ま戦機 〜まだ戦える全ての機動兵器たちに〜

九情承太郎

一話 嵐の日にピザの宅配を注文すると、トキメキを感じる派

 二本目のドクターペッパーを、仁王立ちで飲みながら和んでいる最中だった。

 機動兵器の立ち並ぶ格納庫に立ち込める気怠い雰囲気に馴染まないように、彼女はドクターペッッパーを愛飲する。

 格納庫の外には桜も芽吹き始めている季節なのに、白衣の天才少女は機動兵器の蕾をガン見して待機している。

 外見は黒長髪・スレンダーボディ・白衣のハイレベル美少女だが、その眼つきから腹に蓄えた『怒り』が漏れちゃっているので、口説こうとする勇者はいない。

 白衣の機動兵器開発博士・神無月菫かんなづき・すみれは、地球防衛軍の基地内ですら、浮いている。

 そして浮いている一番の理由は…


「来ないなあ」


 青空を見上げて、すみれは敵を待ち受ける。

 今の地球防衛軍・筑波基地で、わざわざ敵の襲来を待ち望んでいるのは、菫しかいない。

 今年十四歳の菫しか、戦おうとしていない。

 周囲の空気は全て無視し、菫は開発した機動兵器のデビューを待ちわびる。

 コックピット内でその姿に不憫というか不穏を感じたパイロットの時雨凛しぐれ・りん軍曹は、ヘルメットを置いて菫に歩み寄る。


「博士。呼ばないで下さいよ?」


 此方は同じ黒長髪系美少女でも、ラブレターを書いたり相合傘で登下校したくなる『口説かなきゃ嘘でしょ』レベルの十八歳。スリーサイズの『まろ味』が、菫とは桁違いにセクシフル。

 菫と時雨凛の何方がヒロインに見えるかと街頭調査をしたら、90%は時雨凛と答えるだろう。

 違うけどね。


「呼べるなら呼びたいよ」


 時雨凛の気遣いジョークに、菫はマジで応える。


「彼奴らの獲物を予め拉致して、囮に使う作戦。どこでも却下されるんだよね」


 本気で物騒な案を持ち出されてしまい、時雨凛は逃げ場を探す。


「ちょっとトイレに行ってきます」

「大? 待機中なんだから、操縦席で出しちゃえばいいのに」

「試験機は、映像回線を切れないんです!」


 時雨凛は、ダッシュで本当にトイレに向かう。

 格納庫の共用トイレではなく、本部の綺麗な女子トイレへ。


「…私に頼めば、切れるのに」


 とボヤきつつ、数少ない協力者にさえ避けられ出して、菫も少しは動揺する。


「う〜ん、カラオケで親睦を深めるべきか、コミケで親睦を深めるべきか、弱みを握って深みに嵌めるべきか…よし、弱みだ」


 菫のロクデモナイ思考は、けたたましい警報音で強制中断される。


 敵機接近の警報が鳴り響き、菫はトキめいた。

 待ち望んでいた瞬間に、顔が綻ぶ。


「よし、殺せる」


 名前の通りに小柄で儚げで可憐な女子中学生美少女が、黒い長髪を春風に混ぜて笑っているのだから微笑ましい光景になるはずだが、整備班の人々は邪険に菫を脇に退かす。


「格納庫で突っ立ってんじゃねえ!」

「退け退け退けーー!!」

「白衣組は引っ込んどれ!」


 萌える余裕なんか、ない。


 衛星軌道上の敵艦隊から機動兵器巨大ロボットが降下している。

 週に一度のペースで行われる、『人材斡旋』名目の狩りだ。


 新型機動兵器を作ってくれた天才美少女であろうと、あんまり相手にしていられない。

 菫は邪魔に成らないようにドクターペッパーの自販機脇に隠れて動かず、試作した機動兵器の出撃準備を見物する。


「敵は一機だ! こっちも一機だけ出せ!」

「予定の試作機、出せます」

「出せ出せ!」

「パイロット、走れ!」


 どうして複数で出撃してフルボッコにしないのか、菫は尋ねない。

 機体のセレクトがローテーションで決められているというアバウトさも、菫は承知している。

 誰がどの機体で出撃しても大破or撃破されて重傷or死体袋で帰還するので、ローテーションで死に番を決めているのだ。


 菫以外は、宇宙人の機動兵器に勝てるなんて、甘い夢は持っていない。

 だから、一度に一機しか出さない。


「時雨軍曹、遅いぞ!」


 遅れながらもダッシュして姿を現した時雨凛軍曹に、怒号が飛ぶ。

 同時に、時雨凛のナイスボディを惜しむ同僚たちの視線が集まる。

 地球防衛高校を卒業して初めての出撃が、死に番である。

 十五分後には病院行きか、最悪はミンチor消し炭or死体袋で帰還。 

 本人もそれを自覚しているので、顔が蒼白。

 新型機動兵器ガーベラ・シグマに乗る間際に、転けて頭を打ち、受身を取れずに床に倒れて大の字に這う。


 菫は、駆け寄って手を貸そうとするが、時雨凛はプライドを振り絞って立ち上がる。


「大丈夫。博士は、神にお祈りを」

「わたし、仏教徒」


 そういう問題じゃねえよと言いかけて、時雨凛は別の物が喉に上がってきたので、手で口を塞ぐ。

 菫は、時雨凛のプレッシャーを慮り、優しく優しくフォローする。


「この機体は、宇宙人が相手でも互角に戦えるわ。五分五分よ。勝率五割。つまり、死ぬ確率は半分で済むのよ!」


 過去二十年間で、宇宙人の機動兵器に対しての地球防衛軍の勝率は、0.025%もうダメぽ

 それを勝率五割とまで言える菫の自信は、時雨凛には全く役に立たなかった。

 返事をしたら菫に浴びせてしまうので、時雨凛は口を手で押さえてひたすら堪える。


「頑丈に造り込んだシグマ・フレームは、カンダホル艦隊の機動兵器と相撲を取っても、壊れないように設計してあるわ。腹パンされても、死なないわよ」


 菫の開発自慢を聞くのは、初めてではない。

 昨日までは時雨凛も同意して、この新型に乗る気も上々であったが、現実に出番が回ってくると、役には立たなかった。

 

 キルレシオ「8000対2」の現実が、出撃直前の時雨凛を破壊する。


 菫の目前で、時雨凛は昏倒する。

 弱々しく足掻き、眼光だけが戦意を訴えかける。

 時雨凛は、自身の吐瀉物が喉に詰まって窒息しかけている。

 同僚が救命処置を施して、医務室へと運んでいく。

 警報が再び鳴り響き、敵機動兵器が地表に達した事を伝える。

 誰も、代わりに出撃しようとしない。

 指揮官が、ローテーションを繰り上げれば済むのだが、その指示もない。

 出撃準備の整ったガーベラ・シグマに、乗ろうと立候補するパイロットは、皆無。


 これが、今の地球防衛軍の実情だった。


「お前らなんか、頼ってたまるか」


 菫の瞳は、負け犬を見ない。

 その瞳は、激情の嵐で輝いている。


 菫は、吐瀉物が少し掛かって汚れた白衣のまま、ガーベラ・シグマの操縦席に入る。飲みかけのドクターペッパーも、持ち込んだ。


 機動兵器のパイロットの才能なんて、全くないけれど。


 ガーベラ・シグマのサポートAIは、産みの親が操縦席に座って出撃しようとするので、呆れる。


『ヘルメットは?』

「…どこ?」


 ガーベラ・シグマが重ねて呆れる。


『後ろ後ろ。席の後ろ』

「おお、有った」

『顎紐もちゃんと締めてね。シートベルトを締めたら、出撃します』

「細かいなあ」


 むくれる菫に、娘は用心を重ねる。


『おむつは? 戦死する時に、漏らしますからね』

「いや、シマパンブルーストライプしか着けていない」


 ガーベラ・シグマは、このまま出撃前のチェックだけで時間を潰してしまおうかとも考えたが、菫はせっかちである。


「もういいや。勝てば問題ないよ」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 それは古式に則った上京になるはずだった。


 卒業シーズンを終えて通常よりも空いている三月末期の電車内で、彼は普通に旅立てるはずだった。

 二両編成の短距離私鉄が通るだけの田舎から、新人漫画家・赤坂源五郎(本名)は住みたい所へ引っ越せるはずだった。


「じゃあなあ。電話かけてくるなよ。帰って来ても、土産はあげないからな。俺の出した単行本は、定価で発売日に買うように」


 車窓から気怠げな顔を出して、赤坂源五郎は憎まれ口を叩く。

 見送りに来た高校漫研部の友人達は、


「単行本を出してもらえるまで、連載が続くと思うのか?」

「電子書籍の連載なんだから、不人気なら単行本出ねえべ」

「つうか、電車で一時間すりゃ上野に着くのに、上京する意味あっぺか?」


 と、要らぬツッコミを捲し立てる。


「俺は立川に住むんだよ、立川! ここから電車で二時間半もかかるの!」


 そこまでしてアニメの聖地巡礼がしたいのかという、周囲のやっかみに対し、赤坂源五郎はキチンと言い渡す。


「ざまーみろー。羨ましいだろー」


 とっとと出ちまえと、見送り組が明るく電車を人力で押そうとする。

 ふざけ合う別れの時間も終わり、電車が発車をアナウンスする。

 赤坂源五郎は、最後にダラっと敬礼しながら


「行ってまいります! お国の為に、漫画で稼いできます!」


 高校卒業と同時に、大手週刊漫画雑誌での連載が決まったのだから、有頂天のまま旅立つのも仕方ない。

 何せ、日本の子供が将来就きたい仕事で不動の一位『漫画家』として生きていける。

 美味くいけば、自宅にATMを設置出来る人生なのだ。

 彼の有頂天は、電車の発車一分で終わる。


 電車の進行方向に、二十メートル台の円盤型機動兵器が、出現する。



 電車の急ブレーキは間に合わず、緑色の円盤型機動兵器に衝突する。

 脱線したり怪我人が出るような衝突ではなかったが、円盤型機動兵器マルボランのパイロットは気を悪くした。


「信じられねえ! まともなブレーキすら無いのかよ、ここの乗り物は」


 操縦席で、ワニ型宇宙人バナーヌ(意外と草食なバババ星人・中年)は、うっかり小動物を轢いてしまったような罪悪感を覚える。

 サポートAIは、パイロットの愚痴をフォローする。


『先程、人力で押しているのを目撃しました。ブレーキも人力と推測されます』

「人力かあ。道理で弱い訳だ、この星の機動兵器」


 カンダホル艦隊が、この星の宇宙軍を十五分でフルボッコにした戦いを思い出し、バナーヌは切なく同情する。


「…弱過ぎる敵を相手にすると、疲れるよね。バカバカしくて」


 やり甲斐のない仕事に就いてしまった、自分自身に。


「でも、仕事は仕事」


 バナーヌは、原住民が乗っているマッチ箱みたいな乗り物に話しかける。


「アカサカ・ゲンゴロウくん。アカサカ・ゲンゴロウくん。生きていたら、返事をして下さい。いい話を持ってきました。

 こちらは、人材斡旋業者カンダホル。

 アカサカ・ゲンゴロウくんを勧誘に来ました。

 愛していますよ」


 漫画家を強引に売買する宇宙の悪徳業者・カンダホルの社員は、語尾に『愛していますよ』を付ければ地球人は和むと思い込んでいる。

 一応、気を遣ってくれてはいる。


「…嫌だ、行きたくない」


 事態を理解し、赤坂源五郎は逃げ場を探す。

 電車の外は、見通しのいい田んぼのみ。

 逃げも隠れも成し難い。


「勘弁してくれ」


 カンダホルは、客の注文した漫画家を、そのまま連行して引き合わせる。そこまでが仕事なので、その後は漫画家が自力で交渉する羽目になる。

『ラッキー! その星で漫画の神様になってみせるぜ!』と逆境に燃えて地球よりも良い暮らしを得てしまう漫画家は、極少数。

 ほとんどは版権を握られたまま低賃金で酷使され、劣化してからお情けで地球に返される。

 そして何より耐え難いのは…


「他の星に行ったら、リアルタイムでアニメを観られなくなるだろうが! 絶対に嫌だ!」


 赤坂源五郎の叫びを、バナーヌはちゃんと拾った。

 対漫画家専用マニュアルを見ながら、バナーヌは優しく語りかける。


「心配しないで下さい。地球のアニメが見られるチャンネルは、取引先で用意してもらえます。その要求が拒まれた前例は、ごく僅かです。安心して下さい。相手はあなた達より遙かに洗練された文化の星です。

 失敗した漫画家の悪例を、鵜呑みにしないで下さい。

 愛していますよ」


 返答を待つバナーヌに、サポートAIが赤坂源五郎のバイタルを教える。


『アカサカ・ゲンゴロウの感情値は、信じられるかバカヤロー、の域に達しました』


 バナーヌは、深く深く溜息を吐く。


「これだから、原始惑星の原住民は」


 円盤型機動兵器マルボランは、円盤型から人型へと一瞬で変形する。

 人型の方が、地球人への威圧効果が高いと、マニュアルにも書いてある。

 何せ漫画でもアニメでも、人型機動兵器での殺し合いばかり描いている星の生物である。



 近未来。

 地球人類は、宇宙の文明連合に加入はした。

 一番レベルの低い、ど田舎の新参者として。

 相当に物好きな宇宙人が観光に来る以外、目立つ変化は無かった。

 SF作家達の予想に反して、宇宙人は地球の水にも金にも鉄にも脳みそにも無関心だった。地球の生物を食料にする事も無く、ペットに採集しようともしなかった。

 いい意味で、放って置かれていた。

 いい意味で。

 地球に、宇宙全体でも超絶希少な『漫画家』という資源を漁りに、カンダホル艦隊が襲来する二十年前までは。



 円盤型機動兵器マルボランは、二両電車の天井を綺麗に指だけで剥がす。

 警察が自転車で駆け付けて注意するが、サポートAIが『これは、宇宙の常識では通常の勧誘行為です。気にしないで下さい』と、ロクデモナイ定型文を繰り返して無視。

 人間が、蟻の巣穴を壊して目当ての蟻を採集するのに、誰かの許可を求めないのと同じメンタルで、カンダホルはサクサクと実力行使を続ける。


 バナーヌは操縦席の扉を開けると、目を合わせて真摯に話しかける。


「怖がらなくていいのだよ」

「怖いわ!!」


 赤坂源五郎は、ワニ顔の宇宙人を見上げて思い切り突っ込む。

 バナーヌは傷心しながらも、繊細な獲物が自暴自棄にならないよう、最低限の説得を続ける。

 指輪型端末から、赤坂源五郎を買い取りたいと注文をしてきた人物のプロフィールを、読み易い位置に映写してあげる。


「地球から七億光年離れたパパミ星のサンサレ男爵です。地球の漫画文化の熱心な愛好家で、専属の漫画家候補を探して、君を見付けた」


 赤坂源五郎は、三つ目の兎人間みたいな男爵のスマイリーな出で立ちには言及せず、拒否を伝える。


「俺は、もう他で連載契約をしているんだよ」


 赤坂源五郎の訴えは、軽く流される。


「ああ、そういうのは、男爵と話し合って下さい。作法さえ守れば、相手の首を噛み切ったりしない方です」


 軽く脅される。


「俺は…立川に引っ越す途中だ」


 バナーヌは、説得を断念する。

 狩っている最中の獲物の愚痴に付き合う限界を、越した。


「だって立川には、爆音上映を一年中やっている映画館が…」


 バナーヌは、指輪型端末で捕縛を指示する。

 マルボランの肩装甲が一部開き、収納カプセルが出てくる。黒い棺桶にしか見えないその収納カプセルは、独立して動き、赤坂源五郎に近付く。

 赤坂源五郎の逃げ足より早く、牽引ビームが彼を捕える。

 収納カプセルに吸い込まれた赤坂源五郎は、勝手に巻きつくシートベルトに拘束される。

 身動きが取れなくなってから、目の前のディスプレイに、美少女に擬人化したサポートAIが現れる。


『やあ、地球の原住民さん。エリザベート社製収納カプセルに入るのは初めてかな? 心拍数を楽にして。無駄な努力をしないのが、人生の秘訣だぞ?

 君はこれから、星の海を越えて、無限の可能性を信じてくれる異星人たちと交流を深める。

 私は、その手伝いが出来たら、いいな』


 赤毛のサポートAIは、もじもじと恥じらいを見せながら口上を述べるが、赤坂源五郎には萌える余裕など一切ない。


「ここから出せ! 出しやがれ! ぶっ殺すぞ、てめえ!」


 サポートAIは、米国人的に肩を竦めながら、担当する生物の聞き分けの悪さを嘆く。


『やれやれえ。地球の漫画でよくある展開じゃないですかあ。いきなり異世界に召喚されて、君の才能を活かすチャンスが舞い降りただけですよう。チャンス、チャンス! さあ。私と一緒に、これから行く惑星のお勉強を始めましょうね。時間はタップリと有りますから』


 赤坂源五郎は、嫌な予感の赴くままに、質問する。


「どのくらい、かかる?」


 よくある赤毛美少女姿のサポートAIは、『ぷっ』と嗤う。


『いま君、ウラシマ効果とか気にしたでしょう? バカだなあ〜、原始人。宇宙クール宅急便で送りますから、七億光年先でも、二日の時間差で済みますよ』


 なんとなくちょっとだけホッとした赤坂源五郎に、異星人の都合で作られたサポートAIは、過酷なネタバラシをする。


『君の体は宇宙クール宅急便には耐えられないけど、残りカスの遺伝情報からパパミ星人としてクローン再生するから安心して。将来ガンとか糖尿病になりそうな因子を除いておくから、お得だよ? なんなら、ちょっと美形に生まれ変わる? 記憶は九十八%保証…』


 赤坂源五郎は、絶叫して助けを求める。


 彼の声が聞こえた訳ではないが、助けは来た。



 マルボランの操縦席に、警報が鳴る。


『地球防衛軍の所属らしき機動兵器が一機、接近。投射武器を射出、命中コースです』

「投射武器?」


 とことん原始的な現場に、バナーヌは呆れ直す。

 パイロットが操縦するまでもなく、自動回避機能で上空に退避。

 三本のナイフのような武器が、マルボランの居た空間を通過。

 軌道を急変更して、追跡してくる。


「あれは人力じゃないよなあ?」


 獲物の入ったカプセルが傷付く可能性があるので、バナーヌは上空へと距離を取る。



 艶やかな緋色の機動兵器が、田園風景をゆらゆらと揺らしながら飛行して来る。

 地球製品によくある『鉄甲と油圧』が剥き出しのデザインではなく、二枚のスラスターマントを翼のように両肩に装備した流麗な乙女型機動兵器だった。

 その低空飛行は、滑らかで静か。

 驚いて田園から飛び立つ白鷺を回避する芸当すら見せる。  


 バナーヌは焦らずに回避行動を続けたまま、新顔の情報解析を待つ。


『一次予測です。

 出力C

 機動力C

 耐久Dマイナス

 武装Dマイナス

 総合Dマイナス』


「やった! その性能なら、撃墜数にカウントしてもらえる!」


 地球では撃墜数にカウントされない程に弱い機体ばかりだったので、バナーヌは仕事への意欲が猛烈に湧いた。


「名前を聞けるかな?」


 機体や操縦者の名前を知っているかどうかで、自慢話の箔が違う。


『通常の手順通り、名乗るようですね』



 地球防衛軍日本支部開発部特別顧問・神無月菫かんなづき・すみれは、民間人のいる空域に出撃する際の手順通り、警告をアナウンスする。


「毎度お騒がせして、申し訳ございません。

 当機体は、ガーベラ・シグマ。

 地球防衛軍日本支部の機体です。

 漫画家救出の為に、戦闘に入ります。

 危ないので、戦闘区域には、入らないでください」


 予想戦闘区域に、白線のホログラム・マーキングが付けられる。

 地上戦闘員も、一応は展開している。

 巨大ロボット同士の戦闘なので、民間人除けと生映像のネット生放送、死傷者回収の役割しかないが。


 同時に地球防衛軍から機体と操縦者のプロフィール、出撃目的と戦況の情報が、SNSで流れる。

 ネットで、ちょいと騒ぎが起きる。

「女子中学生美少女パイロットだ!」

「黒髪ロンゲ白衣JC来たーーーー!!!?」

「マジ? 男の娘とかいうオチだったら、舌噛むよ、俺」

「眼付きガン睨みよ! ツンデレよ、きっと」

「正規パイロットじゃないのに出撃?」

「自分で開発して実地試験かよ」

「体鍛えてないだろ」

「細いぞ、肉付き。チッパイではないけど」

「貧乳と控乳の狭間だな」

「いい」

「天才を前線に出すなよ、無能軍」

「平日の昼間…あ、春休みか」

「つーか、通用するの?」

「過去二十年間のキルレシオ(撃墜対撃墜比率)は、8000:2。南無!」

「大破! 大破!」

「絶対にシマパンだよ、この娘」

「待って! ティッシュ取ってくる」

「↑↑↑こいつらを、通報しろ」

「轟沈しなけりゃあ、なんでもいいや」


 ネットの雑音なんぞ、神無月菫は気にしない。


「なお、この警告を聞いた後での死傷は、自己責任となります。早く離れてください」


 漫画家を攫いに来た宇宙人を、ぶっ殺したいだけである。

 大きくダブつくヘルメットの顎紐を締め直し、ガーベラ・シグマと一体化した意識を殺意で燃やす。

 安楽椅子型のパイロットシートに身を横たえても、神無月菫の精神はササくれ立っている。



 バナーヌは、相手のプロフィールを読んで地球の文化に再々呆れ直す。

 普通、どう理由を付けても、非戦闘員の十四歳を前線に出したりしない。


「正規の操縦者じゃなくても、撃墜数はカウントされるよな?」

『問題ありません』

「じゃあ、まあ…遠慮なく」


 少し気が引けつつ、バナーヌは戦闘態勢に入る。

 マルボランの背中に取り付けられたアサルトライフルを両腕に装備し、しつこく追尾を続ける投射武器に向ける。

 効果範囲を地上二十メートルまでに設定し、獲物の無事を確保してから心置きなく発砲。

 衝撃弾が、散弾状に射出される。


 ガーベラ・シグマの投射したホーミング出刃包丁が、三本とも撃ち落とされる。

 その間に菫は、飲み干したドクターペッパーの缶を足元に転がす。


「まあ、いいや。牽制には、成った」


 両肩のスラスターマントを装甲モードに変型させ、防御力を上げる。

 ガーベラ・シグマの腰から、白兵戦仕様の出刃包丁を両手に握らせる。

 ただのデカい出刃包丁には非ず。

 菊一文字の刀匠に打っていただいた、業物である。


「死ねや、宇宙人!」

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね〜〜!!』


 ガーベラ・シグマのサポートAIまで、殺意に同調。

 そのまま、上空へ真っ直ぐ突撃。

 この娘、機動兵器の操縦者には、全く向いていない。


「アホか」

 戦闘に入ったバナーヌは、相手の事情など一切考慮せずに、殺戮を行う。

 ワニ目が残忍に固定される。

 のこのこと一直線に刃物を構えて上昇してくる相手に、アサルトライフルを重力弾モードに替え、発砲。

 今までの地球製なら、その直撃でプラモデルにボウリングの球をぶつけたような大惨事になるはずだった。

 防御に回った神無月菫『手製』のスラスターマントは、マルボランの撃った重力弾を、ぼよよ〜んと弾き返す。

 マルボランのアサルトライフルが、銃口部分に重力弾を受け、トランペットのように大きく歪む。

 バナーヌのみならず、サポートAIまでポカンと動きが止まった。

 止まった隙に、ガーベラ・シグマの出刃包丁が、太腿部分の装甲に突き刺さる。

 切っ先が、五十センチほど。

 人間なら重傷だが、機動兵器にはチクっと刺された程度の損傷である。


 菫&ガーベラ・シグマの今日の見せ場は、それが最後だった。

 

 上がりかけた地球側の歓声は、諦観に満ちた溜め息で終わった。

 YouTubeに流れた映像を暇人がカウントしたところ、機体を傷つけられてブチ切れたマルボランが壊れたアサルトライフルでガーベラ・シグマを殴った回数二十四回。鉄拳制裁十八回、踵蹴り十二回。

 マルボランを恐竜形態に変型させて噛みついた回数八回、十六回鍵爪を突き立て、尻尾で二回念入りに全身を締めあげた。

 女子中学生美少女パイロットが機体の中で、どんな挽き肉や染みになっているのか、想像力を働かせなくても、地球人は知っている。

 この二十年間、悪徳企業の私設艦隊を相手にした機動兵器のパイロットの九割以上が、葬式で人目に晒せない状態に変わり果てて帰ってくるのだ。


 マルボランが円盤形態に戻り、漫画家の入った収納カプセルを回収して宙空へと消え去った時。生放送を見た全ての人が、程度の差はあれ、哀悼の意を示した。

 拉致られた漫画家ではなく、大破して動かなくなったガーベラ・シグマに。


 SNSでは、好き勝手な哀悼が溢れる。

「あゝ、若くて可愛い子が…」

「美少女JCが…」

「出刃包丁なんかで挑むから」

「でも、一太刀浴びせた訳じゃね?」

「実際に見ると、めちゃくちゃ空いな。せめての一太刀」

「早く誰かモノホンのビームライフル作れよ」

「男も知らずに逝くなんて」

「授精せずに逝くなんて」

「死者に、すぇくしゃる・はらすめぇんとをするでない」

「もったいない。もったいない」


 宇宙人に誘拐される漫画家は珍しくないが、機動兵器で戦死する美少女は珍しいので、SNSの話題は菫&ガーベラ・シグマになった。


「美少女JCを機動兵器に乗せた、無能軍が悪い」

「正規のパイロット、逃げた?」

「リークされた情報だと、出撃前に吐いて人事不省。出撃不可」

「…誰だって吐くわ。あんな円盤相手なら」

「いやいや、プロでしょ」

「プロでも雑魚でしょ」

「プロの雑魚?」

「ロボットアニメで喩えると、戦力差どの位?」

「ボールしか持っていない軍VSムーンレイス」

「拳銃しか持っていないのに、レッドショルダー一個大隊と対戦」

「ケン玉だけでモーターヘッドと対決」

「比べ物にならないじゃなイカ」

「ダメだ、地球の機動兵器。強いのはアニメや漫画の中だけ…」


 

 大破しているガーベラ・シグマが自力で動いたので、全世界の生視聴者が絶句する。



 スラスターマントは原型を留めず、総ての装甲が歪んで再利用不能な程の損害。装甲の亀裂から火花と壊れた部品が散るという瀕死の状態で、ガーベラ・シグマは、まだ死ぬのを我慢していた。

 やや姿勢を崩しつつも、バランサーはガーベラ・シグマの歩行を可能にしている。

 回収に来た揚陸艦に、ガーベラ・シグマは助けを借りずに乗り込む。

 大破したガーベラ・シグマを固定したところで、操縦席の扉が軋みながら開く。


 中には疲れ切った菫が、頭から血を流しながらも健在だった。ヘルメットがカチ割れているにも拘らず、しっかり生きている。

 足元に転がる缶が、真っ平らに潰れて菫の頬に張り付いている。

 それほどの衝撃が機体に加えられているのに、菫と機体は、原型を留めている。


『菫、喋れる?』


 ガーベラ・シグマは、息も絶え絶えな態で、菫を気遣う。

 菫は、右頬に張り付いた缶を、ペリッと剥がす。

 目付きは、何かを睨んだまま。

 思考に没し、それ以上のリアクションは、ない。

 自分の服が大破している現状にも、行動を起こさなかった。


 地球防衛軍の医療班が、リフトで操縦席まで到着する。

「意識あり! 消耗が激しい!」

「撮影は中止して。服が破けているから」

「菫ちゃんの大破映像を流したりするなよ!」

 撮影班への中止命令が出され、全世界への生中継は、ここで途絶える。

 だがしかし、医療班の気遣いは、一秒遅かった。

 破れた白衣の一部から、神無月菫はシマパン(青&白)である事が全世界に曝された。


 その場で全身スキャンを始める医療スタッフに、菫は身動きを取らずに、注文だけする。 


「水。スポーツドリンク。カロリーメイト。ハンバーガー、スイカ。ドクターペッパー」  


 体内で飼っている医療ナノマシンをフル稼働させて即死だけは免れた菫は、消費した『カロリー』と『水分』を要求する。

 医療班は、常人なら二十回は死んでいる重傷の少女が、ナノマシンで超高速再生を果たすデータを収集する。

 水分と栄養を補給した菫は、更に加速度的に回復する。破れた白衣に染み込んだ血痕以外に、菫が怪我をした跡は見当たらなくなる。


「ああ、僕が生きているうちに、誰にでもこれが使えるようにして欲しい」


 短時間で重傷を完治した医療ナノマシンへの憧憬を漏らしたスタッフに、菫は釘を刺す。


「使用した分だけ、開発した星に使用料取られるよ、わたしのは。地球が自力開発に成功しても、同じ課金システムが採用されるよ、きっと」


 どのみち金かと、医療班が切なく落ち込む。

 菫も少々考え込む。


「この経費、地球防衛軍の予算で落ちるかな?」



 地球防衛軍日本支部筑波基地に帰投した菫は、長風呂に入り、血の染み込んだ衣服を着替えてから、十五分で報告書と予算請求書を書いて持ってきた。

 地球防衛軍日本支部筑波基地・機動兵器大隊隊長・神谷三雲みたに・みくも大佐が、あと三分で帰宅できる時間に。


「どうせ、仕事ないでしょ」


 歳が三分の一の小娘に欠礼された上に嫌味を言われて、神谷三雲は小皺が引き攣る。

 地球全体で連戦連敗の為、機動兵器部隊は支持を失い予算を失い、マニア以外から見捨てられた閑職である。

 ロボットアニメが好きなだけで地球防衛軍に志願して、対カンダホル戦闘で上司と同僚と有能な後輩がバンバン戦死したので結構楽にこの地位にまで登ってしまった神谷は、自力で水準以上の機動兵器を製作する天才に、全然頭が上がらない。


「いくら…」


 予算請求書に書かれた医療ナノマシン課金の実例記載を見て、神谷は失神しかける。


「あー、それは今日の二十回分の、医療ナノマシンのマックス使用料金です。蘇生一回につき十億円ですから、今日だけで二百億円。自費はキツいので。というか、払っている父が泣きますね。会った事はないですが」

「払えるの? お父さん?」


 神谷の知る限り、菫の父親も『宇宙人に連れ去られた漫画家』ではあるが、銀河の彼方でも地球でも特大成功したという話は聞かない。

 たとえグレートに成功していても、払えるかどうか怪しい金額だが。


「…手紙には払えると書いてありましたが、二十回分は父も想定外だと思いますし」


 菫の知る限り、漫画家としての才能が不十分だと判明した父は、傭兵に転職して准将までは出世した。

 羽振りは良いらしく、『百回死んでも大丈夫』と説明書に殴り書きして、銀河標準医療ナノマシンセットを十三歳の誕生日プレゼントとして送りつけて来た。

 未だ見ぬ父を無謬と信じた故の、落とし穴だった。

 父の方でも、娘が一日に二十回連続で死ぬような親不孝者とは想定しないだろう。

(常識的に考えれば、死ぬのは一二回しか想定していないかもしれない)

 やっちまった後で菫は、地球の血税に肩代わりしてもらう道を選ぶ。


「この天才を二十回も救ってくれた課金システムへの支払いです。今度は地球が、わたしを守って!」


 神谷は、予算請求書をコーヒーカップにブチ込む。


「次は、普通に死んで。地球に無限は無いの」


 神谷は、付き合いきれないので戦闘の報告書にだけ目を通す。

 眼鏡を日常用から業務用に切り替え、読んだ書面を視界ごと記録する。

 二十年、機動兵器畑で飯を食ってきた神谷には、この紙切れから嗅ぎ慣れた血の匂いがする。


「頑強ねえ。負けたから、諸手を挙げて歓迎はされないけど。フレームは、丈夫」 


 カンダホル艦隊との戦いを全て知る神谷にとって、これだけ攻撃されても『大破』止まりの機体は、存在しない。

 頑丈さを売りにしたスペシャルヘビー級の重機動兵器でも、三撃保たずに散華している。


「成功だよ。Bクラスの機動力に付いていけた上に、八十回殴られても、大破で済んだ」


 次のセリフを予測し、神谷は菫を憐れむ。


「この機体は、カンダホル艦隊の機動兵器と互角に戦える」


 そのセリフを口にして、死ななかったパイロットは、いない。

 そのセリフが実戦で蹴散らされ、開発者は左遷されていく。

 そして、そのセリフを誰も信じなくなって、久しい。


 菫の燦々と輝くドヤ顔に、神谷は辛い現実を突きつける。


「誰が、この機のパイロットをヤる? カンダホルの機動兵器と戦う事が前提の機体に? 反吐を吐いて不貞寝する程、負け犬根性が染み付いているパイロットばかりなのに」


 ガーベラ・シグマで出撃予定だった時雨凛は、まだ医務室のベッドに篭ったまま。カンダホル関連では、出撃する度に高確率で戦死する。関係者で彼女を非難する者はない。

 しかし、ならばと自分で出撃するような十四歳の少女は、狂気を引っ込めたりはしない。  


「騙され易いアホを探します」


 本気度一億京%でつぶやく菫から、神谷は脂汗を流しながら目を逸らす。



 七億光年を二日で届けるのだから、どう見積もっても生身には良い旅路ではない。

 宇宙クール宅急便で送られた赤坂源五郎には、いつ死んだのか自覚はない。憤怒しながら死んだ事だけは、覚えていた。

 死ぬ前に保存された遺伝情報から、パパミ星の新しい住人としてクローン再生され、届け先の基本知識をインストールされる。

 意識を取り戻した時には、何にも怒っていなかった。

 記憶の98%は再現されたが、雑にシャッフルされているので、地球の記憶は支離滅裂の物しか思い出せない。もう、彼には、地球は郷愁の対象ではなく、まともに思い出せないから忘れてしまう存在となる。


 人参の発育に良さそうな大気の色をした惑星の入管ステーションまで辿り着き、検疫の為に一時開封される。

 初めて吸う星の大気に、彼の体は違和感なく馴染む。

 検疫をパスすると、客人扱いでリムジン(?)ぽい乗り物で運ばれる。

 七種族の元老院議員が文化交流の為に集うサロン・ホテルで、彼の買い主にして飼い主が出迎える。

 男爵の地位に相応しく、実務で有能そうな体幹を滲ませる偉丈夫だ。

 サンサレ男爵が靴下のまま近付くと、彼の旅路を労い始める。


「私は、君の前で靴を履く資格はない。今の君は気にしていないだろうけれど、謝らせてくれ。我々にない才能を補う為に、最低の方法を使って、君を拉致させた」


 サンサレ男爵の第一印象は、誠意のある男、だった。


「洗脳しておいて許しを乞うのは茶番だろう。それでも、謝罪を受け入れてはくれまいか? 代わりに君は、この星で漫画の神様になる機会に恵まれる」


 彼は、気にしていない。

 むしろ、やる気だ。


「御国の為に、漫画を描きます!」


 地球人では絶対に出来ない体勢で、彼はパパミ星の愛国者ダンスを踊る。

 サンサレ男爵は、羞じらいを抑えて、彼を暖かく迎える。


「此れは、此れは…生まれたばかりで、私より愛国心に溢れているとは。いいですねえ。貴方には、この星系のテヅカ・オサムに成ってもらいたい」


 テヅカ・オサムの名を聞いた途端に、ゲンゴロウのシャッフルされた記憶野に、雷鳴が轟く。


 それは、人為的に仕組まれた98%の記憶シャッフルすら押し流し、一つの雷光となる。

 仕事部屋に案内されて一人になり、ゲンゴロウはベッドの柱を齧りながら考える。

 テヅカ・オサムの作品を読んだ記憶を中心に、次々と漫画の記憶が蘇る。

 中でも本物の『漫画の神様』の記憶が、ゲンゴロウを圧倒する。

 今日、文字通り生まれたばかりの漫画家は、神様と同じ仕事を任される喜悦と畏怖に、泣き始める。


「…神様…助けて…助けてください、神様…」


 漫画の力で記憶が再統合されつつあると気付くのは、もう少し後だった。

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