国の魔法について誇らしげに語っていたが、全くもってその通りであった。


 僕は魔符の危険性を再認識するとともに、テレを始め騎士の連中に気取られないように警戒心を強めた。


 しかしそれは相手も同様であり、ラシュトイア王女の近衛騎士は僕から目を離さなかった。とくにテレは露骨に僕を警戒していた。だがそれは無理もない。ラシュトイア王女にとっては命の恩人なのだろうが、護衛する騎士にとっては王女に取り入ろうとしている不届き者にしか見えていないだろう。ラシュトイア王女の手前、具体的な行動は控えているだけのようだ。


「ラシュトイア王女、ただいま騎士を集合させ、馬車をご用意いたします。しばしお待ちを」


 テレはラシュトイア王女に一礼したのち、傍にいた騎士に「おい」と声をかけた。すると声をかけられた騎士は返事をしてその場を離れた。恐らく王女発見の旨を仲間に知らせに行ったのだろう。


「総介さん、これで別邸に帰れます。総介さんもご一緒して、別邸にて旅の疲れを癒して下さい」


「お心遣いありがとうございます」


 ラシュトイア王女の優しい言葉も、そばに控えているテレのせいで素直に受け取ることができず、僕は妙にかしこまった返事をしてしまった。そのときふとテレの方を見ると、テレは炯眼をもって僕を見つめていた。その眼差しは「褒美はくれてやるが、妙な真似はするな」と言外に仄めかしているような気がした。


 僕は馬車が来るまでの間、非常に居心地が悪かった。針の筵とは、まさにこのことなのだろう。




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