第2話 小さな君と出逢うまで




 ある日学校から帰ると、母さんが唐突に話を始めた。



「実はね?親戚の女の子を家で預かる事になったのよ」


「はぁ?」


「恭ちゃんに言っても仕方ないんだけど、両親が離婚の裁判でね……ゴタゴタしてて、とても小さい子の面倒を見る環境じゃないらしいの」



 何だ、そのドラマみたいな泥沼……。



「なんかやな感じ」


「まぁねぇ。色んな事情があるでしょうけどねぇ。落ち着くまでだから恭ちゃん仲良くしてあげてね」



 オレはへぇーとか言って自分の部屋に向かう。この時はまだどこか他人事でいたと思う。


 せいぜい自分の理解できる範囲なんてたかが知れていた。



「仲良くったってなぁ?サッカーやキャッチボールくらいならしてやれるけど……女の子?全くイメージわかない」



 ブツブツ独り言を並べて制服を脱ぎ捨てた。


 まぁ家には姉ちゃんもいるし、問題ないか。小さい子の一人や二人、別にいいんじゃない?




「馬鹿言わないで!」



 その夜オレは食卓で鬼に睨まれていた……。



「私は仕事で疲れてるの!こどもなんか嫌いよ!アンタがきっちり相手して、私に近付かせたら噛み殺すわよ!?」


「そんな……相手はこどもだし」


「アンタを噛むのよ!!」



 一方的に言い渡された脅迫にオレは怯えた。



 オレだって一応学校とかあるし、そりゃあ進学するつもりはないから別に塾とかないけどさ、部活とかバイトもしてないけどさ、………学校しかないか。


 社会人として働く姉ちゃんに文句一つ言えない自分が悲しい。



 うちの家族構成はサラリーマンしてる父さんとパート勤めの母さんと鬼のOL姉ちゃん、そしてオレが高校生。ペットなし。どうしたってオレが一番弱い立場。





 だいたい小さい子っていくつだ?まさか赤ん坊ではないだろうし、かといって中高生でもないだろう。


 小学生とかだったらどうしよう。部屋は客間が一つ余ってるからオレの部屋が取られる心配はないだろうけど。やっぱり勉強教えたり遊んであげたりしたほうがいいのかな。



 女の子の相手は女の子が似合うよなぁー。だって女の子の遊びなんてさぁ――



 …………

 昔、姉ちゃんに色々付き合わされた気がするな……。姉ちゃんが好きだった漫画ごっことか。オレ、女装とかさせられたもん。変身ごっこで。



(や……やだな。高校生にもなって小学生女子の遊びに付き合わされるのはまっぴらごめんだ!)



 今時の子がどんな遊びしてるか知らないけど……ゲームか?



「うちにあるゲームはどれも古いやつだ。まいったな」



 押し入れの奥をあさっても、いらないものは捨てる主義だから何も出てこない。


 これはもう学校で聞き取り調査あるのみか。





 オレは翌朝学校で琉依ちゃんに声をかけた。いつもどおりリアクションは薄いけど、めげずにゴーだ。



「ねーねー琉依ちゃん」


「絶対に…嫌」


「まだ用件言ってないよぅ」



 あまりの速攻に既に皆笑ってる。普通に話したいだけなんだけどな。



「琉依ちゃん、こどもって好き?」


「嫌い…」


「何で?」


「わがまま…うるさい…しつこい」



 即答だ……、かなり嫌いみたいだ。


 と思ったら女子が笑った。



「泉谷みたい」


「むぅ……」



 琉依ちゃんに言われるならともかく、他のうるさい女子には言われたくない。


 ふて腐れてると今度は男子が絡んできた。



「何お前、早瀬とこども作ろうとか言うのかよ」



「はぁ!?なんで!?」



 こいつはクラスで一番エロ研究に余念がなくて鞄の中は教科書よりエロ本が占める割合が多い。


 だからいつもこいつの頭の中もエロエロなんだ。



 男だけで話してる時はいいけど、琉依ちゃんと一緒の前でやめてくんないかなぁ!マジデリカシーないんですけど!



 でもオレはそんな怒りより、琉依ちゃんに嫌な想いさせてないか心配で慌てて振り返って見たけど


 琉依ちゃんはいつもどおりどうでもいい顔してた。



 内心ホッとしたオレに琉依ちゃんは冷たく呟く。



「…馬鹿みたい…」



 琉依ちゃんが困ってないなら何言われてもいいや。



「男子って最低ー」



 いや、うるさい女子は除外。琉依ちゃんだけ。





 放課後、オレが学校から帰ると玄関に小さな靴がいくつもあった。スニーカーとか長靴とか。


 これって……もしかしなくてもアレだよな。今日来るんだったんだ。


 オレは思わず緊張して自分家なのにそろそろと上がり、居間にさしかかったとこでお絵描きしてる女の子を発見。



「「あ」」



 オレを見るなり凍りついた。


 幼稚園……いってるくらいの小さい女の子だった。ただし二人いる。おんなじ顔が二つ。色違いの服を着ている。まさか双子か!


 二人ともおっきな目を見開いて落っこちそうだよ。



「あら恭ちゃん。沙希ちゃんたちが怯えてるじゃない」



 母さんがお菓子を持ってやってきた。助かった!



「朱希ちゃん沙希ちゃん。このお兄ちゃんは恭平くんて言うのよ」


「うわぁ……なんて紹介だ」



 相手がこどもとはいえ恥ずかしい紹介にオレは萎えた。


 普段の『恭ちゃん』も外では絶対やめてほしいけど、母さんの口から『恭平くん』とか言われ慣れてないから正直気持ち悪い。



 そんなオレに朱希ちゃんと沙希ちゃんって言うらしい双子の女の子は口をぱくぱくさせて何か言おうとしていた。


 小さくて可愛いなぁ。


 ほっぺた真っ赤だよ。



「わたり、さきです、よろしく、お願い、します!」

「わたり、あきです!」


 すげぇ!

 お遊戯会の台詞みたい!



「あらぁ~、沙希ちゃん朱希ちゃん偉いわねぇ。ご挨拶上手」



 何か母さん、いつもより1オクターブ高い猫なで声なんですけど。確かに二人とも猫みたいに可愛いけどさ。



「恭ちゃん達が大きくなっちゃったから何だか小さい子がいるって嬉しいわねぇ」



 ……そうですか。



 オレは改めて二人を見た。何か心配そうに見上げてる。



 うるうるしてるのは……そっか、オレが怖いのかな。



「よろしくね、沙希ちゃん朱希ちゃん」



 普段、意識してにっこりなんてしないけど、小さな子には解りやすいリアクションがきっと必要だよね。


 頭を撫でてあげると沙希ちゃんはパッと顔を輝かせた。

 朱希ちゃんはちょっとモジモジと恥ずかしそうにしてるから、性格までは似てないのかも。





「公園いく?」


「公園?うわぁ」



 公園と聞いて沙希ちゃんの顔が嬉しそうに、ぱぁああ…と。漫画で後ろに花が咲いたり目が光ったりそういう効果がよくあるけど、この時の沙希ちゃんはまさしくそれ!


 人間の表情ってこんなにふうにもなるんだ、こどもって凄い!



「あら、絶対に目を離しちゃ駄目よ?車にも気をつけて、暗くなる前にはちゃんと帰ってきてね?携帯忘れないでよ」



 うわぁ、母さんからの集中攻撃が一気に来た……!


 沙希ちゃんに感動してたところ横から母さんに色々言われてオレは苦笑いする。



「解ってるよ、オレまでこども扱いだもんな……朱希ちゃんも行こう?」



 朱希ちゃんは頷いて砂場セットのリュックを取りにいった。案外しっかりしている。


 母さんに見送られてオレは沙希ちゃんたちと家を出た。



「ちょっと遠いけど、大きい公園行こうか」


「うん!」


「危ないから手繋いで?」


「うん!」



 めちゃめちゃニコニコしてる……すげぇ可愛い。両手に花。


 ていうか二人とも手小さいなぁ。それになんか凄いあったかい。



 オレは末っ子だから小さい子の相手とか初めてなんですけど。いきなり二人とか思ってもみなかったな。



「…泉谷…?」



 ん?


 双子ちゃんばかり見てたから気付かなかった。


 目の前に、学校帰りの琉依ちゃんがいた。



「琉依ちゃん。すげぇ奇遇」



 琉依ちゃんは純粋に喜ぶオレを見てから視線は下へ……沙希ちゃんと朱希ちゃんを見比べてから言った。



「…誘拐…?」


「なんでーっ!?」


「…隠し子…?」


「誰のだーっ!?」






「………迷子…?」



 何で一番ありそうな線がそんな後で、しかも結構考えてからなの???



「親戚。沙希ちゃんと朱希ちゃん」



 沙希ちゃんは目をパチクリして琉依ちゃんを見上げていた。

 朱希ちゃんはオレの後ろに半分隠れたぽいぞ。



「今から公園に行くの。琉依ちゃんも一緒に――」


「…行かない…」



 ……ですよね。


 学校帰りに寄り道しちゃ駄目なんだよ、わかってる。


 歩き出した琉依ちゃんにオレは心で涙を流して見送る。




「ばいばい、お姉ちゃん」


 沙希ちゃんが小さな手をふりふりしてた。



 琉依ちゃんは、ちょっとそれを振り返って。でもそのまま行っちゃった。



 オレが双子と出逢ったその日。


 琉依ちゃんもまた二人に出逢ったんだ。



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