絶海の孤島 摂淵島

 次に気がついた時、俺たちは島の上にいた。

 食事を摂ったところまでは覚えているのだが、そこからの記憶が1ミリ足りともない。

 辺りは木々が立ち込める森のような場所のようなでそうでない。潮の香りが色濃く出ており、波のザザーという音が強く聞こえる。

「こ、ここは……」

 ゆっくりと立ち上がる。強い風が俺を襲う。突風というのが一番近いだろう。

 俺は波の音がする方へと歩を取る。

「えっ」

 思わず言葉を失った。遥か下に見える海岸。ここは高さ30メートルほどの場所にある崖の上にある島。それならどうやって俺たちをここまで運んだんだ……。

 そう思い頭を動かし、視界を広げる。

「あっ……、ここか」

 金網の扉が付いていてそこに不格好な看板があった。"おかえりの方はこちら"と書いてある。

 俺はどこかガンガンする頭に違和感を抱きながらそこへ近づく。

「行くなっ!」

 太い声の叫びが俺にかけられる。

「な、何だ……」

 俺はすぐさま声のした方を向いた。

 スタイリッシュな眼鏡を掛け、短く切りそろえられた髪に凄みのある目をした男性がそこにいた。リュックサックを背負っていてるが、山登りに来たというような雰囲気ではない。

「どうして?」

「よく見てみろ。電気線だ。さっきこいつにぶつかった蝶が即死した」

 扉の真下に落ちていた蝶の死骸をみてゾッとした。焦げたように羽は黒くなっていて、薄らと煙も上がっている。

「わかったか?」

「は、はい。教えて下さり、ありがとうございます」

 俺は短くそう告げると緋里を探し出した。俺と一緒に来たんだ、いないはずはない。

 だが、どこをどう見てもその場に緋里の姿はなかった。

 そこにいたのは先程注意してくれたスタイリッシュな眼鏡を掛けた男性と俺とキャバ嬢のような胸元の大きく開いた服を着た20代前半の女性と激しいつり目で、決して男前とは言えない学生服を着込んだ男性だった。

 皆それぞれに不安げな表情をしていた。

「ねぇ、祥二しょうじは!?」

 キャバ嬢のような格好をした女性が甲高い声を上げる。

「知らねぇよ、クソババア。とにかく黙ってろ」

 スタイリッシュな眼鏡の男性が苛々を抑えきれないようで声を張り上げる。

「何よアンタ。偉そうに」

「まぁまぁ」

 ケンカに発展しそうなところにつり目の学生が間に入る。

「とりあえず自己紹介と分かっている状況を共有しましょう」

 年端もいかいないのに一番しっかりしているな。

「とりあえず僕は浜優樹はまゆうき。こんな格好してるけど25歳で会社員です。暗号を解いて豪華な船に乗って妻と食事を摂ったところまで覚えてます。そして次に気がついた時には妻とは別々で僕1人だけがここにいました」

 25歳……。この顔で……。

 学生でも通じるほど童顔の優樹さんは自己紹介を終えた。

「何でそんな格好してるわけ?」

 キャバ嬢風の女性が訊く。

「会社の打ち上げの帰りに寄ったので」

 体裁が悪いのか小声でそう答えた。

「そうか。んじゃ俺は見笠木幸みかさぎこうだ」

 スタイリッシュな眼鏡を人差し指でクイッと持ち上げる。

「歳は29で、会計事務所を経営していた。恋人と一緒に暗号を解き、船に乗った。そこからは浜さんと同じだ。食事を勧められ、それを終えたあたりから記憶が飛んで恋人と別れた今の状況に至る」

 スタイリッシュな眼鏡をもう1度上げ、位置を直す。おそらくこれが癖なのだろう。

「あっ、じゃ次は俺が」

 そう告げてから一呼吸置いて自己紹介を始める。

「俺は御崎睦広みさきむつひろ。18歳で引きニートしてました。俺も皆さんと同じで幼馴染みと一緒に豪華客船のような船に乗って食事を摂った後から記憶がなくて、その幼馴染みと離れ離れでこの場所で目覚めました」

 大人ばかりの前で話すことに緊張していたのが自己紹介を終えると同時に一気にほぐれ力が抜けた。

「そんな緊張しなくて良かったのに」

 優樹さんが優しげな微笑みをみせる。

「いえいえ、そのような訳には」

 改まった言葉遣いになれないが一生懸命使うから、精神力が削がれる。

「最後はウチね。三好藍みよしあいよ。21歳でキャバ嬢やっとったねん。仕事抜け出して来たから仕事着のままやねん。えっと、それでなウチのボーイフレンドの祥二と大きい船に乗ったんやけどご飯食べたあとくらいから記憶がこれっぽっちも……。で、祥二で別れてここにおるってことです」

 すげー関西弁。関東圏から出たことないからテレビの中だけのもんだと思ってたよ。

「じゃあ、不自然な程にみな同じ状況なんだな」

 眼鏡をクイッと上げ、見笠木さんは言う。皆、俺も含めて頷く。

「出入口は封鎖してあるしね」

 浜さんが困った顔を浮かべる。

「どーしたらいいん? ウチ怖いわ」

 両手で体を覆うような仕草をとる。

 こんなことできてる間は大丈夫だろう。

「あれ?」

 三好さんにそんな感想を抱き、地面を見た時それに気づいた。

「なんだこれ」

 赤い絵の具かなにかで地面に書かれているそれはすっかり乾いている。

「地図ちゃう?」

 三好さんは丸や少しうねった長方形のようなもの、そしてその周りには"崖"と丁寧に記載されている。

「僕もそうだと思います」

 浜さんは自分のスマートフォンを取り出しカメラに収める。

「この×印なんでしょうか?」

 地図上に書かれた3つの×印。俺はそれが気になり、他の大人たちに訊く。

「さぁな。だが、ここは俺たちのいるところだろ」

 見笠木さんは、顳顬こめかみを抑えてから眼鏡を上げて1箇所を指さし言う。

 地図の一番左端。そこが見笠木さんの指した場所だった。付近に"出入口"と記載されていることより、やはり俺たちが今いるところなのだろう。

「じゃあー、真ん中と右端のはー?」

 三好さんが辺りをキョロキョロとしてから訊く。

「知らねぇ。けど、多分どちらかに皆の待ち人はいる可能性が高い」

「そうだね。僕もそう思う」

 浜さんも見笠木さんの意見に賛同し俺たちは動くことにした。最初は中央付近に書かれた×印を目指して……。

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