第4話 偉い人は自分で着替えられないって本当ですか?

 中世ヨーロッパ辺りを題材にした映画や小説を見ると、偉い人達の着替えをするメイドさんの描写を見る。

 俺は子供心に「こんなのないよ!」なんて笑っていたんだが・・・・、

「む?どうした?手が止まっているぞ?」

「なんでもないですぅ」

 あ、失礼します。

 俺は寝間着のシャツのボタンを上から外す。はだけた箇所から隆起した胸板が見える。それは次第に腹筋にまで下がる。

 ほどよく焼けた肌色にこの筋肉。男なら誰もが目指す黄金ボディ・・・変な意味じゃないよ?憧れよ?

「下も失礼しますね・・・・」

 同じくズボンを脱がす。当然その下には下着があるわけで。

 あぁ、今思えば一度も使ってやることなく息子は消えていったな・・・。そう思うとなんだかやるせない。

 俺は旦那様のアレを目に入れないように視線をずらす。

「足を上げていただけますか?履かせられないので」

 俺がそう言うと旦那様は片足を上げる。その上げた足の先から俺は下着の穴を広げて履かせていく。

「流石にここは恥じらいがあるかサシャ。お前も乙女だったのだな」

 俺が旦那様の股間から目線を外したことをどう思ったんだセクハラ親父。

 なんで俺中年にパンツ履かせてるんだ。自分で履いてほしかった!

「あぁそうだサシャ、今日の昼食は俺の分はいらん。兵達と食べるからな」

「それは・・・」

 それってどうなの?いいの?本人がいいならいいのかな・・・。

「兵達と同じ釜の飯を食えば士気が全然違うからな。そういう訳だ」

 なるほど。士気、ね・・・。貴族ってなんか無駄にプライドだけが高くて身分とかにうるさそうかなと思ってたけど、旦那様は違うのか。

「かしこまりました」

 ズボンも履かせたところでシャツを着せる。腕は上げるくせにそれ以外何もしようとしない。

 貴族っぽくはないけど貴族なんだな。慣れないといけないんだろうな・・・・。

「今日は客が来る予定はないが緊急のようだったら俺を呼ぶように。そうでなかったら後日に来るよう言って追い出せ」

「承知いたしました」

 シャツのボタンを第二まで留めたところで旦那様の手が俺の手に被せられた。これ以上はいいということらしい。

「俺は書斎にいるから朝食の準備が出来たら呼びに来い」

 そう言い残して旦那様は私室から出て行った。

 そうだ朝食を運ばないといけないのか・・・。

「ん?もしかしてルノア様の着替えも、俺がやるのか・・・?」

 ルノア様が俺の手で着替えさせてもらうのを待っている・・・・?

 自分の顎に手を当て一瞬考え込んで―

「待たせては風邪をひかれてしまう!」

 希望を捨てるな・・・そうだ!おっさんばかりが全てじゃないんだよ!

 俺も走って旦那様の私室を出るのでした。




 ルノア様の私室の前に着いた・・・着いてしまった!

 落ち着け、クールに行こうか俺・・・。

 息を整えてから―

「し、失礼ひますっ!」

 無理でしたっ!

 扉を喜々として開けた俺の視界の中に白のワンピースを着たルノア様が・・・!

「あれ・・・?」

 思ってたのと違う・・・。

「どうしかしましたか?」

 小首を傾げるルノア様も可愛かったです。

 ルノア様は机に向かって何かを書かれていたようで、今は下衆な考えに支配されていた俺の為に手を止めていた。

「何かをお書きになっていたんですか?」

 近づいて覗いちゃってみるが全く理解不能である。

 いや簡単な単語なら覚えたんだよ?林檎とか。魚とか。

「これは魔法に関する考察です。昨日の指南で新しい魔法を教えていただきましたから」

 また出た魔法。やっぱり火とか出すんだろうか?

「その、魔法って何ですか?」

 ルノア様は一瞬驚いたような顔をしてからいつものように微笑んだ。

「魔法は自分の持っている魔力を使って精霊の力を引き出す術のことを言うんです。自分の魔力と精霊の力は等価ですから、基本魔法の強さは魔力の量に比例するんです」

 へー。それって俺にも出来るんだろうか。

「魔法ってあたしにも出来るんですか?」

「魔法は限られた人にしか使えないんです。大体は貴族家に連なる人達ですね。貴族家は精霊の加護を受けて栄えた歴史をどの家も持っているんです。後は精霊に愛される才能を持った魔法使いと呼ばれる人達です。それ以外で魔法が使えた人、というのは私は聞いたことがありません。魔法は万能の力を持っていても万人の願いを等しく叶えられる力ではありませんから。ごめんなさいサシャ」

「そんな!あたしなんかにルノア様が謝る理由なんてありませんよ!ちょっと気になっただけですから!」

 なんだか悪いことを聞いてしまったかな・・・、ルノア様の雰囲気が少し暗い。

「そうそう、朝食の準備もすぐに出来ますから。待っていてくださいね!」

「ええ。お願いサシャ」

 俺は半ば逃げる様にルノア様の部屋から出た。




 朝食室の長方形に長いテーブルに就くのはたったの二人。日の登り切らない朝のこの部屋は静けさに満ちていた。

 皿にフォークが擦れる小さな音だけが静けさの中に人間がいることを示している。

「ルノア、俺は夕方まで狩りに行く。しっかりと勉強していなさい」

「はい、お父様。いってらっしゃいませ」

 暗いなぁ・・・、そもそも会話が少ない。ウチとは大違いだ。ウチの親父はやかましいからなぁ、黙ってても一人でベラベラ喋ってるし。

「サシャ、水をいただけますか?」

「え、あっはい!」

 急に呼ばれたもんだから焦った・・・。

 俺はウォーターポットの注ぎ口をコップに近づけて水を注ぐ。

「ありがとうサシャ」

 俺は一礼して定位置の部屋の隅に戻る。

「それでは俺はもう出る」

 旦那様は立ち上がって部屋から出て行った。

「サシャ」

「はいっ」

「そんなに緊張しなくてもいいんです。これが我が家の日常ですから」

 俺の立ち位置からじゃ背中しか見えない。だがそれが俺の知る普通の少女の話す雰囲気ではなかった。

「ルノア様・・・」

「サシャ、掃除が終わったら私の部屋に来てくれますか?あなたと話したいことがありますから」

「わかりました」

 ルノア様の背中は独りぼっちで小さく見えた。




さて、俺は洗濯の為に近くの川まで来ていた。その川の水をバケツで汲んで洗濯という算段である。

試しに川の中に手を入れてみると―

「冷たっ」

でもなんか水に手を浸してると気持ちいいなー。

そうやってボーッとしていると、他の女性の人達もバケツに水を汲みに来ていた。

「はっ!仕事仕事・・・」

俺も持ってきたバケツに水を汲んで川から離れる。

「はぁ重いや」

男だったら大したことないんだろうなぁ・・・。


 屋敷の裏庭の定位置にバケツを置いて、それに洗濯物を浸す。

 揉んで擦って擦って揉んで。

 二人分の洗濯物はそこまで量もないからすぐって言ったらすぐだけど・・・。

「洗濯機欲しいなー文明の利器に頼りたいなー」

 放っておいても勝手に洗ってくれるというのはなんて便利なんだろうか。

「魔法でなんか出来ないかな」

 洗濯の精霊、みたいな。

「痛っ」

 な、なんかいきなり何かに頭を殴られたような・・・?

 だが周りには俺以外に誰もいない。

 精霊というのは魔法を使える人にしか見えないのかな?

 数秒考えて、そもそもこの時間が無駄ということに行き着いた。

「さ、掃除だ掃除だー」

 ルノア様が待っておられるのだー。




 掃除は昨日念入りにやったせいか使われていない部屋は綺麗なままだったので、昨日ほど時間は掛からなかった。

 という訳で再びルノア様の部屋の前である。

 朝はあんな感じになったからなぁ・・・どんな話するんだろ・・・。

「ルノア様、失礼いたします」

 ドアノブを回す。

「ルノア様?」

 あれ?どこだ?

 広い部屋に本棚が多数。大きな机があって、俺がいつもこの部屋に入る時は机に向かっているのだが、今はいない。

 視線をずらすと天蓋付きのベッドがある。このベッドにはフリルがこれでもかと使われていて、恐らくこの部屋を女の子の部屋たらしめるのはこのベッドによるところが大きい。

 いや、女の子の部屋には見えんよなぁ・・・。貴族ってこんなもん?

 そのベッドの上にルノア様はいた。

「お昼寝中でしたか」

「んぅ、ぅ・・・?」

 おっと起こしてしまった。

「起こしてしまいましたか」

「サシャ・・・?」

 はぅ!?か、可愛い!寝起きルノア様可愛い!なにこれ・・・カメラっ!カメラはどこだカメラ!

「サシャ、また鼻血が」

「お気になさらず」

 ルノア様は起き上がって大きなベッドの上にちょこんと座る。

 やべぇ・・・なんだこの可愛い生き物・・・俺と同じ生き物なのか・・・いや俺が本当にルノア様と同じ生き物なのか・・・?

「顔が赤いですよ?」

「仕様です」

 一旦落ち着こう。深呼吸だ・・・美少女の部屋で深呼吸・・・。

 あ、駄目だ。逃げ道が無い。

「来てくれてありがとうございますサシャ。立っているのもあれですし、座ってください」

 ルノア様は自分の隣をポンポンと叩いた。

「い、いやっそんなっ!」

「座ってほしいんです。駄目、ですか?」

 座ります!

 俺は恐る恐るルノア様の隣に座る。

 身体が沈み込んだ。

「!?」

 思わず立ち上がってしまう。

「ふふ、ほら早く座って」

 今まで布団派だった俺が体験したことのない沈み込みだった・・・!

 もう一度、ゆっくりと腰を下ろす。

 お、おぉうふ・・・。

「お恥ずかしい・・・」

「面白いですねサシャは」

 俺の人生で年下美少女とこんな体験が出来るなんて!

「サシャはもうここでの生活に慣れましたか?」

「そうですね・・・大変なことがまだまだ多いですが、ルノア様のおかげで餓死せずに済んでいます!」

 本当にありがたい。地獄に仏じゃないけど、異世界に天使みたいな?

「それは良かったです」

 ルノア様は花のような笑顔が浮かべた。朝とは見違えるようだった。

「あの・・・お話っていうのは?」

「あぁ、実は私、お喋りがしたかっただけなんですよ」

 お喋り?

「驚きましたか?」

 ルノア様は旦那様のような悪戯っ子みたいな笑顔に変わった。

 ほんまに可愛い娘やな、この子!

「驚きますよ!朝はあんなに・・・」

「私、朝は気分が上がらないんです」

 低血圧だったのか!よかった。

「それより、サシャのことを教えていただけませんか?どんな物が好きだとか、今庶民の間では何が流行っているとか!」

 好きな物、か・・・ふむ。

「好きな物、とは違うと思いますが裁縫は得意ですよ。自分で服を作ったりだとか。父のパジャマとかはあたしが作ってましたから」

「服って自分で作れるのですか?」

 おお、これが身分の差ってやつか。いや、俺ん家が特別貧乏だったってだけか。

「作れますよ。なんでしたらあたしがルノア様に一着お作りしましょうか!」

「本当に!?な、なら私・・・!はっ!」

 テンションが上がって急に恥ずかしがるルノア様可愛い。

「そ、そのピンクのワンピースがいい、です・・・」

「え?ルノア様なんとおっしゃいました?申し訳ありません、聞こえませんでした」

「ピ、ピンクのワンピースをっ」

「もう一声!」

「ピンクのワンピース!」

 顔を紅潮させて、それこそピンクっぽくなってるルノア様以下同文。

「かしこまりましたルノアお嬢様。とびっきり可愛いのをお作り致します」

「本当!?本当に!?ありがとうございますサシャ!今から楽しみにしてますね!」

 あぁもう何しても可愛いなぁ・・・。

「私、楽しいです。今まで同性で同年代の人とお喋りなんてしたことなかったので・・・、サシャがウチに来てくれて本当に嬉しいです!」

 同性で同年代、か。

「どうかしましたかサシャ?」

 それでこの娘が笑っていられるなら。

「いえルノア様。もっとお喋りいたしましょう!今度はルノア様のことを教えてもらえませんか?」

「はい、喜んで!」




 楽しい時間というのは時間の流れを忘れさせる。気付くと外はもう夕方だ。

「あ、洗濯物!」

 窓の外で飛ばされていく旦那様のパンツが見えた。

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