第45話 死闘 ムササビンガーとの戦い

 中級悪霊は強かった。その強さは文字通り、下級とはまるでレベルが違っていた。

 明確な実力差があるからこそ級が違う。自分の言った言葉の正しさを有栖は実感してしまった。

 今まで数々の下級悪霊達をただ掃除するかのように祓ってきた舞火と天子の必殺の箒だったが、それをムササビンガーは軽く右手と左手で受け止めてしまった。

 ムササビンガーは嘲る笑みを深くした。


「こんな物かよ。こんな物で良い気になっているのか、お前達は!」

「なんなのよ、こいつのこの力!」

「強い! 舞火より!?」

「霊気が違うんだよ、パワーが違うんだよ、身の程を弁えろ! 弱小ども!」


 ムササビンガーが両腕を広げる。箒を軽く弾き飛ばし、吹き荒れる風が二人を吹き飛ばすと同時にお札を投げようとした有栖の行動をも妨害した。

 舞火も天子も運動神経は良い。これぐらいなら上手く着地した。

 だが、体勢を整えることまでは間に合わなかった。ムササビンガーは大きくジャンプした。


「まずは一人。終われ」


 夜空から巨体の影が差す。狙われたのは舞火だった。振り下ろされる重量級の踏みつけ攻撃を、舞火は何とか横に跳躍して回避した。転がって距離を取って起き上がる。舞火の顔には不機嫌があった。


「巫女服が汚れちゃったじゃない。こいつ!」

「舞火さん! 油断しないでください!」

「分かってる!」


 狙いを外したムササビンガーは不気味に笑っていた。


「本当に逃げるのだけは上手い奴だなあ」


 舞火は口元についた土埃を拭った。


「くっ、最近弱い奴ばっか相手にしてたのが裏目に出たわね。戦いの勘が掴みにくくて困るわ」

「いつものようにやればいいんでしょ! 悪霊退散ってね!」


 天子が走って跳びかかっていく。舞火を見るムササビンガーの背後から。死角を狙って箒を振り上げる。下級悪霊なら簡単に蹴散らした一撃だ。


「駄目です! 天子さん!」


 有栖が言うが遅かった。ムササビンガーはすでに獲物を捉えていた。気配と音で察知して、口が不気味に開かれていた。


「バレバレなんだよ! お前!」


 振り返り様にムササビンガーの腕が振るわれる。それは正確に天子の体を捉えていた。


「弱い奴はすぐに不意打ちに頼りたがる! 情けねえなあ!」

「くっ!」


 有栖はすぐにお札を投げた。それはムササビンガーの腕に貼りついてダメージを与え、間一髪掴もうとした動きを妨害した。

 腕を足場にして跳んで、天子は相手と距離を取って着地した。


「ごめん、有栖!」

「大丈夫です! それよりも気を付けてください! 相手は中級悪霊です!」

「うん!」


 今までとはまるで格の違う相手に舞火も天子も有栖も慎重にならざるを得なかった。うかつに跳びこむのは危険だ。

 中級悪霊は強い。その事実を意識する。

 僅かな灯りに照らされる闇の中でムササビンガーの黄金に光る瞳が有栖を見た。


「何をするんだよ、お前。腕が痛いじゃないか」


 腕を撫でる。ただそれだけで有栖が投げて貼りついたお札が蒸発して消え去った。

 不気味で嫌らしい、人をあざ笑う者の瞳だ。見られただけで挫けそうになる体と心を有栖は必死に奮い立たせた。

 ムササビンガーは吠えた。


「腕が痛いって言ってるんだよ! この毛虫が!」


 振り下ろされる腕を有栖は後方に跳んで回避する。叩きつけられた腕が地面から土煙を巻き上げた。


「有栖ちゃん!」

「大丈夫です! それよりも……」


 ムササビンガーは笑っていた。その姿に言いしれない悪感を感じてしまう。


「お前、嫌な奴だな。お前は最後に取っておいてやるよ!」


 ムササビンガーは素早く腕を横に向けた。有栖はすぐに感じ取った。中級悪霊の狙いに。敵が腕を向けている方向に天子がいた。


「まずはさっきの奴の腹ごしらえだ!」

「天子さん! 気を付けてください!」

「え!?」


 距離は十分に取っているはずだった。だから安心できるはずだった。

 土煙を破って、数本の光の糸のような物が現れるまでは。


「くっ、何よこれ!」


 天子は迫りくる数本の光の糸を箒を振って払おうとするが、光の糸は巧みにそれを回避して天子の体に襲い掛かった。


「キャアアアア!」


 光の糸が天子の体に巻き付いて締め上げていく。その糸はムササビンガーの手から伸びていた。悪霊の霊力で作られた糸だ。

 獲物を捕まえたムササビンガーはにんまりと微笑んだ。


「お前、こんな物もほどけないのかよ! ほら、飛べよ! ジャンプしてみせろよ!」


 腕を振って糸をぶん回す。天子は振られるままに空中を振り回され、地面に叩きつけられた。


「ぐはっ」

「天子さん!」

「天子!」


 助けに駆け付けることも出来なかった。ムササビンガーは再び糸を振り回す。天子は逃げることも出来ずにただ振り回され続けるしか無かった。


「くっ」


 お札を投げようとする有栖。ムササビンガーの目はその動きを見逃さなかった。腕を大きく振り上げ、その先の糸に捕まっている天子の体も大きく夜空に舞い上げられた。


「おっと、させないぜ。お友達をプレゼントだ!」


 振り下ろされる腕とともに天子の体が降ってくる。有栖が立ち尽くす目前で、舞火が動いていた。

 素早く有栖の前に回り込み、友達の体へと手を伸ばした。激しい勢いに大地が震えた。

 舞火は倒れていたが、天子を受け止めることには成功していた。舞火はそっと優しく気を失った旧友の髪を撫でた。


「まったく、天子のくせに有栖ちゃんに迷惑掛けるんじゃないわよ」

「舞火さん、天子さん……」


 有栖はボロボロになった二人に声を掛けることぐらいしか出来なかった。


「ごめんなさい、こんなこと……」

「どうして、有栖ちゃんがあやまるのよ……悪いのは悪霊でしょ……」


 舞火はそっと優しく微笑んだ。有栖を安心させようとするお姉さんの笑みだ。舞火は動こうとして、痛みに顔を歪めた。


「でも、ごめん。天子が重くってさ。しばらく動けそうにないから休憩する時間をくれると嬉しいんだけど」

「分かりました。舞火さんと天子さんはそこでしばらく休んでいてください。わたしがあいつの相手をします」


 有栖は静かにムササビンガーの前に歩みでた。ムササビンガーは嫌らしい笑みで見下してくる。


「僕の決めた順番を守るために頑張ってくれたんだね。偉いね」

「ムササビンガーーーー!!」


 有栖は吠えた。その怒りが有栖の髪を逆立たせ、巫女服を揺さぶり、周囲の下級悪霊達やムササビンガーをも後ずらせた。


「なんだよ、お前! 僕をびびらせようって言うのか! 生意気なんだよ、チビのくせに!」

「悪霊退散!!」


 お祓い棒を振り上げ、跳躍する。有栖の鋭い一撃がムササビンガーの顎に食い込んだ。


「げべはあっ!」


 ムササビンガーはふらついたが、倒れるまではしなかった。


「てめえ! 良い気になるんじゃねえぞ!」


 ムササビンガーは腕を振ってくるが、有栖はその腕の攻撃の全てを回避した。開かれた指から光の糸が伸びてくる。


「良い気になるんじゃねえと……言ったよなああ!!」


 ムササビンガーが微笑む。嫌らしい笑みだ。光の糸が襲い掛かる。今度は両手から。有栖の体を全方位から包み込むかのように襲ってくる。逃げ場が無いと思ったのはムササビンガーだけだった。

 有栖はお祓い棒を一閃し、霊力でその全てを消滅させた。

 ムササビンガーの顔から笑みが消えた。


「何だ! お前! なんなんだ!」

「わたしは伏木乃有栖!」

「伏木乃有栖だと!?」

「悪霊退散!」

「くそったれにふさわしいゴミみてえな名前だ!」


 有栖はムササビンガーの顔を目がけて、お祓い棒を振り下ろす。ムササビンガーは腕を振り上げて防御した。

 力と力、霊力と霊力がせめぎ合い、ムササビンガーは腕の痛みに顔を歪めた。


「いてえんだよ! こんちくしょうが!」


 力を入れて一気に腕でなぎ払う。振るわれた腕が風を巻き起こし、公園を揺さぶっていった。

 有栖は深追いはしなかった。距離を取って着地した有栖の背後で動く気配がして、有栖は鋭い目線で振り返った。

 そこでびっくりしたように身を震わせたのは知っている少女達だった。


「エイミー、ネッチー、どうしてここに……?」

「ごめんです、有栖。ミー達は気になって……」


 振り返る有栖の後ろで風が巻き起こった。有栖はすぐに敵に注意を戻すが、ムササビンガーの姿はすでに地上には無かった。

 見上げると、その姿は空にあった。

 中級悪霊は怒りにぎらつく目をして、言葉をぶつけてきた。


「伏木乃有栖! 覚えておくぞ! 僕に屈辱を与えた者の名を!」


 ムササビンガーは飛び去っていった。集まっていた下級悪霊達も波が引くように姿を消していった。

 悪霊達の気配がいなくなって、有栖は力なくその場に座りこんでしまった。

 もう追いかける元気も祓う気力も残っていなかった。

 エイミーとジーネスが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか、有栖」

「うん、ちょっと今日の相手が強くてね」

「あれが有栖達の戦っている相手なのか……悪霊……」


 ジーネスは敵の飛び去った空を見つめた。

 倒れたままの舞火が声を掛けてくる。


「ちょっとこっちを手伝ってくれない? こいつが重くって。あんたもいつまで寝てるのよ」


 舞火は天子の肩を軽く揺さぶるが、彼女はまだ目を覚ましそうになかった。

 エイミーは急いで先輩達のところに駆け寄った。


「はい、ただいま」


 仲間のみんなが無事なのを確認して、有栖はほっと息を吐いていた。


「じゃあ、帰ろうか。ちょっと休憩してから」


 まだ体が痛む。明日は学校があるのに大丈夫だろうか。

 そんな心配をしながら夜は過ぎていった。

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