FINAL ROUND

『このガキ!』


 鬼神愛が、キッと私をにらみつけた。

 だけど私は負けなかった。

 いっしんに、にらみかえした。

 鬼神愛はそれを鼻で笑った。

 さっとワンピースを下ろし、パチンと指を鳴らした。

 それからひどくサディスティックな笑みでこう言った。


『面白い物を用意しましたのよ』


 この言葉と同時だった。

 鬼神愛の後ろから巨大なパネルがいくつもせりあがってきた。

 それらのパネルには、様々な写真が映されていた。


『前市長の娘、警察署長の娘、住職のアホな孫、どれも、おまえたちが撮ったパンチラ写真ですわ。ちなみにそれだけだと寂しいので、音芽とかいう頭のおかしな天才と、それにそこらへんにいたテキトーな女のものも混ぜておきましたのよ』

「なにをォ!」


 お兄ちゃんが声を荒げた。


『目を開けるな――と、わたくしは言っているのです』


 鬼神愛がぴしゃりと言った。


「くそっ」

『ほほほ。あのおもしろ外人の県知事が、最速で条例を否決しても朝の9時。おまえたちの撮った写真が、今は、わたくしの武器となりましたわね』

「……条例なんか知ったことか」


 お兄ちゃんは吐き捨てるようにそう言うと、一歩、前に出た。

 すると鬼神愛は、まるで別人のような乱暴な言葉で、お兄ちゃんを押さえつけた。


『はんっ、条例や法的拘束力なんて関係ないんだよ。おまえが視たという事実。これは一生消えないからね。忘れようとしても絶対に思い出す。視たのに結婚しなかったと、思い出す。18歳になって入籍が可能となった時に必ず、思い出す。ことあるごとに思い出す。ふんっ、そういうことはいつまでも覚えている。おまえたち、これからずっと、気まずい関係になるんだよ』


 鬼神愛は、あわれみの目をお兄ちゃんに向ける。


『それがもし、わたくしの下着なら、わたくしを殺せば心の始末ができたのにねえ』


 挑発するように鬼神愛は笑う。

 お兄ちゃんは、歯を食いしばったまま立ちつくしている。


「お兄ちゃん?」

「ああ」


 やがてお兄ちゃんは私をおろした。

 私はジェット機の背中におりたった。

 お兄ちゃんは、私の安全を確認すると前に出た。

 ずかずかと、お兄ちゃんは目をつぶったままで真っ直ぐ歩いていったのだ。


「ブン殴ってやる」


 ずだんっ!


 鬼神愛が発砲した。

 お兄ちゃんの肩を弾丸がかすめた。

 煙硝のにおいが、ここまでする。


「くっ」


 お兄ちゃんは、裂くような肩の痛みに歩を止める。

 歯を食いしばる。

 だけど再びお兄ちゃんは歩みはじめる。

 しかしその一歩を制するように、


 ずだんっ!


 鬼神愛が撃つ。

 今度の銃弾は首筋をかすめた。

 火傷のような痛みがお兄ちゃんに襲いかかる。


「くそっ」


 お兄ちゃんは、それでも歩みを止めない。 


 ずだんっ!


 鬼神愛が撃つ。弾がそれる。

 お兄ちゃんがワイヤーを飛ばす。

 透明な膜にはね返される。


「まさかっ!?」


 だけどお兄ちゃんは歩き続ける。

 どんどん近づいていく。

 が。

 ついにお兄ちゃんは太ももを撃たれて、顔面から倒れこんだ。

 鬼神愛は不思議そうにつぶやいた。


『いったい何がしたかったのかしら?』




   ▽     ▽     ▽


「お兄ちゃん!」


 と、私はまるいほほを赤くして叫んだ。

 エフェクターガンを乱射した。

 だけど弾は大きくそれて、鬼神愛にはあたらなかった。


『早乙女音芽にあたらないものが、わたくしに通用するわけないでしょう』

「技術を盗んだのですかっ!」

『なにをバカな。開発にカネを出していたのは、わたくしです』

「ウソだ!」

『そもそも鬼神市の住民は、わたくしの資本抜きでは生きられないのです。わたくしがその気になれば、電気ガス水道その他諸々インフラのすべてが止まりますのよ』

「そんなっ」

『たちまち原始時代に逆戻りですわ』


 鬼神愛の、まるでヘビのような眼光。

 そこから少し離れたところに、お兄ちゃんは突っ伏している。

 鬼神愛は腕を組んでいる。

 生意気そうに胸が上を向いている。

 お兄ちゃんを思いっきり上から見下ろして、鬼神愛は残忍にくちびるをゆがめている。

 見ようによっては、土下座をさせているようにも見える。

 鬼神愛は、しばらく恍惚感こうこつかんにおぼれていたが、やがて私に視線を移すと唐突に語りはじめた。


蛮痴羅パンチラには、ずいぶん手を焼きましたけど……。あなた、蛮痴羅パンチラの特質が何なのか、お分かりかしら?』

蛮痴羅パンチラの……」

『なんでも出来ると思うこと。どんなムチャでもやってしまうこと。そして必ず成し遂げること。これが蛮痴羅パンチラの特質。わたくしはそんな蛮痴羅パンチラが恐ろしかった』

「あなたは権力の座から引きずり下されるのを恐れていた」

『否定しませんわ。そしてロリ・ロリガン』


 鬼神愛は眼を細め、くちびるを下品に舐める。

 そして言う。


『おまえにも蛮痴羅パンチラの資質がある』


 鬼神愛は、すっと拳銃を私に向けた。

 私は思わず後ずさりした。

 だけど。

 それでも私は負けなかった。

 懸命に知恵をふりしぼった。

 周囲を見まわした。

 お兄ちゃんが突っ伏していた。

 その先で鬼神愛が拳銃を構えていた。

 そしてその後ろでは、魅夏さんがはりつけにされていた。

 だから私は前に出た。

 エフェクターガンのリミッターを外し、スイッチを全部押した。

 それから仁王立ちでエフェクターガンを天に向けた。

 するとエフェクターガンは無機質な声を発した。


 ―― ファイナルモード『ジ・オンリー・マーシャル』を承認しました ――


 エフェクターガンはシパシパと変形を繰り返し、拡声器のようなかたちとなった。

 私はそのお尻にそっと口をつけ、いっしんに叫んだ。


「魅夏さん! 誠也お兄ちゃんを助けてェ――!!」


 私の心からの叫びは大音量となり、巨大な音の波となり、衝撃波となって私の前方のあらゆるものに襲いかかった。大気がふるえた。雲も星空も大地さえもふるえた。ジェット機がふるえた。パネルが砕け飛んだ。バリアがふるえて霧散した。もちろんお兄ちゃんも鬼神愛もふるえた。

 そしてなによりサムライ蛮痴羅……橘魅夏たちばなみかの心をふるわせた。


「誠也……」


 魅夏さんが顔をあげた。

 じろりと鬼神愛を見た。

 お兄ちゃんを見た。

 腕のくさりが砕けていた。

 魅夏さんは残りの鎖を外すと、はりつけ台から飛び降りた。

 そして鬼神愛に相対した。


 ずだんっ!


 鬼神愛が発砲した。

 魅夏さんはそれを避けて、鬼神愛に襲いかかった。


「おらァ!」


 飛びこむような右ストレート、右ジャブ、左のボディブロウ、そしてミドルキック!

 そこからの下段まわし蹴り、さらに右ジャブ、左ジャブ、右のボディ、ローキック!

 よろめいた鬼神愛を飛びヒザで浮かせて、魅夏さんは叫ぶ。


「誠也ァ――!」


 お兄ちゃんが立ち上がった。

 鬼神愛に向かってダッシュして、ズドン! ――と、まるで大砲のような正拳突きを打ちこんだ。

 鬼神愛ははりつけ台に叩き付けられた。

 口から真っ赤な泡を噴いて、なぜ? ――みたいな顔をした。

 お兄ちゃんは吐き捨てるように言った。


「俺たちを踏みにじったからだ」


 鬼神愛はその瞳を涙でいっぱいにして崩れおちた。

 魅夏さんが叫んだ。


「音芽ェ――!」


 すると、ものすごいいきおいでカタナが飛んできた。

 カタナは魅夏さんの手に吸いこまれた。

 魅夏さんは、カタナを振りあげ飛翔した。

 そしてまるで隕石が落下したかのような急降下で、カタナを振り下ろした。

 で。

 鬼神家のジェット機が、まっぷたつに割れた。






   ▽     ▽     ▽


 二〇XX年 九月某日 未明。

 日本海の上空で未確認飛行物体の爆発を確認した――と、日本政府は発表した。

 以後、この件について語られることはなく、また、近隣諸国も沈黙した。


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