□『おじいさんの木』




 むかーし むかし



 ある森の奥に

 大きな大きな

 一本の木がありました







 木は

 森の動物たちに

 『おじいさん』とよばれ

 慕われていました




 晴れの日も

 雨の日も

 風の日も

 嵐の日も

 雪の日も


 いつもいつも

 おじいさんの木は

 森のみんなを

 守って来たのです





 でもある時

 森の動物たちに

 いさかいが絶えない


 そんな日々が続きました



 おじいさんは

 森のみんなのことが

 大好きだったので


 たいそう心を痛めました






 いさかいが

 あまりに長く続くうちに

 おじいさんは

 心の病になってしまい


 泣きながら

 森を出ていきました






 森を守る力を

 失ってしまったのです




 大きかった

 おじいさんの体は

 枯れて

 痩せほそっていました


 まだ秋でもないのに

 葉も落ちてしまいました


 このままでは

 おじいさんは

 死んでしまいます



 動物たちの

 いさかいが聞こえない

 山の中に逃げました






 山の動物たちは

 おじいさんの木が

 やって来たので


 驚きました


 でも

 森の話をきくと

 みんな優しく

 迎え入れてくれました



 山の動物たちに

 優しくしてもらえた

 おじいさんの木は


 メキメキ元気を

 取り戻していきました







 おじいさんは

 その年の冬を

 山で越しました



 森の動物たちのことが

 ずっと気がかりでした


 寒い寒い雪の中で

 みんな

 元気にしているだろうか






 春がきて

 おじいさんは

 山のみんなにお別れして

 森へと帰って行きました


 山のみんなは

 反対しましたが

 森の動物たちが

 無事に冬を越せたか

 心配で心配で

 たまらなかったのです



 元気になったら

 森へ帰ろうと

 ずっと決めていました


 わさわさと

 新しい緑の葉をつけて

 おじいさんは

 森へ急ぎました






 森へつくと

 最初に出会った動物が

 おじいさんを

 『裏切り者』と言いました


 おじいさんの

 いなくなった森の

 冬は酷しく


 春を迎えられなかった

 可哀想な仲間が

 たくさんいたからです







 森の動物たちは

 おじいさんの帰りを

 喜びませんでした


 おじいさんの元気を

 喜びませんでした



 『裏切り者』と

 責めました



 おじいさんは

 森の奥で

 ボロボロ

 ボロボロ泣きました


 泣いて泣いて

 枯れていきました







 おじいさんの木は

 いなくなりました



 森の中で

 朽ちました






「……って何よ、このシュールな絵本は」



 こめかみを

 ひくひくとさせて


 紀子が呟くと


 天使のような

 あどけない声が

 ニコニコと笑顔で答えた。



「おにいちゃんに買ってもらったの」



 無邪気で

 あまりに可愛いので


 とりあえず抱き締めて

 いい子いい子と

 沙希の頭を撫で回しながら


 紀子は

 冷たい視線を

 恭平に向けた。



「いやね?アレだよ?本屋さんで絵本見てたら、表紙の絵を沙希ちゃんが気に入ったみたいだったから……」



 内容も見ずに

 ジャケ買いしたと


 恭平は

 たじたじになり

 言い訳をする。



 紀子が読み終えたばかりの

 本を抱え

 朱希は一人で

 文章を声に出して読む。


 絵本の表紙には

 優しい顔の

 おじいさんの木が


 たくさんの動物を

 包み込むように


 しあわせそうに笑っていた。



「騙しじゃないの、ちゃんと中見なさいよ」



 おっかない顔の紀子に

 小さな沙希は

 首をかしげて

 大きな目をしばたいた。


 なんで恭平が怒られてるのか

 不思議である。



「さーちゃんね、この絵本だーいすき」


「……ねー?」



 一緒になって笑う

 恭平に

 紀子はメンチをきった。





「ちょびっと悲しいお話だけど絵は可愛いんだよねー?」



 恭平が言うと

 沙希はクレヨンを手に

 おじいさんの木を

 画用紙にかきはじめた。



「おじいさんねー。すっごく優しいの。さーちゃん、お話も好き」


「えー?でもおじいさん最後に死んじゃうよ」



 何気なく言った

 恭平の足を

 思いきり紀子が踏みつけた。


 恭平は一瞬

 小刻みに飛び上がり


 一歩紀子から離れる。



 沙希は

 アハアハと

 お絵かきに夢中で

 恭平には気付かなかった。



「ちがうもん。おじいさんしなないの」



 沙希の言葉に

 紀子はおよ?と

 目を丸くした。



「おじいさん枯れちゃったあとにねー、新しい芽がいっぱいい~っぱい生えてくるの」


「え?そうなの?」


「赤ちゃんの木をね、森のみんなが守ってくんだよ?幼稚園にお本の続きあるの」



 嬉しそうに

 朱希が絵本を見てるのを


 沙希の言葉に感心しながら

 恭平と紀子は

 眺めた。



「続きがあったんだ」



 なんでわざわざ

 不吉なとこで終わるのか、


 紀子は苦笑いを浮かべる。



「あ、ほんとだ。裏表紙に、芽が生えてる」





 幼稚園に

 あると言っていたが


 あんな不吉なままでは

 なにか嫌だったので


 後日

 紀子は

 本屋に行って


 続きの本も

 買おうとした。



 本屋の店員に

 調べてもらったところ


 それは続きの話ではなく、

 前の話だった。



 森の動物たちが

 みんなで育てた

 赤ちゃんの木のお話、


 だから

 おじいさんになってからも


 木は森の動物を

 あんなに

 大切にしたのだろう。



 木を大切に育てた

 動物たちはもういない、


 守られて

 当たり前に育った動物は

 わがままになって


 おじいさんは結局

 森の中で枯れてしまう……




「やっぱ嫌な話」



 紀子はふて腐れた。



 だけど

 おじいさんの木の

 裏表紙には


 やはり

 新しい芽が生えていた。



 沙希が言うように

 その続きがまた


 はじめとおなじ

 優しい物語に

 かえるのだろうか。



 おじいさんが死んで

 森の動物たちは

 悲しんだだろうか。


 自分たちの争いを

 反省しただろうか。


 赤ちゃんになった木を

 力をあわせて

 守っていけるだろうか。




「そっか」



 最初のお話は

 優しい物語で


 そのあとに

 悲しい物語がきて。


 その続きは

 託されているんだ、


『どうするべきか』を。




「やっぱ二冊セットじゃなきゃね」



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