第7話 もう佐川に改名すればいい
空にオレンジ色の朱が混じりはじめた夕暮れ時。
人がさばけるのを待ってから上履きを履き替えて正面玄関から外にでると、嵐のような春風が吹き荒れていた。
グラウンドの砂が強風にあおられて舞い上がり、時折こちらのほうまで吹きつけてくる。
「すごい風だね。砂埃が目に入りそうだ」
なんてのんびり構えている西園寺を尻目に、あたしは演劇部から拝借中のカツラが強風で飛ばされやしないかと内心気が気じゃなかった。
なんと言ってもあたしは今、頭にカツラを装着中で肩下までのロングヘアーになっているのだ。
(もう校長の頭がズレてようが絶対に笑ったりなんかしないぞ――!)
固く誓いながら頭部を押さえていると、西園寺が気まずそうに咳払いをひとつして言った。
「鈴木さん、スカートがめくれあがってるよ」
「いいの、パンツのひとつやふたつぐらい見えたところで死にやしないわ。でも髪は女の命と言うでしょ。髪が乱れたら私は死ぬッ!」
つーか詰む。
こっちはそれどころじゃないんだよ! と必死こいてると、「もう少し慎みをもったほうがいいよ」と渋い顔でたしなめてきた。うっさいバカ。短パンはいてるからいいんだよ。
無視して歩き出そうとしたところで体が浮く。
あれ? と感じた時には、西園寺に抱き上げられていた。
西園寺はどこぞの姫のようにあたしを担ぐと、そのまま早足で校門の外に向かう。
「……お、お、お、お……」
お前いったい何するんだよ、と言いたかったが咄嗟に言い換えた。
「何をするの、おろしてちょうだいっっ」
「そんな姿で歩かせれるわけないでしょう。鈴木さんは思う存分髪の毛をいたわってるといいよ。僕が鈴木さんを運ぶから」
「いい。必要ないからいいッ! そうだ西園寺君ケガしてるじゃない、悪化するよっ!」
「大丈夫。手加減してたからそんなに深い傷ではない」
「何よソレ!? とにかく恥ずかしいから自分で歩く!」
部活に励んでいる生徒たちの一部が何ごとかと中断して視線はこちらに釘付けだ。
元部活仲間と目が合うと、彼女はあたしの正体に気づいたようで、噴き出しながら親指を立ててきた。違う違うこれは違うからっ!
あたしが降りようとすると、西園寺のはしばみ色の目に怒りがこもった。
「ダメ。人通りがなくなるところまで連れていくよ。僕だってこんなに美味しいイベント逃したくない」
だからイベントってなんだよ!!!
そんなに運びたかったら小包でも運んでろよ馬鹿野郎、なんて心の中で悪態をついているうちに喧騒は遠ざかり、閑静な住宅街まで到着した。
そこでようやく拷問から開放された。は、恥ずかしかった……。
◆ ◆ ◆
「そういえば鈴木さんの家ってどこ?」
あたしを地面に降ろして開口一番がこれである。
方角も知らないで担いだのかと怒鳴りつけたかったが、変装中の身なので我慢した。
自宅場所を教えるのに抵抗があったけど、必要以上にウソを重ねるのも得策ではないと考えて素直に説明する。
「あの角を曲がってしばらく歩くと途中でコンビニがあるでしょ。そこから右に曲がって更に十二分ぐらいかな」
実際にはもう少しかかるのだが、ほんのりと嘘を混ぜてみた。これぐらいなら構わないだろう。
ちなみに今言った場所にはヒガシの家があるので、万が一周辺をうろつかれることがあればあいつにすべてを託す方向だ。まとわりつかれる苦悩を少しは味わうがいい。
「そっか。なら家まで」
「あらかじめ言っておくけど、途中まででいいからね」
ビシッと宣言すると、西園寺は端正な顔を歪めてあからかさまに落胆の色をみせた。
そのしおれ具合をみて既視感が頭をもたげる。
あれ、以前にもこんな光景なかったけ――と過去の出来事がよぎったが、それはすぐさま弾けて消えうせた。
「鈴木さん」
「あ、はい」
「じゃあさ、すこし寄り道してかないか? 僕の家はすぐそこなんだ」
知ってるよ。
西園寺の住居は、白い壁が映える洋館。
昭和初期に建てられたという歴史あるその建築物は、玄関部分や窓がアーチ型になっていて、当時としてはとてもハイカラな部類の家だったのだろう。
広い庭には落葉樹がバランスよく植えられていて、これが秋になるととても風情のある景色になるのだ。また一角には果実木もある。
ドラマ等で登場しそうな趣のあるその洋館は、いじめるきっかけとなった原因の一つでもあった。
何故なら西園寺一家が引っ越してくる前はもうずいぶん長いこと空き家になっていて、あたしたち子供グループがこっそり入り浸っていた秘密基地だったからである。
(いろいろ隠し置いてたら、ある日ぜんぶ処分されててムカついたのは忘れない!)
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