ドナドナ

 ある晴れた昼下がり、市場へ続く道。荷馬車がゴトゴト子牛をのせていく。


「ドナドナァ」

 飼い主の息子である、ピーターが荷馬車を追いかけて走る。

「ドナドナ」

 ピーターの目には涙が光る。ドナドナが生まれてきてから今日まで、ピーターは愛情込めて子牛を育ててきた。しかし、家は貧乏でドナドナを育てるゆとりはない。だから父親が市場にドナドナを売りに行くのだ。弟のようにドナドナを思ってきたピーターには内緒で。今日、牛舎に行って、ドナドナのいないことに気がついた、ピーターはそれを察した。父親が金目当てにドナドナを売り払うことを。慌てて荷馬車を追いかけたが、もう手遅れだった。


 一方ドナドナも悲しい気分でいた。

(もう、ピーターには会えない。僕は子牛のソテーにされてしまうんだ)

 自分の行く末を思い、自然に涙が出るドナドナ。やがて、荷馬車は市場に着いた。

「さあ、生きのいい、子牛だよ。肉は柔らか、歯ごたえもあるよ」

 父親はお客に声をかける。

「やあ、良さそうな子牛だ。わしが貰おう」

 そう言ったのは警察署長のオンドルだった。

「署長、お目が高い。30ゴールドにまけておきますよ」

「おお、それは安い。連れて帰って、ステーキにでもするか。今日は息子の誕生日なんだ」

 オンドル署長はドナドナを買って家に連れて帰った。

「おい、帰ったぞ。今日は子牛のステーキだ」

 オンドルが言うと、

「ダディ、子牛を殺すのはかわいそうだよ。僕におくれよ」

とひとり息子のストーブがドナドナをかばった。

「だがな、息子よ、これは雄牛だ。大きくなっても乳は出ぬ。図体ばかりでかくなる役立たずだ」

「ダディ、畑仕事の手伝いをさせるよ。僕はこの子牛が気に入ってしまったんだ」

「仕方ないな。今日はお前の誕生日だ。この子牛をプレゼントしてやろう」

「やったあ、ありがとう」

 ストーブは喜んだ。


 五年後、ドナドナはテリーと名付けられてストーブに育てられて、雄々しい大人の牛に育った。その力は普通の牛の五倍はあると言われ、畑仕事や、材木の運搬などに活躍した。

 ある日、オンドル署長がストーブに頼み事をした。

「ストーブ、テリーを一日貸してくれ」

「いいけど、どうしたの?」

「囚人を処刑台まで運びたいんだが、うちの署の牛が潰れちゃったんだ」

「どうして?」

「その囚人の体重が三百キロあって重くて牛が一回のせるだけで疲れて潰れてしまう。だが、テリーなら大丈夫だろう」

「三百キロ? それじゃあ身動きも出来ないね。なんの罪を犯したの?」

「父親殺しだ。自分の体重で、父親を圧し潰した」

「うわあ、でもなんで体重が三百キロもあるの?」

「幼少期のトラウマで引きこもりになって、部屋でジャガイモばかり食べていたそうだ」

「へえ」


 テリーことドナドナは署長に連れ出され、護送車を引っ張って囚人の元へ行った。そこには丸々と太った、ピーターが居た。彼はドナドナを売られたことにショックを受けて引きこもりになり、過食症にもなって三百キロの体重になってしまった。そしてその体重を生かして、恨めしい父親を圧死させた。裁判所の判決は死刑である。今日、処刑が行われる。

 ピーターは護送車を引っ張る牛を見た。そしてすぐに叫んだ。

「ドナドナ、ドナドナだろ。僕だよ。ピーターだよ」

 しかし、テリーになったドナドナには何も分からなかった。だって、牛だもん。


 ある晴れた昼下がり、刑場へと続く道。護送車がゴトゴト死刑囚をのせていく。

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