狂気の森

 ポルトの謎を解き、暗号の意図するところを読み解いた俺たちは次にポルトガル語を探していた。

「ポルトガル語って難しんやなー」

 三好さんが艶のある声で唸る。

現こんぺいとうてすいか

まどこんじょうんぎゅう

んきゅうけつきぷはずる

とめいたんていらかっぱ

ろくろくびきりんりすぼ

みせものせいやくつるた

かみさましんせつかめん

 俺は目を凝らしポルトガル語を探すもこんぺいとう以外はさっぱりだ。

「すいかってあるけど……違うよな?」

 見笠木さんは頼りない声を出す。

「違うと思いますけど……」

 俺は申し訳程度の声量で告げる。

「だよな……。くっそ、スマホが使えたらな」

 嘆くように見笠木さんは言う。

 誰だって思ってる。この状況下でスマホが使えないのは無理難題だ。

「なあなあ。逆から攻めたらええんちゃん?」

 そんな時、三好さんは何かを閃いたようで目を見開いていた。

「どういうことだ?」

 見笠木さんはメガネをクイッと上げてから訊く。

「到から言葉を辿っていくってことだろ」

 元気のない優樹さんがしおれた声で呟く。 「そ、そうか」

 悲しみの淵にいるような優樹さんを見て耐えられない気持ちになる。

「じゃあ、んたぼ。ってなんだ?」

「あぁ! ウチわかったわ!」

 見笠木さんがそう読み上げるや三好さんが叫んだ。

「な、なんだよ」

「そうか、俺もわかった」

 謎が解け、霧が晴れたような気分になりそう告げると見笠木さんが少し口を尖らせ「だから何がだよ」と告げる。

「反対から読めばいいんですよ。俺たちが今やってるのは反対から攻めること。だからんたぼを反対から読めば?」

「ぼ……たん。ぼたんか!」

 見笠木さんは勝気な笑顔を浮かべる。

「じゃあ次は……ぱるう?」

「ぱるうはうるぱやで? そんなんウチ聞いたことない」

 三好さんが茶化すように告げる。

「俺もないですよ。多分ぱっかの方でしょう。かっぱだし」

「河童ってポルトガル語なんだ!」

 三好さんが驚いたように声を上げる。

「多分思ってるのと違うぞ。かっぱはかっぱでもレインコート的なカッパだからな。多分……」

 見笠木さんは静かにメガネを上げ直しながら告げる。

「なんや……。残念」

 三好さんは本気で残念そうにした。

「なら次は……もしかして天ぷらか?」

 見笠木さんが細い目をキッと見開く。

「そう……ぽいですね」

 俺も天ぷらがポルトガル語だという事実が信じられず繋ぎ繋ぎの言葉となる。

「でも、それやったら繋がるよ」

 三好さんが水商売をやっている人の指とは思えないほど綺麗な指で現からこんぺいとうを通りてんぷら、かっぱ、ぼたんの順に行き到までなぞる。

「マジか」

 思わず声を漏らす。

「マジっぽいな」

 見笠木さんが再度メガネを上げて言う。

 四人はそれを頼りに歩き出した。霧の覆う入り組んだ森道をゆっくりと進む。

 そして暗号の示すがままに進むとそこには三つの人影があった。

「あそこだ!」

 見笠木さんが声を荒らげ、そこへと走って行った。

 俺たちもその後に続く。

 そこには大きな木に縛られた二人の女性と一人の男性の姿があった。

「緋里!」

 俺は慌てて縛っている縄が解こうと駆け寄ろうとする。

「行くな!」

 見笠木さんから声が上がる。

「どうして!」

 見笠木さんの声に呼応して俺も声が荒くなる。

「そこはまずい。何かやばい気がする」

 見笠木さんが言葉を選び俺に説明するも説得力が欠片もない。

「何がどう……」

 そんなやり取りをしている隙に三好さんが一人の男性の元へと駆けた。

祥二しょうじー!」

 刹那、激しい銃声と共に三好さんの腹部から大量の鮮血が迸った。

「三好さん!」

 涙ながらの声を上げる。

 ドクドクと流れ出る血は淀みのない鮮やかな赤。

 眼前で起きた突然の出来事に頭の中が追いつかない。

「狙撃……か?」

 狙撃……、何を言ってるんだ。

 ドンッ。また二発目の銃声が轟いた。

「うわぁぁぁ」

 少し後方から叫び声のようなうめき声のような、そんな声が上がった。

「見笠木さんっ!!」

 俺は喉が張り裂けるような勢いで名前を呼ぶ。

「だ……い……じょ……ぶ」

 見るからに大丈夫じゃない顔でそう告げられる。

 右太股からめまぐるしい量の鮮血が溢れ出ている。

「見笠木さん、脚!」

「気にするな。お前は速く逃げろ……」

「そんな……」

 ことできないと続けたかったが目に映る三好さんの遺体と脚から血を流す見笠木さんを見てはそんなことも言えずただただその場から逃げ出した。

「面倒を掛けてくれるなよ」

 霧とかろうじて差し込んでくる陽光が逆光で顔がよく見えないが、声は感情が没落したような印象を受けた。

 見笠木さんは右脚を庇うように引きずってその場から離れようとする。

「させると思ったか?」

 三度、銃声が上がった。

 俺はそれを背中越しに涙を流しながら聞いた。

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