学校が午前中な土曜日は近所のゴブリンさんに会いに行こう

 最近、忠も花華もステファニーさんと一緒に居る時間が楽しくて、

 学校に長居はあまりしなくなっていた。

 まぁ忠は図書室には足繁く通っていて、本も読み続けているけれど。

 夏休み、特に課題として読書感想文を書けという物は鎌高にはないけれども、

 書けるくらいの本は夏休み中に読もうかなと計画していたりもする。

 土曜の放課後、川瀬さん目当てと言うだけでは無くて、

 忠が図書室で借りる本を選んでいると、

「芹沢君、そろそろお昼だよ。お腹減らないの?

 あ、図書室はまだ閉めないから大丈夫だけど」

 書架の後ろからひょいと川瀬さんが顔を覗かせて忠の隣に来る。

「ごめん、選ぶのもたもたしちゃって、

 川瀬さんこそ、お腹空かない? あ、今日はこれにしよう」

「夏目漱石! 渋いなぁ。

 私は大丈夫だよ、先輩とお昼、ここの準備室でお弁当だから。

 今日は委員の用事もちょっとあるから。

 芹沢君はおうちに帰るんでしょ?

 急がないとあの美しいステファニーさんも心配するわよー」

 ステファニーさんのことに話が及んだところで

 やけににこりとするのは女子としての対抗心がありますよって

 アピールなんだろうか。それはそれですっごい嬉しいんですけど。

「ステファニーさんは土曜は僕の帰りが早いってわかってるのかなぁ?

 いやそんなことより、あの美しいなんて形容は……」

「えーだってそう言うしかないじゃ無い、

 はぁ、あんな美女と一緒に生活してるなんて、忠君が羨ましい」

 こつんと本棚に額をあててそれでも優しく微笑んでいる

 彼女からは嫌みを感じないし、

 忠としてはここで二人きりでこそこそ話が出来ることですら嬉しい。

「うーん、彼女は家族だから大丈夫ですって」

 と謎の言い訳に続けて、

「そうだ、川瀬さん今度会ってみる?」

 思いつきだったのだが。

「え、いいの!? 私ステファニーさんとお話してみたいなぁ。

 あれ? でも、それって、私いま忠君のおうちに誘われちゃったってこと?」

 屈託の無い表情で言われて急に焦ったのは忠だ。

「あ……そ、そういうこと、になるよね」

 しまった、友達としてだって女子を家に呼んだことなんか小学生の頃以来だった。

 急に背中が熱くなってくる、外の蝉時雨が大きく聞こえる気がする。

「ステファニーさんにはお会いしてみたいからだけど、

 忠君からのお誘いだって嬉しいんだよ? 喜んでお邪魔させてくださいね!」

 深い意味はあまり感じ取れないけど、

 それでも川瀬さんは嬉しそうに笑ってくれた。言ってよかったかも。

「よかった、変なこと言っちゃったかと思った。

 じゃぁ、今度都合が良いときに。あ、夏休み入ってからでもいいし」

 忠は胸をなで下ろすが、川瀬さんはほんのりと笑みをたたえていて、

 本当に嬉しそうだ。あれ、もしかしてこれって良い雰囲気なんじゃ……。

「うん、LINEで連絡するね、ありがとう、私楽しみ!」

 席が隣なのと、友達内でのLINEのアドレス交換くらいはしてたけど、

 まさかこういう使い方をする日が来ようとは思ってなかった。


 その日、すごい幸せな気分で忠が帰宅すると、

 母と花華とステファニーさんは家に居なくて。

『町会長さんのお家のゴブリンさんに挨拶に伺っています』

 と書き置きがリビングの机の上に残されていた。

「そっか、町会長さん家にもゴブリンさんきてたんだ、

 ステファニーさんは同族の人と会いたいだろうし、

 連れてってあげたのかな~、ま、留守番しとこ。

 川瀬さんになんてLINEで話しよっかなぁ~」

 エアコンのスイッチを付けて、カサブランカに水をやって

 LINEのアドレス帳にある川瀬さんの名前を眺めてからお昼のカップラーメンを作った。


 芹沢家がある地区の町会長さんのお家はちょっと豪邸で、

 その地区ではちょっと有名だった。

 忠の家から五軒くらいしか家は離れていない。

「あそこよ、町会長の町田さんのおうち」

 母の早苗が指さす方にはちょっと古風な日本家屋らしい門構えの家があった。

 花華は何度か地区の用事などで来たことがあったし、

 お祭り前の集会なんかもここの家でやることが多い。

 早苗は奥さんとは昵懇の仲で、ご近所の奥さん連中と集まってよくお話をすることもあった。

 今日は奥さん連中からの情報で町会長さんのお家にもゴブリンさんが一人きたらしいのよ!

 という情報を得たので、ここ半月くらい来てなかったし、

 挨拶も兼ねてと花華とステファニーさんと一緒に来たのだった。

「わぁ、芹沢さんのお家も大きいけど、ここのお家はもっと大きいんですね」

 ステファニーさんは喜んで言う。

 彼女の視点からの場合、物理的に大きいと言うことだが、

 ここは豪華で日本庭園もあってそう言う意味での大きいもあるなと早苗は思った。

「そうなのよ、ここのお宅はこの地区の名主さんなんだから~いいわよねーお庭が広くて」

「私もね、お兄ちゃんとよく町会の子供会の集まりで来たことがあったんだ」

「そうなんですねー」

 彼女ら3人が家を訪ねると、奥さんが快く迎えてくれた、

 そしてうちでよくステファニーさんがしているように、

 奥さんの足元から、町田さんのおうちにきたゴブリンさんも顔を出して、

 3人に挨拶してくれたのだった。

「あ、初めまして、

 わたくし町田様のお家でご厄介になってるゴブリンのアイレと申します」

 とアイレと名乗る女性のゴブリンさんは

 ステファニーさんが来た頃の様なドレス姿程までは行かないが、

 整った服装をしていてどちらかと言えばパンツスーツのような恰好

 と言ったら良いだろうかグレーの服を纏っている。

 黄色い髪はショートカットで身長はステファニーさんと同じくらい、

 ステファニーさんよりちょっと年齢は若いようだ。

 クールな印象の眉に長い睫で青い瞳。

「ああ、同族と合うのは久しぶりです!

 アイレさん、私、ステファニーと申します! よろしくお願いしますね」

 今日は白に刺繍のワンピースのステファニーさんはホントに嬉しそうに彼女に駆け寄って挨拶した。

 するとアイレさんはしばらくステファニーさんを眺めた後、

「私も同族の方と会うのは久しぶりで嬉しいです!

 ……あの、失礼ですが、もしかしてその綺麗な赤い髪はファエドレシア家の方では?」

 と尋ねた。

 ゴブリン族の世界ではステファニーさんの赤髪を見ただけで王の血縁だと解るらしい。

 ステファニーさんが以前そもそも王の血族自体が少ないと言っていたことも関係あるのかな?

 と隣で花華は思う。

「そうです、王は、アヌカスェアイは私の叔父なんですよ、

 あ、でもそんなに畏まらないで下さいね、地球上では皆同じ立場なんですから」

 彼女が優しく笑って、アイレさんに言うと。

「お気遣いありがとうございます、

 でも私達が無事だったのもあなた様方の守護魔法のおかげと言うことには変わりません。

 お近づきになれて光栄です、ステファニー様」

 町田さんの奥さんも、早苗と花華も二人の話に聞き入っていた。

 守護魔法というのは彼女たちが星を巡ってここまで来る間に使っていた魔法のことだろうか、

 それにステファニーさんが何か関わっていたのだろうか?

「まぁ、様、なんてやめてください。

 私はアイレさんと呼ばせていただきますから、貴女もステファニーで構いませんよ」

 アイレさんの手を取ってステファニーさんが微笑みかける。

 こういうやりとりをみてると流石に王の血縁なんだということが

 ぼんやりと解って花華はすごいなーと思ってしまった。

「あ、ありがとうございます、ステファニーさん! 仲良くしましょうね!」

 握った手を優しく掴み返してアイレさんが喜んだ。

 アイレさんはどちらかというと人なつこいタイプで、

 元気にそういう姿が可愛らしくて、パンツスーツなんて恰好じゃ無きゃ、

 仲の良い姉妹のようにみえるかも。

 母の裁縫欲をそそるだろうなーと花華が横目で早苗を見るとなにやら既に思案中の模様。

 そのうちゴブリンさん御用達の服屋でも始めるんじゃ無いかこの人は。

「私もご挨拶しなきゃね! ステファニーさんとおっしゃるのね、よろしくお願いします。

 町会の町田です、芹沢さんのお家とはずいぶん仲良くさせて貰っているのよ、

 アイレさんに早速友達が出来たようで嬉しいわぁ!

 私とも仲良くして下さいね! こーんなに華やかなゴブリンさんも居るのねぇ、

 あ、その服は芹沢さんの奥さんのお得意の裁縫かしら。早苗さんやるわねぇ!」

 町田さんの奥さんはとにかくマシンガントークで有名で一度しゃべり出すとこうだし、

 とにかく元気だし、ふくよかな見た目と相まって愛想もいいしで、

 町会の子供たちからも人気がある。

「あら、花華ちゃんも一緒なのねぇ、あらら?

 花華ちゃんずいぶん色っぽくなったわねぇ。

 女の子の成長ははやいわぁ、うちは馬鹿息子が2人しかいないから残念なのよう」

 ステファニーさんを華やかなゴブリンさんとか、

 花華を色っぽいとかは本人悪意があって言うわけでは無くて、

 言葉のつなぎとして普通に出てきてしまうようだ。

「まぁ! 私ったら、アイレさんに友達ができたのが嬉しくてうっかりしてたけど、

 こんなところで立ち話じゃあれよね!

 さ、ステファニーさん、奥さん、花華ちゃん、上がってゆっくりしていって!」

「あはは、町田さんったらうっかりさんなんだからー、

 それじゃお言葉に甘えてお邪魔させていただきますわ。

 ステファニーちゃん、花華、お邪魔しましょ」

 町田の奥さんと早苗は仲が良いのでこんなやりとりもよくある。

 なかなかうちのお母さんもすごいよなーと思いつつステファニーさんに促して、

 町田さんの家に上がった花華だった。


 ゴブリンさん達二人はそれからの十数分だけでずいぶんと打ち解けて仲良くなったみたいで、

 今度アイレさんがうちに遊びに来てくれることになったんだよ!

 彼女もステファニーさんに負けず劣らず可愛いし、おしゃべりも好きみたいで私も嬉しいな~。

 それでね、お母さんはいつ切り出そうかもじもじしてたみたいだけど、

 帰り際に町田の奥さんにアイレちゃんの服を作らせて!

 って直談判して、言うと思ったわー、わっはっはー、

 っていうやりとりがあったの。

 彼女の服もやる気満々で縫うことにしたみたい。

 パンツスーツじゃないアイレさんはきっともっともっと可愛いに違いないよ。

 私も見るのが楽しみだなー! と花華は家に帰ってきてから忠に話した。


 町田さんの家のゴブリンさんはアイレさんって言うのか。僕も会うの楽しみだな~っと。

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