夏休み前最後の週の月曜日

 腰越中学校、朝の2年3組。

「斎藤楓ー」「はい」

「鈴木沙織ー」「はい」

「芹沢花華ー」「・・・」「芹沢~?」「あ、は、はい!」

 と、朝の出席を取る小山田光先生はさておき、すぐ隣に座っている安達が気になって仕方ない花華は、今日は一日中そのことだけを考えて頭がいっぱいいっぱいになりそうだと思っていた。


 案の定、なかなか話しかけるタイミングは掴めなくて、

 放課後の皆が帰った後、最後まで教室に残って机に突っ伏し頭を抱えていた。

「んーあーもうー」

 花華が席で悶々としていると後ろから声を掛けられた。

「あ、芹沢、やっぱまだ残ってたんだ」

 サッカー部のユニフォームに着替えて、

 校内だというのにサッカーボールを小脇に抱えて、

 教室の入り口に安達は立っていた。

「あっ、安達……」

 眼も合わせずらい。

「俺、馬鹿だけどさ、お前がなんとなく

 話しかけるタイミング窺ってたのは解ってるつもりだったんだけど……」

 つかつかと花華の席の隣まで来て、その場でリフティングをし始めた。

 といっても室内なのでボールを高く上げたりはせず、

 放ったボールを首の付け根でキャッチして、

 バランスを取って落とさないようにしている。

 花華はつい釣られて安達を見てしまう。

 視線を引こうとしているのだろうか。

「――よっと、うまいもんだろ? 慣れると30分くらいやってられるんだぜ?」

 花華はちょっと自慢げに話す安達くんに、危うく見惚みとれてしまいそうになる。

「なによ安達、昨日の、その、……返事訊きに来たんじゃ無いの?」

 花華は席に着いたまま、どぎまぎしながら安達に尋ねる。

「いや、恥ずかしいじゃん。やっぱ。ガチで訊いたらサ。よっ。ほっ」

 ボールを2度3度と、胸、太もも、と受ける場所を変えて、

 足首で落ち着かせて、初めて安達くんと目線が合った。

 で、どうなのよ? という視線ではなくて、

 あくまで優しい彼の視線に、花華はちょっと驚いてしまった。

「! 何よー……」

 花華は安達くんが自分より〝こういうこと〟は相当得意

 なんであることを解っていたつもりだったが、

 彼のこの顔を見たらやはり納得せざるを得ないのと同時に、

 自分がいかに初心うぶなのかを思い知った。

 顔に熱が上がってくるのを隠せない。

「その、昨日も言ったけど、お前の都合が良かったらでいいって、

 そんなことより、いきなり誘ったりした事の方が驚かせたろ? ゴメンな」

 と言うと、足首でキャッチしてたボールを蹴り上げて両手で取って、

 くるりと回れ右して教室から出て行ってしまいそうになるので、

 慌てて花華は席を立ち、安達くんの手首を掴んだ。

「ちょっと! 待ってよ――」

 安達がボールを取り落とすが、それを追おうとはせず、

 慌てて花華の方を振り返り、触れられた手にものすごく驚いている。

「安達、女子にちょっと触られたくらいでビックリしすぎじゃない?」

 花華にとってもその安達の顔は意外すぎて噴き出してしまう。

「い、いきなり掴むからだろ」

 言い返すと安達くんも笑っていた。

 その手を互いに振り解こうとはせず

 そのままちょっとだけみつめあってしまった気がした。

「ごめんね、返事、もうちょっと待ってて」

 慌てて手を引っ込め、視線も外して下を向いて、

 花華が照れつつそう言うと。

「気長に待つよ。あのさ、芹沢。

 一応いっとくけど、悪戯とか、友達にそそのかされたからお前誘うんじゃないからな」

 急に恥ずかしくなってきたのか彼も頬を掻いてごまかしつつそう言った。

「え、うん、解った」

 ステファニーさんの言った通りだった。どうしよう。

「もし女子と行きたいってんなら無理に俺に合わせなくてもいいからサ」

 うんうんと大げさに頷いて安達は言った。

「……あの、私、その、もしもよ。

 もしも安達と一緒に花火大会観に行くっていうことになったら……

 安達は浴衣とかの方が良いと思う?」

 うわああ、私なに言い出してるのっ!?

 と自分でも思うが、悩みが先行しすぎてそこまで達していたことに

 口に出してしまってから自分でも驚いた。

「えっ!? そ、そりゃあ、芹沢だったら浴衣とかも似合うんじゃね?」

 安達くんもびっくりしつつそう返してくれた。

「じゃあ、考えとく、返事はもうちょっと待ってね!」

 顔から爆発しそうなくらいドキドキしてただろうけど

 精一杯イニシアチブを取るため頑張ってみた。

 ステファニーさんだったらすましてこう男性に言って

 その気にさせるくらい簡単なんだろうなぁ。

「マジで!? 俺期待しとく! ありがとな、芹沢!」

 単純馬鹿にはそれだけでも効果覿面こうかてきめんだったようだ、

 ものすごい笑顔で抱きついてきそうだったので話題を変えよう。

「安達、早く行かないと部活遅れるよー?」

「あ、やべ、じゃあな!」

 言うと彼は、ボールを拾ってからすごい元気な駆け足で

 グランドに向け躍んでいってしまった。

「……もう、まだ返事してないのに。」

 もう決まったようなものだった。


 その日の帰り道、ちょっと色々と早まってしまったんじゃないか

 と花華は自己反省しつつ、帰ったらまたステファニーさんに聞いて貰おうと思っていた。


 一方、同じ日の忠の様子はと言うと。

「ねぇ、芹沢君、由比ヶ浜の花火大会って行く?」

 昼休みに、解放されている図書室へ行って、

 本をあれやこれやチョイスしてたら、またいつの間にか、

 川瀬さんが近くに来ていてそう尋ねられた。

「あ。川瀬さん。うん、行こうかなって考えてるよ、

 ステファニーさんと、妹も誘ってだけど」

 忠は花火大会のことはまだ漠然としか考えてなかった、

 だが初めてだしステファニーさんにはどうしても見せてあげたいなとは思っていた。

「そっかぁ、家族でかー、わたしも家族でかなぁ、うーん」

 あごに手をあてて悩む様子の川瀬さんはいつものように可愛い。

 ちょっとした思いつきがあって、

「あ、そうだ川瀬さん、こないだうちにステファニーさんに

 会いに来てって言ってたけど、花火大会で会おうか。

 ステファニーさん、地球の花火は初めてだから見せてあげたいんだ。

 大勢の方が楽しいだろうし、川瀬さんも一緒に……」

 と、そこまで言ってしまってから、

 もしかしてこれって川瀬さんがうちに遊びに来てくれる口実を奪ってるんじゃないか?

 自分で自分の首を絞めたかもと気付いたが。

 川瀬さんはぬかりない女子だった。

「じゃあ、忠君の家にお邪魔するのとは別の機会ということでー、

 花火大会でもお会いしましょ?

 ふふふー、わたしこの前お母さんに新しい浴衣買って貰ったの。

 丁度お披露目の機会になるね!

 楽しみだー、あ、ステファニーさんも浴衣とか着るのかしら? これは期待大ね!」

 と大喜びだし要所も押さえてくれるし、さらに浴衣!

 忠は内心ガッツポーズだ。

「浴衣!? 川瀬さん浴衣かぁ……」

 桃色吐息がバレバレだろう。

「あは。そんな期待しないでよう。

 でも私ステファニーさんの浴衣には期待しちゃいます!」

 両手で小さく拳を作って、

 図書室に響き渡らないよう声音を抑えてそういう仕草がまた可愛い。

「ステファニーさんの浴衣かぁ。

 彼女の服はお母さんが頑張って縫ってるんだよね。

 夏だしいろいろ解ってるだろうからお母さん浴衣も作るのかなぁ~」

「えー、忠君のお母さんすごいね。

 ゴブリンさんの服ハンドメイドなんだ。

 あ、この前の写真の、忠君のお膝に載ってたときの水色の服もお母さんの作品?」

「うんそうだよ、お母さん服飾の専門学校でてるんだよね。

 ステファニーさんが来てからやたらやる気でさ、いろいろ服作って着て貰って喜んでる」

「すごーい、素敵ー! それじゃあ浴衣にも期待できるねー。

 わたし今から行くの楽しみになって来ちゃった」

 すごい楽しそうな川瀬さん、

 僕は浴衣の川瀬さんに会えるっていうだけで満足なんですけど、

 あ、もちろん浴衣のステファニーさんも見てみたいですけど。

「僕も楽しみ。そっかぁ、今年は夏休み中も会えるんだね」

 ぽろっとうっかり本音が出てしまったのだが。

「ふふ、わたしステファニーさんにも会いに行きたいし、

 忠君とも会いたいし。花火大会も行けるし、

 あ、鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りも行こうね! 楽しみ!」

 ぼんぼり祭りの方は純粋に忠だけを誘ってくれたのだと、

 その時の忠は喜びすぎてて気付く余裕がなかった。

 ちょっと惜しい男の子なのである。


 他方、ステファニーさんはと言うと、

「あ、お母様、またお祭りの番組やってます。地球はお祭りが多いんですね?」

 テレビでやっている地方のお祭りを紹介する新日本風土記が、

 ゴブリン族への日本の風習の紹介として編成されてお昼に流されていた。

「そうねぇ、日本人はとにかくやたらとお祭り好きなのよね。

 特にお盆になる7月、8月は。

 今度花火大会もあるし、それに続いて鶴岡八幡宮のお祭りもあるし」

 お盆とは、とステファニーさんに早苗が説明すると、

 ああなるほどと、どうやらテラリアにも同じような風習があるらしい。

 素敵なお祭りの映像とともに映る女性達は皆揃って素敵な衣装を身につけていて、

 ステファニーさんはそれも気になっていた。

「この服装は日本の伝統的な衣装なんですか?

 すごい素敵ですねー」

 浴衣、着物、振り袖と、女性が見たらやはり気になる色とりどりの打ち掛け。

 ステファニーさんは元は西洋風のクラシカルなドレスを着ていたが、

 そのせいか、日本のクラシカルなドレスであるそういった着物にも気になるところがあるようだ。

「っは! そうよね、良い機会だわ!

 ステファニーちゃん! 浴衣って着てみたいかしら?」

 早苗は良いことを思いついたとばかりに跳び上がってそう提案した。

「ええ? この夏に着てらっしゃるのが浴衣ですよね、

 でもこういった服って流石に作っていただくとなると大変になるんじゃ?」

「ううん、そんなことないわ。

 特に浴衣なら、花華のお古のを作り直すなら早いからね!

 今から作っても十分間に合うし。よーし、やるぞー! まっかせといてー!」

 と眼がらんらん。

「わ! お母様ありがとうございます!」

 ステファニーさんもものすごく喜んで浴衣の出来上がりを待つことにした。

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