二章 未来の東京?

第6話 未来の東京?



 薄く目蓋を開け眩しい光を認識すると、意識は一気に覚醒していった。僕は疼痛する身体を無理やり起こし、状況を確認する。


 三畳あるかないかの小さな部屋。圧迫感を与える積み上げられたダンボール。それは僕がこの防音室擬きに入室したときの状況と然程変わらない。然程と言ったのは、ダンボールの一部が傷や凹みなどで多少変形しているからであり、その原因は振動にいいように嬲られた僕にあるため、変化した状況にはカウントしなかった。


 立ち上がっての行動もできなくはないが、満身創痍である僕は背を壁に預け、僅かに残った一畳のスペースで身体を休めながら心を落ち着かせる。


「もしかして、本当に時空を超えちまったのか?」


 入室前は全く信じていなかったが、先程――僕がどのくらい気を失っていたのかがわからないため、僕の主観としての先程――僕に襲いかかった謎の衝撃を体験したあとでは、母の実験に対して抱いた疑心が半信半疑に変化せざるを得なかった。


「取り敢えず、外確認しなきゃならないな」


 時空を超えようがなかろうが、実験が成功しようが失敗しようが、これだけの現象が発生したのだから、どのみち外界がどうなっているのか把握しなければならなかった。僕はもうしばらく呼吸を整えた後、立ち上がってドアノブに触れる。しかし、


「あ、ああ……」


 いくらドアノブを回そうが、扉が開く手応えはなかった。そういえば閉じ込められたとき外から鍵をかけられたようで、内側からではびくともしなかったのだ。それで僕は無様に喚き散らしていたのだった。


 三畳ほどの密室に、完全に閉じ込められている。


 だが例え実験が成功し、実際に時空を超えようとも、装置の中から出てこられなければなんの意味もない。ということは、母は何かしらの脱出方法をあらかじめこの部屋に仕込んだはずである。ならばそれを見つけるため、この部屋を物色するしかない。


 ということで、僕は三畳ほどの部屋に積み込まれた荷物に手をつける。


 大量のダンボールは壁を隠すかのように積み込まれている。しかし上げ下ろしのことを考えてか、どんなに高くてもダンボールは胸ぐらいの高さまでしか積まれていなかった。ダンボールは崩れないようバンドで厳重に括られ、壁のフックに取り付けられている。


 僕は固定具であるバンドのストッパーを外し、取り敢えずダンボールを適当に下ろして中身を開けてみる。


「これは……非常食?」


 その中身は、乾パンらしきものがびっしり敷き詰められていた。


 その他のダンボールには、カップ麺をはじめ、レトルト食品や缶詰、フリーズドライ物から乾物等々、災害時に非常食として役に立つ食べ物が多種多様用意されていた。


 そして、額に汗を浮かばせながらダンボールを手当たり次第開封していき、ようやく下段の方に手をつけられる状況になった。下段のダンボールを開けてみると、水が登場した。一箱に二リットルペットボトルが六本。どうやら下段は全て水のようだ。非常時には飲める水の確保が必要だというが、これだけの量があれば心配はいらないかもしれない。


 そんなこんなで、食料品が詰まった一角を粗方物色し終えた。その量は明らかに数週間は自活できるだけの量があった。用意し過ぎだろこれ……。


 まあでも、母は実験が成功して未知の時代に行けると本気で信じており、その未知の時代がどのようなありさまになっているか想像しきれない故に、ここまで備えたのだろう。方向性は間違っているが、母の愛をひしひしと感じる。


 自由に動けるスペースが一畳分しかないので、僕は出したものを元通り片付けてから、残りのダンボールに手をつける。食料が詰まったダンボールの大きさは両手で抱えられるほどほどの大きさで、どれも同じくらいであった。だが、まだ手をつけていないダンボールは大きさがまちまちであり、どれも非常に大きなものであった。


 大きめのダンボールの中身は、キャンプ用品であった。寝袋や毛布に簡易テント。コンロやランタン。懐中電灯、軍手、調理道具、医療品などなど。さらには小ぶりなつるはしやバールのようなものまであり、最早キャンプというよりはサバイバルであった。


 僕は最後に空のバックパックを手に取る。これが空である理由は、恐らくここにある物資をいくつか選んで詰め込み、外界を探索しろってことなのだろう。


 一応念には念を入れて細かく調べる。すると通常使用ではまず使うことはないだろう位置にある外ポケットから、一通の封筒が出てきた。中身は一通の手紙と鍵。僕はハッとして食いつくように手紙を広げてみた。


『これ、ここの鍵。母より』


「それだけかよ!!」


 手紙の内容を読んで荒ぶった僕は、突っ込みながら思わずバックパックをダンボール群に投げつけた。


 人をタイムマシン擬きに閉じ込めておいて、伝えるべき情報はそれだけかよ。母が他の人と何かがずれているのは周知の事実だが、今それをより一層実感した。


 そんなこんなで、僕はようやくこの部屋を出る手段に辿りついた。気を取り直していざ外へ。


 まずは取り敢えず外に出てみるだけなので、バックパックに装備を詰め込むことはしなかった。強いて言えば、外がどのような状況になっているか想像しきれなかったので、新たに発見したヘルメットを被り、手には武器としてつるはしを持った状態で開錠し、扉を恐る恐る開けた。


 暗闇。扉の向こうに漆黒の幕が張られていると言われたらそのまま信じてしまいそうなくらい、一切の光源がなかった。ここは地下室なので自然光が入らず、照明が点灯されていなければ真っ暗になることは当たり前。僕は室内に用意されていたランタンや懐中電灯などの照明器具を持ち出して外へ出る。ランタンに火を灯すと、光が全方向へ飛散していき、闇を振り払う。更に懐中電灯を照らしてくまなく状況を把握する。


 鉄骨が剥き出しの無骨な空間。飛行機の格納庫とか、港の倉庫とかを縮小したという印象を抱いた部屋。それはまさしく、家の地下に存在していた母の個人研究室の一室であった。


 しかし今は、見るも無残な光景に成り果てていた。鉄骨は錆びて赤褐色に、置かれていた物は散乱し、木製の台は地下の湿気で腐食していた。埃が漂い、空気自体が重たい。これは明らかに何年も、いや何年なんて生易しい年月ではなく、何十年も放置された廃墟のようだ。


「オイオイ、本当に、未来に来ちゃったのかよ……」


 例えドッキリだとしても、ここまでリアリティのある荒廃ぶりを再現できるわけない。つまりこの空間そのものが、時空転移して未来に来たという紛れもない証拠であった。


「確か、百年後とか言っていたか?」


 防音室、いや正真正銘のタイムマシンに閉じ込められる瞬間、母は「百年後の東京」と言っていた。しかし実際にここが百年後の未来なのかは疑わしいく、この部屋を一瞥する限りでは、今現在の年代が特定できそうなものはなかった。転がっている遺物がいつの年代のものなのかが判別できればいい手がかりになりそうなのだが、残念ながら過去から来た僕には見たこともない形状である上に朽ちているため、サッパリとわからなかった。


 さて、どうするか。一応制服のポケットに入れていた携帯で時刻を確認してみたが、当然過去の時刻であり、午後七時半過ぎを指していた。確か帰宅してきたのが七時頃だったはずだから、案外僕はそんなに長い時間気を失っていたわけではなさそうだ。ちなみに当然の如く、電波は圏外である。


 時刻を含めてきっかり百年後ならば、恐らく今は夜である。そして夜間の探索は危険でしかない。ここは夜明けまで待つべきだろう。


 しかし僕は思いとどまった。仮にも未来に来ているというならば、外は街の灯りで明るいはず。東京の夜景は、世界中の人たちから絶景と称されているほど、美しく発光していた。


 二十一世紀初頭で既に眠らない都市として名を馳せているのだから、その百年後である今なら、それはもう昼間と錯覚してしまうほどの街明かりではなかろうか。結構安直な発想だが、二十二世紀といえば、かの有名なネコ型ロボットが製造される時代であるのだから、それぐらいは当然なのではないだろうか。


 そう考えると、居ても立っても居られなくなる。SF作品に触れたことのある高校生としては、一刻も早く外に出てこの目で近未来を見てみたい。その衝動に駆られる。これはもう行くしかないだろう。


 僕ははやる気持ちを少し落ち着かせつつ、準備をする。必要なものがないか考えるが、現在の荷物では近未来の大都市で活躍できそうなものがなさそうなので――完全に僕の偏見であるが――、取り敢えず懐中電灯と武器としてのつるはしを持ち、乾パン等手軽に食べられる食料を制服のポケットに忍ばせて地上を目指すことにした。


 僕はこの部屋の扉を暗闇の中から探し出し、開けて隣の部屋へ。そこは、かつては工房のような研究室であったが、倉庫同様長い年月使われていなかったため荒れ果てていた。主観ではあるが、こちらの部屋の方が細かい物や大型の機械がある分荒み具合が増しており、より一層廃墟の様相を呈していた。これは上手く足元を照らさないと、躓いて怪我してしまいそうだった。


 僕は暗闇の中、掻き分けるかのようにして散乱した部屋の中を進み、感覚に頼って出口を目指す。そして懐中電灯の光がそれらしい存在を捕らえた。


 銀行の金庫のような円形状の扉。中心部にバルブのような取っ手があるそれは、厳重なセキュリティによって守られていた。だが部屋がこんなにも荒廃している今では、それらがちゃんと機能しているかどうかは疑わしかった。


 ただこのセキュリティは外部に対するものであるらしく、内側からではバルブを回しただけでいとも簡単に開錠できてしまった。どうやら内側のバルブはセキュリティと連動しているらしく、回すだけで全てのロックを解除できるようであった。一体どんな仕込みだよ、これ。


 そんなこんなで、タイムマシンから脱出するよりもはるかに容易く、研究室を脱することができた。


 地下エントランスは、重厚な扉によって守られていた研究室よりも荒れ果てており、土が堆積して植物が生えているほどだった。その植物は僕がいた時代では見たことも聞いたこともないものであったが、それは単に僕が植物に関する造詣が深いわけではないため、その植物を識別することができなかっただけなのかもしれない。しかしもしかしたら、動植物が進化して新しい存在になっている可能性があるかもしれない。これは地上に出れば予想以上のものが見られそうだな。


 そんな好奇心を抱きながら、僕は地上へ伸びる階段を一段ずつ上っていく。暗く安定しない足場ではあるが、その先の光景を思い浮かべれば屁でもなかった。この階段の上には僕の住み慣れた家がある。当然未来であるのだから、今は全く知らない誰かが住んでいるに違いないけど。


 しかし、そんな期待は尽く打ち砕かれた。


 僕の家ではなくなっているのは予想できたが、まさか建物自体なくなっているとは思わなかった。




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