第20話 再戦に向かって

 辺りから緊張の糸が切れ、平穏な空気が戻って来た。

 舞火を苦しめていた術のダメージも解けたようだ。彼女は立ち上がって、服についた汚れを払った。


「ずいぶんと舐められたものね。この落とし前はどう付けてやろうかしら」

「舞火さん、大丈夫なんですか?」


 有栖は何も出来なかった。みんなを信頼して任せることに慣れすぎていたのかもしれない。

 心配する有栖に舞火は安心させる笑みを返した。


「ええ、ちょっと痛かったけどね。ほんのちょっとだけど、痛かったけど……わたしは平気よ」


 舞火は元気そうだった。体のダメージよりも精神的にやられたことの方が苦痛のようだった。舞火は怒りをため息に代えて吐き出した。


「久しぶりにいい物をもらったわね」

「天子先輩、巫女を止めちゃうですか?」


 エイミーは心配そうに天子を見つめていた。


「止めるわけないでしょ。これぐらいのことで」

「これぐらい……ねえ」

「天子さん、大丈夫なんですか?」


 舞火の視線が天子をじろじろと見る。有栖はそっと見る。


「な、何よ」


 後ずさる天子を舞火はニヤニヤと見た。


「あなたにとっては裸を見せるなんてこれぐらい程度のことかもしれないけど、幼馴染のわたしにとっては恥ずかしいのよ。早く服を着てきたら? それとも見せたいの?」

「分かってるわよ! すぐに着てくるわよ!」


 天子は走って有栖のところに来た。


「服を駄目にしてごめん。替えの服ってある?」

「はい、同じ部屋に。天子さんはまた巫女服を着て戦うつもりなんですか?」


 それを着るということはつまりそういうことだ。


「当たり前でしょ。やられたんだから、やり返せってね。それにあたしの仇を舞火やあんたに取られるわけにもいかないしね」


 天子の意思は強くて迷いがなかった。以前の有栖ならきっとおとなしく相手の言うことを聞いて神社に引きこもっていただろうに。

 だが、今の有栖も天子や舞火と同じ思いを持っていた。一緒にいて気持ちが伝染したのかもしれない。

 天子は神社に走ろうとする。その足をエイミーの声が止めた。


「待ってください、天子先輩」

「なに?」


 天子は振り返る。舞火と有栖もエイミーを見た。

 エイミーは迷っているようだったが、意を決して言った。


「天子先輩、舞火先輩、それに有栖。今までお世話になりました」


 エイミーは頭を下げた。


「え?」


 有栖には意味がよく分からない。それは舞火や天子も同じようだ。


「ミーは抜けさせてもらいます。さようなら!」


 そう言い残し、エイミーは走り去っていった。町へ向かって。

 三人はやっと状況を呑み込めた。


「エイミーさん、辞めてしまうんですね」

「よっぽど慌てていたのね。荷物を忘れていくなんて」

「巫女服も着たままだし、明日イギリスに送り返しておきましょ」

「住所を知りません」

「有名な貴族らしいからネヴィル家で通るんじゃない?」

「忘れたことに気づいたらすぐ帰ってくるでしょ」

「それより」


 舞火は天子を見る。有栖も天子を見る。


「あんたいつまでその恰好でいるの?」

「風邪を引きますよ」

「分かってるわよ。呼び止めるからじゃない、もう!」


 天子は神社に走って行った。

 エイミーのことは心配していなかった。あれほどゴンゾーからの使命だとこだわっていた彼女だ。

 自分かあるいは父か、いつか彼女と話し合う機会はあると信じていた。




 有栖と舞火は部屋に戻って、天子が来るのを待ってから、作戦会議をすることにした。


「ただいま」


 巫女服を着た天子が申し訳なさそうに戻って来た。


「お、着てきたわね」

「体は大丈夫ですか?」

「ええ」


 天子は拳を突き出す。


「霊力も出てるでしょ?」

「はい」


 確かに天子の拳には霊力が乗っていた。つまりあの巫女退散ビームをくらっても体に問題はないということだ。


「これぐらいであきらめると思われるなんて、あたしも舐められたもんだわ」


 天子は冗談めかして言うが、一つ問題がある。


「巫女服を脱がされると霊が見えなくなるのよね」


 舞火がそれを口にする。舞火と天子は巫女としてはまだ新人だ。霊力を鍛えるような訓練もほとんどして来なかった。

 二人は確かに強いが、霊力が奪われて敵が霊的な物を使役すれば勝ち目は全く無くなってしまう。


「誰かが裸になって壁になってくれれば」


 舞火と有栖の視線が天子に向かう。天子は慌てて立ち上がった。


「いやよ、なんであたしが。有栖までそんな目で見て。舞火がなりなさいよ!」

「わたしは天子が囮になっている隙に、巫女さんキラーをぶっ飛ばさないといけないから無理よ」

「あたしだってぶっ飛ばさないといけないから無理よ!」

「じゃあ、わたしが」


 有栖が小さく挙手すると、舞火と天子は大上段からそれを否定してきた。


「有栖ちゃんは駄目よ」

「大将が壁になってどうするのよ」

「そうですか」


 どうやら舞火と天子の中で有栖はそういう扱いになっているらしかった。何となくむずがゆくなってしまう。

 舞火は考える。


「エイミーがいれば壁になってもらうのに」

「そうねえ、いい奴だったのに」


 二人ため息をついた。しばらく考え、やがて結論が付いたようだ。


「くらわないように戦うしかないか」

「もう来るのは分かっているんだしね」


 そして、立ち上がって有栖を見た。


「じゃあ、有栖ちゃん」

「行きましょうか」


 天子と舞火は今すぐにでも戦いに出るつもりのようだった。

 だが、有栖にはまだ考えることがあった。


「どこにですか?」

「もちろん敵を倒しによ」

「それしかないでしょ」

「だから、どこに?」

「ああ」


 そこでやっと二人は気が付いたようだ。


「また調査に行く?」

「それしかないわね」

「いえ、それは無駄です」


 二人の意見を有栖は否定した。


「巫女さんキラーはもうわたし達に釘を刺したつもりでいます。今頃はもう次の目的に向かって動いていることでしょう」

「じゃあ、どうするの?」

「見つけなきゃ仕返し出来ないじゃない」

「方法はあります」

「方法?」


 二人は不思議そうに有栖を見る。二人はやる気を出している。有栖も出さないわけにはいかなかった。

 有栖は頼りになる仲間達に力強く宣言した。


「巫女さんキラーの居場所はわたしが占います!」


 彼女はここに来て、それからどこかへ向かった。

 強い、独特の力も持っている。

 行き先を調べることは可能のはずだった。

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