一学期編

#9 はい?

 それから数日。

 神宮寺恭也が回復したとのニュースを受け、僕は病院へ行く算段を立てていたところだった。 

 僕が彼に勝ったという騒ぎも少しずつ収まりを見せ、先生たちは連日忙しそうにしている。どうやら二番手セカンドを倒したことによる僕の昇格の話らしい。

 とはいえ、僕自身は特に忙しいわけでもない。いつも通りに生活している。

 朝は寮内の放送にたたき起こされ、瑞樹と一緒に朝食をとり、それからいつもの時間に龍雅や貴哉と会って登校する。午前中は座学の授業を受け、それの繰り返しだった。


 しかして、事件は起こった。


 ある日の昼休み。

 授業が終わってすぐに、僕と龍雅と貴哉と瑞樹といういつもの四人組で学食に向かおうと席を立ったところ、廊下ににわかに人だまりができだした。それも数人というレベルではない。人数にしてクラス単位でいそうだ。

 これでは学食に行けそうにもない。


「あれ、どうする?」


 龍雅が問う。

 ふむ。


「無理矢理行くしかねえかもな、やりたかねえけど」


 貴哉が答える。見ると、瑞樹も首肯している。

 昼休みの学食の混み方はエグいため、出来るだけ早く行って席を確保しなければならないからな。仕方あるまい。

 よし、と覚悟を決め、まずは教室の前に立っている人たちを押しのけようとしたところで――一人の生徒が、教室に入ってきた。


「やっほー。お久しぶり、逢坂くん。恭也を倒したんだね、おめでとう。まさかあそこまで大々的に実力を見せつけてくるとは思わなかったなぁ」


――国立第一魔法学園生徒会長、一ツ橋彩その人だった。相変わらずの美貌である。栗色のショートカットで、毛先だけ若干赤みを帯びている髪は日の光を反射してきらきらとガラスのように輝いている。あと制服の上からでもわかるくらいおっぱいがでけえ。

 何の用だろうか。別にこの人に関わることなんてなかった気がするが。

 

「……お久しぶりです」


 とりあえず、無難に挨拶だけは返しておく。


「またまたぁ、警戒しちゃって。あたしのこと覚えてる?」


「覚えてるも何も……一ツ橋彩先輩、ですよね」


「そうそう。今日はね、ちょっと君に話したいことがあってさぁ。良ければこのあと、生徒会室まで来てくれるかなぁ?」


「申し訳ありませんがお断りします。まだ昼食をとっていませんので」


「あはっ。購買にある既製品で良ければ買ってあるよ。もちろんあたしのおごり。どう?」


 それはずるいな。

 もう既に買ってしまったのなら断りようがない。


「……ごめん、三人とも。今日は遠慮させてもらっていいかい」


 龍雅、貴哉、瑞樹が頷く。三人とも、畏怖の感情を浮かべていたが――貴哉だけは、そこに少しだけ違うものが混じっているような気がした。


【#9 はい?】


 生徒会室に案内される。一ツ橋先輩がドアを開け、入るように促してくる。中はファイルやらパソコンやらプリンターやらで雑然としていたが、資料自体はそれなりに整頓されてはいた。

 てっきり他の生徒会メンバーがいるものと思っていたが、誰もいない。どうやら僕と彼女の二人きりらしい。

 

「こっちの椅子に座ってくれるー?」


 長机の真ん中くらいに椅子が置いてあり、そこに座るように指示を受ける。特に拒否する理由も見当たらなかったので、言った通りにする。

 しかし椅子は一つしかないようだが……と考えていると、教室の隅っこの方に置かれていたパイプ椅子が浮き、ひとりでに僕の椅子の隣に着地する。

 無系統魔法【浮遊】。うまく扱えば物体を浮かせつつ移動させることもできる魔法だが……これほどまでにうまく扱うとは。

 一ツ橋先輩が買ってくれていた弁当は焼肉弁当だったらしい。ついでにペットボトルのお茶までついていた。まだ出来立てなのか、開けると湯気が立っていて非常にお腹を刺激する。

 先輩も自分の分の弁当を取り出しながら、椅子にかける。

 いや、なぜ当たり前のように僕の隣に座るんですかね。

 とりあえずお腹が空いたので、いただきますと合掌してから食べ始めることにする。


「さてさて、何から話そっかな。まずは恭也に勝利したこと、本当におめでとう。あたしとしてもあの暴君は相手しかねるんだよね。勝てはするんだけど、ちょっと生理的に無理な感じなのよ」


 さらっとえげつないこと言ってんな。


「たまたまです。それにあのデュエル、僕は南雲先生のルクスを使っていました。本来なら成立しないデュエルです」


「それは気にしなくていいと思うよ。恭也もお金を使ってルクスをゴリゴリ強化しちゃってるからね。条件としてはむしろちょうどいいんじゃないの」


「……それで、結局何が言いたいんですか?」


「あぁ、そうそう。本題を忘れるところだったよ。……逢坂くんにお願いがるんだよねっ」


「はぁ」


「――あたしのパートナーにならない?」


「はい?」


「……良かったぁ! 了承してくれるんだねっ」


「い、いや、何言ってるかわからないんですけど……? 第一、パートナーって?」


「あぁー、そっか。誰も説明してないのかな。どの魔法学園にもだけどパートナー制ってのがあんの。夏の大会はね、ペアマッチと団体戦とで行われる。団体戦は、それぞれの学校から五人が出るの。これはたぶん例年通りに上から順番に一番手ファーストから五番手フィフスまでが出るから問題なし。それでね、ペアは例年通りだと三組出るんだ。私は去年、一応恭也と組んで出たんだけど……まぁこれが荒くれ者でねぇ。言うこと聞かないの。まぁそれだけなら黙らせればいいんだけどさっ、今年は入院しちゃってるしねぇ。おまけに今回の入院を機に、退学させようかって話も出てるみたいだし」


 退学。そうはならないだろうと、以前レクイエムズさんは言っていた。しかし、今回の一件は僕らが考えていたよりも大事になってしまっているようだ。

 というより、神宮寺恭也と普通にペアを組める、というのが驚きだった。聖人なのか、あるいは神宮寺恭也なんかよりずっと怖いのか。


「恭也に勝ったってことはさ、少なくとも二番手セカンド以上の実力はあるってことじゃん? だから、どうかなーって。それとももう先客でもいる?」


「いや、それはないですけど……」


「ならいーじゃんっ。あたしと組もうぜ、逢坂くん」


「いや……そもそも僕、まだ番号持ちナンバーズ入りしてないんで……」


「なんだ、そんなこと。別に気にしないけど」


「僕が気にするんですよっ。学園一の有名人と組むなんてなったら。それにさっきの感じだと、ファンも多いみたいですし」


「あー……あれねぇ……なんか勝手にやってるんだよね。まぁあたしの邪魔さえしなければ、どーぞご勝手にって感じで黙認はしてるけど」


「そうですか……」


 もはや何も言えないまである。というか、こうして話していると忘れそうになるけれど、彼女は日本という国家そのものに対して絶大な権力を持っている【十名家】が一家の【一ツ橋家】の跡取り娘なのだ。その才能は、苗字を聞いただけでも痛いほどにわかる。


「とにかく、考えさせてください」


「そかそか。そうだね、キミを勝手に盗っちゃうと、アリアさんから八つ裂きにやれちゃいそうだし」


「アリアさんが何か?」


「あはは、何でもないよ。それじゃあ、勧誘は終ーわりっ。普通にご飯を食べようじゃないか、後輩クン」


「はぁ……」


 その後は学園や魔法のことなどについて雑談をしながら、ご飯を食べたのだった。


 六限目、魔法の演習。

 僕はいつも通りにアリアさんと組まされて、彼女の組み手に付き合っていた。 

 投げ技の初動になりがちな掴みを躱しつつ、昼に言われたことが脳裏をよぎる。

――あたしのパートナーにならない?

 僕は……どうすればいいんだろう。

 

「何か悩み事があるのかしら」


 アリアさんが突っ込んでくるのをやめ、腕を組みながら質問をしてくる。


「……うん、まぁ……」


「どうしたのかしら? 歯切れが悪いわね。ひょっとして、今日の昼休みに何かあった?」


「あはは……アリアさんには隠し事できないなぁ。そうなんだ。今日の昼休み……一ツ橋先輩に、パートナーにならないかって誘われてさ……」


「……そう」


 僕がそう言うと、アリアさんは露骨に不機嫌になった。むっとした表情を浮かべている。こんなに感情が表に出ているのも珍しいなぁ。


「まさか先を越されるなんて……」


「うん?」


「いえ……どうせ遅かれ早かれ、言おうと思っていたの。……逢坂くん、私のパートナーにならない?」

 

「……うん?」


「あら、簡単に了承してくれるのね」


「ち、違うよ! っていうかこのくだり昼休みもやったんだけど!」


「そう。……それで、どう?」


「い、いや……返事は待ってくれると……」


「仕方ないわね。わかったわ」


 僕はどうすればいいんだろう。

 一ツ橋先輩と、アリアさん……。

 実力だけ見るなら、おそらく一ツ橋先輩の方が上なんだろう。アリアさんは神宮寺恭也に負けて三番手サードの地位についている。そして、一ツ橋先輩はその神宮寺恭也を黙らせればいいだけと言っていた。おそらく相当の実力差があるに違いない。そもそも生まれからして名家の中でもトップクラスの家系なのだ。その身に宿す魔力は相当のもののはず。 

 でも、アリアさんの方が気心知れた仲だし。一ツ橋先輩は何考えてるのかイマイチわからないし。見下されているような気もするしなぁ。

 なんだか陰鬱とした気持ちを抱えながら、時間は過ぎていった。


 その日の夜。

 瑞樹と自室で駄弁っていると、自室に電話がかかってきた。出てみると、電話の主は一ツ橋先輩だった。

 瑞樹に許可をとってから話すことにする――が、寮の談話スペースまで出て来いと言われたので、素直に従うことにする。

 エレベータを使って一階まで降りていく。

 談話スペースまで行くと、置かれているソファーのうちの一つに制服を着た一ツ橋先輩がかけていた。しまった。僕も着替えてくれば良かったな。寝巻きのジャージのまま来てしまった。


「夜分遅くにごめんよ、逢坂くん」


 夜も遅いからか、他の生徒の姿もなく、談話スペースにいるのは僕と一ツ橋先輩だけだった。


「いえ。まだそれほど遅い時間でもありませんから」


「そう言ってもらえると助かるぅ。……それで、どうかな? その顔だと、大方アリアさんにも誘われたんでしょ?」


 ぎくっ。


「……僕は女子に隠し事が出来ない星の下にでも生まれたんでしょうか」


「あははっ、女の子ってのはそんなもんさ。男の隠し事なんてすぐにわかっちゃうんだから」


「はぁ……。正直に言うと、まだ決めかねてます。結果を求めるなら、先輩と組んだ方がいいのはわかってるんですけど。それでも、僕はあなたのことを知らなさ過ぎる」


「お互いのことなんてこれから知っていけばいいんじゃない。あたしはただ、キミと夏の大会……【朱雀祭】で勝ちたいだけなんだよー」


「【朱雀祭】……」


「そ。それが夏の大会の名前」

 

 四神……青竜、朱雀、白虎、玄武だけど、夏を司るのが朱雀だと聞いたことがある。それが由来なのかもしれないな。


「まぁ、そりゃ出会って数日だし、学年も違うあたしのことを信用しろってのも無理な話か」


「……そうなりますね。正直に言うなら、僕はどちらかというとレクエイムズさんと組みたいと思っています」


「なるほど。振られちゃったね」


 その割にがっかりしていないようだが。

 まぁ、元々そこまで期待もされていなかったのだろう。


「けどまぁ、これを聞いたらちょっとはあたしのことも見てくれるかな?」


 そこまで一ツ橋先輩はソファーから腰を上げ、こっちに歩み寄ってきた。

 スカートからすらりと延びる足が、ひどくなまめかしく見える――。

 彼女は僕の正面に立ち、意地の悪そうな笑みを浮かべる。そのまま僕の顔に顔を近づけてくる。


「ねぇ逢坂くん。教えてあげようか。アリアさんがどうしてクラスや学園で避けられているのか、その秘密をさ。あたしと組んでくれるっていうなら、教えたっていい」


 それは。

 僕が知りたいことのうちの一つだった。だけれども、それを本人以外の口から聞いてしまうことは、あまり良くないことであるような気がして――。

 無意識のうちに、一ツ橋先輩の肩を押し返していた。

 

「すみません。僕は……出来ることなら、本人の口からそれを聞きたいんです。ここで先輩から聞いてしまうのは、アリアさんも望んでいないような気がして」


「……そうだね。あはっ、あたしはキミのこと本当に気に入ったよ。そうそう、もう一つ言いたいことがあるの」


「はい?」


「【朱雀祭】の団体戦メンバー。あたしは恭也が帰ってくるにしろ帰ってこないにしろ、キミを指名するよ」


「……どういうことですか?」


「昼は説明を省くために一番手ファーストから五番手フィフスが出るって言ったけど、実際にはちょっと違うんだよね。正確には、その五人はあくまでも最有力候補。最終決定権は一番手ファーストにあるの。だから、今年は恭也を外してキミを入れることにしようと思うんだ」


「……そうですか」


「まぁ悪い話じゃないと思うよ? キミが番号持ちナンバーズに入ろうと入るまいと、結果を残せばそれだけ優遇もされる。知ってる? 番号持ちナンバーズの寮の部屋は全部個室なんだよ。他にも、お昼の弁当とか、購買で売ってる物を安くで買うこともできる」


 ほぼ一文無しの僕にとっては非常に嬉しい話だが、一ツ橋先輩の方は物を安く買えるという程度で喜ぶようなタマには見えない。莫大な財を築く日本の名家の一つだからな。

 まぁ腹の底では何を考えているかわかったものではないけれども。


「……まぁ、今日はもう話し疲れたし、今度また話に来ることにしようかな。それじゃあ失礼するよ。夜遅くに呼び出してごめんね」


「はぁ」


 言うが早いか、先輩は寮の出口に向かおうとする。

 先輩が僕の横を通り過ぎる瞬間――。


「それじゃあね、陸上自衛隊、、、、、魔法団、、、第零師団、、、、の逢坂世良クン」


 彼女のその声音には確信めいたものがあって、思わず僕は振り向いた。僕に対して背を向けているから表情までは見えないが――。

 冷や汗が一滴、垂れるのを感じた。

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