第18話 暗闇の少女


「失礼しました」


 僕らは無事に職員室に鍵を届けるとお辞儀をして部屋を後にする。白結第一は割とマナーとかに厳しく、職員室に入る際、出る際は必ず挨拶をすることになっている。入る時にはノックも忘れてはならない。我が校は田舎者が都会に出ても失礼無いように教育する、とか校長が言っていたような気がする。そもそもここから都会に出る人なんてほとんどいないんだし良いだろとか思うけど、マナーは身に付けておいて損はないのだと思う。

 神奈さんを連れた僕たち一行は校舎を出る。丁度、遅い帰りの文化部と運動部と帰宅時間が被ったため、げた箱にはそれなりに賑わっていた。図書室から職員室に行く道々が深々としすぎていたせいで恐怖を感じたが、それは特別塔に人がいないだけだったのだ。チャイムは鳴り、帰宅時間になったというのになぜかテンション高めな生徒たちは楽し気にワイワイと塊を作る。青春の一ページだな、と僕は思う。かく言う僕も両手に花の状態で帰路に着くあたり青春しているのかもしれない。まあ、両手というより右手に二本というのが正しいか。現在風子が真ん中でその両脇に僕と神奈さんという並びで歩いている。

 風子曰く、神奈さんの本名は、祭神奈。中学は僕らと同じで、北の森にある白結神社の近く。というか白結神社は彼女の家が管理しているみたいだ。白結神社は僕の家から一番近い神社であるので、意外なことに神奈……祭さんの家は結構僕の家と近かったことが発覚した。これで少しは祭さんとの話のタネになるだろう。

 僕らが校門をくぐり郊外に足を一歩踏み出した瞬間、校舎の方から鐘の音が聞こえた。先程聞いたものと同じ、帰宅時間を知らせる鐘だ。もうチャイムはすでに鳴ったはずなのだが……故障でもしているのか?白結第一はそれなりに歴史ある高校だし、そこら辺のボロが出ていても不思議じゃない。風子たちに聞いてみても「チャイムが二回なったのは故障じゃないですか?」と答えた。

 少々疑問は残るまま僕らは学校を後にする。帰り道は少々ぎこちない会話が続きながらも、風子が上手く僕と祭さんの間を取り持ち、あまり退屈することは無かった。やはり風子はコミュニケーション能力が高い。風子も澄と同じようにもう自宅の旅館で手伝い等しているみたいだし、接客を通してコミュ力が知らずのうちに磨かれているのかもしれない。


「センパイ、神奈ちゃん。私はここでサヨナラなのです」


 風子はそういうと手を振って暗闇の中に消えていった。結果として、祭さんと二人っきりになってしまった。隣を見ると祭さんが風子の背中を惜しそうに眺めていた。そりゃあそうですよね……


「それじゃあ、祭さん。帰ろっか」


 ぎこちなく僕がそう投げかけると祭さんは小さく頷く。

 そこからの道中、結局僕たちは言葉を交わすことは無かった。気まずい沈黙が夜の風を一際に強調し、揺れる木々の音が僕らを包んだ。彼女の家の近くまで来たとき「ここでいいです」と言う。突然話し始めたので、若干僕の方がおどけてしまった。


「そう……さよなら、祭さん」

「…………ありがとうございました」


 深くお辞儀をする。短めの黒髪がさらっと彼女の耳元を撫でた。

 僕は帰り際「祭さん、やっぱり温泉部には興味ない?」と再び確認してみたが、ごめんなさいと再び腰を曲げ、帰ってしまった。やはり祭さんは温泉部には入ってくれなさそうだ。困った様子だったし、この分だと何度誘っても入部までには至らないと僕は思った。


「はぁ…………」


 僕は祭さんを見送り、その背中が闇に消えたところでため息をつく。新入部員勧誘。そもそもこの時期に勧誘をすること自体がおかしいのだが、初日の結果はまずまずだった。僕はガルルとなるお腹をさすり、夕ご飯の想像をしながら家へと向かうのだった。


  *


 夜風が頬を撫でる。夏に向かい日に日に暖かくなっていくこの季節であるが、夜風は未だに冷たい。

 少女は一人、夜空を見上げ歩いていた。風に揺れる木々、砂利を踏む音だけが響く……響いていた。少女は自然が奏でる音以外の音を耳にし、歩みを止める。


「………………さよなら」

「…………ありがとうございました」

「温泉部には………………」


 少女は暗闇から聞こえてくる声に耳を傾ける。一つは良く知っている者の声。もう一つは聞いたことが無かった。聞き覚えの無い声に疑問を感じ、首を傾げる。しかし疑問よりも先に浮かぶ想いがあった。

 少女は再び足を動かし始め、暗闇の中微笑んだ。


  *


「センパイ、部員探しは今日でたぶん終わりなのです」

「ん!? 突然だな、風子」


 風子の口から発せられる突然の終了に僕は驚きが隠せない。放課後の少し活気付いた部室塔の前で僕の叫びが響く。昨日祭さんを部に勧誘しようとして断られ、さて今日も部員勧誘だと意気込んでいた矢先これだ。仕方ないだろう。

 今日は温泉部の部活は特になく、澄は昌平と共に筋トレとか基礎体力作りだとどこかに走りに行ってしまい、綾菜先輩は生徒会の事情で今日は顔を見ることが無かった。暇そうだった兎莉も一緒に勧誘しに行かないかと再び聞いてみたが、やはりまた断られてしまった。

 先程言ったことについて、何か事情があるのかと風子に聞いてみる。


「いやぁ……実はですね。『温泉研究部』に誘った人たちは大方、運動部に入っちゃってるみたいなのです」

「ええっ!? そうなの!?」


 僕は風子の言葉に再び驚く。少しオーバーなリアクションだったためか、近くを通ったサッカー部員(ボールを持っていたため推定)が目を見開いてこちらを見てきたため、僕は少々赤面した。

 白結第一は基本的に全員部活加入、そして基本的には兼部不能。基本的という言葉が続くがこういった物事には例外というのもがつきものなのだ。初めに最初の『基本的』だが、実は委員会等で放課後に活動する生徒は例外的に部活所属をしなくてもいいことになっている。昨日会った祭さんはこのパターンだ。次に二番目に『基本的』だが、文化部の兼部は認められているのだ。これは、そもそも文化部は毎日活動じゃないところが多いため兼部しても問題ないというところから来ていると綾菜先輩に聞いたことがある。

 風子が言うに、元温泉研究部で運動部に入っていないのは祭さん含めて三人。今日中に声をかけて反応を見ることは余裕で可能な人数だ。

 一気にやることが無くなってしまい、虚無感に襲われる。いや、まだ襲われちゃダメだ。兎に角、今日の勧誘でどうにか一人部員を集める。ダメだったときは昌平のサポートにまわるというだけのことだ。今日出来ることを全力でやる。それからのことはその時になってからだ。


「センパイ、行くですよ」


 僕は昨日と同じく先行する風子の後を追いかけた。


  *


 水田と水田の間――あぜ道を少年少女が駆ける。

 男が女を追いかけるというシチュエーションは恋愛漫画にありそうなものだが、この場合は逆をいっていた。


「ワンツーワンツー、昌平さんペースが落ちていますよ!」

「ぬわー! なんで澄そんなに体力あんだよ!!」


 金髪メガネがトレードマークの少年――山崎昌平は悲痛な叫びを田んぼ中に響かせた。昌平は後ろから少女――浅間澄に急かされ足を速める。

 学業成績も良く容姿も良い澄のことを昌平は才色兼備であると思っていた。しかしここで見落としてはいけない。才色兼備のイメージがたとえ美しい華の様で力なきイメージがあったとしても、これは『才』と『色』を良しと言っているだけであって、体力的なことには触れていないのだ。

 意外にも体力のある澄は額に汗一つ書くことなく昌平を追い回した。あぜ道を抜け、無補装の砂利道を抜け、林を抜けて補装道を抜けると最後には学校に戻ってきた。戻る頃には流石の澄も額に汗を浮かべ、昌平に関して言えば死にそうになっていた。日は少し傾いていた。


「もう……限界」

「昌平さん、お疲れ様です。はあ、私も少し汗をかいてしまいました」

「マジ無理、温泉入ろ……」

「それは名案ですね、昌平さんのくせに」

「ちょっと澄さん失礼じゃね!?」


 昌平の案を採用し、二人は学校内の温泉に入ることにした。タオル等は部室に常備しているため一度部室に戻ったところ澄たちは部室の明かりがついていることに気付いた。澄が先行して部室のドアに手を掛けると、部室には颯太と風子がうな垂れた様子で机を挟んで椅子に腰かけていた。

 澄は彼らの様子を見ると状況を直ぐに理解した。


「颯太さん、部員集めの方は…………ダメだったようですね」

「うん……その通りだよ。どの子も他の文化部とかの方に専念したいってね。優しく断られちゃった」


 颯太は力なく肩を落とす。意気消沈の二人に澄がかけてあげられる言葉と言えば二人を温泉に誘うことぐらいだった。


「颯太さん、風子さんお疲れ様です。部員集めの方は、残念な結果でしたが今日は温泉にでも使って嫌なことは忘れましょう」

「それもそうだな……」


 颯太は澄の言葉を受け、ゆっくりと腰を上げる。立ち上がった颯太に昌平が駆け寄り肩を抱いた。


「まあ、部活存続の話は俺に任せとけって! 絶対生徒会長になってやんよ」

「昌平…………まさか昌平が頼りになる時が来るとはね」

「ちょっと颯太さん失礼じゃね!?」


 華麗に突っ込む昌平を無視し、颯太たちは学内にある温泉に向かった。


  *


 予期していたこととは言えど、正直心に来るものがあった。僕は深くため息し、肩を落とす。肩を落とすとゆっくりと肩が湯につかり、心地良い暖かさが全身を巡り僕は体を震わせた。日は暮れ始めていて、薄らと月の輪郭が見える。光っていない月もこれはこれで良いものだ。良いものだと思いたい。

 隣の昌平は肩までどころか全身を湯に沈めた。湯から上がってくると顔を半分湯につけたまま話始める。


「ブクブクブク……温泉が体にしみるぜー」

「ちょっと昌平ぶくぶくしないでよ、汚いだろ」

「何言ってんだよ、颯太…………ぶくぶくよりも……ランニング終わりで汗かいた俺の体の方がよっぽど汚い」


 とぼけた顔をして昌平がそう言う。疲れで頭が可笑しくなっているのかもしれない。

 温泉に入る際にはきちんと体を流してから入ろう。温泉愛好家の人はそこら辺のルールに凄く厳しい。当たり前のことだが温泉は皆の物なのだ。


「昌平、僕は心が広いから怒らないけど、外でそんなことしないでよ? 温泉好きのおじさんたち怒らせると面倒だからね」

「そんなの分かってる。俺がこんなことするのは颯太の前だけだぜ」

「ちょっと寒気がしてきた」


 ナチュラルに僕を口説きにかかる昌平に僕は悪寒がした。流れから「寒いなら温めてやろうか?」と言う昌平が脳裏に浮かんでしまいさらに寒気を感じる。実際に昌平はそんなこと言わなかったが。

 僕らがイチャイチャしていると男湯と女湯を仕切る壁の向こうから風子の声が響く。


「先輩たちは付き合っているのですか……?」

「…………風子、冗談でもそんなこと言わないで」

「うっ……ごめんなさいのです」


 壁の向こうから風子がうな垂れる。大方、ショッピングモールに行った時のことを思いだしているのだろう。僕があの時の兎莉と同じ返し方をしたのだから当然か。

 今の台詞を言ったら、兎莉のことが頭に浮かんだ。そう言えばあのショッピングモールの一件があってから、兎莉に妙に避けられている気がする。そんなに気にするようなことだったのかと僕は疑問に思う。小さいころから僕と兎莉はよく一緒にいて他の友達から付き合ってるのかと冷やかされることは少なからずあった。しかし、ここまで意識されることは無かったのだ。今回の兎莉の反応は少しおかしなところがある。

 何か心境に変化が……もしかして、本当にもしかしてだが…………


 兎莉は僕のことを好きなのでないのか?


 その結論に至った後、妙に恥ずかしくなってきて僕は顔を赤くした。自分で自分の顔色が分かったのは昌平に指摘されたからだ。そんなことはどうでも良い。

 兎莉が僕のことを好きなのだとしたら確かに彼女の行動は納得できるところがある。行動だけでなく好きな理由にも納得がいく。兎に角、腑に落ちるのだ。そもそも兎莉が話をしたことがある男子なんて、僕と昌平だけ。小さいころから一緒なのだ、それぐらい分かる。

 そうは言っても、真実は兎莉しか知らない。ここで僕がいくら思考を巡らしたところで意味は無いだろう。それに、僕には今それ以上に考えなければならないことがあるのだ。兎莉のことは封印。まずは目前の目標、昌平を生徒会長にして温泉部を存続させることを第一に考えよう。

 僕は額に流れた汗をタオルで拭う。それから昌平とこれまでのトレーニングについて話し合い、のぼせる前に温泉を出た。


  *


「書記候補者、二名。会計候補者、二名。副会長候補者、一名。生徒会長候補者、一名」


 日が落ちかけた生徒会室で現会長は資料を眺めていた。その資料は来週に迫る生徒会選挙のエントリーシート。シートに書かれた名前を見てそれをパソコンに移していく。打つ作業はそこまで大変ではなく、マウスを行ったり来たりさせるのに横着していた。

 作業が一段落つき、綾菜はパソコン上に出来上がった表を見る。何かに気が付いた。


「やばっ、昌平の名前入れ忘れてるや」


 慌てて彼の名前を表に打ち込み、慌てた結果タイプミスをして余計に時間がかかった。辻綾菜はそこまで電子機器に強くない。

 昌平の名を表に打ち込み終わると、綾菜は昌平の対立候補者の名前の欄を睨んだ。綾菜は全校生徒の名前と顔、そしてその人がどのようなものなのかまで把握している。勿論、対立候補者が、その立候補者が何者なのかも知っている。それに彼の存在は特に注視していた。


「不良グループが闊歩しちゃうような学校じゃ、一般生徒は楽しくないんだよ。なぁ……」

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