第十四話 カマセじゃない第二位の強さって半端じゃないよね①

 魔城ムスペルヘイムを出発したジーク達は城下で最も栄えている街へと到着した。8歳児を連れての移動という事で半日ほど掛かると思っていたベルゼブブの予想は大きく裏切られ、実際には一時間そこらで到着していた。

 このジークという子供、やはり足腰だけはその年齢を大きく凌駕しているようだ。

「ほえ~、ここがまちなんだぁ」

 と、ジークが瞳をキラキラ輝かせながら言う。

 人の数はそこそこといった風だが、そこにはリリスやベルゼブブの城の中とは違った人間の活気が溢れているように思える。観光客や住人、旅人達が向かい合って並んだ商店の真ん中を歩き、商人達の売り物を買ってもらおうと呼び込みをしている声が絶えず聞こえてきている。

 ジークの頭に乗っているカミオは感心したように口を開く。

「これは……、正直驚きました。農作物の栽培と出荷を中心にしていると聞いたので、商店系がここまで発展しているとは思っていませんでした」

 カミオの問いにベルゼブブが答える。

「農作物で稼いだ分で他の部分を補ってるんだってよ。土壌が豊かって言ったろ? 今この土地で農作物を栽培すればだいたい豊作に転がるからな、他の仕事をやりたい奴らでも副業として農業をしてれば一気に富裕層に駆け上がれるって話だ」

「なるほど、それでこの活気ですか」

「……活気ねぇ」

「?」

「あらあら! これはこれは、ベルゼブブ様ではありませんか」

 と、そんなカミオとベルゼブブの会話に入り込んでくる人影が一つ。

 ベルゼブブよりも少しばかり背丈の高い黒人の女性だった。リリスよりもウェーブ感の強い、淡い紫色の髪は地面に着くギリギリにまで伸びている。

 特徴的なのは彼女が身に着けている装飾の類で、毒蛇を模した金の飾りが右腕の肘から手の甲にかけて巻き付いている。額に付けているティアラは角のような形をしており、全体的にどこか竜人を感じさせる出で立ちをしている。

「……なんだ、アスタロトかよ」

「なんだ、とは失礼ではありませんか? こうしている今も戦闘しか能のないベルゼブブ様に代わって市場の調査へと赴いているというのに」

 アスタロトと呼ばれた女性は呆れたように言う。

「適材適所ってやつだよ。オレは魔獣と戦ってる方が性に合ってるんだから仕方ない」

「どちらかというと私も戦闘寄りの性質なはずなんですけどね」

「お前はその他にも教養を与える者としての性質も持ってるだろ。公爵として部下も持ってたこともあるんだから事務系に置いといた方が勝手が良いってもんだ」

「ま、いいですけどね。性に合ってるのは自覚していますし」

 と、そこで街の風景に意識を奪われていたジークが増えた人影に気付いた。

「おねーさんだれー?」

「お姉さん。ふふ、お姉さんですか。そう呼ばれるのは数百年ぶりかもしれません。ふふふふふ、ふふふふふふふふふふ!」

 もはや恒例となりつつあるジークの攻略ターンは、またも一瞬の内に決着がついたようだ。

 アスタロトは無邪気に首を傾げているジークを確認し、慌てて咳ばらいをする。

「ごほん……、私の名はアスタロト。ベルゼブブ様に従える蠅騎士団の一員であり、この地域の管理管轄の職務を行っています」

「へー、アスタロトっていうんだ! ぼくはジーク、よろしくね!」

「……ベルゼブブ様。このジークという少年、私が頂戴しても?」

「おい。急に見境って倫理感が崩壊したのかよ」

「だって……っ! この容姿を見た人間達は怖がって近づいても来ないというのにもかかわらず、この少年は無邪気に笑顔を見せているのですよ! これはもはや婚姻の求愛を受けたのと同義!! ならば私の返事はイエスの一言に限られるというものッ!!」

「限られるもの、じゃねぇよ」

 そんなこんなで反射的にジークを抱き上げて頬ずりをしようとしていたアスタロトの手を、ジークの頭に乗っているカミオが振り払う。

「まったく、どうして女性悪魔はジークの虜になってしまうのでしょうか?」

 呆れたように息を吐くカミオだが、手を振り払われたアスタロトは顔に暗い影を作りながら、

「ごごごごご…………、どういうつもりなのです」

「怖っ! え、なんですか!? 実はヤンデレの素質が!?」

「って、誰かと思ったらリリス様のところの鳩さんではありませんか! お元気にしてましたか? うふふ」

「怖い、怖いです。その変わり身の早さが一段と怖い」

 

 閑話休題。


「それで、どうしてベルゼブブ様が街に来ているのです? 普段なら魔獣討伐以外では絶対に城から出ないのに」

 ジークの興味がアスタロトから再び街の光景に移ったことで冷静さを取り戻した(ように振る舞っている)彼女が、ようやく当初の疑問を口にした。

「オレだって好き好んで来てるんじゃない。鳩野郎から看過できない噂を聞いたんで、その調査にきてるだけだ」

「噂、ですか?」

「どうやらオレの姿と名前を名乗ってこの街で好き勝手してる奴が居るらしい。そのせいで住民に不満が溜まってるんだとさ」

「……はぁ、私にはそのような情報は回ってきていませんが」

 と、アスタロトは懐から丸眼鏡を取り出してかける。

 これはアスタロトのみが使える物で、これを掛けた彼女の視界には未来の様子が映し出されている。元々、アスタロトの伝承の中に過去と未来を見通せる能力があると書かれているが、その正体がこの丸眼鏡なのである。

 未来とはいってもせいぜいは数日が限界なのだがそれは仕方ない。時間の流れ的には過去というものは存在しても、未来はあまりにも不確定すぎるのだ。所説、未来を見れる悪魔というのは一定数いるらしいのだが、そのほとんどはデマカセに過ぎないほどだ。

 アスタロトはそんな中でも確実性のある未来だけを見通せる悪魔だったりする。

「……そのような事態になっている雰囲気はありませんね」

「そうか。ならオレ達は適当に街を回ってるから仕事に戻っていいぞ」

「分かりました。ではあの少年を連れて……」

「それは駄目に決まってんだろ。つーか、あいつはリリスのお気に入りっぽいから下手に手を出すと後で殺されるかもしれねぇぞ」

「…………巨大な権力者のお気に入りをこっそり寝取る、これはこれでありかもしれません」

 と、何やら不吉な言葉を口ずさみながら街の中へ消えていくアスタロト。

 実はこうしている今もグレシールの通信術式【覗き窓】により監視されているわけでこっそりも何もあったものではないのだが、わざわざ気に掛けるベルゼブブではない。

 雑踏に紛れたアスタロトから視線を切り離しジークに目を向ける。

 ジークは少し離れた所にある果物屋で店主っぽい人物と会話していた。

「どうしたんだ坊主。迷子か?」

「ううん。かんこー」

「そうかそうか、そりゃすまなかった。ならこいつでも食べな。この店一押しの果物だ。観光にきたならこれを食べなきゃ始まんないぜ」

「わー! いいの?」

「いいってことよ。観光客に優しくできないようじゃ商人やってられねぇからな」

 と、ジークに赤い果物を渡そうとする店主の腕を駆け寄ったベルゼブブが掴む。

「? どうしたのベルゼブブ?」

「……いや、なんでもねぇよ。この果物屋には悪いけど、先を急ごうぜ」

「?」

 首を傾げるジークの手を掴んでベルゼブブは街の中心部へと歩みを進める。

「……なるほどな。こういうことかよ」

 低い声でベルゼブブは言う。

「アスタロトの野郎、よりにもよってこのオレを裏切りやがったな」

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