お母様はお父様が帰ってくるのが楽しみなようです

 終業式が明日に迫った日、忠も花華も今日は午前授業だった。

 花華は家でお昼を食べると早めに帰ってきていたが、

 忠は友達と夏休みの計画を立てるから学食で食べてくるなど

 というメールを寄越して午後3時くらいには戻るという。

 リビングのカサブランカはまだ衰えず、

 それどころか最後のつぼみが膨らんで明日にも開きそうだった。

 早苗はお昼を食べつつぼんやりとカサブランカの香りとともにその白い花を見つめていた。

「お母さん、なにぼーっとしてんのー?」

 花華は冷やし中華を平らげ、ステファニーさんとチューペットを

 半分ずつ切って舐めだしたところだった。

「いや、お父さんが帰ってくるのがちょっと嬉しくってさー、

 この一ヶ月は特にいろいろあったじゃない、それで」

 芹沢早苗は39歳、花華から見るお母さんは、身長が高く、胸も大きく、

 たるみはなくて、大人っぽくて、美人な自慢できるお母さんだ。

「明日返ってくるのかーって思ったら、この花とか、

 ステファニーちゃんとか、どうやって紹介しようかなって、

 なんかワクワクしちゃってさー」

 年甲斐もなくやけににこにこしてて、

 今日は珍しく外出するときのような化粧をうっすらしてるところを見ると

 なるほどねぇと花華は思ってしまう。

 うちの両親は仲が良いのだ。とっても。良いことだけど恥ずかしくもある。

「なーんだ、それで今日珍しく化粧までしてるんだー。お父さん喜ばせようって作戦かぁー」

 花華はアイスを吸いながら、浮かれた早苗がどこか面白い。

「あら、気付いてたの? あんた急に目敏くなったわねぇ」

 言いつつ早苗も、あの人が喜んでくれると良いなと思ってしまう。

「ふふふ、お母様とお父様は仲が良いんですね、羨ましいです」

 ステファニーさんは半分のチューペットの棒が大きくて冷たくて、

 お母さんに渡して貰った台ふきんで下の方を包んでから上から少しずつ吸っている。

「やぁよ、ステファニーちゃんまで、

 こんなおばさんが年甲斐も無く浮かれてるからやでしょう?」

 喋りこそわざとおばさんっぽくしているに違いないが、

 見た目と行動と外見は意外に、というかかなり、若々しいので、

 もっと女の子っぽくすればいいのにと花華は思ってしまう。

 だけど、花華以上にお母さんが恥ずかしがり屋なのは良く解っている。

「そんなことありません、お母様は素敵な女性です!

 もっと〝らしく〟してらしてもいいのに、ご主人様が帰ってくるのが

 嬉しいなんてとっても可愛いです」

「ま、ありがとう!

 そっかぁ、らしくかぁ、ちょっと女の子してみようかな。

 アピールも兼ねて。むふふ。さーて、明日の晩はなに作ろうかな~、

 豪華にステーキにでもしようかしら、あ、今晩は前哨戦だから冷しゃぶとかで我慢してね」

「私〝冷しゃぶ〟って大好きです!

 この前いただいた時に食べたごまだれが美味しかったですー」

「あらー、ステファニーちゃんに気に入っていただけて嬉しいわ、

 今日は茄子とかもあったからそれも茹でて添えてみよっかな~」

「私茄子は醤油で食べるのが良いなぁ~」

「はは、花華は渋いわねぇ、どこで舌が肥えるのかしら」

「えー、夏茄子はレンジでチンして、鰹節かけて、醤油かけるのが一番だよー」

「ますます渋い、良いわ、一品はそれにしましょ楽しみにしててね」

「私も手伝わせて下さいね、お母様」

「うん、ステファニーちゃんよろしくね」

 ちょっと女の子らしい話から脱線していって晩ご飯のおかずの話になってしまった。

 むむーお母さんを女の子っぽくするにはどうすれば?

 ちらりと目の前のステファニーさんに目が行くと、

 彼女は今日も素敵な装いで、ただチューペットと格闘しているだけなのに

 それは美しく見える。そうか、やはり服か。

 花華は母の日にろくなものを贈ったりもしなかったのと、

 結構貯金が貯まってたのを思い出して一つ思いついたことがあった。

「そうだ、ステファニーさん、このあとお買い物行きませんか? 一緒に」

「暑いから気をつけていくのよ、二人とも帽子は被っていってね」

「うん、麦わら帽だしてあるし、気をつけるよ。日焼け止めも塗らなきゃ」

「うんうん、最近花華も自覚が出てきてよろしい」

「花華さん、どこへ行くんですか?」

「あ、その、ちょっと大船まで出て見ようかなって、

 ステファニーさんあんまり遠出したことないでしょう?

 大船まで行けばちょっとしたショッピングモールもあるからいいかなーって、

 それに室内だから涼しいし」

「大船か、ちょっと遠いわね、気をつけてね」

「うん」

 とはいうものの鎌倉駅周辺は観光客用の施設ばかりで、

 この暑さの中では見て歩けるところなど無く、

 七里ヶ浜から江ノ電に揺られて30分程かけて大船まで出ないと、

 ショッピングするところは無いのである。

「携帯もってくし、夕立になったら駅までお迎えに来てね」

「良いわよ、忠にどこかであったらよろしくね」

「はいはい、じゃ、ステファニーさんアイス食べ終わったら出掛けよう!」

「はい! 私楽しみです!」


 ゴブリン族は江ノ電もJRも政府のお達しで今は無料の期間だ。

 車窓に見える七里ヶ浜、その向こうの青い海、青い空、

 遙かに浮かぶように見える青い惑星テラリア。

 この不思議な光景にはまだ慣れた者なんて居なくて、

 誰もが窓に身を寄せて遙か海を眺めている。

 海側とは反対の椅子に座れた私達もその眺めを見ていた。

「ステファニーさん、テラリアってすごい綺麗な星ですよね、

 国連とかの人が色々調べてるみたいですけど、戻りたかったりしますか?」

 平日の午後といえど、7月の半ば、サーファーに現地の人、観光の人、

 その他大勢で座席は埋まっている、それに中にはちらほらとゴブリン族の人の姿も見える、

 ステファニーさんの赤い髪色が気になるのか何人かは通りすがるとき目礼をしてくれていた。

「重力の関係で、戻るのは大変みたいですけど、

 そうですね、植物とか動物とかがちゃんと地球で保護していただければ、

 戻りたいとは思いませんね。

 今の地球の皆さんが大好きですから、もちろん花華さんも」

「そう言っていただけると嬉しいです!

 でもちょっとステファニーさんの故郷も見てみたいかな、

 いつか行けると良いかなって思います」

「ふふふ、ありがとう」

 などと言っているうちに、江ノ電は住宅街に入る、

 家の軒先を行く電車に、これもみるのは初めてでステファニーさんは

 ワクワクと目を輝かせていた。

 そう言えば彼女は電車に乗るのも初めてなのに、

 どうして怖かったりしないんだろう。

「花華さんと一緒だからですよ~」

 そんな顔をしてたらしい私に、察して彼女が話してくれた。

 テラリアには魔列車と呼ばれる電車のような交通システムはあったらしい。

 といってもそれは新幹線などに近いイメージみたいだけど。

「なるほどそうなんですねぇー、

 そりゃー魔法も使える文明ですもんね、地球より進んでるところもあるのか」

 花華はぼんやり、ステファニーさんの服装なども相まって、

 テラリアは19世紀前くらいの文明なのかと思っていたが、

 お兄ちゃんが好きな超古代文明とかあそこら辺のイメージの方が正しい

 みたいだと考えを改めることにした。

「でもこんな家の軒下を走るような電車はありませんでしたし、

 すごい興味津々なんですけどね」

 ステファニーさんといろいろ見ながら、鎌倉を行くとこれまで見ていた

 何気ない日常の物も新しく新鮮に見えるのかも知れない、

 これはちょっと嬉しい発見に繋がりそうでいいかもと花華は思った。

 鎌倉駅で江ノ電からJRに乗り換える、

 そういえば移動中はステファニーさんと何気なく手を繋いだままだった。

 姉妹みたいで嬉しい。身長は私の方が大きいけど、

 もちろんお姉ちゃんがステファニーさん。

 JRに乗り換えてからは二駅であっという間に大船だ、

 周りにある建物が急に背が高くなるので、都会だなぁという感じがするけど、

 江ノ島の辺りから、都内まで通っている人だって居るのだから、

 大船程度ではまだまだ都会とは言えないのかも知れない。


 駅を降りて喧噪の中、二人で大船駅のショッピングモールにたどり着いた。

「そうだ、言うの忘れてたんですけど、今日のお買い物、

 ステファニーさんにも手伝って欲しいんです」

「はい、私でお手伝いできることがあれば」

 ちょっと大きめの麦わら帽に黄色いワンピースのステファニーさんは

 ショッピングモールに入って、ふう涼しいと人心地ついたみたい。

 今日も可愛い。

「実はお母さんに、お洋服をプレゼントしようかなと思って、

 お父さんが明日帰ってくるから、ちょっといいやつ着て貰いたいなぁって」

 対する花華はアロハシャツにジーンズ素材のキュロットだ。

 夏の、どこにでも居る中学生という感じ。

「まぁ素晴らしいですね! そっか、だからここまできたのね」

「はい、ここならちょっと大人の女性向けの服もありますから。

 浴衣も繕って貰っちゃってるし、

 いつもお母さんからは服は貰ってばっかりだからたまには返してあげないとなーって」

 二人でお店を何軒か通り過ぎて、

 ここぞという大人の女性向けの服屋さんを選んで入った。

「いらっしゃいませー」

 お姉さんの店員さんが出てきて、

 花華とステファニーさんを見て首を傾げつつも喜んで迎え入れてくれた。

「すみません、今日は母に服をプレゼントしてあげたくて」

 緊張した声音で花華がそう言うと、なるほどと、お姉さんが破顔して、

「一瞬、ゴブリンさんがお客様かと思いましたー、

 お美しい方ですね~、でもまだうちはゴブリンさんのお洋服はお取り扱いが

 無くて焦ったんですよ~」

 ころころとわらう気さくな二十歳くらいの、大学生だろうか、

 お姉さんは私達をオススメの商品の棚に案内してくれた。

 ステファニーさんはお世辞だと解ってても、

 お美しいと言われると嬉しそうな所を隠さないのも大人の女性として格好いいなぁ。

 オススメの商品の棚の前で、女性の30代向けで、

 ちょっと可愛い、お母さんに似合いそうな服を探す。

「ステファニーさん、どれが良いと思います?」

「そうですねぇ~」

 ステファニーさんも真剣に選んでくれているようだ。

 お姉さんが思い出したように店の奥に行ったと思ったらすぐに

 高いところの商品が取れる棒のような物を持ってきてくれた。

「もしかして、お二人からお母様にプレゼントなんですか?」

「はい、そうなんですよ」

 ステファニーさんがにこりと微笑んで返すと、

 その笑顔にお姉さんは口に手を当てて小さく素敵、と言ったのが聞こえた。

「高いところの商品は私が取りますね、良いのあったら言って下さい~」

 お姉さんも背は割と高くない方なようで、

 私達をみてすぐに思いついてくれたらしい。

 たまたま、お店には私達しかお客さんは居ないようだった。

 よく品定めをしていたステファニーさんが

「あ、あれはどう?」と指を指した。

「わ、素敵。お母さんに似合いそう」

 ちょっと高いところのトルソーが着ていた、

 淡いミントのトップスと、茶色のコンフォートミニスカートのセットだ。

 ミニスカートはちょっと頑張って貰うとして、

 この組み合わせは間違いなくはまっていた。

「わ、センスありますねぇ、あの商品は結構人気で、

 あのセットで在庫限りなんですよね、サイズとかが合うと良いんですけど」

 と、お姉さんが下ろしてくれて、

 サイズを確認するとお母さんとこれまたぴったりだった、

 流石に値段はちょっと高かったけど、

 いつものお礼と思って奮発してみた。

 そしたらお姉さんが最後の一着だからオマケしてくれて助かった。

「ありがとうございました。またいらして下さいね、

 今度はお二人のお洋服も、是非選んで下さい!

 9月にはゴブリンさん用のお洋服も扱う予定ですから~」

 とお姉さんは店先で気さくに送ってくれた、

 やっぱりアパレルの店員さんってすごい憧れるなぁ、

 こういう仕事って素敵かもしれない。

「すごいいい方でしたね、今の店員さん。

 お洋服もお母様に似合いそうですし、良かったですねぇ、花華さん」

「うん、ステファニーさんと一緒に来て良かった、

 私じゃさすがにあれは選べなかったんじゃないかなー」

「でも花華さんも、お母様のサイズバッチリ覚えてて、

 流石お裁縫好きな方の娘さんだなーって思いました」

「ははは、そうかな」

 ショッピングモールの柱の時計を見ると時刻は3時半、

 丁度夕飯の準備のお客さんが増えてくる前の時間帯で比較的どこも空いているようだ。

「ステファニーさん、ちょっと喫茶店でケーキでも食べていこうよ、

 まだ時間も余裕あるしね~」

「でも花華さんのおかねですよね」

 ステファニーさんは地球に来てからというもの意外にも次の職については真剣に考えていた、

 働かざる者~と言うわけでは無いが、生来自分から何かしたいタイプらしく、

 そろそろ身体を動かさないとなまってしまうと思ってるみたい。

「んー、今回はお付き合いしていただいた私からのお礼なので、気にしないで下さい」

「花華さん、悪いですね」

「ううん、そんなことないですよ、気に病むようだったら出世払いって

 言葉があるんですけど解かりますか?」

「しゅっせばらいですか?」

「うん、食べながら教えたげる~」

 と花華はスターバックスに入ってコーヒーとケーキを二つずつ注文した。

 ステファニーさんは出世払いの言葉の意味を知って、

 便利な言葉があるんですねぇと頷いていた。そして、

「じゃあ、今日のケーキのお代は出世払いでお返ししますって、

 こういう使い方で良いんですよね?」

 とにこりと笑っていた。

「はい、そうです、でも、今回はダメーです。私の奢りなのです」

 花華が両手でバッテンを作ってそういうと、

「そんなー、花華さん、ありがとうございます」

 とステファニーさんは恐縮しきりだった。


 家に帰って、お母さんに買ってきた服を二人からですと

 花華とステファニーさんがプレゼントすると、

 文字通り躍んで喜んで、二人を抱きしめて。すぐに着て見せてくれて。

 これならお父さんイチコロね! やったー! なんて言っていた。

 お兄ちゃんはテンションが高すぎるお母さんにあきれてたみたいだけど、

 たまにはいいでしょ?

 お母さんだって女の子だもんねー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る