第16話 ハウスの悪霊

 父の定めた仕事の日がやってきた。

 前の仕事は舞火と天子に付いてきてもらったが、有栖は今度はエイミーも連れて行くことにした。

 エイミーは初仕事とあって張り切っていた。有栖達は現地に向かった。

 今度の仕事場所は町はずれの洋館だ。その言葉からイメージしていた不気味な古びた洋館ではなく、わりときっちりしたモダンな洋風の建物だった。

 建物を囲む低い生垣を辿って門の前まで来て、有栖達はピンポンを押して依頼人が出てくるのを待っていた。門は鉄の柵になっていて、ここから玄関の様子も伺える。

 間もなくあの扉が開いて依頼人が姿を現すのだろう。

 洋館は三階建てで窓は閉まっている。大勢入れそうな建物だが人の気配は無い。

 今日は有栖達が仕事をするので人払いをしているのだろう。

 霊退治の仕事をしていればいつものことだった。


「ここがあの女のハウスですね」


 エイミーがいきなりそんなことを呟いた。


「あの女?」


 そういえば有栖はこの洋館の依頼人がどんな人かは知らなかった。初めて来た場所だし、依頼を取ってきたのは父だからだ。

 有栖は緊張してしまうが、三人の前でそれを出すわけにはいかない。

 父に頼り切りだった有栖にも、ようやく仕事を任されている自覚が出始めてきていた。

 玄関の扉が開く。みんなが慎重にそこを見る。

 現れたのは何かクネクネした人だった。

 クネクネした人はクネクネした足取りでクネクネと腕を振って有栖達の前にやってきた。

 門の鍵を開けて、それを開く。

 有栖は顔を上げてその人を見た。大柄な人だった。そして、


「待たせちゃってごめんねえん。ちょっとお化粧に手間取っちゃってえ。あなたが有栖ちゃんねえ。お父様から伺ってるわあ。わたしがこのハウスのオーナー、アナ・ホールよおん。よろしくねえん」


 男か女か分からなかった。

 彼? あるいは彼女なのだろうか。有栖は困惑したが、エイミーが女と言っていたからおそらくアナさんは女なのだろう。そう定めることにする。

 その彼女の瞳がエイミーを見て煌めいた。と思った瞬間にはエイミーの手を取っていた。

 あまりの早業に舞火や天子もちょっと驚いていた。

 アナさんはエイミーに顔を近づけて言った。


「あら、可愛い子ねえ。あなた名前はなんていうの? うちで働かない?」

「うわあ! 触るなでーす!」


 エイミーは無礼なことにその手を払いのけていた。素早く頼りになる舞火先輩の後ろに隠れる。アナは気分を害したわけではないようだった。


「うふ、初心なのね。ますます欲しくなったわ」


 彼女は舌で唇を舐めた。エイミーは怖気に体を震わせた。舞火の後ろから叫ぶ。


「ミーはもう神社で働いているのです。舞火先輩、なんとかしてください」

「ここで雇ってもらったら? 案外良い場所かもしれないわよ」


 ターゲットにされていない舞火の言葉はわりと呑気な物だった。


「ミーはもうゴンゾーに雇われているのです!」

「そうかあ。有栖ちゃんのお父さんの手つきなら仕方ないわねえん。じゃあ、このハウスの霊を払ってもらえるかしら」


 アナは思ったよりもあっさりと引き下がった。早速仕事の話になる。

 エイミーは霊はここにいるこの人ではないかと思ったが、それを口に出すことはしなかった。

 有栖達はアナに案内されて洋館へと歩いて行く。


「じゃあ、わたしはここで待ってるから、終わったら言ってねえん」


 アナを玄関に置いて、有栖達は洋館に入っていった。

 証明を落としているのだろう、薄暗い廊下を歩いて一階のホールに出る。

 悪霊はどこにいるのか。探すまでもなかった。

 入り口の広いホールにさっそく霊がいるのが見えた。中央の天井付近をぐるぐると回っている。高いが、霊的な力を持つ今の有栖達ならジャンプすれば届く距離だ。

 悪霊は長い体を輪にして尾を追いかけるように回っている。その姿は蛇のように見える。

 前に舞火と天子が退治した悪霊よりは大きくて強そうだが、今度は一匹だけで近くに他の霊の姿は無い。


「ミーの初陣ですね。ここは任せてください」


 見上げているとエイミーが名乗りを上げた。


「そうね。それじゃ、お手並み拝見させてもらうわ」

「どこまでやれるか見せてもらおうじゃない」


 先輩達は出番を譲った。有栖としても異論は無かった。


「よろしくお願いします」


 相手は一匹だし、いざとなったら手を貸す用意はみんな出来ている。

 エイミーがやる気を出した戦闘体勢で霊を見上げると、その気配に気が付いたのか霊が頭を向けてこっちを見てきた。そして、鳴く。


「ほげー」


 その間の抜けた顔と気の抜けた声はその霊が体は多少大きくても明らかに下級であることを示していた。

 エイミーはステップを踏んでからジャンプする。その手にあるのは先輩達と同じ箒だ。

 有栖は今頃になってきちんとした道具を用意するべきではないかと思ったが、それが使いやすくて使えるならもうこれでもいいかと思っていた。

 エイミーの箒が霊の頭を捉える。


「ほああああ! 悪霊退散でーーーす!」


 霊力を込めた一撃が霊の頭を叩く。

 悪霊はたったその一撃だけで爆散して消えていった。

 しょせんは下級の霊だった。

 しゅたっと着地するエイミー。


「またつまらぬ物を斬ってしまった」


 そう言って格好を付けていたが、斬るというよりは叩くだろうと有栖は思った。

 少し緊張して後輩の様子を見ていた舞火と天子は肩の力を抜いて箒を回した。


「さて、後輩のお披露目が終わったところで先輩のお仕事をやりますか」

「ここには霊が何匹ぐらいいるの?」


 天子が訊ねるが、有栖にとっては調べるまでもないことだった。辺りの空気が変わっていた。

 念のためにレーダーでも調べる。


「さあ、次の獲物はどこですか」


 エイミーが振り返って調子のいい声を上げる。そんな彼女や仲間達に有栖は告げる。


「終わりました」

「え」

「ここの霊は今ので全部です」

「今ので全部って、終わったってこと?」

「そうです。お仕事完了です」

「ああそう」


 有栖の言葉に舞火と天子も肩の力を抜いた。

 何ともあっけない幕切れだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る