疑念-5


「私は、食堂で夜の仕込みをしているときに銃声のようなものが聞こえて、そこで初めて、何かが変だと気づきました」

「あ、その銃声は俺だ。レイティアでだいぶ派手に影を撃ってたんで」

「ということは、この四人の中で最も早く異変に気付いたのはシャン・アドリアとロウ・キギリというわけだ」

「あの時寮にいた学生もきっと俺と同じタイミングで異変に気付いたはずです。ざわざわと寮が騒がしかったので」


 ロウの言葉にフガロさんが頷く。


「うん。君の言う通り、一部の学生から頭が割れるような高音を聞いたという話が出ている。君が聞いた音もそれだろう。だけど、その後君はどうしたんだ?」


 心臓がひやりと冷たくなった。

 一瞬目線を下げたフガロさんの瞳から、表情が消えていくのを見た。きっとここからが彼らが聞き出したいことなんだ。


「コトコが心配だったので、食堂へ」

「彼女が?なぜ?」

「コトコは学院に来て日が浅い。訳も分からず困惑しているだろうと思って」

「シャン君まで呼び出して彼女を迎えに行ったわけか」


 ロウは意味ありげにシャンを見た。

 それは傍から見ると、これから話すことの許可を取っているようだ。

 小さくため息をついてシャンが言葉を引き継ぐ。


「――――――コトコは、異母兄弟なんです」


 たっぷりの間を取った後、シャンは重々しい口調でそういった。


(え!?)


 えっっっ!?



 ロウが咳払いをしてシャンの説明につけたす。


「都の郊外の田舎に住んでいたようなんですが、母親が死んだらしく働き口を求めて都まで来たそうです」

「ロウの言う通りです。身寄りのない娘の仕事なんて限られてるし、仮にも自分の妹にそんなことはさせられないと思って、食堂の仕事を紹介しました。俺は一人っ子なもんで、それ以来妹みたいに可愛がってるんです」


(嘘つくの得意だなって前から思ってたけど、ほんと、)


 この二人は口から生まれてきたんじゃないかと思う。


「それは事実かい?」


 フガロさんの視線が自分に突き刺さった。


「………………はい、そうです」


 その視線から逃れるように頷づく。それ以外どう言えと。



「……なるほど。君らの事情はわかった」


(ええ!?いいの!?それでいいの!?私そんな怪しい素性でいいの!?)


 まさか、そんな!そんなテレビみたいな展開がこんな厳しそうな軍人さんたちに通用するの!?


 一瞬ロウを横目で見ると、平然とした顔で前を見ていた。

 フガロさんはふと思いついたようにシャンに視線をやる。


「シャン・アドリア、君はさっき訓練用のレイティアを使って自主練をしていたと言ったが、定められた場所・時間以外のレイティアの使用は禁止されているはずじゃないか?それに、君はどこからレイティアを持ちだしたんだ」


 その言葉にシャンはただ肩をすくめるだけだ。


「俺から言うことがあるとするなら、武器の管理はもっとしっかり行った方が良いってことですね」

「……なるほど。では+A側にはそう伝えておこう。君たち二人は寮の中で合流し、食堂へ向かった。そして戦闘が起こった。合ってるかい?」

「はい」

「何と戦った」


 琴子はシャンが目を閉じるのを見た。


「式ですよ。半透明の黒い影に赤い面をつけた、〝鴉の宿木〟が使う影そっくりの式です。あれは、本物、なんですよね」


 ロウがフガロさんの質問に答えていく。

 シャンはもう目を開けていた。


「わからない。その影との戦闘の中でレイティアを使用した。その銃声が食堂にいるコトコ君にも聞こえた」

「は、はい。なんだか寮の方がざわざわとしてる気配がして、銃声のような音が。でも確信が持てなくて、どうしていいかわからなくて、食堂にずっといました。その時は食堂で働いてる全員がそこにいました」

「それから、どうして君は影に追われることになったんだい」


(―――この人は、私を疑ってる)


 それは確信だった。


 当たり前だ。自分だって同じ立場だったらまず真っ先に疑うだろうから、この人は別に間違ってない。でも、知らないんだ。わからない。そんな理由を尋ねられても答えられない。


「―――あ、」


 口の中が乾く。優しそうな顔をしているのに、もうそこに温かみは感じられない。

 恐ろしい。怖い。嫌だ。


「それは」


 言葉が詰まった。何か言わないといけない。ちゃんと、ここで答えないと、


「それ、は、」



 思い出す。

 赤い仮面。

 悲鳴。

 風が空を切る音。

 ばたばたと倒れていくユズリさんたち。


 服を染める、赤い何か。




「仮面が、いきなり、背後に現れて、それで、怖くて、堪らなくて、私は、気付かないうちに皆が、一瞬で、どうしたらいいか」

「フガロさん」


 ふいにアーリアが琴子の言葉を遮った。


「少しコトコを少し休ませてあげてもいいでしょうか。昨日からずっと緊張していて、このままじゃ話せることもきちんと話せないと思うので」


 琴子は青白い顔でアーリアをまじまじと見た。


 ロウも驚いた表情でアーリアを見ている。

 フガロさんは少しだけ眉をひそめたが、それでも十分ほど休憩を入れることを許してくれた。物々しい軍服を着た軍人たちが真っ白な病室からぞろぞろと出ていく。


 そっと触った自分のほっぺたはびっくりするぐらい冷たかった。














「……大丈夫?」


 濃紺の軍服が視界からいなくなったのを確認してから、アーリアが琴子の顔を覗きこむ。

 青白い顔を少しだけ緩めてコトコは微笑んだ。


「ありがとう。アーリア」

「気にしないで。それより驚いたわ。あなたのこと」

「ははっ……」


 それに関しては乾いた声しか出ない。


「……コトコはあまり軍とは縁がないんだものね。怖かったよね」

「……大丈夫。少し休んだら、ちゃんと話すから。ありがとう。助かった」


 心から気持ちを込めてアーリアにお礼を言う。

 まさか彼女が助け船を出してくれるとは思わなかったけれど、あの時彼女が声をあげてくれなかったら、きっと自分はまともに話しをすることもできなかったに違いない。


「そうだ。ロウ、シャン、言うのが遅くなったけど、昨日はありがとう。助かった。本当に、何てお礼したらいいか分からないぐらい」


 琴子は改めて二人に向き直って深く頭を下げた。

 シャンはくすぐったそうに頬を緩めた。反対にロウは居心地が悪そうに顔をしかめている。


「別にいい。そんなかしこまった顔するな」

「ロウの言う通りだ。コトコはわりと何でも気にするタイプだな」


 そんなことない、と口を開きかけて、途中でやめた。

 十分の休み時間で聞いておきたいことがたくさんあった。


「これからどうなるのかな」


 琴子の口をついて出たのは漠然とした疑問。

 だけどそれが一番知りたいことだった。これから自分たちはどうなるのだろうか。


 ロウとシャンだけでなく、アーリアも困ったように眉尻を下げた。誰も確かな答えはもっていない。琴子よりもはるかにこの国について詳しい三人でも先のことは読めなかった。

 しばしの沈黙の後、中でも一番聡明なロウが、ようやく口を開いた。


「外でどれだけ大事になっているかにもよるな」

「たしかに。それはそうだ。二人は何か聞いてるか?」

「緘口令はしいてないって言ってたわ。今頃繁華街は大騒ぎだとも」

「そりゃあな、〝鴉の宿木〟の式が再来したとなりゃあ、街は大騒ぎだ。噂が広がり他の領地にも飛んでいけば、各国の統治者から一斉に使者が飛んでくるな。軍も大騒ぎになる」

「あと数日で物忌みか……幸と取るべきか不幸と取るべきか」


 三人の会話を聞くともなしに聞いていた。

 こういった込み入った話になると琴子は全くついていけない。

 自分が異質だってことを、こんな瞬間に痛感する。


「商人や繁華街に住む者の出入りは少なくなるだろうが、反対に各地の諸侯が都へ集結する時期だ。噂話を持ち帰った商人が各地で吹聴してまわりながら故郷へ帰る。それを聞いた諸侯たちは物忌みと言うもっともらしい理由をつけて堂々と上宮に参上することが出来る」

「随分都合がいいわね。都でまた〝鴉の宿木〟が暗躍をしていると知ったら、前々から皇族に反感を持っていた地方の諸侯がどんな反応を示すか」

「どんな反応であれうざったいだろうな。地方が中央に嫉妬するのはいつものことだ」

「ああ。どう転んでも、あいつらが大っ嫌いな皇族にとっては面倒なことになる」

「でもそれだけが狙いじゃないはずよ。騒ぎを起こしたいならわざわざ学院の寮を狙う必要はないはず。別の目的があった。わざわざ都の外れに位置する学院に、侵入しなければならない何かが」


 しん、と沈黙が下りてきた。

 アーリア以外の三人の沈黙が重い。


(――目的?そんなのは分かりきってる。私だ。異世界から飛ばされてきた私)


 ロウがもの言いたげな目で琴子を見ていた。それに気づき声をかけようとした時、またあの軍服が病室に姿を現した。


「そろそろ、いいかい?」


 疑問形を取っておきながら有無を言わせない雰囲気は彼らの上司にそっくりだと思った。

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