第六話 ベイビーベイビーエンド誓いますか



 抱き締めちゃった。



 いろいろ話そうと考えていたセリフは全部真っ白に飛んじゃったし、もうどうしていいかわからない。


 琉依ちゃんがいる。それだけでもう胸がいっぱい。



 走って来たから汗だくでカッコ悪いオレは、借り物のジャケットがはたして似合ってるかもわからない。気を利かせて米田が貸してくれたけど、さっきまでパーカー着てたオレには似合わないんじゃないだろうか。


 そんなことより琉依ちゃん。大人っぽくてさらに綺麗になってて、ドレスアップしてるのに、何でか泣いてて可愛い。オレがずっと守ろうって思った女の子は大人の女の人になってて、でもやっぱり思う。オレが傍にいてあげる。こんなオレで良かったらずっと傍にいさせて。


 伝えたい想いならたくさんたくさん溢れてるのに言葉にならなくて抱き締める腕に力がこもった。





 恐る恐る、壊れ物に触るみたいに琉依ちゃんの髪を撫でてみた。涙ぐんだままの琉依ちゃんが顔をあげてオレを見る。


 ホテルのシャンデリアの光を受けて琉依ちゃんの目元はキラキラと光っている。


 あどけない唇が何か呟いた。



「ほんものの泉谷?」



 夢から醒めたお姫様みたいでぼんやりしたセリフが可愛い。やっぱり独り占めしたい。誰にも渡したくない。


 抱き締めても嫌がらない。逃げない。ここにいる。それって琉依ちゃんの気持ちじゃないの?



「キスしたい……」



 口にするつもりのなかった心の声がするりと溢れた。琉依ちゃんはちょっとびっくりした顔で頬を染めている。それも一瞬のことで琉依ちゃんがオレの肩に手をかけて背伸びをしたかと思うと、触れるだけの優しいキスをくれた。柔らかな琉依ちゃんの唇が温かくて。オレの思考が止まる。



「……来てくれたから。特別サービス」



 恥ずかしそうに言った琉依ちゃんに今度はオレからキスしてた。琉依ちゃんの唇はほのかにワインの味がした。抱き締める背中が細くて壊しそう。大好きで仕方ないんだ。


 ふらついてオレにしがみついた琉依ちゃんを支えながら。離れていた時間を埋めるみたいな長い長いキスを交わす。オレが琉依ちゃんを大好きって思うくらい、もしかしたら琉依ちゃんもオレを大好きかもしれない。そんな勘違いをしてもいいよね、それくらい素敵なキスだったから。





 唇が離れたあとも余韻に酔いしれながら。オレの胸に頬を埋めて琉依ちゃんが抱き付く。


 夢ならずっと醒めないで。



「……琉依ちゃんに会ったら」


「ん……」


「いっぱい言うこと考えてた」


「うん……」


「でも忘れちゃった」



 オレが白状すると琉依ちゃんがクスクス笑ってさらにギュって抱き付いた。



 さらさらの髪を撫でて耳元で囁く。他にはもう浮かばなかったから。



「結婚して」



 初めて声をかけた時も同じことを言った気がする。君に恋したあの日からオレは何も変わってないのかも。





 その

 健やかなるときも、

 病めるときも、


 喜びのときも、

 悲しみのときも、


 富めるときも、

 貧しいときも。



 これを愛し、


 これを敬い、


 これを慰め、


 これを助け。



 その命ある限り、


 真心を尽くすことを

 誓いますか?





 琉依ちゃんは飾らない微笑みをオレに返してくれた。どんな言葉より綺麗で優しい愛情表現だった。



 オレももう、二度と離れたりなんかしないよ。


 大切な君を、いつも抱き締めていたいから。






                ―――― Yes! I will.





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