幕間












 冷たい教室。

 人気のない廊下。

 学校なんて言うところは、大体そんな場所だった。





 私は一人で冷え切った廊下を歩いていた。

 妙に軽い通学鞄と、妙に重い心のうちが反比例のようになっていって我ながら愉快だと思った。



 周囲に響く硬質な音は履きなれた革靴のせいだ。

 一階から二階へあがっていき、二つの教室を通り過ぎて、見慣れた教室を見つける。

 聞き慣れた音。

 触り慣れた手触り。

 引き戸のドアを開けて中に入れば、先生がいた。

 教室の中央で資料をもって私を待っている。ドアの音に気付くと、顔を上げる。



「          」



 そこで、私は夢だと気づいた。

 夢の中の私は、先生の言うことに何か答える。

 そしてそのまま先生のところに行き、促されるまま席につく。

 先生は私の隣の席に座った。



「あなただけよ。進路志望書を出していないのは」



 急に先生の声が大きくなった。



「まだ先のことだって考えがちなのはわかるけど、今から考えださないと本当に間に合わなくなるわよ?」



 先生の顔は霞がかってよくみえない。


 ただぼんやりとした夢の世界で、その声だけが良く響いた。



「少しだけでもいいから考えてみなさい。夏休み中に大学のオープンキャンパスもあるから、そこにいったり、自分でホームページをみて情報を調べてみたり。親御さんも心配なさってるから」



 目の前には一枚の紙があった。

 茶色い机に、白い枠。

 進路志望書と書かれたその紙は、すがすがしいほど白かった。


 そうだった。学校に呼び出されたんだった。


 本当にしくじったと思った。これはちょっとしたミスだ。

 出さないつもりはなかった。

 本当は適当なことかいて、適当にやり過ごすつもりだったのに。

 この一枚の紙切れのせいで、折角の夏休みなのに学校に呼び出された。親は朝から嫌味たらたらだし、着たくもない制服をわざわざ着込む羽目になったんだ。



「部活にもあまり行ってないって聞いてるけど」



 隣で先生はまだ話してる。

 蒸し暑い教室のせいで額に汗粒が出来てる。

 拭いたい。ハンカチで顔も腕も首の回りも全部拭いて、全部スッキリしたい。



「早見さん、何か悩みでもあるの?」



 五月蠅い。

 五月蠅い。

 五月蠅い。

 これは夢だ。







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