第8話 休日の決闘(中編)


【ダキニ】

 ダーキニー、荼枳尼(だきに)は仏教の神で天部の一人。インドのヒンドゥー教の女鬼に由来し、日本では稲荷信仰と習合して荼枳尼天と呼ばれる。


 平安初期の頃に伝来したとされ、日本の神道の稲荷と習合し、明治の神仏分離政策を受けるまで広くお稲荷様として信仰されていた。

 文献ではあの平家物語にも登場し、文学作品ではあるが平清盛や後醍醐天皇が荼枳尼天の修法を行っていたという記述も存在する。このことから武家との結びつきも強く、戦国時代では武将が城鎮守稲荷として荼枳尼天を祀ることもあったという。


 日本に伝わる以前は、ダーキニーは人を食べる魔女、または性的快楽により瞑想を行う修行の対象として描かれていたこともあり、その流れで一時は外法として忌まれたこともあったようだ。だが時代が進むにつれ荼枳尼天は好意的に解釈され、日本では『人を選ばない神』として、病気平癒に開運出世、はたまた農業、穀物、産業全般を司り、博徒や遊女はおろか差別階級の人間からも信仰されたという。



 ダキニについて詳しく話そうとすると、この程度の文章量では足りないくらいのエピソードや解釈が存在している。まあ要約すれば彼女は『元魔女でちょっと性的な意味でも危ない悪女だけれど、何でもありの神様としていろんな人を差別せずに救ってきた』という事だ。


 ……ちょっと要約しすぎたかな? でも、今ここにいるダキニ本人を見るにだいたいあっているのではないかと思う。


「で、ダキニ。あんた本当に戦えるのね?」

「マスターもしつこいですね。ご心配には及びませんよ」

 私とダキニは今、うちの中庭で薫さんと向かい合っている。周りでは見物に来たメイド達がきゃっきゃと騒ぎながら様子を窺っていた。


 そう、彼女たちは魔法使い同士の決闘……の模擬戦を観戦しに来ているのだ。


「薫さんのアレを引きちぎってご覧に入れましょう」

「こらこら、何物騒なこと言ってるのよ。あくまで決闘の模擬戦よこれは」

 ダキニの力を見たくて、本人の希望通りちょっと模擬戦をしてみようということになった。


「なあお嬢、本当にやるのか?」

 薫さんがけだるそうに頭をかきながらそう聞いてくる。

 決闘の時に使う、いつもの茶色い大きな紙袋を肩で背負うように持ちながら。


「俺は神格持ち相手に手加減できる自信は無いぜ?」

「随分な自信ですね薫さん。マスターに気に入られているからっていい格好見せようとしていませんか?」

「そんな事考えるのあんただけよダキニ。というか、本当に強いのよ薫さん」

 私はダキニと薫さんを交互に見る。ダキニはいきいきとして闘志を燃やしているようだし、薫さんは今にもため息をつきそうなくらい憂鬱。両者は対極だ。


「昔はうちの用心棒だったし、その前は要人の警護もしたくらいなんだから。あんたがどれだけ戦えるかは見たいけれど、無理しちゃダメよ?」

「私の身を案じてくれるのですね。マスター、嬉しいです」

 そう言って頬を赤らめるダキニ。ああ、駄目だ。これは一度薫さんに頭を冷やしてもらったほうがいいかもしれない。


「あんた神様なんていうくらいだし、自信あるみたいだからたぶん大丈夫だとは思うけれど。薫さんもやりすぎないでね?」

「お嬢、俺をちょっと過大評価してねえか?」

 薫さんはため息をつく。どうも乗り気じゃないみたいだ。


「薫さん、マスターの前だから言いづらいでしょうが、今なら降参してもいいですよ?」

 ちょっと待て。それじゃ模擬戦する意味ないじゃないの。

「あー……お嬢、降参していいか?」

「だーめ! ちゃんとやってよ二人ともっ! ダキニも魔法少女試験に連れていけるかどうかちゃんと見ないといけないんだからっ!」


 使い魔は本来主の手足となって働くものであり、扱いとしては魔法具にあたる。魔法少女試験でも私のサポートが許可されるのである。


 それはつまり、私の苦手な戦闘の試験をこいつにやってもらえるかもしれないという事だ。


「そう言えば昨日も仰っていましたね。魔法少女の試験なるものがあるのだとか。マスターはもう魔法少女ではないのですか?」

「それもよく言われるけれど、魔法使いと魔法少女は別物よ。魔法少女の資格を取るには、どうしても自分の身を守れるくらいの戦闘は出来ないといけないの。もしあんたがしっかりと戦えるなら、凄く助かるのよ。私闘ったりとか苦手だし」

 元々私の運動能力は平均くらいだし、取っ組み合いの喧嘩もほとんどしたことが無い。繊細な魔法の使い方は得意だけれど、炎を出したり相手をブッ飛ばしたりする大味な魔法は苦手なのだ。


「そうですか。マスターのお役に立てるのでしたらこの力、存分にお使いください」

「うん、ちゃんと戦えたらね」

 相手はあの凄腕の魔法使い、薫さん。もし薫さんと互角に、いや、そんな贅沢言わずにちょっとでも苦戦させられるくらいの実力があれば、魔法少女試験でも十分通用するはずだ。


「じゃ、離れて見てるから」

 私はそう言って二人から距離を取る。メイド達が周りで見ている距離まで下がって、戦いを観戦させてもらうのだ。


「お嬢様、今日はお嬢様は戦わないのですか?」

 そう声をかけてきたのは執事のジイヤだ。ピシッとした黒のスーツに背筋のまっすぐ伸びた姿勢、老紳士を思わせる理知的な風貌。その見た目は執事などと言わずに名家出身のお爺さんと言っても通じるだろう。


「ああジイヤ。今日はダキニがどれだけ戦えるかが見たいだけだから」

「ダキニさんは、お嬢様の使い魔ですよね。確か農作業を手伝ってもらうという事で呼び出したのでは?」

 にこやかな顔は、温和な彼の性格をよく表している。これでも怒ると怖いんだけれども。

「そのはず、っていうかその通りなんだけれど。まあ、戦えるんだったら魔法少女試験にも役立てられるし」

 せっかく呼び出した神格を持った使い魔なのだ。農作業に従事させるだけなんて勿体ない。


 本物かどうかは怪しいのだけれど。


「お嬢様……差し出がましいことを申しますが、農作業は旦那様よりお嬢様が言いつけられたことなのでは?」

 ジイヤがその好々爺としての表情を引っ込めて、鋭い視線を送ってくる。ああ、これいつものお説教モードかな。

「あー……勘弁してよジイヤ。ちゃんとお父様の言いつけ通り私も頑張るから」


 そう、ジイヤはうちの執事であり、私のお目付け役兼教育係だ。作法や生活態度、はたまた学校の成績までほぼあらゆる面で口を挟んでくる。


 ジイヤは悪い人じゃないし好きだけれど、お説教だけは苦手だ。


「まあ、農作業は大変ですしね。宗谷殿もお嬢様のやる気を見て喜んでいたようですし、私からも応援していますよ」

 今回はどうやらお説教ではなくお小言だったようだ。私はほっと一息吐いて安心する。

「まだ分からないことだらけだけどね、農業なんて。それよりジイヤやみんなこそ、仕事ほっぽりだしてこんなところでのんびりしてていいの?」

「はっはっは、ご無体なことを申されますなお嬢様。皆、魔法が見られると聞いて居てもたってもいられないのですよ。仕える者に威厳を見せるのも主の仕事です、お嬢様」

 そう笑顔で言いくるめられる。口ではジイヤにかないそうもないわね。


 確かに。ここにいるメイド達も、ジイヤも、皆魔法に憧れている者達だ。


 彼らは誰一人として魔法を使うことは出来ない。けれど、いやだからこそその不思議さに、神秘さに、美しさに魅了されている。


 これが魔法なのだ。


「じゃあ、そろそろ始めましょうか」

 私は離れた二人に向かって叫ぶ。

「おーい! 二人ともー! 準備はいいー!?」

「あ、マスター、少々お待ちを」

 ダキニのいつもの冷静な声が耳に届く。


 ……あれ? あいつ叫ばずにここまで声が届いて……。


「え!?」


 そう思っていた矢先に、世界が二重に見えた。


 突然、視界がまるでテレビ画面を二つふっと重ねるようにダブって見える。一つは私の視界、そしてもう一つの視界には、誰であろう、私が映っていた。


「えっ!? 何っ!? 何なのこれ!?」

「ど、どうされましたお嬢様っ!?」

 隣でジイヤが心配する声。そちらを向くと、ジイヤが私を見つめている。もう一つの視界では、私がジイヤの方を向いている映像が映る。


「どうやら成功ですね。マスター、私の目からの世界が見えますか?」

「えっ!? ダキニ!? どこから話してるのあなた!?」

 まるで頭の中から声が聞こえるように、すぐ後ろで囁かれているように声が聞こえる。振り返っても誰もいない。もう一つの視界では、あたふたする私の様子がはっきりと見えている。


「これは私の目から見た世界です。マスターには、私の視界と耳をお貸ししました」

「えっ! 何っ!? そんなことも出来るのあなた!?」


 さらっととんでもないことをやってくれる。


 使い魔から得られる情報を、使い魔の五感を通して伝える方法自体はあると聞いている。やり方までは知らないが、なかなかに高度な術だと言われていたはずだ。


「はい。私の視点から見たほうがマスターの勉強になるかと思いまして」

「……あんた、つくづくとんでもないわね」

 私は感嘆の籠ったため息を漏らす。普通こういうものは、事前の準備なしに、道具なしに出来るものじゃない。


 私の視界には、遠くでにこりと微笑んでいるダキニと、それを見つめる私が映っている。ダキニの目は相当いいのか、こんなに遠くからでも私の表情、揺れる髪の一本まで細かく読み取れる。音もさっきまでよりずっとよく聞こえる。メイド達の話声、みんなが踏み荒らす草の音、薫さんの呼吸音。そんなものまでつぶさに感じられる。


「お嬢様、どうしました!? お嬢様!?」

「あ、ああ、大丈夫よジイヤ。大丈夫、何でもないから」

 心配そうにするジイヤにそう言って落ち着かせる。そうか、ダキニの声はジイヤには届いていないんだ。


「私の声は聞こえますよね。マスターの声も小さくても拾えますので、指示を出す場合は私に叫びかけず、その場で囁いていただければ大丈夫です」

「ああ、うん……」

 私は半ば呆然としながらダキニの言葉を聞いた。梨を膨らませた時にもこいつの事を凄いと思ったけれど、今度のもまた格別だ。


 やっぱりこいつ、ただモノじゃない。


「あんた、やっぱりすげえな。流石お嬢の呼び出した使い魔だ」

 これは薫さんの声だ。ダキニに向かって話しかけているのだろう。

「恐縮です。そういえば薫さん、マスターの事を随分と買っておられるようですが」

 ダキニが向き直ると、驚いている薫さんの顔が映る。ダキニのクリアな視界から見ると、より一層美人に見える。


「マスターはあなたに教わって訓練していると言いましたが、体の構えも出来ていませんし無防備な事この上ありません。魔法使いとして戦うには、半人前もいい所だと思います。あの程度にしか鍛えられないようでは、あなたも大したことないのでは?」

 ダキニはさらりと毒を吐く。何気に私もけなしながら。


 ちょっとだけカチンとくる。


「ちょっとダキニっ! 薫さんの事バカにしたら許さないわよっ!」

「マスター、ちょっと黙っていてください」

「……悪かったな。確かに俺は別にお嬢が言うほど優秀な魔法使いじゃない。だが、あんたから見たらどうなのかは知らないが、少なくともお嬢が魔法使いとして優秀なのは」


 薫さんはそう言ってポケットからタバコを取り出す。咥えると、タバコの先にひとりでに火がついた。


「俺が誰よりも知ってるつもりだ」

「ふふ。さて、どうでしょうかね? 口だけなら何とでも言えますが」

 ダキニは悪びれることなく、恐らくはいつもの笑顔を浮かべながらそう言ったのだろう。向かい合う薫さんはそれを聞いて……。


「おーい! 全員、もっと離れてくれ!」


 大声で叫んだ。


 周りは何事かと驚きながらも、薫さんの指示に従って二人からさらに距離を取る。私もそれに混じって離れる。この距離だと、私の視界からはもう二人の表情は読み取れない。


 勿論ダキニの視点から、この上なくはっきりと薫さんの表情が見えているのだけれど。


「あー、お嬢、聞こえてるんだよな? 悪いが、ちょっと本気出してみたくなった」

 薫さんは、ダキニに向かって私に話しかける。タバコを咥えて煙をふかせながら、眼を鋭く光らせて。

「ダキニ、だったよな。売った喧嘩だ。きっちり買ってもらうぜ」


 その顔は、笑っていた。


「ええ、買いましょう。どの程度の実力か見せてもらいます」


 こうして二人の決闘……の模擬戦は幕を開ける。


 先手を取ったのは薫さんだった。魔力を短く溜めて、それを形にする。あれは薫さんの得意な攻撃魔法。一般的な魔法使いでも使える火の玉を出す魔法の、さらに上位の魔法。


 薫さんの前に、めらめらと燃え盛る火の槍が形成されていた。


 ダキニは真後ろに飛び、ついで飛んでくる火の槍をすんでの所でかわす。火の槍は下から斜め上に向かってダキニを狙い、顔をかすめるように飛んでいく。わざわざそんな風に飛ばすのは私達ギャラリーに火の槍が当たらないようにだろう。


「わっ!?」

「きゃっ!!」

「おおっ!?」

 周りから様々な声が飛ぶ。ダキニの耳から拾ったメイド達の声だ。


 休む暇も与えず、火の槍が次々と形成されダキニに向かって飛んでいく。ボッボッ、と低い音を鳴らしながらまるで矢のように鋭く速く。


「おおっ! す、すごいですねお嬢様……」

「え、ええ」

 私と、隣のジイヤはあっけらかんとこの光景を眺めるしかなかった。いや、私にはダキニの見ている世界が映っているから、ジイヤよりも迫力のある映像が見えている。


 ダキニは槍が形成される前にもう動いている。体をバネのようにしならせながら、アクロバットサーカスのように宙を自在に飛び回って槍を避け続ける。ダキニの特異な衣装がふわりと舞い、その長い白髪が激しい動きにぶんぶんと振り回される。


 薫さんはそれを冷静に見つめながら、ダキニの行く手を遮るように、退路を断つように、本体を狙うように様々に変化させて攻撃を続けていく。ダキニの目は火の槍の動きを正確に捉えて、最小限の動作でかわす。


 無駄のない動きだ。あんなに速い火の槍を本当に紙一重で避け続けている。魔法使いというより、スポーツ選手のようだ。


 何にせよその動きに唖然としているのは私もジイヤと同じ。


 そこで突然、薫さんが少し戦法を変えてきた。


「よっとっ!!」

 火の槍を作るのに今までより少しだけ時間をかけたかと思うと、その火の槍が今度は二股に分かれて飛んでくる。変則的な動きにダキニが一瞬立ち止まり、飛んでくる火の槍を……。

「わっ!?」


 手の甲で弾いた。


「きゃっ!!」

「えっ!?」

 ダキニの耳から、周りのメイド達の悲鳴と動揺が聞こえる。火の槍が激突したのだから最悪の展開を予想したのだろう。

 だがダキニはそんなメイド達の予想に反してぴんぴんしている。ダキニはさっきの火の槍の魔法を、無効にしていたからだ。


 ――魔法使いの戦い方には、大きく分けて二種類ある。


 相手が魔法使いでない時の戦い方と、相手が魔法使いである時の戦い方だ。


 前者の場合特に難しいことを考える必要はない。火の玉でもなんでもぶつければいいのだ。だが後者は違う。それこそ戦法をがらりと変える必要がある。


 魔法使いには、相手の魔法を無効にする力があるからだ。


 魔法使いの術で最も進化したものといえば、この『魔法無効の魔法』だろう。相手の放った魔法を瞬時に分解、無力化するのだ。


 意外に思うかもしれないが、この魔法無効の魔法こそ、魔法使いの最大の武器である。


 本来ならば火の玉にしろ何にしろ、魔法は自然界の力を借り、現象を現実のものにしている。だから火は対象に当たれば燃えるし、消すためには水が必要だ。


 だがこの魔法無効の魔法なら、火の玉を『出来る前』の状態にして、消滅させることが出来るのだ。


 これは魔力を使って相手の魔力に干渉させているためだと言われている。その為基本的に非常に少ない魔力消費で使うことが出来る。例えば火の玉を出すのに必要な魔力と比べ、打ち消すのに必要な魔力はその三分の一以下でいいのだ。

 このことから、魔法使い同士の戦いでは基本『先に手を出したほうが不利』なのだ。魔法を使って攻撃すれば無効化され、魔力を消費する。無効にする方が消費が少ないのだから、攻撃する方が先に魔力切れを起こすのは当然だ。


 なので闘い慣れた魔法使いは、無効にされにくい魔法や、相手に魔法を使わせるような魔法を使ってくる。いかに相手の虚をついて魔法を叩き込むか、いかに相手に魔法を使わせて魔力を消費させるか。そのうまさを競い比べるのが、魔法使い同士の戦いのセオリーとなる。


 薫さんは再び魔力を溜め火の槍を作る。今度は槍の先が歪でいくつも枝分かれしている。いかにも分散して飛びそうな槍だ。


「そらっ!!」

 薫さんが撃ち出した槍は予想通りダキニの前でばらばらになって、無数の鋭い棘のような形状でダキニに迫る。ダキニの目はそれをはっきりと捉え、自分に当たりそうなものだけを手で弾き効率よく無効化していく。

 だが、それで終わりじゃない。

 ダキニに当たらず後ろに回った棘が、くるりと向きを変えていた。その棘は背中から、ダキニを狙っている。


 そして前からは再び薫さんによって作られた槍が、今まさにダキニを射ようとして放たれる。


「ダキニっ!! 後ろもっ!!」


 気づけば私が叫んでいた。


 ダキニにこの声が届くか届かないかという所だろう。ダキニはその場でバク転して、足で前から飛んでくる槍を。そして振り返った後ろで飛んできた棘を、両腕で全て弾き飛ばしていた。


 魔法使いの戦い、というよりバトル漫画のコマを切り取ったような戦いだ。


「あ……」

「ご心配ありがとうございますマスター。ですが、このくらいなら問題ありません」

 ダキニは悠然と、薫さんに真っ直ぐ向き直って余裕を見せる。周りからはおおー、とかわーとかいう感嘆の声が聞こえてくる。


 いや、何コレ、本当に凄いんだけれど。


 魔法使いの戦いといえば、薫さんのようにバシバシ無効にしにくい魔法を撃ちまくったり、うまく誘導して魔法を使わせていったりするのが主流で、こんなアクション満載の武闘派な戦いなんて、生まれて初めて見た。


 というか薫さんの魔法って、撃ち出すのを事前に察知して無効の魔法を使っていないとまず間に合わないようなスピードなのに。こいつはぶつかる直前にしか無効の魔法を発動させていない。しかも拳や足に乗せて、文字通り弾くように無効化している。


 無効の魔法を使う時間も少なくて済むし、ぶつかる所だけに魔法をかけておけば消費も少なくて済むだろうけれど、なんて危なっかしいのかしら。鉄鋼をつけた拳で弾丸を弾いているようなモノよそれ。


「ちまちまとした攻撃ばかりですね。薫さんの魔法はこれだけですか?」

 ダキニの呟きが聞こえる。薫さんとも距離を取っているし、これは私に向けて言っているのだろう。


「ゆ、油断しちゃダメよダキニっ! 薫さん、まだ奥の手を使ってないわっ!」

 私は思わずダキニに叫ぶ。小声で囁くだけでいいはずなのだけれど、こればっかりは気持ちの問題だ。

「あの袋、ですか」

 ダキニは薫さんが抱えたままの、茶色い大きな紙袋に目を向けた。


「気を付けて。アレを使われたらきっと厳しくなるわ」

 ダキニの瞳に映る薫さんは、タバコの煙をくゆらせながら、静かに笑った。

「いや、大したもんだな。本当にこいつを使う羽目になるとは思わなかったぜ」


 薫さんにはまだ余裕があった。ゆっくりと肩から紙袋を降ろし、いよいよ切り札を使うつもりなのだ。


「あの袋、中身は何なのですか? 袋の外には『純情小町 業務用小麦粉』と書いてありますが……」

 ダキニの目は正確に袋の文字まで読み取っているようだ。本当にこいつの目はいい。

 ちなみに純情小町は商品名だ。


「そうよ、気を付けて! 中身は文字通り小麦粉だからっ!」

「……え?」


 ダキニは、この場の緊張にそぐわないあっけにとられた声をあげるのだった。

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