不死者の弱点と葬儀の儀。

 レオニートの依頼を請け負った俺――即席の葬儀社『ネイト&ミル』は、屋敷で一晩を過ごしてからスラ・エマンダに戻った。

 帰り際に手を振りつつ『首を洗って待っておるからの』と、冗談交じりのジェスチャーつきで見送ってくれたレオニートの姿が、何度も頭をよぎった。


 やるべきことは山ほどある。

 まずは不死といっても過言ではないレオニートが死ぬ方法を探さなければならない。つぎに彼の要望を満たす戦力をかき集める。最後にどういう葬儀を執り行うのか――実はこれが一番厄介だ。


 相手は死を知らないと言い、ご存命のはずの祖父と父も何処にいるとも知れない。言い換えれば、不死者がどういう形式で葬式を挙げるのか、誰も知らないのだ。

 しかし、できることをやると約束した以上、俺は必ずやる。 

 ただ、実際にスラ・エマンダに現存する古文書じみた資料の山を前にしたときは、正直、途方にくれてしまった。

 厄介なことに、資料のほとんどが汎用語ではなかったのだ。


 俺もまったく読めないわけではない。けれどミルの翻訳もアテにはならない。仕方なく、司祭や、ときには近所のヴウーク少年にまで手を借りて、魔族の葬式の儀――とりわけ不死者の儀式を探した。

 結論から言えば、見つかったのは真贋すら分からない不死者の撃退法やら、殺し方やらだけだった。葬儀にまつわる資料は何ひとつ見つからない。不死者なのだから当たり前だ。わかっていたことだった。

 それでも俺は、机に突っ伏してしまった。


「レオニートくんの弱点が分かっただけでも、良かったッスよぉ」


 とはミルの弁。

 レオニートは外見が子供なだけだと教えたのに、未だに子ども扱いのままだ。いや、もしかしたらミルは、単に親しみを込めてそうしているのかもしれない。


 ともかく、依頼を受けてからの最初の一月は、そうして消費された。


 すでに手紙も出して村中の本棚をひっくり返した俺たちには、村でできることなど残っていない。となれば、やるべきことはレオニート退治の準備だ。

 俺は山盛りになっている役立たずな古文書から顔を背け、いつの間にやらスラ・エマンダの絵本を読み始めていたミルに言った。


「とりあえず……レオニートのところに弱点っぽいものを持ち込んでみるか」

「ボクたちの準備がバレちゃうッスよ? 大丈夫ッスかぁ?」

「効果があるのか分からんものに頼る方が、どうかしてるだろうよ。大丈夫だよ。弱点があるのかどうかが重要なんだ。それが何であれ、使い方でレオニートの予想を裏切ってやればいいんだ」

「そうッスっかねぇ……」


 ミルは半ば上の空でそれだけ言って、ぷいっと絵本に顔を戻した。


「……おいミル。お前、共同経営者なんだろ? 子供じゃあるまいし、絵本なんか読んでんなよ」

「でもこれ、面白いッス。同じのがあったら、買って帰りたいくらいッス!」

「あのな。いま、ピンチなんだ。絵本なんか読んでる場合じゃない。分かるか? 共同経営者なら共同経営者らしく、もう少し葬式に関係する本をだな――」


 ミルはぷこっと頬を膨らませて、非難するかのような目でこちらを見た。そのジト目は、いつもの拗ねたり腹が減ったりとは違った。おそらくだが、怒っている。それも珍しいことに、かなり真剣に怒っているのだろう。

 しかし、ここで気圧されてはいけない。一方的譲歩はきっとミルを増長させる。


「分かった。『絵本なんか』は訂正する。珍しいのも分かる。けどお前も真剣にやってくれよ。『ネイト&ミル』なんだろ?」

「これ。お葬式の本ッス」

「はいはい、分かったから――なに? 葬式の本? 絵本なのに?」

「『鬼さん、またね』ッス!」


 言いつつ、ミルは古ぼけた絵本の背表紙をこちらに向けた。見た目からすると十数年前か、あるいはもっと昔の物のようだ。


 ――十数年前?


 俺は絵本の表紙を観察した。赤やら黄色やらと暖色系の色使い。タイトルだけが青字で『鬼さん、またね』とある。何やら人ならざる者と思しき翼の生えた生き物と、盃のような器をもった子供が描かれている。画風はどう見ても近年のものではない。

 言い換えれば、蘇生魔法の誕生以前からスラ・エマンダの地にあった絵本だということだ。


 そんなこと、ありえるのだろうか。

 少なくとも俺は、子供の頃に絵本なんてものを見たことがない。もちろん貧しかったということもあるが、それ以前に、本の大量生産と流通が成立したのは蘇生魔法の誕生以降である。街道から魔物の姿が消え、娯楽に余力を割けるようになって、それからなのだ。


 だというのに、『おにさん、またね』なる絵本は、極北のスラ・エマンダにある。

 その意味は、絵本は、おそらく魔族側の誰かとスラ・エマンダの住人との間で制作されたということだ。

 となれば当然、貴重な資料となりうる。


「その絵本、どんな話なんだ?」

「まだ読んでる途中ッス」


 ミルは不貞腐れたように言った。いったい何が不満だというのか。

 ……あれか。謝れということか。

 俺はため息をこらえきれなかった。


「悪かったよ。ちゃんとお前は仕事をしていた。あとでなんか食わせてやるから、簡単に、かいつまんで、話の中身を教えてくれよ」

「むぅ……しょうがないッスねぇ」


 ミルは不承不承という様子だが、俺には分かる。頬が緩んでいる。つまり演技だ。おそらく頭の中の快:不快を示す天秤は、すでに快の側に傾いているのである。きっと秤の皿に乗っているのは、中身がみっしり詰まったピロシキだろう。


「いいっスかぁ? このお話は……」


 そう言って語られ始めた絵本の中身は、童話というより昔話のようだった。

 北の国に住む少年と、山の上に住む鬼の話だ。

 ある日、森で吹雪に巻かれた少年は、山の上で暮らすという鬼に助けられ、友達となる。一人と一匹は毎日のように初めて会った場所で遊ぶようになり、次第に互いの家にも行くようになる。


 鬼は山の上では偉い人だったらしく、山に住む他の鬼たちも、決して少年を襲いはしなかった。少年は村では普通の子供だったのだが、村人たちは子供を大事にしていたので、助けてくれた鬼を受け入れた。


 そんなある日、遠くの国で戦争が起き、平和な日々は終わりを告げた。

 戦火の矛先は鬼たちの住む山の上へと向かい、人と鬼は共に暮らしてはならないことになったのだ。

 鬼は涙ながらに少年と別れて、山に帰った。


 まんま、スラ・エマンダの話か。そう思いつつ、俺は話の先をミルに促した。


「それで? その後、鬼が死んで葬式か?」

「センパイ、言い方がひどいッス! これ、結構せつないお話ッスよぉ」

「分かったから。感想はあとで聞くから。今は葬式のとこを教えてくれよ」

「むぅ。センパイ、情緒がないッス」


 それが葬式中に腹を鳴らしてたヤツの言うことか。と思った。けれど同時に、交渉場面はともかく葬儀について真面目に考えるようになっていたのかと、少しだけ感動も覚えた。本当に少しだけ。

 ミルは、なおもブツブツ文句を言いつつ、ページを捲った。


「んとぉ……『青い炎で焼かれた鬼さんは灰になり、坊やが一生懸命運んできた壺の中に入れられました。坊やは、言われた通り、お庭の真ん中に壺を置きました。村の司祭さまと、鬼たちの一人が、一緒に蓋を開けます。すると、鬼さんが見せてくれた魔法のように、ふわりと風が吹きました。鬼さんの灰は雪と一緒に舞い上がり、空のどこかへ消えていきます。坊やは悲しくて、とても悲しくて――うぇ、ぐむぅ」


 急に混じったうめき声に顔をあげると、ミルが鼻をすすって泣いていた。つい最近まで他人の死をどこまでも軽く見ていたのだから、長足の進歩である。

 葬儀屋としては望ましくもあり、また望ましくない変化でもある。


 葬儀を執り行う者として、故人への遺族の思いが理解できなければ失格だ。しかし、それも過ぎれば仕事にならなくなってしまう。

 なかなか難しいもんだ、と思いつつ、俺はハンカチをミルに差し出した。


「だいたい、わかったよ。その壺ってのと、庭ってのが重要なんだろうな」

「うぅぅ、ありがどうッズよぉぉ」


 ミルはハンカチを受け取るとすぐに、ぶちょーん、と鼻をかんだ。マジか。

 俺はミルにハンカチの所有権を譲り渡すことに決め、対レオニート質問メモに絵本の記述を追加した。

 メモはびっしり真っ黒ではない。しかし気付けばそれなりの文字で埋まっていた。

 

 どうせもう一度訪ねにいくなら専門家と一緒の方がいいだろう。

 そう思いつつ、俺は昼食を入れようとミルに言おうとして、止めた。

 まだ顔をべしゃべしゃにして泣いていたのである。

 どうやら、絵本はミルの心の琴線に触れたらしい。


「あー……ミル?」

「なんッズがぁぁ?」


 ヒドい面だ。いずれは、泣くならもう少し上品に泣け、と説教する日がくるかもしれない。

 俺はどうせ泣くなら盛大に泣かせた方がケロっとするかと思い、尋ねた。


「『鬼さん、またね』は、いつ言うんだ?」

「ざいごにぃ、ざいごにぃ、雪といっじょに鬼ざんがででぎでぇ……」


 そこまで言って、ミルの顔面はある意味で崩壊した。

 ミルが泣き止むのを待ち、昼食にしようと言った。

 俺の予測は完璧に当たった。


 ほんの少し前まで涙腺を崩壊させていたミルは、揚げピロシキを見た途端にデコを輝かせてがっつき始めたのである。

 散々泣いたからか目は腫れぼったく、鼻の頭は赤い。その上、今度は茹で卵と何かの野菜とウィンナーを混ぜた具材で、口の周りをベチャベチャにしている。

 なんともはや、と思った。


 しかし、考えてみればミルは王都を出てから不平不満を堪えてきたのだから、それが同時に爆発しただけのかもしれない。だとしたら、結果として仕事の前のいい息抜きになってくれるはずだ。

 俺は二枚目のハンカチを生贄に捧げ、ピロシキに食いついた。そのときだった。


 部屋の扉をぶち割る勢いでヴウークくんが侵入してきて、俺はピロシキをのどに詰まらせ、ミルは紅茶でむせた。

 苦悶する俺とミルには一切の慈悲をかけず、ヴウークは叫んだ。


「ネイト! ネイト! カチコチに凍った変な奴ら! 来た!」

「おうおう。汎用語がだいぶ上手くなったじゃねぇか。変な奴らだって?」

「デッカイ! えぇと、えぇと、馬! 馬いた!」

「あ? 馬? 馬ってあれか? あの馬車とか引っ張る馬か?」


 ヴウーク少年の眉間に皺が寄る。伝わっていないらしい。

 俺はミルに通訳を頼んだ。

 何語か話していると、ヴウークはミルの手を取り、外に連れ出そうとしはじめた。


「おいミル。なんだって言ってるんだ?」

「えっと、黒い馬が変な形の雪舟そりを引いてて、カチコチに凍った変な人たちが乗ってたって言ってるッス。あと、センパイの名前を聞いてたって――」

「なんだって?」


 マズイ。

 俺は思わず叫んだ。


「そりゃお前、ミランダさん達だよ!」

「……うえぇぇぇぇ!?」

「急げ急げ! 凍死しちまうぞ!」

「りょ、りょーかいッス!」


 言って、ミルはビシっと敬礼を決めた。


「やってる場合か! ええと、ヴウーク、湯を沸かしてもらってくれ! それと、それと、ええぃ! 行くぞミル!」

「りょーかいッス!」


 俺とミルはとりあえずの防寒具を身につけ、教会の外に飛び出した。

 遠目に村の中心を見ると、すでに人だかりができていた。

 精一杯で走っていって人だかりを押し分けつつ、輪の中心に向かう。

 そこにいたのは――、


 凍死した馬が四頭と、幅広の車輪をつけた馬車があった。車輪の軸に雪が詰まって凍りつき、滑ってきたらしい。それでヴウークには雪舟に見えたのだろう。

 馬車の屋根上では懐かしき大剣『ミルクちゃん』が寒さに凍え、窓の雪をこすり落とすと中でも人が震えていた。

 真っ青な顔したミランダと、表情を失ったエステルと、すでに旅立っていそうなジークバカがいた。

 俺が急いで扉に手を伸ばすと、それをミルが遮った。


「手が貼りついちゃうっス!」


 そう言って、もこもこ手袋をはめて引き開ける。

 そこに俺は首を突っ込んだ。寒い。外気と全く変わらん。ヤバい。


「おい! 生きてるか!? ミランダさん! エステル」

「いいいいいいいいいききききききききててててて」


 そこまで聞いたところで、俺は叫んだ。


「分かった! もう喋るな! いいか!? 寝るなよ!? おいミル! 他の人にも手伝ってくれって言ってくれ!」

「りょーかいッス!」


 そうして、俺とミルはスラ・エマンダの住人の手も借り、三人を凍りついた馬車から救出した。

 たしかに呼びつけたのは俺だ。しかし、まさか馬車で来るとは思わなかった。それにエステルが鋼鉄の鎧を身に着けたまんまなのも謎だ。まさか防寒のためではあるまい。手紙には極北の街だと書いたはずなのだが、いけると思ったのだろうか。

 そしてもうひとつ、とても重大な問題が発生していた。


 俺が呼んだ神官はアンブロジアで、ジークバカじゃねぇんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る