第14話 苦境

 フォレングス城の襲撃にあたり、蛮族達は隊を二つに分けていた。

 城を攻める一方で、分けられた一軍に課せられた使命は後方の街道、ミューエルへの道での待ち伏せである。

 待ち伏せ隊を任せられた蛮族、ゴ・ブウは任務を命じられはしたものの、その真意を理解してはいなかった。


「姉御、どう言う事で?」

「奴らの動きを読んだのさ。城からミューエルに向かった奴らがいる。恐らくは騎士共の中でも戦える連中だろう。コ・ボルの奴だってそう簡単にはやられないだろうが、こいつはその騎士共が城に帰って来た時のための用心さ。城を攻めてる時に後ろから馬の突撃が来たら面白くないだろ? ゴ・ブウ。わたしが指示したとおりにやれよ。上手くいけば、連中の馬がいくら強かろうが負けはしないからな。上手くやればお前に女を5人はくれてやる。お前の好きに出来る女だ。やれるな?」

「へぇ? 良く分からないが、女をくれるってんなら言うとおりにしやす」


 フォレングス攻撃の指揮を取る蛮族の女、ティ・エは、自分が愛用とする槍を掲げて叫んだ。

「良し! わたしらは城を攻めるぞ! 時間はかけるな! 一気に落とせよ!」

 だがしかし、それは無理な話であった。

 行軍を急いだ攻撃部隊。

 その蛮族達の先方部隊が真っ先に向かったのは城ではなく、城下の人々の住まう町の家々であったのだ。


「お前ら! 先に城さえ落とせばいくらだって好きに出来るだろうが! 後にしろ!」


 怒号と共に指示を飛ばすティ・エだったが、彼女でさえ、それは止めることが出来ない。

 何しろ、ここにいる蛮族はにあり付けなかった者たちであるのだ。

 先走った蛮族たちが虐殺を開始し、後のものは我先にとそれに続く。

 これにより町は大混乱に陥っていた。


 ――


「避難民の誘導はどうなっている!」

「ハッ! すでに防衛隊より兵が出ています! すでに町で蛮族と戦闘に入った部隊もおり、混戦状態です!」

「くっ、なんと言うことだ!」


 ウロド・フォレングスは事態を深刻に見ていた。

 歩兵が蛮族と対峙してまともに戦えるとは思えない。


 蛮族は個の戦闘力が高すぎて、並みの兵士ではいくら連携をとって戦おうとしても、まるで勝負にならないのだ。

 すでに壊滅した拠点がそれを証拠付けている。

 唯一対抗できるのが騎馬での突撃だけだったが、防戦ではそれも難しい。


「しかし、こうなれば戦うのみだ。私の剣と鎧を持て!」

「ハッ、しかしウロド様は今の内に姫様達を連れて脱出した方がよろしいのでは?」

「民を見捨てることなど出来ぬ。それにここが落ちたらどちらにしろ終わりだ。脱出は姫達だけで良い。準備を急がせろ」

「お断りいたしますわ。お父様」


 突然に部屋に割って入ったのはウロドの娘、長女のライティ・フォレングスである。

 ライティはつかつかと歩み寄りながら周囲の人に部屋から出るように命じた。


「逃げ出すことなど出来ません。どうしてそんなことが出来ましょうか」

「なぜだライティ」

「お父様と同じ理由です。民を見捨てて逃げることなど出来ません。それに、私のためならば死地へ向かうこともいとわないと言う戦士達や、それから他領の友人が私を守るようにと派遣してくれた兵もこの城にいるのです。それらは少数かもしれませんが、彼らを置いて私が逃げては、彼らの士気に影響があるでしょう」


 その通りである。

 ライティ・フォレングスは20歳。

 美しい彼女のために剣を捧げたいと言う戦士は少なく無いだろう。

 その社交性から各地に知己も点在し、それらは見返り無しに私兵を派遣してくれたりもしてくれている。


「だが、私は心配なのだ。ここが落ち、お前達が捕らわれたらどうなるのか」


 当然の心配だった。

 慰み者になるのは当然のこと、死を弄ばれるような惨たらしい末路を迎えるに違いない。

 だが、彼女は気丈だった。

 つい先ほどまで、ミューエル陥落の知らせに悲しんでいたとは誰も思えないほどに。


「領主であるお父様がそんなに弱気でどうしますか? 私の勇敢な妹、イルバは自分の弓を持ち、すでに防衛隊と共に配置についています」

「イルバが配置についただと?」


 イルバ・フォレングスはウロドの次女である。

 17歳で、父であるウロドの勇ましい部分を大きく受け継いだ勇ましい姫であった。

 馬に乗れば並みの騎兵よりも乗りこなし、弓矢の技は飛ぶ鳥を射ることすら可能としている。

 また、剣の腕もウロドが見惚れする程である。


 民や兵士からの人望も厚く、女だからと馬鹿にするものなどもいない。

 付いたあだ名がフォレングスの姫騎士である。

 ウロド自身、彼女が女であるのがもったいないと何度思ったことだろうか。


「イルバだけではありません。ラジュウとレクトロも、自分たちが脱出するために戦力がかれるくらいならここに残りたいと申しています。私はイルバのように戦えませんが、調理場や負傷兵の手当てにも人員は必要でしょう?」


 ラジュウと言うのはウロドの三女で15歳。レクトロは12歳で先ほどミカと談笑していた娘である。

 ウロドは自分の勇気を奮い立たせた。

 幼き姫たちですら逃げることは考えていない。

 ここで自分が弱気になってどうするか。


「そうか。いや、良く申してくれた。ならば私も何も言うまい。負けた時の保険ではなく、勝つことだけを考えよう。ライティよ。兵達の士気を大いに盛り上げ、城の戦士達を支えてやってくれ」


 しかし状況は苦しい戦いである。

 蛮族の数はどの程度だろうか。

 三千か、四千か。


 いずれにしろ危機的状況である。

 しかもそれらは間もなく城に到達するのだ。


「こちらの戦力では心とも無い。動ける騎兵は四百もいない上に防衛戦だ。しかも歩兵の数でも負けているとなっては苦しい。だが異邦人、ウィリアム・カーペンターならばあるいは、この戦局を乗り切れる術を何か思いつくかも知れん。彼と話をする必要がある」

「ふふ、お父様。実を言うと丁度こちらにいらっしゃっています。ウィリアム様! どうぞこちらに!」


 ライティが扉に声をかけると、まさしく彼が姿を現した。

 ウロドは思わず彼に対して笑みを向ける。


「流石だな、ウィリアム。こちらの呼び出すタイミングが分かっていたか。すでに来てくれているとは嬉しいぞ」

「はい。そろそろ呼ばれる頃と思い、ライティ姫と共にこちらに来た次第です。勝てる秘策があります。そのための許可をもらいたく参上しました」

「ふむ。許可だと? 申してみよ」

「例の発明品です。すでに稼動状態にあり、もしもの時はそれを戦闘に参加させていただきたく思います」

「そうか。君が心血を注いでいたが完成したのだな」


 ライティは二人の会話に入らない。


 その発明品は先日工房を訪れた時に見せてもらって、彼女はすでに知っていた。

 なるほど。

 がどのくらいの強さを持っているのかは分からない。

 が、たしかに、あれが戦いに参加するのであれば、勝機はあるのかもしれない。


 そんなライティには気にも留めず、ウロドは二人だけの話をこの発明家と語り出した。


「ウィリアムよ。こうしていると昔を思い出さないか? 君がアメリカからこのエルブアードに落ちて来た頃の話だ。もう、20年にもなるか。レブの国との戦いで不幸にも父が倒れ、我々が守りについていた城も敵に包囲されて死を覚悟した。その時の事だ」

「これは懐かしい話を」

「その時も君が出した知略によって危機を脱し、私は生まれてきたライティの顔を見ることが出来た」


 ウロドとウィリアムは、古くからの友の顔をお互いに見つめた。


「今回も君の力を借りたい。ウィリアム、どうか私に力を貸してくれ」

「お任せください。ウロド様はそのために私の開発を支援してくださったのでありましょう。応えて見せます。最低でも時間だけは稼いでみせるつもりです」

「ふむ? 時間を稼ぐとは?」

「ヒィスリードとアキラです。彼らはこちらに向かって来ています。残念ながら、蛮族のあの数では、絶対に勝つとは言い切れません。いえ、私の発明と異邦の人の霊力なら、現段階でも大きな戦果を上げることは簡単に予想できています。ですが、不確定要素が多いのも事実です。何しろ実践的な試験はまだ全て終わってはいません。扱える人間も今は二人と少なく、実際に戦うとなるとミカでは恐らくまだ無理です。もちろん、勝てるかもしれませんが、アキラが騎兵隊と共にこちらに来てくれれば、戦局は覆せます」

「なるほど。何事にも絶対はないか。20年前のあの時もそうだったな。だが、ウィリアム。彼らが来ると何故分かる?」

「来ます。私の霊力が彼らの存在を感じるのです。ですが、まだ遠い」


 ウロドはウィリアムから視線を外し、未だに騒がしく防衛の準備を整えている城を窓から見て、言った。


「……異邦の人が感じられる霊力か。信じよう。ならば、彼らの到着までこちらも耐えて見せようではないか」


 しかし、戦いまではいくらかの時を挟むこととなった。


 蛮族達がようやく城への攻撃を始めたのは、城下の人々の避難が完了し、逃げ遅れた哀れな犠牲者達の命が尽きてしまってからだったのである。

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