第8話 サドルトランク


 事故死した鎌田の親からの連絡で、故人の形見分けでも無いが、使う者がいなくなった道具類は、目につくところに置いてあるだけで、残された家族にとっては悲しみの種になる。


電話連絡を受けて、私は相模原の蒲田の自宅へ行き、処分して呉れと言う鞍箱を引き取って来た。

 乗用車のトランクにすっぽり収まる様な大きさではなかったが、何んとか横にして納め、トランクの蓋を閉めずに走って持ち帰った。


 鞍箱は、強化プラスチック製で、高さがざっと130センチくらい、幅は70センチ、奥行きは幅よりあってざっと80センチ鞍で、持ち運びには底にキャスターが着いている。

 正面片側に蝶番がついていて、大きく扉を開くと、中央に2段の鞍置きの金具が取り付けられ、その左右に勒などをつるすフックがついていて、黒革のサドルが鐙と腹帯を着けたまで一背置かれ、両サイドのフックに、大勒と小勒が左右に分けてぶら下がっていた。

 天蓋の蓋を開けると、仕切り枠で3っつに分けられて、小物入れになって居て、拍車と皮の手袋がきちっと入れてあった。


 死んだ鎌田の性格を表すように、箱の中はきちっと整頓されていた。が、鞍カバーが丸めて底に突っ込んであった。


 鞍箱には直径10センチほどのゴムのキャスターがついていて、運ぶには押して行けば楽だった。良く気おつけてみると、底が10センチ近くも暑さがあるのに気付いた。

 車のトランクに入れて持ち運ぶ時、何となく違和感を感じたのはそれだった。

 

 私は、狭い場所に、苦労して箱を横に倒すと、じっくりと底板などを叩いて調べたが、別に何の変化も無く、叩いた音も強化プラステイックの乾いた音しか科あった。

 四角な枠に沿うって、外側の板の暑さに枠取りされた部分を、道具箱からマイナスドライバーを取って、枠の隅に当てて枠に沿って横に滑らせてみた。

 すると、枠と底板との間に、マイナスドライバーの先が入る隙間が出来た。

 私は、何となくやったとワクワク感を家事いながら、その隙間にドライバーの先端を差し込んで、枠の角を梃子にして底板を「パカッ」と外した。

 「かたっつ」と軽い音と共に、暑さ5ミリほどの底板が外れて、底板と共に、既におなじみのビニパックが滑り落ちて来た。


 「やばい」私は思わず素手でパックを掴もうとしたが、はっと思ってズボンからシャツの裾を引っ張り出すと、その裾でパックをつかみ取った。

 道具箱から金属カッターのはさみを取り出して、パックの隅をカットして中身を確認した。

 思った通りの、乾草大麻の葉が詰まっていた。


 まさか、と思っていたが、鎌田も大麻に染まっていたのだ。この大麻の事で誰かとトラブっていて、あの事故が起こったのじゃないかと私は推察した。


 大麻の供給元は、飼料屋で、乾草の間に挟み込んで運んでいたのだ。


 そう言えば、クラブに入荷した乾草の束のいくつかが、他のクラブへ分けられてゆくのを、変だなと思っていたが、多分、共同購入して、仲間にさばいていたのかと今の今まで思って、気にしていなかったのだ。


 何れにしても、このまま放って置くこともできないし、さりとて、自分の所属するクラブが、マリファナは軽いとは言え、薬に染まっていることには変わりはない、今回のことが無ければ、何事も無く付き合えたのに、オーナーや従業員と、それとなく距離を置いて付き合うのもしんどい。いっそ警察に通報するか、それも、何となく密告者の様なマイナスイメージが気になって躊躇われた。


 しかし、現実に、鎌田のサドルトランクの隠し場所から大麻のパックが飛び出した以上、自分で隠し持つわけにはいかない。

 大麻の値段も私には分からない、鎌田が、何者かと争った、いや、多分、争ったのだろう。どんな状況だったのか、事故処理されたが、あれは殺人ではないか、恐らく、その気はなかったとして、過失による殺人じゃないかと、頭の中ではそんな言葉が渦巻いた。


 戸田の話では、事故の有った馬運車の陰から聞こえた怒鳴り声、相模原グリーンライデイングファームの川崎の声に違いない、と言う事から、何らかのいきさつから鎌田は川崎に押されるかして倒れ、運悪く道板に頭をぶつけたのじゃないか、いや、転倒してぶつけたなら打撲痕が2か所になる訳はないと考えられるが、素人の私は想像するだけだ。


 乾草の梱包の間から、馬がビニパックを銜えて引っ張り出すようなハプニングは、そうそう二度も三度もある訳はない。

 そんな機会を態と作ってやればどうだろう。


そんな事より、当面、手元に在る物を処分しなければならない。分別ごみとして捨てる訳に行かない、持ってうろうろしていれば、覚えのない大麻所持で捕まりかねない、それにしても、鎌田の奴は死んだ後にも厄介を掛ける。


我ながら、一人苦笑いで、戸田に電話した。それは、鎌田が事故死した際に、検証に来た鶴巻署の刑事の連絡先を聞く事だった。


「それなら、私も一緒に立ち会いたいですね」と戸田は黒田と言う刑事の名前と連絡電話の番号を伝え、彼は彼で、煙草のすり替えなどが有るので、刑事に相談しようと言う気だった。


 戸田から聞いた電話番号は、黒田刑事の携帯電話の番号だったので、直ぐに彼に事の次第を電話で話せたところ、即、会って話を聞きたいと言うので、時間を合わせて鶴巻署で会うことにした。


 私は、直ぐ戸田に電話連絡し、夕方の6時に鶴巻署で黒田刑事に遭う事を知らせ、その時間に来るように伝えた。


 明日から競技がある御殿場の競技場から、急遽戻って来た戸田を伴って2~3段の石段を登り、警察署の入り口を入ると、

 すぐ目の前に上階への階段が迫り、左手に大部屋が有って、入り口からカウンターが奥の窓辺まで伸びていて、天井までの柱が3本ばかり、天井から、受付、車両・駐車場などと表示板がぶら下がり、その下に係の女性や男性が仕事をしていた。

 受付の女性警官に、来意を告げると、彼女は目の前の卓上の受話器を取ると、相手に私らの来意を伝え、頷くと受話器を戻し、一寸手を挙げて入り口の階段を示し「2階の3号室へ行ってください」


「有難うございます」私は礼を言って、戸田を促すと2階への階段を上った。

2階へ上ると、そのまま廊下が奥の壁まで伸びて、片側は署の前庭を見下ろす窓が並び、片側に、各扉の上に黒い板の表示板が1から5までの番号が表示されていた。

 受付で告げられた3号の部屋をノックすると「はい、どうぞ」と返事が有ったので、私はドアを手前に開き、奥行きの広い細長い部屋に入った。




 

 

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