第30話 ここに凄い巫女がいた

「「「「「ごちそうさま」」」」」


 みんなで美味しいご飯を食べ終わってしまった。

 有栖も天子もエイミーも芽亜もおいしい料理を食べて満足で上機嫌。

 作った舞火も嬉しそうだった。


「賑やかな食卓だったねえ」


 その芽亜の発言には有栖も同意見だった。少し前、父と二人だけで食べていた頃を遠い昔のように感じてしまう。

 一人で寂しいと思ったこともあったが、今の有栖には心強い仲間達がいた。

 

「こんなに喜んでくれるなら毎日でも作っていいかも」

「太るから止めて」


 舞火の魅力的な発言を天子がぴしゃりと遮っていた。


「あ、片づけはわたしが」


 さすがに食べさせてもらうだけでは悪いと思い、有栖は立候補したのだが、


「有栖ちゃんは雇い主だからいいの。エイミーやっといてくれる?」

「ラジャーです。先輩」


 その役目は舞火からエイミーに割り振られた。

 エイミーは本当に素直な後輩だ。てきぱきと料理の皿を流しに運んでいく。

 外国人の彼女はとても元気だ。名門貴族の娘だと言っていたことを有栖はふと思い出した。

 外国での彼女はどんな暮らしをしていたのだろう。有栖にとってはもうエイミーはただのエイミーでしか無いので、気にすることでもないのかもしれないが。


 仕事が終わって食事も終わって、今日のところは解散かと思っていたら、舞火が再び席について話しかけてきた。


「それじゃあ、有栖ちゃん。聞かせてもらえるかしら」

「え?」


 舞火が席に付いたのを見て、天子も自分の席に座った。


「そうね。話の途中だったわね。あたしは明日でも良いと思ったんだけど」

「何の話ですか?」


 自分が忘れているのだろうか。思い当たるところが無い。

 申し訳なく思いながら有栖が訊ねると、二人は気を悪くすることもなく答えてくれた。


「ほら、話してたじゃない。中級や上級がどうとかって」

「ああ、そうでしたね」


 有栖は神社に帰ってくる前にしていた会話を思い出した。

 ご飯がおいしくて、すっかり記憶の外に追い出してしまっていた。

 舞火に続いて天子が言う。二人とも仕事に熱心だ。


「あたし達はまだ下級の相手しかしてないのよね」

「はい、正確には悪霊王もいたのですが……」


 有栖はこの神社の神主の娘として答える。

 霊の知識ならつい最近巫女を始めたばかりの二人より、生まれた時からこの神社で暮らし、父の手伝いをしてきた有栖の方がずっと詳しかった。

 悪霊王ヴァムズダーの恐ろしい姿は今でも思い出せる。

 でも、もう誰もそのことを気にしていなかった。もう倒した相手だし、今は町で溢れる普通の悪霊を退治する方が重要で忙しかった。


「悪霊王は見たけど、わたし達が戦ったわけじゃないから何も分からなかったというところが正直なところね」

「台風の中に出て規模を計れというようなものね。とにかく強いということだけは分かったんだけど」

「そうですね」


 悪霊王の強さを何も掴めなかったという舞火達の意見は正しいだろう。有栖自身、神の力を降ろして戦っただけで自分の力で勝利したわけではない。

 いざという時の為にと両親が残していってくれた貴重なお札を使ってしまった。そのことを考えていたからだろうか。舞火がその事を訊いてきた。


「あの凄いお札はもう無いの?」

「はい、あれはお父さんとお母さんが神様に一生懸命にお祈りして、何とか一度だけ力を貸してくれるという約束で神様から一枚だけ頂いたお札なんです」


 長く意識して思い出すことは無かったが、今の有栖は幼い頃にお札をもらった時のことを思い出すことが出来た。父も母もとても優しかった。子供に大切な貴重なお札を持たせてくれた。

 今度は天子が訊いてくる。


「有栖のお父さんは今仕事で外国に行っているのよね。それじゃあ、お母さんは?」

「こら、そういうこと訊くもんじゃないでしょ」


 言った天子の脇腹を舞火が小声と肘で突いていた。天子はすぐに察したようだった。


「ごめん、訊くことじゃ無かったわね」

「いえ、やはり気になりますよね」


 仕事で来ているだけの二人に話すことだろうかと有栖は思ったが、この神社で働いているとやはり気になるようだった。

 もう雇ったバイトというだけの間柄でもない。有栖は話すことにした。


「わたしのお母さんは遠い場所に行ったんです」

「そう……」

「辛いわね……」

「はい……ですが寂しがってばかりもいられません」


 有栖は二人にも元気になってもらおうと、あえて明るさを意識して言うことにした。


「わたしのお母さん、伏木乃鑑美は凄い霊能力者なんです。日本最強だとお父さんが言っていたほどでした。今では長老様のような人の所で後継者としての修行と日本を守る任務についているそうです。お母さんは帰りたがっているそうなんですが、他に代わりが出来る優秀な霊能力者がいないから仕方ないそうなんです」


 有栖の一気に言った言葉にさすがの舞火と天子も言葉を失ったようだった。少し口をパクパクさせてやっと息をして言った。


「ちょっと待って。有栖ちゃんのお母さんって生きているの?」

「はい」


 何を当然のことをといった態度が口に出てしまった。

 有栖としては何で舞火がそんな事を気にしたのか全く分からなかった。死んだなんて一言も言っていないはずだ。ただ家を留守にしているだけで、母は今でも遠くで元気にやっている。

 続けて天子が訊いてくる。


「有栖のお母さんってそんなに凄い人なの?」

「はい、わたしは知らないんですけど、お父さんがそう言っていました」

「へえ」

「ほ~ん」


 有栖にはよく分からなかったが、二人は何だかしきりに感心していた。


「あたしは知ってたけど」


 芽亜が落ち着いて座ったままぽつりと呟く。彼女には話しただろうか。有栖は思い出せなかったが、クラスメイトである彼女の事だ。何かの機会に言ったかもしれないし、実家が神社の娘として耳にすることもあったかもしれない。

 そこでいつの間にか食器の片づけから戻ってきていたエイミーが急に声を上げた。


「サラブレッドです! ここにサラブレッドがいますよー!」

「ええーーーー!?」


 その言葉を知らないほど有栖も子供ではない。でも、いくら父と母が凄いからと言って、自分まで凄いと思われては困ってしまう。


「確かにお父さんもお母さんも凄いです。でも、わたしは別にただの巫女ですし」

「何を謙遜しているの。やっぱり有栖ちゃんは凄いのよ。わたしの人を見る目は確かだったんだわー!」


 有栖はいきなり舞火に抱き上げられて、ぐるぐる回されてしまった。


「ちょっと舞火さん……!」

「止めなさいよ。有栖が目を回しちゃうでしょ」


 困った有栖を天子が助けてくれた。舞火の手から有栖の体を奪って下ろした。地に足がついて一安心する有栖。


「大丈夫だった? もう有栖はあたしとは違うんだから気安くしないでよね」

「ごめんね、今度からは気を付けるわ」


 少ししょんぼりした舞火の優しい手が有栖の頭を撫でてくれた。


「いえ、わたしも急に話しましたし。それで中級や上級の悪霊がどうとかって話でしたよね」


 有栖はみんなが落ち着いたところで話を戻すことにした。

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