墓守のミランダと神官ジーク

 俺が雇っている墓守は、墓地の一角、小高い丘の上の住んでいる。こじんまりとした石造りの家で、墓地を守護する死の女神の神像を世話することが、主な仕事だ。

 なかなかハードな防衛戦であっただけに心配したのだが、墓守の家は、先の戦いの後でも一切傷ついていない。古ぼけた外見からすれば堅牢と言ってもいいだろう。

 分厚く硬い扉を叩くと、すぐに中から、墓守“デーハー”のミランダの声がした。


「はーい、どなたですかー?」

「ネイトです。とりあえず、こっちは終わりました。早めに封印しないと、次が来ちゃうかもなんで、今お願いできますかね?」

「はーい。今行きまーす」

 

 ギシリと軋んで扉が開き、黒マントを羽織ったミランダが姿をみせた。


「あ、ネイトさん、この黒マント、ありがとうございます。赤い裏地とか、肌触りとかすごくいいと思います、これ」


 そう言って、彼女はその場でくるりと回る。

 羽織ったマントが風に乗り、赤い裏地がちらりと見えた。残念なことに、娼館のねーちゃん達でも着ない、露出度の高い『デーハー』の服も目に入る。

 黒マントは、俺が買い与えたものだ。

 目的はマントの下のドギツい衣装を隠すため。理由を言えば傷つきそうな気がして、未だに真実を伝えていない。しかし、彼女の好みに合わせたマント選びが功を奏したようで、とりあえず羽織らせておくことには成功した。

 

 ミランダを連れ、御依頼人の納められた棺のトコまで、周囲を警戒しながら歩みを進める。今さっき二人の生前のお仲間を倒しはしたが、他に来ないとも限らない。目を張り巡らせて、耳をそばだて、気配を辿る。

 なぜか常に人の気配を感じてしまう。

 しかし、墓地にそうそう生者がいるはずもない。おそらく、俺がヨーキ=ナハルの信徒であるゆえに、死者の魂の残滓とでもいったものを、感じてしまうのだろう。


「ぁ!」


 響くミランダの短い悲鳴。どさりと響く土の音。すわ冒険者か、と振り返る。

 コケてた。

 正直、やめてほしい。

 

 手を貸し助け起こして、御依頼人の亡骸が収まった棺の前へ。

 お棺はご希望通り、古式ゆかしい先太り型だ。足元から頭に向かって、やんわりと広がっていく木製の棺で、蓋には白い十字のマークがついている。

 意味の分からん十字のマークは、なぜかカタログの一番人気である。冒険者という連中は、意外とシンプルなデザインが、お好みらしい。

 棺の前に立ったミランダはマントを払い、無駄に仰々しい呪文を唱え始めた。


「死の女神ヨーキ=ナハルよ! この者の肉体を地に返し、魂を召し上げられよ!」


 大地から毒々しい紫色をした茨が何本も飛びだし、木を裂くような音を立てながら棺にからみついていく。実体をもたない茨はすぐに姿を消して、蘇生封印、完了だ。


「ミランダさん。封印、ありがとうございます」


 振り返るミランダ。マントが広がり、見えるはデーハーだ。

 これさえなきゃなぁ。

 バッチリ濃いメイクを決めていたミランダは、目に砂でも入ったのか、しきりに瞬いていた。盛り過ぎた睫毛のせいで、擦るに擦れないのかもしれない。

 ……この化粧も無ければなぁ。


「……えっと、あの、先に墓地の修繕をしてしまっても、よろしいでしょうか?」

「お願いします。まさか墓地で襲ってくるとは思わなくて、お騒がせしました」 

「いえ、そんな、いつもありがとうございます」


 こちらに丁寧な一礼をしてくれる。物腰は丁寧だし、素材もいいのになぁ。


「それじゃあ、参列者の方の蘇生が終わったら、また呼んでくださいね」


 そう言って、ミランダは戦闘の跡地の前に立ち、呪文を唱えはじめた。


「偉大なるヨーキ=ナハルよ! 暗き地の底より出でて、我ら死の信徒の……」

 

 彼女はいつも不必要なオリジナルの呪文、というか文言を唱える。

 本来、死の女神ヨーキ=ナハルにとっては、墓地の修繕やら蘇生封印など、奉公人を呼ぶための当然の出費のはず。となれば当然、呪文など必要はない。

 つまり、ミランダの口上は、ただの趣味でしかない。


「……その姿を、取り戻し給え!」


 長く無駄な呪文を言い終えたミランダは、満足そうに息をつき、いそいそと手に持った白銀の杖を振った。

 一拍の間をおき、音もなく、割れた大地と散らばった御遺骨が、あるべき場所へと戻っていく。

 やってることは、すごいんだけどなぁ。


「センパーイ! ジークさん、連れてきたッスよー!」


 ミルが、俺の友人でもある神官のジークの手を引いて、こちらに駆けてきた。

 ジークは、元は生命の女神ユーツ=ナハルの落ちこぼれ信徒である。

 何をやっても上手くいかなかった奴に転機が訪れたのは、俺が葬儀ギルドに入ったときだ。

 

 奴は、葬儀ギルドへの協力なら、ただ蘇生するだけの簡単なお仕事だと思ったらしい。蘇生魔法だけを修めて、サクっとユーツ=ナハルの信徒を辞めたバカ。

 今では葬儀ギルド専属の神官となり、主に俺から仕事を請け負っている。

 

 ジークはへらへらとした、薄っぺらい笑顔を貼りつけていた。まだ昼間だというのに、おそらくすでに酒が入っているのだろう。そう安くはない蘇生代金、そのほぼ全てが、酒とヨーキ様グッズに消えてしまうらしい。


「今回は二人な。お代はいつも通りで。あと、参列者が来るまでに酒、抜いといてくれよ?」

「わーかってるってぇ。カンペキにやりますよ、ってな。ヨーキ様のお褒めの言葉が待ち遠しいわぁ」 

 

 おぼつかない足取りのジークは、さっき仕留めた爺さんの元へと歩いていった。


「あの、センパイ」

「大丈夫だよ。あいつ蘇生魔法だけはやたら上手くなったから」

「……ジークさんの蘇生は心配してないッスよ?」

「んあ?」

「プリムローズの菓子パン、早く奢って欲しいッス!」

「……仕事終わってからに決まってるだろ、おバカさんめが」


 ミルのデコをペチって、ため息をついた。つかずにいられなかった。

 棺の前で葬儀の準備を始める。

 とは言っても、ご依頼人は家族もいない冒険者であり、しかも、とにかく質素に葬儀をあげて欲しいとのことだった。こういうときには、参列者が投げ込むための花さえ忘れなければ、あとは何もいらなくなる。

 

 実際、しばらくして故人のために来てくれたのは、ほんの数人だけだった。冒険者仲間の方々や、酒場の主人……の代理かよ。

 あとはジークが蘇生していた、故人のお仲間の爺さんと、魔導師。それくらいだ。


 俺は参列者の手に、純白の花を渡していく。

 爺さんは、目に涙を浮かべていた。

 魔導師の方は、俺とミルを、今にも襲わんばかりに睨んでいた。

 チャランポラン神官のジークが、棺の横に立つ。無駄に整った目鼻立ちで沈痛な面持ちを作り、うっすら化粧までしてやがる。

 どうやったのか、酒はしっかり抜けてるようで、その口上に淀みはない。


「……故人は、勇気ある方でした。故人のご活躍は、みなさんも、よくご存じでしょう。彼は時に剣を取り、時にあなた方の手を取った……」

 

 何回聞いたかわからないジークの口上を聞き流し、参列者を眺める。

 彼らは最初は『なんでわざわざ寿命以外の死を選んだのか』という顔をする。それが口上に進むにつれて、徐々に故人を惜しむ顔になる。

 そして、涙を流しはじめるのだ。


 さっきの魔導師もしても、睨むのを止め、時おり溜まった涙を拭きながら、

「なんでなのよ」

 と、呟いていた。


 ここまでの流れが一番多いパターン。だから作る顔も、いつもと同じ。

 隣に気配を感じて目を向けると、ミルがこちらを見ながらお腹を擦っていた。速やかにやめてください、おバカさんめ。

 俺は小声でミルに言った。


「おい、ちゃんと終わったら買ってやるから、今はやめろ」

「センパイ、違うッス。なんか面白くて」

「……何が?」


 ミルは口元に手をかざし参列者から隠して、手招き。耳を寄せてやる。


「だって、この戦士さん。『俺一人が盾役で死ぬのはもう嫌だ。もう死ぬ』って言ってじゃないッスかぁ。ってことは、あの魔導師さんと爺ちゃんのせいッスよね?」

「ブフッ」


 慌てて口を押さえた。思わず噴き出してしまった。参列者の視線が突き刺さる。 

 手で口を覆って隠して、ミルに耳打ちをした。


「思ってても、そういうこと言うな。あとで聞くから」

「了解ッス!」

 

 大声をあげて、ビシっと敬礼するミル。わざとか、こいつ。

 参列者の視線は槍衾かのようだ。殺意さえこもってる。

 俺は、参列者に向かって、深々と頭を下げた。


「……では、故人にお別れを……」


 ジークの口上が終わり、墓掘り人の浮遊魔法レビテーションによって、棺はゆっくりと穴へ降ろされていく。

 参列者たちは、思い思いに言葉を添えて、花を投げ込んでいった。

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