繁華街-4







「お願いがあるの」








 はっきりとした声が、ロウの足を止めた。


 琴子よりも何段も上に行ったところで、ロウが振り返りこちらを見ている。それを見上げながら、琴子は何かをしゃべろうと口を開けた。

 夕暮れを背景に、黒髪の彼がこちらを見ている。

 琴子は口を開けたまま、自分の中から言葉が出てくるのを待った。ロウは急かさなかった。一瞬の空白が二人の間に横たわった。


「教えてほしいの」

「………」

「どうして私がここにいるのか、どうしたら家に帰れるのか」

「………」

「ロウが知りたいって言うなら、私が知ってることを教える。そのかわり、あなたが知ってることを、私にも教えて。保護してくれるっていったけど、保護なら私はいらないの」


 彼の背後では、空の色が刻々と変わっていく。それは琴子もよく知っている夕焼けの色だ。

 もう少ししたらオレンジが薄くなり、空の青が濃くなって、群青色が下りてくる。

 そうしたらもう、夜の時間が始まる。

 どれもこれも、琴子が今まで見てきた、懐かしい空の色だ。


「取引しようって言いたいのか?」

「違う。協力しようって言ってるの。だって知りたいんでしょ?私のこと」


 ロウは瞬きをして何とも言えない表情で琴子を見返した。夕暮れの光がまぶしくて、琴子にはよく表情が見えなかった。彼女はじっと彼の答えを待った。


「………助けてほしいと言われるかと思った」

「え?」


 ロウが何かを呟いたが小さすぎてよく聞こえない。


「コトコは物好きだな」

「え、どういうこと?」

「特に意味はない」

「えっ?」

「そう言うのなら、俺たちの利害は一致している。保護って言葉は撤回しよう。協力しようか、コトコ」

「いいの……?私、いまのところロウに何かをしてもらうばっかりなんだけど」

「構わない。お前自身が情報源になる」

「そ、そう……」

「だから、そうだな。助けてもらってると思わなくていい。俺は俺の目的のために動いてるだけだから人助けと言われると居心地が悪い。俺たちは対等だ」

「…わかった」

「ぼけぼけしてると本当に日が暮れる。急ぐぞ」


 そう言ってまたロウが上り始めたので、これ以上差が開く前に琴子はなんとか彼の横に並んだ。すぐそこに原っぱが見える。原っぱを抜け森に入れば寮につく。日が暮れないうちになんとか帰れそうだった。

 変わらないロウの表情を横目で眺めながら、なんとなく、肩の力が抜けた気がした。

 張りつめていた気持ちが、少しだけ緩んだような、そんな感覚がした。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る