訪問者-2



「!」


 ハッとして琴子が立ち上がろうとした時には二人はもう動き出していた。


 ロウが琴子を背中で隠す。シャンがすばやく入り口に駆け寄った。

 琴子は呆けていることしかできなかった。

 ロウが琴子を一瞥する。黙ってろと言っているのだ。


 シャンはロウとアイコンタクトを取った後、呼吸を整えてから扉の向こうに声をかけた。


「………誰だー?」

「シャン?アーリアだけど。あなた達学院長に呼び出されえるわよ。こないだの一件からまだ何日も経ってないのにまた何かしたわけ?」


(女の子の声だ…!)


 琴子はハッと顔をあげた。久しぶりに聞いた同性の声だ。そんなことに喜んでいる場合じゃないのはわかっているけどたまらなく懐かしかった。こっちにも女の子はいるのだ。


「アーリア…わざわざ教えてくれるのはありがたいけどよ、男子寮にそんな簡単に入ってくるなよ。一応お前だって仮にも女なんだから」

「うるさいわね。折角教えにきてあげたのにドアもあけてくれないわけ?」


 振り返ったシャンにロウが顎でドアを開けろと指示をだす。

 シャンがドアノブに手をかける前にロウが何かを呟いた。


『目を閉じろ。一瞬でいい。扉を開けて』

「!?」


 囁き声とロウが扉を開けて廊下に出たのは同時だった。パチパチィとさっき聞いたような音が耳元で小さくなった。背中越しにロウを見つめる。神術を使ったに違いない。二人の話し声がかすかに聞こえる。

 ロウは扉に視線をやったまま。琴子もじっと黙って、嵐が過ぎるのを待った。しばらくして話し声がやむと、足音がして遠くに歩いていった。琴子がふっと肩の力の抜いた時。


「ロウー?開けるからね」

「!ロっ」


 声をあげそうになった口をロウが塞ぐ。反射的に暴れようとしたが、鋭い視線に睨まれて動けない。


「勝手にしろアーリア」

「相変わらず口が悪いんだから」


 女の子が部屋の中に入ってきた。三メートルもしない先に立っている。相変わらずロウは琴子の口を押えたままだ。彼女との間に視界を遮るようなものはない。


「ロウ、聞いてたんでしょう?あんたも呼び出されてんのよ」

「シャンがいったなら充分だろ」

「それはシャンが可哀想でしょうよ」

「学院長のところには昨日行ってきたばかりだ。もう飽きた」

「あんたはそれでいいでしょうけど、向うはそうもいかないでしょ」


 アーリアの視線はなぜか少しずれていた。部屋の奥、琴子たちの斜め後ろにおいてある勉強机のようなものに視線を向けている。そもそもこの部屋の現状に気付いていないようだ。

 琴子はロウの方を見た。ロウが瞬きをする。しーっと唇に指をあてた。琴子も黙って頷く。


 ロウがかけた神術は幻術かなにかだろうか。きっと彼女はロウがあの勉強机のところにいると思っているのだ。


「だいたい用があるなら昨日のうちに済ませておけばいいんだ。めんどくさい。あとでシャンが帰ってきたら内容を聞くさ」


 琴子は正直、こんな状況で平然と会話をしているロウが信じられなかった。

 ロウだけじゃない。シャンもだ。扉をノックされた一瞬で判断して、アイコンタクトでお互いを指示して。


(………場馴れしてる)


 俺たちは問題児なんだと笑っていたシャンの顔が浮かんでくる。


「ほんっとあんたって天邪鬼だよね。だから同期からも疎まれるのよ」

「あれはただの嫉妬だろ。俺にはどうしようもできないな」

「………ロウ」

「アーリア、実際はそれを言いにきたんだろ。あいつらはいい奴だよ。そんなことはわかってる。でも俺とあいつらが仲良く打ち解けるってことはあり得ないだろうな。あいつらにもあいつらなりの誇りがあるだろうし、俺には目的がある」

「………」

「わかったなら早く自分の部屋に戻れよ。この話はもうお仕舞だ」

「本当に卒業式にでないつもり?神官の試験に受かったら、式を待たずここを出るって聞いたけど」

「誰が言ったんだ。シャンだな」

「せっかく同期全員が揃うのに」

「行く必要性を感じない」

「……じゃあもう言わないけど、もし気が変わったらシャンと一緒に来てね。待ってるから。あとちゃんと学院長室にいきなさいよ」

「ああ、気が向いたらな」


 ドアが閉まる音がして、琴子はそっとドアの方を覗き見た。誰もいない。もう大丈夫だと思った瞬間一気に体の力が抜けた。どっと疲れがやってくる。床にへたれこむ琴子とは反対に、ケロッとした顔で立ち上がるロウ。



 ロウは腰を抜かしている琴子を見て薄く笑った。


「良かったなバレなくて」

「……死ぬかと思った……」

「あいつに見つかってたら確実に教授に突き出されてただろうな。あいつの担当教授は堅物で有名だから即憲兵行きだ」

「……ちなみにだけど、憲兵のところに連れていかれた場合……?」

「まあ牢屋だろう」

「絶対嫌‼」

「まあそうならないよう俺らも気を付けよう。お前をかくまってる時点で俺らの立場もあまりよくない」


 そうやって語るロウは楽しそうに見えた。

 この二日間で一番機嫌がいいかもしれない。


 ロウが腕を一振りするとまたさっきのあの音が聞こえた。術を解除したのだろう。

 実際に神術を使っているのを見ると、漫画か小説の世界に迷い込んだ気分になる。

 いや、多分そうなんだ。

 少なくとも、琴子が今まで当たり前に生活していたあの場所とは、何かが決定的に違う。


「……やっぱり私って他の人にはバレない方がいい?」

「それに越したことはないだろうが、まあ、無理だな」

「デスヨネ」

「そうだな……本当は今日この部屋を調べるのに使うつもりだったんだが、コトコの身の回りをどうにかするのが先か……」

「?」

「街へ行くぞ」





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