鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りの巻き:4 ばんそうこう

 階段を下りて忠はステファニーさんを降ろし、今度は来たときとは逆側のぼんぼりの列の側を通って神社の入り口の方を三人で目指す。

 ちょっとした人だかりができている一角があり何かなと、身長の高い忠が覗いてみると、そこにはゴブリン族と人間の友好を祈ったぼんぼりが一列に飾られていた。

「へぇ、もうゴブリンさん達のことを描いたぼんぼりも出てるのか」

「ステファニーさん、ゆっくり見ていきましょ」

 花華がステファニーさんと手を繋いでぼんぼりの方へ向かってゆく。

 色とりどりのぼんぼりに、人間とゴブリン族の人たちが手を携えている絵などが描かれている。

「あ、花華さんあそこなんて書いてあるんですか?」

 花華と一つのぼんぼりに近づいてステファニーさんが上を指さす。

「うん? えーっと、五部厘人間友好、ははひどいあて字ねこれ。

 うん、ゴブリンと人間で仲良くしましょってこと」

 ぼんぼりの一つに漢字で、でかでかとそう書いてありこれにはゴブリンと人間の絵は描いてはいなかった。

「なるほど」

「ちょっと江戸風に書きたかったから当て字なんでしょうね、だったらカタカナで書いても良いと思うけどね」

「うーん、カタカナでも私読めないですからねぇ」

「そっか、ステファニーさんもうちょっと近くで見たい? また抱っこしましょうか」

 花華が気軽に言うと、彼女もこくりと頷いて、さっき忠に抱かれていたように、

 花華にも抱かれて二人で隣のぼんぼりへ移動して眺めている。

 隣のぼんぼりは先程とは違って壮麗な絵で人間とゴブリン族達の事が描いてある。

 そんな様子を眺めていた忠は、

「あ、二人とも、僕写真撮ろうか。折角浴衣なんだしさ。記念に撮っとかないとね」

「そう言えば写真とか全然思いつかなかったなぁ、お兄ちゃんお願い」

「忠さんも映らなくていいんですか?」

 ステファニーさんはスマホを取り出して二人に構えている忠に言う。

「あー、そうだなぁ、とりあえず二人で。はい、笑って笑ってー」

 ぴこぴこと何枚か写真を撮る。

 綺麗な浴衣姿の二人と、後ろのぼんぼりが良い感じに撮れた。

「よし、これならお父さんとお母さんにも自慢できるかな」

「どれどれー見せてー」

 ステファニーさんを抱える花華に撮った写真を見せると、二人とも喜んで、

「おっ、いいじゃーん、なんか私、思ったよりも女っぽいかな」

「後ろもちゃんと映してくれたんですね。花華さん綺麗ですね! 私も綺麗かなぁ」

「うん、ステファニーさんはもちろん綺麗ですよー」

「ふふふ、忠さんありがとうございます。綺麗に撮って下さって」

「そうね、お兄ちゃん、今度私が撮ってあげるからステファニーさんと並んでよ?」

 花華も一応気を利かせたいらしく、ステファニーさんをゆっくりと降ろしてから、

 ささ、早く並んでー! と忠に指示を出す。

 ちょっと人の合間で空いている空間があったので、

 今度はステファニーさんを抱き上げなくても良さそうで、

 内心ちょっと残念な、ほっとしたような感じもしつつも忠は彼女の隣に並んで、

「はい、そこでいいよー! はい、チーズ!」

 花華は写真のセンスは無いようで、どこか間の抜けた感じの絵面になってしまったが、写真を見せて貰ったステファニーさんは「よかった、忠さんとも写れて」と喜んでくれたので忠もまぁいいかと思った。

「うーん、折角三人で浴衣で来たんだし、やっぱり三人でも写真撮っといたほうがいいかなぁ」

「そうかぁ、でも誰かに頼まないとダメよね」

「忠さん、無理にとは言いませんよー」

 と、ステファニーさんは気を遣ってくれるのだが、ここは折角だし、と割り切って思い切って通りがかった家族のお父さんと思われる人に写真撮影を頼み込む。

「あの、すみません、写真撮って頂けませんか?」

 忠はこんなことを人に頼むのは初めてだったので緊張しまくりだったが、二人の手前頑張らねばと意地を張ったのもあった。まぁ、綺麗な衣装の花華に頼んで貰うようにお願いすれば簡単だったようにも思うが、それはちょっと嫌だったのもあった。

「ええ、いいですよー、揃って浴衣なんて素敵ですねぇー」

 人懐こそうな家族連れのお父さんは快諾してくれて、

「お母さん、ちょっと写真撮ってあげるね」

「あなた、スマホなんてちゃんと撮れるの? ねぇキミ、この人機械全然ダメなのよ、操作ちゃんと教えてあげてね」

「はい」

 という遣り取りのあと、三人仲良く枠に収まって写真を撮って貰ったのだった。

「おーうまくいったかな」と撮影を依頼したお父さん。

「ありがとうございます」と三人揃えて礼を述べると、

「いやいやー、それほどでも。はい、スマホ。それにしてもキミはいいねぇ、

 こんな美人さんに囲まれてー」

 何気なく言われてしまって、

「えっ!? いや、家族ですから、その……」

 しろどろもどろになる忠に、後ろの花華とステファニーさんは笑ったのだった。

「それじゃ、お祭りを楽しんで」

「ありがとうございました!」

 写真を撮ってくれた家族と別れ、三人で写った写真を見た忠は確かに美人に写っている女性陣をみて少しニヤニヤしてしまった。

「まったく、お兄ちゃん顔に色々でてるわよ」

「良いじゃないですかー、忠さんも楽しんでくれてて」

 下からの彼女の声に、

「うん、なんかすごい幸せだなーって。いやしかし、また花火の時みたいなことにならないようには気をつけないとね」

 自戒して気を引き締めてから、じゃ行こっかと引き続きぼんぼりを見つつ、

 祭りの喧噪を楽しみつつ、神社を巡った。

 きっと今年のぼんぼり祭りは良い思い出になるだろう。

 と三人が三人思っていたに違いない。


 鶴岡八幡宮の大鳥居を抜けて人混みの中、鎌倉駅へ今度は帰る道をゆく。

 少ししか経っていないがこの時間にもなるとライトアップを目当てにした客が多いようで、これから神社に向かう客の列は行きの倍くらいにはなっていた。

「お兄ちゃん、タイミング良かったねぇ」

「そうだな、今から行ってたら大変だったかも」

 てくてくと駅方面へ三人で歩いて行くと、ふとステファニーさんの口数が少ないことに気付いた忠は彼女の方を見る。視線に気付いてちょっと申し訳なさそうに彼女は、

「忠さん、その、すみません、足が……」

 忠が視線を落として彼女の爪先を見ると、親指の付け根のところが下駄の鼻緒と擦れて赤くなっていた。

「ああ、ステファニーさんゴメンなさい。私が急がせたりしたからかな。下駄は慣れないとすぐそうなるのよね」

 花華がしゃがみこんで彼女の足を見る。

 忠は近くにあった観光客向けのベンチのところまでそっと彼女を連れて行き、

 座って貰ってから、

「ごめんなさいね、忠さん、もっと早く言うべきだったかな」

「ううん、そんなことないよ、大丈夫です。こんなこともあろうかとー」

 財布から絆創膏を取り出して、

「実はお母さんに言われてたんですよね、ステファニーさん下駄慣れてないから気をつけてあげてねって。ちょっと脱いで下さいね」

 言うなり、彼女の小さな足を取って、下駄を脱がせて、彼女の右足の親指付け根の部分を見る。そんなに酷くはなっていないようだが彼女は足も白く小さいので、赤くなっているところが痛々しい。

「ステファニーさん痛くないですか? 無理に歩かせちゃうと悪いし」

「いえ、こうしてる分には大丈夫です」

 そっと彼女の足に絆創膏を貼り付け、鼻緒と当たる部分にクッションになるようにする。

 忠がステファニーさんに治療する様子を横で見てた花華は、

 忠があんまり優しそうに彼女の足を取って絆創膏を巻き付けているので、

 あー、なんかちょっと、王子様がガラスの靴をシンデレラに履かせようとしてるみたいだなぁ。なんて勝手に思ってから、いや、待てよ、それじゃお兄ちゃんとステファニーさんが、王子様とお姫様じゃないか。とぶんぶんと想像を消した。

 忠に絆創膏を貼って貰ったステファニーさんは、そっと地面立って、とんとんと爪先を突いてから少し歩いて、

「うん、全然痛くありません。忠さんありがとうございました。まるで魔法みたい」

 と自分の足の痛みが消えてしまったことに驚いていた。

「いえいえ、そんな、薬とかも塗ってないですし。無理はしないで下さいね。

 あんまり痛かったら家までだっこでもいいですし」

 膝を地面について心配そうにする忠の手を取って、

「今は大丈夫ですけど、甘えてお願いしちゃうかも知れません」

 少し甘えた声音でステファニーさんがそう言うと、忠は照れて慌てて立ち上がろうとしてよろけた。

「お兄ちゃんまだまだ王子様には遠いわねー」

 と花華が突っ込んだ。

 無理をしないようにとゆっくり駅まで向かう最中、

 忠は近くに甘味処があるのを思い出し、

「そうだ、僕この辺で美味しい甘味処知ってるんですよね、そこでちょっと休憩して行きましょうか」と忠が二人に提案した。

「あー、そっかーこの辺だっけ、煮あずきのお店あるとこ。うん、そうしましょ。

 ステファニーさん足痛いんだし、ちょっと休憩」

 花華はすぐに思い当たってにこにこ顔で了承してくれて。

 ステファニーさんは甘味処? 煮あずき? と言う顔をしていたが、

 花華が「スイーツですよ、甘いお菓子のあるお店」というと、

 パッと表情を明るくして、

「はい!」と元気に返事をした。

 ステファニーさんも花華も女子っぽいところは女子っぽいなぁーと、

 若干引きずられ気味にお店に向かいつつ忠は、

「あ、お金は僕が出すから良いからね」

 と兄の威厳を保つために言い添えた。

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