第8話


 ダイエット やろうとしつつ はい越冬


 上の句はミ・ヤービィという一部業界では名の知れた俳人の作である。こんにちは。

 私が産まれたときからダイエットという言葉はあっただろうし、私が生きてきた中でもブームになったダイエット法はいくつも存在した。

 しかしここ最近のブームの火付け役は、間違いなくライザップであろう。

 独特のメロディーに乗せて肉体のBeforeとAfterを存分に見せつける、あのテレビCMを思い付いた時点で勝ちである。

 細かい説明よりも、実例ドン! で説得力を持たせる方式。テレビは視覚と聴覚でしか物事を伝えられないため、たとえばアイスクリームならいかにも冷たそうなイメージ映像(氷が飛び散る画とか)を、柔軟剤なら花や太陽の映像を見せることで実際の使用感を想起させるよう工夫している。

 しかし、ボディビルを考えればわかるが、いい身体は誰が見てもいい身体だ。現在の自分と似た体型のBeforeが、次の瞬間には「おっいい身体!」と思わず身を乗り出してしまうようなAfterへと変わる。結果を先に見ることができれば、自分もそこへと近付いていけるかも、と思いやすい。よっぽど自分に自信がある人以外、興味を持つのは当然だろう。

 まあそんなCM考察はともかく、私の身体の話だ。

 生きてて興味があることの筆頭に美味いメシが来る私であるが、幸いにも体型は標準~ちょい痩せ、な感じだと思う。ユニクロで買うときのサイズは……あら、これはトップシークレットだったわ。うふふ。

 そんな体型のままずっと変わらず来たのでそこまでダイエットにのめり込んだ経験はないのだが、たまにファッション誌なんぞをペラペラ捲っていると「うわ、ほっそい」と素敵なモデル体型の女性を発見して「こりゃ格好いいだべなあ。オラとは大違いだべ」とため息をついたりする。

 周囲の友達を見ていると、もっと痩せたーい、と口癖のように言う子がやはり多い。しかしその中の半数以上は明らかに私よりも細く、こうなると私も現状で落ち着いていてはまずいんじゃないか、痩せなくては、と不安に駆られてしまう。

 そういえばここ一年ぐらい、気のせいか腹に脂肪が増えてきたような。ようし、こうなったら私もダイエットじゃあ! ボディメイキングじゃあ! 見さらせ我が勇姿を!

 ……などと思い立ったのが、実は去年の年末。そこからの顛末はだいたい予想が付くと思いますが、しばしお付き合いください。

 さて何からやるか、と思った私はまずライザップの情報を調べてみた。

 ううむ、料金が高いとは聞いていたがさすがに私の小遣いでは手も足も出ない。加えてジムのある場所が我が家から遠く、近場だと大阪の梅田まで出て行かなくてはならないのだ。梅田は迷子になるから困るんだってばよ!

 そもそも週に何度も大阪へ通う交通費だけで私には無理。世間は甘くなかった。

 だけどマンツーマンの個室トレーニングというのは素直に良いなと思う。あんまり人目が多いと恥ずかしいからね。担当トレーナーさんと打ち解けてしまえば後は続けやすいだろう。私の場合、そこが一番時間かかるかもしれないが。

 まあ行けもしないジムのことはともかく、ていうか近所のスポーツ施設でさえやや厳しいので、自宅での筋トレを考えてみることに。

 ネットの海を彷徨った結果、どうやら「筋トレ」と「有酸素運動」の二本柱がトレーニングの基本らしい。

「あーなるほどね。完全に理解したわ」

 中途半端な知識を得たヤツほど厄介な存在はいない。まさにそんな存在と化した私は自己流のトレーニングスケジュールを組み上げ、年が明けたぐらいから開始しようと考えていた。

 ところがである。年末年始と言えばやはり正月料理。我が家でもおせちやらお雑煮やら、親戚と食事する際は肉が焼かれ刺身が出され、美食の申し子である私としてはここぞとばかりに詰め込まざるを得ない状況が続いた。

 これでは満足感があまりにも高すぎ、なぜこんな夢のような世界にいて筋トレなんかできようか、いやできまい(反語)、という気分にすっかり浸ってしまった。

「あんたダイエットするとか豪語してたくせに、いつからやるの」

 などと母親に言われても、いやまだ正月じゃーん、と返すだけで一向にやる気は出ない。

 こうして後回し後回しになっていき、やがて「今は寒い。こんな季節に有酸素運動でランニングとかやるのは初心者殺しだ」という結論に達した私は春が訪れるまでトレーニングを封印することにした。

 すでに友人たちにも自己流トレーニング法を吹聴して回っていたため、時季を待つなどと甘っちょろいことを言い出した私を、陸上部や水泳部の子はせせら笑った。コイツ絶対やんねーだろな、と思ったことだろう。ていうか実際言われた。

 待ってろ春になったら私の天下じゃ見返したらあ、と意気込んでいたが、三月はまだ寒く、四月は新年度だし何となくアレで、気付けばミ・ヤービィが詠んだ冒頭の句の状態になっていたわけである。ていうか現時点でとっくに春も深まっている。

 いや、深まるどころかすでに夏が目前に迫りつつあるぐらいなのだが、トレーニングする気は一ミリもない。はいすいません。口だけでした。やっぱり私にはやる前から無理だったんだよぉ!(逆ギレ)

 でも正直、最初からちょっとわかっていた。なぜなら私はボディメイキングの基本中の基本から目を逸らしていたのである。

 それは糖質制限に代表される食事改善。トレーニングで結果を出すにはこれが重要であるとネットで調べて知っていた。ライザップでも食事指導をすると知っていた。

 しかしはっきり言ってそんなことをしたら私は精神的に死ぬであろう。


「さあ言え、機密書類はどこだ! 言わねばお前の目の前でカレーを食うがお前にはルーしかやらん」

「うわああああああ! 言う、言うからご飯もよそって!」


 と拷問の必要もない私なのだから。米がないと生きていけないっす。

 結局こんなもんだよな私って、とほんのちょっぴり情けなくなったのだが、先日たまたまテレビで見かけた海外映画で、

「手足が骸骨みてーな女(に興味はない)」

 的なことをゴツいマッチョのおじさんが言っていた。

 何がガイコツだこっちは死活問題なんだよ、と思ったのだが、ふとネットであれこれ検索したところ細すぎる手足を嫌っている意見が割と多いことを知った。

 うーん。手も足も細い方がいいと思うんだけどなあ。

 けど確かに、太くなって最悪、と嘆いている運動部の子の手足をよく見ていると、これはこれで綺麗な気もする。脂肪じゃなく筋肉だからだらしなくない、という理由かもしれない。

 そんなわけで、私の手足は細くもないし引き締まってもいないが、別にこのままでいっか、と考えるようにした。それなりに食べても現状維持できてるなら幸せだよね、きっと。

 え? 正当化するための言い訳? あははははは聞こえなーい。


 この件について友人Mと話すと、素晴らしい意見が出た。

「アタシもミヤビもモデル体型とか死んでも無理だから諦めなー」

「うっさい。夢見たっていいでしょ、読モやりたい」

「顔とセンスで無理。それより思ったんだけど、女ウケ諦めて男ウケ目指した方がよくない? グラビアアイドル的なさあ。あれなら痩せなくてもいいっしょ」

「そうか、むしろ痩せてない方がいいかも!」

 ボディメイキングの新たな方向性が決まった歴史的瞬間だ。

 だが胸も尻もくびれも貧弱な我々がそんな存在になれるわけもなく、テレビで綾瀬はるかを見ては「こうなりて~」と呟くのみである。

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