なぁ?ウィリアムズ

サミシ・ガリー

第1話 決意と実行



「なぁ、ウィリアムズ。お前ファイトクラブ見てないのか?」


 白いバンにガタガタと揺らされながら運転している男は助手席にいる人物に声を掛けた。

 ウィリアムズと呼ばれた彼は、黒い覆面をしている男を横目で見た。そしてガタンッと揺られて、しっかり運転出来ているのか心配そうに呻いた。それを察した男は、「くっくっく、見えてるって。それよりウィリアムズも似合ってるぞ?」


「うっせー前見ろ」

 ウィリアムズは被っている目だし帽をうっとうしそうに整える。二人は急ごしらえの黒いスウェットに黒い目だし帽を身にまとっている。黒い覆面の口の部分には緑のペンキで笑顔に塗られている。


「見たよ、フィンチャーだろ?」

 はぁーっとため息を付きながら助手席の男は答える。


「俺たちはそれをやろうとしてるんだ。すごくないか?」


「何もすごかない。ロビン、お前はただの犯罪者だ」

 ウィリアムズはそう言って隣の男を睨み付ける。


「お前もな、共犯者」

 ロビンと呼ばれた男はおかしそうに笑いながら視線を逸らした。


「ロビンがただの無機物だったらいいのに」

 ウィリアムズはロビンの覆面の下の笑顔もきっと緑色のスマイルと同じ形になってるんだろうな、とうんざりとして言葉を返す。


「はっ、んな道具はごめんだね。んで、生きてんのか死んでるのか分からなねぇ様な人間もごめんだ。そんなのはただの道具だ。だから決壊させる。みんな食って糞を垂れ流して最後は年取って死ぬだけだ、そんなのに意味なんてない。意味が欲しいって喚いてるのは哲学者と机上論語る間抜けだけだしな」


「お前が言ってるのはフィンチャーの受け売りだろ? 実際こんな事起こしてどうするんだ。世界中めちゃめちゃになるだろ。暴動、戦争、んで人が死にまくるだろ。なにがしてえんだよ」

 ウィリアムズはふざけんなと吐き捨てる。


「いやぁ、俺はそうは思わないね」


「じゃあどうなるんだ。世界中の金の調和がとれなくなったら世界中無法地帯だ」


「違うね。人間はバカじゃない。進化するんだ」

 ロビンは右足にグッと力を入れて車のスピードを上げた。窓の景色は吹っ飛ぶように後ろへ飛んでいく。


「……お前みたいに?」


「ふふ、そうかもなぁ、どっかで本当に空を飛べる人間が出てくるかもな」

 そう言って男は意気揚々とハンドルを切ってU字のカーブを曲がる。


「っ、ちゃんとしてくれ! 爆発したらどうするんだ!」


「あっはっはっはっはっは! したらそれまでだ」

 ロビンはそう言うと、ニヤニヤしながらわざと蛇行運転を始めた。

 すると後ろの席から怒号が飛んできた。


「ちょっと  頭おかしいんじゃないの、後ろはただでさえお尻痛いんだから!」

 もう一人の黒い目だし帽を被った人物が前部座席をつかんで声を荒げた。例の如く、全身黒ずくめで、口元は緑色の笑顔が広がっている。体型は黒い服のせいか、細身に見える。


「これだから医者の娘は、文句が多い。おい、ウィリアムズ、先生と名の付く親を持つ娘は娶るなよ。人に自分の常識を押し付けるんだからな」

 ロビンはやれやれと首を振った。


「はぁ? それ自論でしょ? その発言こそ、押し付けになってんじゃん。ここであんたの臓物引き抜いてもいいんだよ? どんなのか見てあげる」

 メキメキッと鳴らす指にはネイルもなく、爪はきれいに切りそろえられていた。


「おお、俺もそれは確かに気になるな」ロビンは楽しそうに笑う。


「大体なんで私が席のない後部座席なの? ウィリアムズは途中参加なのに」


「話し辛いだろ?」

 ロビンのその発言に対して医者の娘は文句を言い始める。


 ウィリアムズはそんな二人のやり取りを余所目に後部座席に目を向けた。後ろの後部座席は外されており、白バンの後ろの扉付近から前部座席手前までドラム缶が式詰まっており、それらを囲むように火気厳禁のマークが入った箱が積まれている。オイル臭くて堪らない。


 それらを製造、保管してあったのは東京郊外の山小屋。日が暮れた辺りから搬入作業をし、午前三時に白バンは山の奥から飛び出した。山道を越えた後は、中央区日本橋兜町へ向かう。目的地は東京証券取引所、日本で一番大きな株取引所だ。ちなみに爆物の材料は聞かないほうが良さそうだ。


「安心しろ、ウィリアムズ。人はそう簡単には死なない」


「はっ、お前がそう言うか、簡単に殺すことをやってのけたじゃないか」


「まぁ、いずれ分かるさ」ふふっ、と緑色のマスクが微笑んだ。


「人殺しの感覚なんて理解もしたくない。何がなんだかもう俺には分からないよ」

 ウィリアムズは窓に頭をあずけ目をつむる。


「考えるのをやめちゃダメだ。ウィリアムズ、人は考えなきゃただの葦だ」


「良く言うよ、ホント」


「ねぇまだ着かないの? もうお尻が限界なんだけど」


 そんな三人と災厄を乗せたバンは朝の空気を切って、都心を目指した。



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