回想-1







風・二三



 三日前に戻る。

 琴子とロウが寮に帰ると一人置いていかれたシャンが仁王立ちをして二人を待っていた。


「二人して俺を置いて!一体!どこに!遊びに行ってたんだ!」


 部屋のドアを開けた瞬間、鬼のような怒声が響く。琴子は思わず首をすくめた。


「街だ」


 怯える琴子を尻目に、ロウは端的にそう返しただけで動じない。


「街ィ!?」

「あっ、えっと、それは」

「なんで今更街に行くんだよ、昨日誘った時は全然乗り気じゃなかったくせに!」

「昨日は市だったろ」

「昨日は市だったから行くんじゃねえか!市が終わった街に遊びに行ってどうすんだ!」

「そもそも遊びに行ってない。必要なものを買いに行っただけだ。伝言を残しといたろ」

「伝言ってあれか?『出かけてくる。帰ってくるまでにしといて欲しいことがある。頼んだ』っていうアレのことかっ?これだけでどこに何しに行ったかなんてわかるわけねえだろ!一人だけ学院長のとこ行かせやがって!」

「悪い知らせだったのか?」

「良い知らせだった!」

「じゃあいいじゃねえか」

「良くない!帰ってきたら誰もいなかった俺の気持ちを察せ!」


 それまでどれだけシャンが耳元で喚こうが、気にもせず部屋に入り、運んできた荷物をおろし、我関せずとしていたロウが、初めてそこでシャンの方を振り向くと、にこやかに言った。


「それはそれは失礼しましたシャンお坊っちゃま。まさか未だに甘えたがりとはつゆ知らず」

「………お、ま、え、はああああああああ」

「シャン、シャン?落ち着いて、ね?」

「人をおちょくるのもいい加減にしろおおおおお!」

「ロウ!ロウ謝って!シャンも武器持たないで!危ないから!部屋が壊れるから!」


 憤怒の表情でシャンが武器を構えたのを見て、たまらず琴子が叫び声をあげた。








 数分後。

 琴子が必死に二人の間を取り持って、ようやくシャンの怒りとロウのおちょくりが収まった頃には、もともと崩壊していた部屋が一割ほどさらに崩壊していた。


(……なんでこの部屋に厳重な術をかける必要があるか、よくわかったわ……)


 げんなりしながら空いてるスペースに座り込む。

 二人は何もなかったかのように互いの不在の間に起こったことについて話していた。


 とりあえず二人がくらった学院長からの呼び出しというのは、シャンの進路についてらしい。琴子にはよくわからないが、どうやら想像以上にいいところに配属されるのが決まったようで、もうこれ以上騒ぎを起こさないようにという釘差しだったとシャンが報告する。

 その話を聞いて、琴子は部屋に入ってきた女の子を思い出した。

 ロウに卒業式に出るように行っていた女の子。

 二人はもうすぐ、ここを卒業するのだ。


 ロウとお互いの目的のために協力することにした。それはいい。

 だけど二人が学院を卒業してしまったら自分は一体どうなるのか。

 ロウは何も言わなかったけれど、そこのところをどう考えているんだろう。


(何も考えてない予感がする!)


「つーわけで、とりあえずお前は寮の食堂で働いてもらうことになった!住み込みだから飯もつくし、住むところもある。服は買ってきたって言うし、これでもう衣食住は平気だな!」

「えっ?」


 ぼーっとしていた時に話しかけられて、自分が全然話を聞いていなかったことに気付く。


「お前は明日から食堂の住み込みの雑用だ。平気だろ?」


 ロウの言葉に慌てて頷いた。


「う、うん!大丈夫!むしろありがとう!」

「俺はロウの指示に従っただけだからな。ちょっとはコネを使ったけど」

「ともかく、働き始めるのは明日からだと。とりあえず今のうちに荷物を運びこんどけ」


 ロウに言われて琴子はあわてて買ってきたものを持ち上げる。服が嵩張っているため物凄い大荷物になってしまったけれど、たいして重いわけではないので一人で運べるだろう。


「大丈夫か?持つぞ?」

「シャン、大丈夫だよ。二人は部屋を片付けるんでしょう?これ以上迷惑はかけられないよ。荷物はどこに運べばいいのかな?」

「今朝行った食堂わかるか?そこいけばおばちゃんが案内してくれるはずだから、ついでにあいさつもしとくといいぞ」

「ありがとうシャン」


 荷物を抱えた琴子をシャンが心配そうに見送る。それじゃあドアが開けられないだろうからとドアを開けてくれた。

 改めてシャンに礼を言うと、心配そうな顔のままシャンが食堂への行き方を教えてくれた。


「右に行って階段上ったら左に曲がってずーっと行けばあるからな!」

「ありがとう」


 言われた通り琴子は廊下を右に行った。

 荷物が運べるかどうかよりも、バイトもしたことがない自分が食堂で働けるかのほうが心配だった。

 そろそろなけなしのコミュニケーション能力が底をつきそうだ。これから食堂にあいさつをしに行くのも気が引ける。いきなりやってきた新人を、快く受け入れてくれるだろうか。快く受け入れてくれなくたってそこで何とか上手くやっていくしかないのだけど。


 憂鬱な気分を表すかのように琴子の足取りは重い。

 階段を上り左へ行く。今は人払いのまじないをしてもらってないので、たまに人と通り過ぎると刺さってくる視線が痛い。それにしても来る人来る人がみんな男子なのは一体なぜだろう。午前中部屋に入ってきたのは女の子だから、絶対ここにも女の子がいるはずなのに。


 そこまで考えて、はたと気づいた。

 ここは寮。ロウとシャンが暮らす学生寮。


(あああああああ!)


 かあっと頬が赤くなるのがわかる。

 つまりここは男子寮だ!

 だからさっきから男子しか歩いてこないんだ!


 ということは、違う世界から飛んできた身元不明者という以前に、琴子はこの場所で浮いているのだ。

 それならそうと、先に言ってくれればいいのに!

 シャンとロウを心の中で呪いながら、出来るだけ急ぎ足で食堂へ向かう。突き刺さる視線が恥ずかしくて仕方がない。穴があったら入りたいというのは、まさに今の状況をいうんだと思った。



 がむしゃらに廊下を早歩きし、途中何度か荷物を持ち直しながら、なんとか琴子は見覚えのある場所についた。開けっ放しの入り口から、中の様子を探ることが出来る。そーっと気配を消すようにのぞき込んだとき、後ろに人が立つ気配がした。


「あんたが新入りの子?」

「!!!??!?」

「そんな、飛び上るほど驚かなくたっていいじゃない」


 四十代ぐらいの女の人が立っていた。

 琴子は跳ね上がる心臓を押えながらなんとか頭を下げる。

 その人はそんな琴子の態度をどう思ったのか分からないが、笑顔でも、しかめっ面でもない顔で、早く中に入るように急かした。


 転がるようにして中に入ったそこは、朝とはだいぶ雰囲気が違っていた。


「あら、噂のシャン君が言ってた子がその子?」

「一人でヤツーシカまで出てきたんだって?大変だったろう」


 朝大勢の学生が使っていた食堂は、全ての椅子があげられ、綺麗に掃除してあり、たくさんの学生の代わりに大量の芋や野菜などで埋められていた。

 五十代ほどの女の人が二人、慣れた手つきで芋の皮を剥いている。


「明日の仕込みをしているんだ。今日は夜営業をしないからね」


 琴子を中に急かした女の人もそう説明すると、二人の女の人のところにいって、置いてあった包丁を手に取る。



(ここが、明日から私の居場所……!)


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