花火大会前日、見るも艶やかな。

 7月31日、花火大会前日。

 忠はゆるゆると朝から川瀬さんとLINEで遣り取りしていて、

『明日セブンイレブンの前で待ち合わせしよう』

『うん、夕方の5時頃でいいかな』

『うん大丈夫。ステファニーさんと一緒に行くね』

『やったぁ! 楽しみ、私浴衣で行くからね、

 忠君とステファニーさんは浴衣なのかな?』

『なんかお母さんが張り切って用意してくれたらしくて僕は浴衣なんだけど、

 ステファニーさんもたぶん浴衣だと思うよ』

『忠君の浴衣姿も楽しみだなっ、じゃっ、明日ね』

 可愛いこつめってぃのスタンプでバイバイが送られてくるのを見て、

 自然と頬がにやけてしまう。まぁ仕方ないよなぁと思う。

 リビングに降りていくと花華とステファニーさんは浴衣姿で、

 お父さんとお母さんの前でくるくると回って、

 それを披露していたようだ。

「あ、忠さん、見て下さい、浴衣縫い上がったんですって。どうです? 似合いますか?」

 早苗が調達したらしい鼈甲べつこうのようなかんざし

 赤い髪を綺麗に結い上げて、ステファニーさんは花華の

 濃紺に白抜きの朝顔の浴衣を作り直した彼女用の浴衣を纏っている。

 髪の色に合わせたかのような赤い帯で彼女の身長と相まってすごい可愛く、

 それでいて大人っぽく仕上がっている。

 花華には一切ないのだけど、ステファニーさんには

 帯の上の合わせに豊かな膨らみもあって、そのラインがなんとも色っぽいし。

 と、そこはじっと見つめないようにこらえた。

「すごい似合ってます! 髪も素敵ですね、お母さん簪なんてよく用意できたねー」

「それは私の友達からの借り物だけどね、

 いやはやステファニーちゃんには似合っててびっくりだわ」

「すごい大人っぽいですねー、

 ステファニーさんの雰囲気に合ってていいなぁー」

 忠に褒められてちょっと頬を染めたステファニーさんは

 ありがとうございます、と忠の前まで近づいてきてぺこりと

 頭を下げてから、微笑んでくるっと廻ってくれた。

「私もお気に入りなんです。お母様ありがとうございます」

 くるっと廻った時に胸が大いに揺れるのも見えたけど

 見なかったことにしよう、

 お父さんはというと、煩悩と戦っている忠を尻目に

 必死に花華をデジカメで撮っていた。

「もうお父さんやめてよー、はずかしいよー」

 花華はというと、白地に赤い華やかな撫子柄の着物で帯はピンク。

 正直此方はステファニーさんのように

 しっくりくるというより少々着せられた衣装な感じもしないこともないけど、

 それでも去年の花華と比べると子供浴衣だった印象とはだいぶ違って、

 女性がちゃんと着てる印象だった。

 お父さんがバチバチ撮るデジカメの先端を両手で塞いでる。

 お父さんは特にカメラマニアというわけでもないけど、

 まぁ帰ってくる度に花華の写真は良く撮ってるから、今回もそうだよなと思う。

「花華ー、すごいいいぞー! あっという間に大人だなぁー、

 女の子の成長は早いから写真に撮っておかないと、

 すぐ変わっちゃうからなぁー、撮らせてくれよ」

 微妙にキャラ崩壊しててあららとなる。

 黒に牡丹の浴衣を可憐に着こなしてる

 お母さんがむんずと二人の間に割り込んで、

「お父さん、私も撮って下さいな? さっきから花華ばっかりでずーるーい」

「うん、そうだよお父さん、お母さんも撮ってあげて、はい、交代!」

 花華が早苗の背中を押してカメラを構える真一にくっつける。

「ちょっと、花華これじゃ枠に収まらないわよ」

「こんなに近くっちゃね。でも、早苗さんも綺麗だよ」

「もう、お父さんってば、なにいってるのよ」

 あら、この雰囲気始まっちゃったか……。

 眼も当てられないので子供は大人しく退散しておこう。

 たたっと、忠の方に花華も退散してきて、

「お兄ちゃん、私の浴衣どう?」

 年甲斐もなく熱々な夫婦はガン無視でそう尋ねてきた。

「うん、去年までは子供っぽかったけど、今年は大人っぽくなったな、花華」

 あけすけにそう言ったら怒るんじゃないかと思ったのだけど、

 花華は眼を丸くして、

「そ、そう、ありがとう」

 なんていって下ろした髪を耳に掛ける仕草をした。

 お世辞で言ってるんじゃなくて割と本気で大人っぽくていい。

 いつからこんな大人っぽくなったんだって、

 絶対ステファニーさんが来てからだ。

「花華さんすっごい素敵です! 私より色っぽいかも知れません。これなら大丈夫ですね!」

 とステファニーさんが太鼓判を押してあげた後に可愛くウィンクしてあげてる。

 これなら大丈夫?

「う、うん。ありがとうステファニーさん、私頑張るからっ」

 私頑張るからっ?

 なんのこっちゃと、

「花華明日花火大会普通に友達と行くんだよな?」

「えっ!? う、うんそうだよ。〝友達と〟いくよー?」

 なんかあからさまに眼が泳いだ気がしますが、

 まぁ夏休みだしいろいろ考えがあるんだろうからほっとこう。

「ふうん、まぁ、男友達と行っても僕はなんとも思わないけど、

 お父さんにはバレないようにしろよ? 友達のほうが八つ裂きにされちゃうからな」

 忠が妙に鋭い勘を発揮して言い当ててしまったが、

 お父さんの心配をした方が先決だと思った花華は。

「お兄ちゃん、お父さんには絶対変なこと言わないでよ」

 と小声で忠に言ってきて。

「お願いだからねっ」

 とまで食い下がった。

「はいはい、言いませんよ。

 でも僕だって明日はクラスの女の子と会うんだから、頑張らないとなっ」

 と謎の対抗馬宣言をしつつあ、と思い出した。

「お母さん僕の浴衣は?」

「はいはい、忠のはこれ。そうそう、お父さんのはこれね」

「お、僕のもあるのか! さすが早苗さんお裁縫の仕事は早いね!」

「明日の花火大会は、忠と花華とステファニーちゃんは

 お友達と観に行っちゃうみたいだから、私達大人は二人で

 しっとり観られるようにと思いまして。

 うちで浴衣でおビールでも飲みながらベランダで観ましょうね、あ・な・た♪」

 しっとりと、真一にしなだれ掛かって見つめ合うようにしていう早苗。

 色っぽいというかむしろエロいので辞めて下さいはずかしい。

「わーい! やったぞー忠! うらやましいだろー」

 白に近い〝きなり〟という色らしい浴衣を母から預かりつつ、

 子供のようにはしゃぐお父さんを困った顔で見返して、

「良かったねお父さん、しかも今年は夏休み長いんでしょ? ゆっくりしてってよ」

「ああ、忠、存分にたのしむぞー、

 そうだ、まだ皆に言ってなかったけど京都の実家にも顔出しに

 2,3日行こうと思うんだ。

 勿論ステファニーさんも一緒にだ。みんないいかな?」

「え、本当っ? お婆ちゃんの家去年行けなかったから楽しみ!」と花華。

「京都、お話には伺ってましたけど、古都なんですよね、

 私も連れて行っていただけるんですか!? 楽しみですっ」

 浴衣の袖を持ってぴょんと跳ねて喜ぶステファニーさん。

「僕も楽しみ、皆で旅行なんて久しぶりだね!」忠が言うと、

「そうね、だいぶ行ってなかったわねー

 いつもはお婆ちゃんたちに来て貰うことの方が多かったしね、

 お爺ちゃんも大きくなった忠と花華に会いたいって電話で行ってたし、

 2,3日と言わず、ステファニーちゃんに京都案内するのも兼ねて

 1週間くらいいけるといいんだけどね? お父さんどうしましょう」

「そうだねー、それも良いかもしれない、

 ただ京都は暑いからなぁー1週間も行ってると疲れちゃいそうだよ、

 まぁスケジュールと向こうの都合は聞いてみるね」

「うん、楽しみだわ、お願いしますね~」

 花華も忠もステファニーさんもこの決定には喜んだ。

「ステファニーさん、僕今度京都案内の雑誌買ってくるから

 見たいところチェックして置いて下さい!」

「はいっ! 素敵なお寺とか、お茶とか、お菓子とか、楽しみですっ」

 ステファニーさんはすごい笑顔で、

 衣装も相まってそのまんま京都にいっても問題ないだろうなという感じだった。


 その後しばらく女性陣によるファッションショーが続いて、

 締めにとばかりに、花華がおずおずと着替えに行ったかと思えば、

 ステファニーさんに貰った黒いドレスを着てきて、

 どうしてもお父さんに見せたかったからと苦笑しつつも、

 ものすごいドキドキ顔でどうかな? とか訊いてた。

 お父さんは勿論、鼻血噴き出すんじゃないかって言うくらいの興奮ぶりで、

「花華、すごいな! こりゃーディズニーの姫様じゃなくて本物だな! すごいな!」

 といいつつバシャバシャとまた写真を撮ってる。

 花華は自分から着替えた癖して恥ずかしいから撮らないでーって

 真っ赤になってた。

 可愛いし、お父さん好きだし、まだまだ子供だなぁ~と思った。


 夕方ステファニーさんが、

「お母様、ちょっと私町田さんのうちのアイレさんのところに行ってきますね」

「はい、行ってらっしゃい、一人で大丈夫かしら」

「ええ、近いから大丈夫です、

 それにちょっとしたゴブリン族同士のお話なので、気になさらないで下さい」

 と出掛けていった、

 まぁ、彼女も同族とでお話ししたいこともあるだろうし、

 近所だからといって忠に護衛を頼む距離でもないかなと早苗は、

「気をつけてね~」

 と送り出した。

 遣り取りを後で訊いた忠もちょっと心配にもなったけど、

 まぁ大丈夫かなぁ、

 とは思いつつもステファニーさんが帰ってくるまではちょっと心配だった。

 数十分して、

「ただいまー」

 とステファニーさんが帰ってきたとき、

 忠は無意識で玄関まで走って迎えに行ってしまった。

「あ、ステファニーさんお帰りなさい。大丈夫でしたか?」

 忠の走って来ていた音はバッチリ聞こえていたみたいで、

「ふふ、忠さん心配してくれたんですか? ありがとうございます」

「あ、ええ、まぁ、その、すみません」

 慌てる忠を見て、今はもう普段着のステファニーさんは、

「嬉しいな。ちょっとの距離だったのに」

 と玄関の下からだとだいぶ離れて見上げる視線になってしまって、

 上目遣いで忠の顔を見て喜んだ。

 しばし見つめ合ってしまってから忠ははっとして。

「あ、暑かったでしょう? お茶でも淹れますね」

 と足早にキッチンに向かった。

 忠のそんな優しいところが大好きなステファニーだった。

 キッチンに入ると、

「あらステファニーちゃんお帰りなさい。アイレさんとはお話しできた?」

「ええ、お母様。あ、これ町田さんからお土産です、結構色々貰ってしまって」

 と彼女が手提げを開けると、タッパに入った佃煮などが出てきた。

 ステファニーさんはもう一つ手提げを持っていたけど、

 これはアイレさんからの預かり物らしい。

 たしかにゴブリンの女性同士でもいろいろしたいことはあるだろうなぁ。

「あらあら、町田さんてば、

 ステファニーちゃん、こんどいろいろ貰って帰るときは魔法こっそり使って良いからね、

 重たかったでしょう」

「いえいえ小さい箱ばかりだったので大丈夫でしたけど」

「遠慮しないでいいわよ、私も行く度いろいろ貰っちゃって大変だからね。

 お父さん、寝てないで今度町田さんのところにお礼に行ってきてよね」

 テレビの前のソファでうとうとしてた真一はぼんやり話は訊いてたらしく、

「んんー、はい、解った。

 いつも君たちだけにしちゃってて町田さんの家にも気を遣って貰っちゃってるからね、

 京都に行く前に挨拶に行ってくるよ」

「うん、そうしてね」

 でもやっぱり気になった忠はステファニーさんに、

「ステファニーさん、もう一つの手提げは?」

 と訊くと、

「え? ああ、これの中身は明日までヒ・ミ・ツ♪ ですよ」

 にこやかに返されてしまい余計に気になってしまった。

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