第四章 ミサイル防衛網

第12話 迎撃不能

――2018年1月5日、19時40分、ホワイトハウス――


 ホワイトハウス西棟の地下では、午前からの国家安全保障会議がまだ続いていた。出席している閣僚たちは半ば充電切れとでも言うように、疲れた表情を見せていたが、カワードの怒りのエネルギーだけは、まだまだ収まる気配がなかった。


「そもそも、なぜV2ミサイルは撃ち落とせなかったんだ? はっきりと理由を説明してもらおうか」

 カワードの高圧的な声が部屋中に響き渡った。

「私も理由を聞きたいな、ギャビン。一体どうなっているんだ? 我が国は世界最高のミサイル防衛網を持ち、その代償として毎年多額の予算をそこに投じているんだぞ」

 クレイブ・コレット国防長官の厳しい言葉が、追い打ちをかけるようにミラーに浴びせられた。

「それについては、これからご説明します」

 ギャビン・ミラー統合参謀本部議長が、弱々しく挙手をして発言を求めた。


「まず我が国のミサイル防衛網は、大陸間弾道弾を念頭に構築されたものだということをご理解下さい。旧ソ連圏、中国、中東、インド、そして北朝鮮から発射されたミサイルを、DSP衛星や世界中に配備したレーダーサイト、イージス艦から構成される早期警戒網で感知します。

 大陸間弾道弾は発射から着弾までに30分は掛かりますので、その間に対抗措置を発動させ、ブーストフェイズ、ミッドコースフェイズ、ターミナルフェイズの3段階で迎撃を試みることができます。

 一方今回のように近海の潜水艦から発射されたミサイルでは、着弾までにほとんど時間が無いために、初めからターミナルフェイズでの迎撃態勢となります」


「早い話が、対応が難しい攻撃を受けたので、迎撃に失敗したと言いたいんだな?」


「いえ違います。残念ながら、それ以前の問題でした。今回のV2は発射から着弾まで僅か200秒です。

 まずはアンドルーズ空軍基地、ノーフォーク海軍基地ではほぼ同時に、洋上から高速に上昇する物体を捉えました。ここまでで25秒を要しています。

 次に飛行物体が水平移動に移り、コンピュータの解析によって、それがミサイルであるという可能性が導かれるまでに約25秒。緊急アラートが出て、四軍の統合情報配布ネットワークIBSによって、フォートデスリック陸軍基地と情報が共有されるまでに30秒。

 本来であれば、これから現場の司令官同士で迎撃態勢を確認し合おうと言う段階で既にV2は着弾です」


「馬鹿な、迎撃命令を出す間も無かったという事か? 議会の反対を押しのけて、多額の予算を投じ、長年かけて構築したミサイル防衛網とは、そんなに脆弱なものだったのか?」

「残念ながらそれが現実です。潜水艦による至近距離からの攻撃対応については、かつてのレーガン政権時代に、ミサイル防衛計画の大綱に入っていましたが、結局は財政難を理由として予算が付かないままで今に至ります」

 ミラーは心底無念そうな表情を作った。


「予算が付かなかったからだと! 予算が無ければ、我国は外部から攻撃を受けても仕方がないと言うのか? ふざけるんじゃない」

 カワードは一気にまくしたて、会議に出席している閣僚たちは、その語気に圧倒されて押し黙るしかなかった。


 カワードの暴言は止まらなかった。

「ロシア軍や中国軍は、領海、領空内で不穏な動きをするものは、相手の正体を確認する前に、即座に攻撃するらしいじゃないか。ミサイルが落ちてから大騒ぎしているようなお前らとは大違いだ。そんなことなら我国の軍隊には見切りをつけて、米国の国防は、ロシアと中国に委託してはどうだろうな。何なら次の議会で……」

「大統領、どうか落ち着いてください。お怒りになる気持ちは分かりますが、今ギャビン一人を責めても、国防問題は解決するものではありません。ここはひとまず、話を最後まで聞こうじゃありませんか」

 カワードの言葉を制して、ミラーに助け舟を出したのは、バウアー副大統領だった。カワードは苦々しげに、吐きかけていた言葉を飲み込んだ。


「V2の件は一旦置くとして、そもそもそのような危険な潜水艦を、自国の排他的経済水域の内側に侵入させた事についてはどう考えるんだ? 対潜哨戒機は役に立たなかったのか?」

 バウアーがカワードに代わってミラーに質問した。


「対潜哨戒機は狭い海域内で、潜水艦の存在を前提にして、位置を特定するのが役割です。広範囲の哨戒任務には向いていません。現状の潜水艦の探知は、水中でレーダー波が届かないためにソナーに頼るしかなく、海底にモニタリングポストを高密度に敷設する以外に方法が無いのです。

 しかしながらその体制は、冷戦終結でソ連のミサイル原潜の脅威が去ったため、1990年代から進歩していません。潜水艦に対する防衛網は、我が国の領海と接続水域内までは完備していますが、その外側の排他的経済水域にまでは及んでおらず、ミサイル防衛と同様に脆弱と言わざるを得ないでしょう」


「いかに脆弱と言っても、防衛網が無いわけではないだろう。首都の懐に入られるまで、潜水艦の侵入が感知できなかったというのか?」

「残念ながら、感知できていません。恐らくその潜水艦には、ソナーの音波を吸収し、反射を抑えるようなコーティングが施されているのだと思います」

「そんな事が可能なのか?」

「もちろん可能です。我が国の潜水艦の場合でも、ステルス性を得るために常に新素材の研究を行っていますし、他国も同様です。先駆けは第二次大戦の終戦間際に、ナチスドイツのUボートの一部で採用されていた、アルブレヒと呼ばれる特殊な合成ゴムです」


「アルブレヒ? 何だそれは?」

「ワーグナーのオペラ、ニーベルングの指輪に登場する、妖精アルブレヒが持つ ”姿を消す兜” が名前の由来です。ナチスドイツの敗戦後、接収したUボートでアルブレヒの効果を検証した連合軍は、何度模擬戦を行っても、ターゲットを探知できなかったという記録が残っています」


「ミサイルも防げない、潜水艦も防げないでは八方ふさがりよ。何か打つ手はないの?」

 発言したのはブレイクだった。

「当面できる事は3つあります」

 ブレイクの問いに、ミラーは予め用意をしていたと思われる方策を述べ始めた。「まず一つ目は、ミサイルと目される標的が確認された場合、4軍間の調定を待たず、現場司令官の判断で即時ターゲットを迎撃できるよう、命令系統を見直す事です。誤射のリスクには目を瞑るしかありません」


「当然の措置ね、他には?」

「2つ目は、対空ミサイルの配置転換による防衛網の再構築です。防衛の最後の砦であるパトリオットの射程距離は半径20㎞。要するに、発射台の台数掛ける40㎞の範囲しか防衛網を張る事はできないという事です。守るべき地点に集中させるしかありません」

「それも止むを得ないでしょう。まずはワシントンDCとニューヨークの防衛を最優先し、他は優先度を付けるしかありません。今後はパトリオットの増産について、議会の承認を得る必要があるようね」


「最後に3つ目ですが、今回、潜水艦は浮上してからV2を発射するまでに、約8分を要しています。恐らく発射機構が最新のサイロ方式でなく、発射台を人力で操作しているためだと思われます。

 という事は、浮上した状態の潜水艦を軍事衛星で探知次第、8分の時間を利用して、空軍と海軍のスクランブルで叩くことができるはずです」


「イージス艦から対艦ミサイルを撃てば良いのではないの? 戦闘機をスクランブル発進させるよりも、遥かに早く相手に着弾するはずでしょう?」

「それも難しいのです。潜水艦が浮上した当時のレーダー記録を確認したところ、相手の位置は衛星で特定した場所から30㎞も外れていました。潜水艦がジャミングを行っているものと思われます」


「ジャミング?」

「レーダーの欺瞞のことです。相手は相当に進んだ欺瞞装置を使っているようで、イージス艦の周波数ホッピング型フェイズドアレイ・レーダーでさえも騙されています。対艦ミサイルはレーダー誘導なので、ターゲットにロックオンできなければ命中しません」

「つまり潜水艦を叩くには、衛星で特定した場所にスクランブル発進で戦闘機が向かい、肉眼目視で直接攻撃するしかないわけね」

「その通りです。当然ながら戦闘機からのミサイルも潜水艦にはロックオンしませんので、攻撃に使える兵器は通常の機雷か魚雷に限られます」


「我が軍の対艦ミサイルは役立たずなので、防衛すべき場所を、戦闘機が8分以内に到達できる範囲内に限定しろ――。それが3つ目の提案ね。他に言いたいことはある?」

「いえ、我々に出来る事は、その3つで全てです。首席補佐官」


「以上のようです、大統領。如何ですか?」

 ブレイクはカワードに、承認を求める視線を投げた。カワードはゆっくりと頷いて「すぐにやれ」と言った。


「大統領の承認事項よ。大至急着手しなさい!」

 ブレイクが発言するのと同時に、ミラーは会議室内の守秘回線の電話機に手を掛けた。

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