第16話 紅い約束

聖典祭の後もKaleido sistersの人気は、右上がりの兆しを見せながらも他のアイドルも、それぞれの特徴を活かして売り上げを上げているようだ。


アルプロも弱小事務所から、会社を建て直す程の成果を見せていた。


「見たまえ、樹君。我が事務所がついに3階建てのビルとなったぞ。そして備え付けに全職務室にエアコンがある。これほどに嬉しい事はあるだろうか?」


社長の言葉に笑顔を引き攣りながらも、その場の雰囲気に合わせて『新』Altoプロダクションの仕事場を見上げては、確かにあの蒸し暑かったデスクワークを味わなくて済む感動に同意せずにはいられなかった。


ここまでの成長に貢献してくれたKaleido sistersの二人と結城は、学校で授業を受けている為、事務所の移動を教える為に帰りに迎えに行く予定ではあるがーーー。


「社長、そういえば特別枠で採用されたという子は、いつ頃入ってくるのですか?」


「あぁ、そうだったね。確か、結城君と同じ高校に通っていた筈だが......」


結城と同じ学校ならばと、新人アイドルとして俺が受け持つかどうかはわからないが、事務所の変更を知らされてはいないと思い、迎えに行く事を決める。


「確か名前は『紅坂 胡鳥こうさか ことり』だったかな。特徴は赤みの掛かった髪と眼鏡だが、かなりの人見知りなので気をつけてくれ」


社長から渡された資料に目を通しながらも、気の弱そうな見た目をした彼女にどう接したものかと、考えていると携帯のアラームが鳴った事に気づく。


「それでは全員を迎えに行きますので、僕はこの辺で失礼させてもらいます。社長もお歳なんですから、あまり無理をしないでくださいよ?」


お膳立てではないが、最近の社長は元気が有り余っているせいもあり、社員一同が勢いに任せて怪我をしないかと心配をしているのだ。


そんな心配もいらないといったように陽気なステップをしながら社長は、会社の中へと戻っていく。


「本当にわかってるのかな......」


そんな事を口走りながら、車に向かうと最初に妹の双子を迎えに行こうと車を走らせる。


学校に到着すると、人気者の二人はファンの同世代に囲まれながらも、ゆっくりと校門から出てくるのを確認する。


「おっ? あそこにいるのは兄ちゃんじゃないか?」


「に、兄さん!」


華月が手を振って笑顔を向けていると、緋鞠が駆け足でこちらに向かって猪突猛進して抱きついてくる。


緋鞠も人見知りの代弁者である事を今更、思い出しながらもファンに怯える妹の頭を撫でながらも、続くように抱きついてくる華月を連れて車の中へと移動していく。


「兄ちゃんが迎えとは珍しいな。良い事でもあったか? 彼女が出来たとか?」


「華月ちゃん、今日は事務所の移動と一昨日、話されたよ? だから兄さんが私たちを迎えに来たの。それに兄さんに謝る事あるでしょ?」


運転席に座った俺に中間テストの結果を見せるように披露する緋鞠に、目線を逸らしながら、窓の外に顔を向けていた華月が汗をかくように結果を隠蔽しようとしているのは、見るからに察する事が出来た。


「テストについては事務所で話そう。それより、今日は新人を迎えに行くから、粗相そそうのないようにな?」


緋鞠のテストの結果に頭を撫でて、よく出来たと褒めながらも時間の確認をしながら、結城達の通う学校に向けて車を走らせる。


華月達の通う学校に比べて、お嬢様のような貴族が通う立派な高等学校に辿り着くが、此処に結城が通っているとは想像出来ずにいたが、連絡を送っていたせいもあり、チャイムが鳴ると同時にこちらに一直線で走り抜けてくる金髪の女の子の姿が見えた。


そこにお嬢様らしさは欠片も感じず、短いスカートから下着を周りに見せびらかせるように、加速する相手が目の前まで近づくと頭を押さえつけて、急停止させながらもため息をついて、服装の乱れを直す。


「おおっ! 我が眷属よ。わらわに忠実な可愛い下僕のように申し分の無い計らいに満足しておる所存デス!!!」


俺の家に泊まりに来てから、ずっとこの口調の結城もお嬢様学校に通っていると思われる程の美少女でもあり、今はツインテールではなくストレートに髪を伸ばしていた。


落ち着いて、何も喋らなければ完璧な女の子だとは思うのだがーーー。


「ところで、お前も中間テストを返されたよな? 見せてみろ」


「断固拒否するデス!」


結城の頬を引っ張ると、屈しない覚悟なのか目線を逸らす辺りは華月に似て強情である。


それよりも新人の子が中々現れないのが気がかりであるが、結城が同じ学校で同じクラス新情報という事もあり、校門から外に逃れる事は出来ない筈ではあるがーーー。


「兄ちゃん、兄ちゃん。さっきから、あっちの方でダンボールの中に隠れる子がこっちを見てるぞ?」


車の窓から華月が指を差す方向に目を向けると、確かに道のど真ん中に置かれたダンボールが、ちょっとずつ校門から抜けようと近づいてくる。


校門から抜ける途中で、立ち塞がる俺を避けようと横を通り抜けようとする相手のダンボールの箱を持ち上げようとするが、内部から強力な力で押さえつけているように中々、外そうとしない。


「結城、ダンボールの隙間からコレを見せてみろ」


結城に手渡した飴を指示されたまま、隙間からチラつかせるとダンボールから、勢いよく出て結城の指ごと口に含む赤髪寄りの茶髪の女の子が現れる。


「眷属よ! 私を助けろぉ!!!」


嫌々と手を振るが全く離れようとしない相手をゆっくりと、引き離すように新しいお菓子を目の前でチラつかせるとすんなり、結城の指から口を離した女の子に手渡してため息をつく。


「君が紅坂 胡鳥さんだね? Altoプロダクションの立花 樹、君を迎えに来たんだけど、会話出来そうかな?」


「あっ...えっと.......。その、お粗末様です???」


会話どころか、俺に怯えているように警戒した小動物がこちらを見ているかのように薄目で校門の角まで下がっていた相手にどう接していいかと考えながらも、泣きそうになっていた結城を車に連れ込む。


相手の情報が少ないという事と、お菓子が大好きぐらいしか知らされていない為、会話が成り立たなければ、事務所に連れて帰る事すら出来ないのだ。


「紅坂さん、とりあえず事務所までご同行出来るかな?」


「あ、新手の...ナンパじゃな、ないですよね......?」


どう言えばわかってもらえるのだろうか。車の中から見つめていた妹達も気になっているような視線をこちらに送ってきている。


「若干だけど私とキャラクターが被ってないかな?」


「大丈夫デス。マスターの腹黒さは出てないデス!」


目の前の彼女を説得する術を考えている間に車内は賑やかな音で溢れ返っている。特に結城が泣いている声が聞こえる。


考えつくアイデアは1つしかない。


「紅坂さん、ちょっと強引だけどごめんね?」


車のドアを開けると大量のお菓子を結城に抱かせると、目を輝かせながら脚を動かそうと四脚歩行の構えをする相手を見ながら、タイミングを測って飛び込む彼女を確認すると同時に運転席に移ってチャイルドロックを掛けて、車を走らせる事に成功する。


犠牲となった結城は、衣服の中に転がったお菓子も逃さないといったように凌辱りょうじょくの限りを尽くされているが、気も留める暇もなく事務所への移動を余儀なくしていたが、後ろに乗っていた姉妹はその光景をどんな目で見ていたのだろうか。


難なくアルプロに到着すると、緋鞠と華月を先に事務所に向かわせながら、呼吸をするのがやっとな結城を抱いて、車内の隅で怯えている相手を連れ出そうと試みるが、お菓子だけでは釣れない彼女の隣に座ろうと、近づいてはみるがーーー。


「ここが君の所属するアルプロなんだけど、みんなに挨拶したいから此処から出てくれないかな?」


「で、でも...私なんかじゃ...Kaleido sistersの二人にも追いつけないで売れ残る、から...デ、デビューなんてしなくても、い...いいかなって.......」


何の為に所属したのかと聞きたいが、確かな理由は何となく察する事は出来る。デビューが目的じゃなく、結城同様に存在意義を世間に知らしめたい。


そんな気持ちがこの子からは感じるのは、結城に初めて会った時と同じ眼をしている事から理解する事が出来た。


「君も何かしらの目標があるから、アルプロに入ろうと思ったんだよね? だったら、華月と緋鞠に近づかなくてもいい。でも今の自分から変わろうと思う心から始めてみてもいいんじゃないかな?」


「で、でも.......」


ゆっくりと相手の手に触れると震えて、怯えているように息継ぎも荒く、顔も真っ赤になった彼女が落ち着くまで、握り続けた手を引いて目線を合わせるよう相手を真っ直ぐ見つめる。


「見られるのが怖いなら、俺が君の壁になる。だから俺からでもいい。少しずつでいいから、視線に慣れてくれないか?」


「---ッ!?」


慌てる相手に、そっと飴を口に含ませて閉じさせると微笑んでみせた表情に何かを感じてくれたのか、握る手の強さが強くなるのを感じる。


手を振り払って背中を向けた相手を偶に見つめながら、落ち着きを取り戻した結城をしばらく会話をしていた。


「おーい、兄ちゃん! 差し入れ持ってきたぞ?」


事務所から戻ってきた華月がコンビニ袋に入ったお菓子を車の中に持ち込む。広げたお菓子に目が眩まないように反対を向いていた相手にゆっくりとクッキーを差し出す。


「今はそのままでいいんだ。一緒にお菓子を食べよう?」


「わた、し...お、おにいさ.......んにお、おれ、いまだ言ってーーー」


こちらを向いた相手に自分の掛けていた伊達眼鏡を付けさせると、ゆっくりと微笑みながら、手にクッキーを持たせる。


「それがあれば、君だってバレる事も恥ずかしがる必要もない。今の自分を偽って頑張ってみれば、違う世界が広がるかもしれない」


赤いフレームの眼鏡を付けられると、少し恥ずかしそうではあったが、ゆっくりと俺に視線を合わせる相手に、少しの勇気と小さな成長を感じる事が出来た。


写真で見るよりも可愛らしいその表情は、嬉しさを表現していたのだろう。


また新たなメンバーとして迎える事が出来た事に満足し、沈む夕日を横に胡鳥は一番星の光を放っていたと思う。

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