小説版 ドローンバトラー天翔(かける)

澄川三郎

謎の招待状

ふたりのバトラー

 静まり返った室内に微かなモーター音が響いていた。プロポ(操作器)を操るふたりの真剣な視線を追わなければ、空中で静止している二台のドローンには気がつかないだろう。機体には九軸センサーに加えて腹面と背面にポジションカメラ、さらにアクティブソナーを搭載。数世代前とは比べ物にならないほどの安定性を誇る。操作が少しぐらい下手くそでも、プレートに立つ三角形のリキシは微動だにしない。

 リキシを落とされたほうが負け。ドローンバトルのルールはシンプルだ。どれほど姿勢制御が洗練されても、落とそうとする意志を持った二台がぶつかり合えばリキシは落ちる。衝突を避けようとする無理なマヌーバ(動き)は自滅を招く。態勢を崩したリキシは床まで直行だ。

 テーブルの上のスマホが赤く光った。バトル開始のシグナルだ。

 向かい合っていた一台がリキシの倒れない絶妙な速度で一気に突き進んだ。もう一台は回るように横に動きながら間合いを保とうとする。突進したドローンは機体を僅かに傾けてカーブを描く。二台の距離が縮まる。

 勝負は一瞬だ。息をするどころか瞬きしている暇もない。

 ギリギリの局面で守る側が上昇。追う側はピッタリとついていく。ついに二台が接触するという瞬間、守る側が回転を始めふんわりと沈み込む。追う側も追随しようとする。勢いのついた機体は思ったようには沈まない。斜め上に進みながら、守る機体の回転にはね上げられ大きく傾いた。


「ああ!」

 天翔の声も虚しく、滑り落ちたリキシは床上に張られた屋内練習用のネットに転がった。

「ちっくしょー、今日はタカシくんの三勝でボクの二勝かあ」

 オートリターン(帰還)ボタンを押してプロポのジョイステックから指を離す。自動制御に切り替わったドローンが天翔の足元に降りてきた。

 勝ったタカシはまだ試すようにドローンを操作している。今の動きを確認していた。

「タカシくんのリキシ、落ちなかったの? すごいね」

 目を丸くする天翔に気づいて、タカシは恥ずかしそうに目を伏せながら自動制御に切り替えた。

「わかった! あの当たる瞬間に機体を回転させたやつ、あれだね!」

 勝負を決めた動きを天翔は見逃していなかった。

「そう。あそこで機体を回したから、天翔くんのドローンとぶつかっても最低限の揺れで済んだんだと思う。あんなにうまくいくとは思わなかったけど」

「やっぱり狙ってやったんだ。すごいね、タカシくん」

 褒められたタカシは顔を赤くして照れながら、それを隠すように着地したドローンを持ち上げた。マイクロドローン社の競技用ドローンバトル専用機体 Air10(エア・テン)、天翔のマンションに先日アメリカから届いたばかりの最新型。コーティングされたカーボン製のプロペラガードの表面にはさっきのバトルの痕跡も残っていない。激しくぶつかったのではなく相手の力をうまく受け流した証拠だ。

「でも、やっぱり下に動くのは良くないと思う」

 バトルでは上を取るのが基本だ。今の作戦では、二台が万が一ぶつからなかった場合、リキシを倒されるのは間違いなくタカシになる。タカシはそれを反省していた。

「タカシくんのあの動きだと、ボクはつられちゃうなあ。よし、ビデオで確認しよう」

 三脚に設置したカメラからの映像はWifi経由でスマホからすぐにブラウズできる。パソコンに接続してじっくり見ることも可能だ。

「三脚だとアングル固定になっちゃうから、そうか、今度から撮影用のオートドローンを二台か三台、別に飛ばしておこうよ」

 天翔は指を鳴らした。

「あ、でも、もうそろそろ時間だから」

 学校が終わってから天翔のマンションに直行して二時間、調整とプラクティス(練習試合)の合間に新しいパーツやプログラムを試したりしているとあっという間に時間が過ぎていく。

「ええー、まだいいじゃん」

 天翔の口調がつい甘えたものになる。

「坊っちゃま、タカシさんのご都合もお考えください」

 いつの間にかジイやが立っていた。

「そうだ、タカシくん、今日もご飯食べていきなよ。食べながら反省会だ」

「ごめんね、今日は弟たちに帰るって言っちゃってるんだ」

「そうかあー」

 タカシの帰りを待ち詫びている弟たちのことを思うと、天翔もそれ以上は言えなかった。

「それと、天翔クンがIDを用意してくれたマイクロドローン社のBBS(電子掲示板サービス)で聞いてみたい質問もあるから」

「また姿勢制御の話? すごいよね、タカシくん」

「もっと英語できたら自動翻訳で苦労しなくていいと思うんだけど」

 天才と言えるほどのプログラマーで小学校の勉強では何の苦労もないタカシの弱点は英語とスポーツだった。一方の天翔も抜群の成績だったが、本人は勉強が得意だなどと考えたことは一度もない。家庭教師のリカコ先生には大学レベルの数学と物理を叩きこまれてヒイヒイ言っていた。

 タカシと出会うまで天翔は孤独だった。それはタカシも同じこと。同級生は子ども過ぎて話が合わない。ドローンバトルを通じてふたりは心を通わせていた。

「じゃさ、今日、リカコ先生も来ないし、タカシくん家(ち)にボクが行くのはどう?」

「ええー、相変わらず狭いし弟たちはうるさいと思うよ」

 ドローンバトルができるぐらいの広さの天翔のペントハウス(最上階の部屋)と比べると、普通の一軒家のタカシの家は狭い。そこに家族で暮らしている。

「ね、いいでしょ、ジイや」

 渋い顔をするジイやに天翔が最高の笑顔でウィンク。

「タカシさんが困ってらっしゃいますよ」

 ジイやは動じない。

「ううん、大丈夫です。じゃ、ママにLINEしとくね」

 嬉しそうにスマホに向かって話すタカシ。今時はLINEも音声入力だ。

「タカシくんのママの料理、美味しいんだよね」

 天翔の目が輝いていた。

 ジイやが咳払いをする。

「あ、バアやの料理も美味しいよ。もちろん」

「わかりました。お送りしましょう」

 ジイやは大統領のSPも務めた日系アメリカ人だ。しょうがないなと両手を広げて肩をすくめるジェスチャーは紛れも無く本物だった。

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