#7 任せておいてよ

「――あんたみたいな奴、許せないんですよ」


 僕の言葉に下劣な笑みを浮かべた神宮寺恭也は、しかしてすぐに元の表情に戻る。


「……青臭ぇガキの正義だ。何喚こうと勝手だけどよ、まぁ現実見て物を言えや。今日のところはオレぁ帰るからよ。おめぇに試合を申し込むのは明日だ、逢坂。せいぜい今日のところはビビってろや」


「そっちこそ」


「放課後、B-ワンでやる。グズ転入生くんにはわかんねぇだろうから、オレが申請してやる。逃げんじゃねえぞ」


 最後に僕を一睨みしてから、神宮寺恭也は教室を去っていく。

 にわかに教室は雪解けのような雰囲気になり、ピリピリと張りつめていた空気がほぐれていくような感じがする。

 僕はすぐに突き飛ばされた女子の元へ行く。元はといえば、この人は何も悪くないのだ。僕が彼に目をつけられてしまったせいで、この子は痛い思いをした。僕のせいだ。僕が……。


「あの、大丈夫?」


「う、うん……ありがとう……」


「僕が悪いんだ、彼に目をつけられてしまったから」


「ううん、違うよ。神宮寺さんに目をつけられていじめられたのは、このクラスの人だって経験がある人もいるはずだから。それにね……」


「うん?」


「このクラス、三十九人しかいないでしょ。あとの一人はね、神宮寺さんにいじめられて……耐えられずに、転校したんだ」


「えっ……」


「その子とわたしは、仲が良くて、いつもしゃべってた。それなのに、神宮寺さんが……廊下でぶつかったからっていうだけで強い魔法を何度も何度も撃って、一時期は歩くことすらできなかったんだよ」


「それは……」


「その時はさすがに南雲先生が割って入ったんだけどね。神宮寺さんに言い渡されたのは、二週間の停学だけ……。わたし、悔しいの。何もできなくて、ただ見下されてるだけの自分が。……お願い、逢坂くん。神宮寺さんに、勝って……!」


 彼女の悲痛な表情は、今まで僕が何度も見てきた――本当に、数えきれないくらい見てきた、かつて仲間だった人たちの表情によく似ていた。



 その後は何もする気になれず、一人で寮に戻ることになった。

 瑞樹はまだ帰ってきておらず、部屋には僕一人だけだ。ちょうど良い機会だし、持ってきた荷物を整理しておこう。

 福屋ら着替えやらは部屋のクローゼットにぶち込んで、制服の替えだけハンガーに吊るしておく。

 僕が本来使っているルクスも一応あるが、これはまだ袋に入れてベッドの下に直しておこう。瑞樹に見られでもしたらいけない。南雲先生の話によればルクスは手配してくれるということだし、まだこいつを使う機会は訪れないかな。


「……っと」


 ぱさ、と荷物の伝票が落ちる。それを拾って、自分のボストンバッグの中に突っ込んでおく。

 そこに刻まれていた文字は――陸上自衛隊魔法団第零師団。



【#7 全部潰す】



 そして、いつも通りに朝は来る。

 いつも通りに顔を洗って、制服を着る。ご飯を食べて、瑞樹と一緒に部屋を出る。ロビーで龍雅と貴哉に会い、駄弁りながら登校する。

 玄関で南雲先生に出会い、L-ワンという部屋に連れていかれる。どうやらルクスを管理している部屋のようで、まぁなんだかよくわからない機械がウィンウィン言いながら稼働している。

 そしてその中の一つ、カプセルのようになっている保管庫らしきものの中にそれはあった。先生がスイッチを押すと、カプセルがひとりでに開いていく。そこには鞘に入った刀が一本、静謐に佇んでいた。持ち主を求めるようにして。


「……これがお前のルクスだ」


「これが?」


「あぁ。名は【黒姫】」


「はぁ……これ、学園のルクス……じゃないですよね」


 一回触れただけでもわかる。この精巧な作り、そして刃の鋭さ。中までしっかり厚みのある重量感。これは明らかに学園で普段用いられている大量生産のルクスではない。


「うむ。これは私のルクスだ。今回所有者設定をリセットしておいた。奴と渡り合うならこれくらいのスペックは必要だろうからな」


「え、借りてもいいんですか?」


「これが、私がお前にできる最大限の手助けだ。あとは頼むぞ」


「……はい」


 きちんと手に取ってみる。僕の魔力を感じ取ったのか、刀が鈍く黒い輝く。この前使った大量生産のルクスとは全く違う。僕の魔力が刃の芯まで通って、長い根を隅々まで張るような感覚が伝わってくる。これは……かなり良いルクスだ。少なくとも、僕が正規の手順を踏んでも手に入れられるようなシロモノではない。


「いけそうか?」


「……ふふっ」


「む、どうした? 何かおかしいところでもあったか?」 


「いえいえ」


「ではどうしたというんだ」


「――これなら、余裕で勝っちゃいますよ、、、、、、、、、、、


【#7 任せておいてよ】


 学食に来てみた。

 朝は寮内にある食堂で食べる決まりになっているが、昼はこの学食で食べないといけない決まりになっている。らしい。瑞樹が教えてくれただけなので詳しくは知らない。

 龍雅と貴哉と瑞樹と僕といういつものメンツで来ているわけだが、とにかく周囲からの視線が痛い。どうやら昨日の放課後僕が神宮寺恭也に調子こいたことは早々に校内に知れ渡っていたようで、今はまるでモルモットのような好奇の視線にさらされているというわけだ。居心地が悪いったらありゃしない。

 カレーが不味くなっちまうよ。


「……なぁ世良」


「どしたの龍雅」


 かつ丼をほおばりながら龍雅がしゃべりかけてくる。


「これでお前が勝たなかったら俺らが恥かくからよ、絶対勝てよな」


「まぁ、そりゃあこの状況だったらねぇ」


 一見普通にご飯を食べているようには見えるが、周囲の人たちがちらちらと僕のことを見てくるのである。ファンかよって。


「本当に頼むぜ、逢坂。俺らがいたたまれなくなっちまう」


 結構ガチトーンだった。でも口の端にオムライスのご飯ついてますよ七崎貴哉氏。


「わかってるさ貴哉。僕が勝ってハッピーエンドだ。ついでにあの神宮寺さんに当たられてた女の子は僕が」


「おいおい、そんなこと言うと年齢=彼女いない歴の龍雅が黙ってねぇよ」


「はいはーい! 俺の目の前で彼氏彼女の話題した奴は締めるぞおらぁ」


「龍雅も顔はかっけーはずなんでィ。性格があれなだけで」


 うどんをずるずるとすすりながら瑞樹が追い打ちをかけていく。えげつねぇ。


「聞こえてますよ瑞樹クンッ!?」


「そうそう、龍雅は顔はいいんだよ。性格がな、ちょっとあれなだけで」


「うるせええええええ」


「あはは、まぁいつか龍雅にも素敵な女性が見つかるよ」


「うぅ……世良……お前だけが頼りだなぁ……」


「あのほら、ナメクジとか」


「そいつは雌雄同体だよなぁ!?」


 といった感じに(龍雅以外が)楽しい話をしながらご飯を楽しんだが、それだけで周囲の視線が気にならなくなるわけでもなく。

 非常に食べた気のしない昼食だった。



 五、六、七限目の授業は魔法演習だ。

 特別に先生のルクスを貸してもらった僕は、レクイエムズさんの力を借りて軽く模擬戦をやることにした。

 といっても機械に管理されるきちんとした演習ではなく、流れで攻めたり攻められたりという適当な感じだけど。

 

「……ふっ!」


 鎌型のルクスに魔力を纏わせ、切りかかってくるアリアさん。

 その動きはこの学園の中でもトップクラスに速いというが、神宮寺恭也はこの上をいく。僕も久しぶりに本気を出さなければいけないようなので、これはその下準備といったところ。


「いくわよ。【スケフィントンの娘スカベンジャーズ・ドーター】!」


 僕の体の周りに、まるでフラフープのような黒い輪が出現する。そしてそれは急激に狭まってくる。なるほど拘束用の技か。けれど、今の僕なら!


「【黒の衝撃】!」


 刀に魔力を纏わせ、斬撃波として放出する一撃。体の周りを一周するように振ると、纏わせた魔力はそのまま切った空間の延長線上に飛ぶ。

 それはレクイエムズさんが形成した輪を綺麗に吹き飛ばした。


「……っ!?」


 南雲先生のルクスは、妙に僕の魔力になじむ。

 ルクスというものはそもそもとても敏感なものなので、数値上は全く問題がなくても魔力の相性で受け入れられなかったりもするのだが――このルクスは、まるで何年も前から使ってきたかのように僕の手になじんでいる。


「【闇の弾丸ブリット】!」

 

 球状の闇の魔力を無数に飛ばしてくる技。一発の威力はそうでもないけれど、とにかく連射できるしスピードにも優れている。

 けれども、それすら今の僕なら――


「【黒の衝撃】!」


――全て消し飛ばすことができる。


「本当にパワーアップしているのね。驚いたわ」


 その割には表情筋が仕事してない気がするなぁ、とも思うんだけど、これを言うと魔法の激しさが五割増しくらいになりそうなのでやめておく。

 攻撃の手を一度緩め、次にどう出るべきか考えているのだろうが、戦闘中に時間を与えるのはおすすめしない。


「なっ!?」


 今の一歩。

 きっとレクイエムズさんには一瞬で肉薄されたように感じただろう。これは僕が得意とする歩法の一つで、相手の意識の隙間を縫って移動するもの。僕らが生きていないくらい過去、日本に確かに存在していた忍者のそれから影響を受けているのだとか。名を【影縫い】という。

 しかし、不意を突かれたとはいえさすがの三番手サード。反射的に武器を前に出している。

 それを見越して、僕はもう一度【影縫い】でレクイエムズさんの背後に移動し、首筋に刃をあてがう。


「これで降参してくれると」


「――はぁ、わかったわ」


 レクイエムズさんが構えていた鎌を降ろす。

 それを確かに確認してから、僕も刀を鞘に納める。いやぁ、久しぶりにそこそこやったかもしれない。まだまだ全力にはほど遠いけど。


「レクイエムズさん、本気じゃないんでしょ?」


「まぁ、そうだけれど……あなたもでしょ?」


「バレてた?」


「ええ。まだ上がありそうね。今の私では無理でも、いつかあなたの本気を引き出せるようになってみせるから。その時まで待っていなさい」


「はは、楽しみにしておくよ」


 完璧に実力のほどは知れているらしい。

 まぁ、一人くらい理解者がいるのも悪い気はしない。それに、昨日の放課後……神宮寺恭也にぶつかられていた女子が、このクラスが三十九人しかいない理由を話してくれていた時……レクイエムズさんも確かに、怒りのオーラを出していた。言葉に出さないだけで、きっと彼女も神宮寺恭也に対して怒りを感じているのだ。


「ねぇ、逢坂くん」


「うん?」


「……勝ってね」


「うん――任せておいてよ」



 放課後、僕がB-ワンに向かうと、そこには既に多くの観衆……って、多すぎないか? 元々スポーツの大会の会場などになってもおかしくないくらいの広さで、観客席も不必要なくらいあるとは思っていたが……こういう時のためか。

 多くの歓声が、僕に飛ぶ。

 応援されているのだろうか。席に目を向けると、龍雅や貴哉、瑞樹、南雲先生、そしてレクエイムズさんの姿があった。

 しかし、やはり神宮寺派もいるようだ。中には彼の応援の幕などもある。


「よぉ、来たか」


「……神宮寺恭也」


「ヘッ、来ねぇと思ってたぜ。まずは来ただけでも褒めてやる」


「そりゃどうも。お腹空いてるんで早くしてもらってもいいですか」


「言うじゃねぇか。安心しろよ、今日からしばらく病院食だ」


「あなたがでしょ、知ってますよそんなことくらい」


「……つくづく面白い奴。おい、いくぞ。【デスマッチ】で構わねえな?」


「――あぁ、こい」


 誰かが聞いていたのか、会場内に『デュエル、デスマッチで承認されました。これより三十秒後に開始されます』とアナウンスが響く。

 なるほど、口頭で述べたあとは機械が進めてくれるんだな。まぁそっちのほうが不正とかもないってことなんだろうけど。


『ソレデハデュエルヲ始めマス。両者、構エテクダサイ』


 僕と神宮寺恭也、二人ともがやや前傾姿勢になる。

 おそらく彼のルクスだと思われるガントレットに、黄色い魔力が宿る。雷属性……。僕は闇だから、二人のこの勝負において魔法の属性だけ見れば優劣関係は存在しないことになる。あとは彼の魔法の腕と、僕のそれの真剣勝負。

 ただし、こいつにこれ以上のいじめやらなんやらをやめさせるためには、完膚なきまでに叩き潰す必要がある。


 だから、力を見せつけるために――僕はデュエル開始直後から、一歩もここを動かないことにする。


『三、二、一――』


 【スーツ】に魔力を通す。

 本気ではやれないから、ほんの少しだけだけど。そしてこの程度の魔力の回路では、神宮寺恭也の魔力に抵抗できるほどの強度を持っていない。つまり、ルクスのみで奴の魔法を全てさばききる。


『始メ!』


「ぶっ殺してやるよ、逢坂世良ぁぁぁぁぁぁッ!!」


――その言葉とともに、雷属性の魔力を纏った神宮寺恭也が突っ込んでくる。

 彼のその動作を視界に入れながら、僕の口角が、思わずにやっと吊り上がる。


「……それは、こっちの台詞ですよ――センパイ」

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