〃

 風がにおう。雲がにおう。ミサイルがにおう。――そして、太陽までがにおう。

 しかし、人間のにおいはない。

 鬼神市の空もこのあたりまで昇ると、人外境であった。



「うわわあぁぁあああぁああああ――――!!!!!!」


 私はミサイルにつかまって空を飛んだ。

 そうやって誠也お兄ちゃんを追いかけた。

 風が痛い。

 冷たい。

 青空だけど、ものすごく寒い。

 目を開けるのもやっとである。


「いやっはああぁぁぁああああ――――!!!!!!」


 お兄ちゃんは、前方でやはりミサイルにつかまっていた。

 さっきまでは、ひどく怒っていたけれど今はどこか楽しそう。

 この冷気のなか、すこしは頭を冷やしてくれると嬉しいな。

 そんなことを思っていたら、鬼神高専が見えた。

 まだかなり遠くだけど、ミサイルは勢いよく下降しはじめた。

 そして、いよいよという距離になった。


「とおっ!」


 誠也お兄ちゃんは、ケーブルから手を離してミサイルから飛び降りた。

 私もお兄ちゃんをマネして飛び降りた。

 その直後。

 バッ! ――っと、お兄ちゃんはパラシュートを開いた。


「あっ、ズルい!?」


 私はパラシュートなんか持ってない。

 だからどんどん下降して、お兄ちゃんを追い抜いた。

 助けを求めるようにお兄ちゃんを見た。

 お兄ちゃんはきもをつぶさんばかりに驚いた。


「ロリちゃん!?」


 誠也お兄ちゃんは、あわててパラシュートを切り離した。

 両手両脚を閉じて、まるで水泳の飛びこみのような姿勢で、頭から私に向かってきた。そして私をつかまえた。お兄ちゃんは私を胸に抱くと、


 ブンッ! ――っと、ワイヤーをビルに飛ばした。

 私とお兄ちゃんは、ワイヤーに引っぱられた。

 まるでサーカスの空中ブランコのようにゲインした。

 その後もお兄ちゃんは、次々とワイヤーを射出して、徐々に高度を下げていった。

 そして無事着地した。

 そのとき、ドォン! ――派手な爆発がした。

 ミサイルが2発、学校に着弾したのである。



「危ないじゃないかッ!」


 お兄ちゃんは、今さらそんなことを言った。

 しゃがみこんで、私の目を真正面から見ている。

 私は泣き出しそうな顔をして口をとがらせた。


「だって」


 危ないとか言うけれど。

 ミサイルにつかまって空を飛んだ人になんか言われたくないよ。

 そんなことをブツブツ言っていると、誠也お兄ちゃんは父性に満ちたため息をついた。そうやって気持ちをリセットすると、学校を見ながらこう言った。


「ちょっとブン殴りに行ってくる」


 誠也お兄ちゃんは、自身のほっぺたを叩いて気合を入れた。

 そして肩をいからせ、ズカズカと学校に入っていった。

 その背中を私はハラハラしながら、しばらく見守っていたのだけれども。

 やがて覚悟を決めると、小走りで後を追いかけた。――




   ▽     ▽     ▽


 誠也お兄ちゃんの急襲に、鬼神高専は大騒動となった。

 今日は日曜だけど、それでもわずかに人はいる。

 お兄ちゃんは、職員をいっさい無視して、ひたすら奥へと突き進んだ。

 職員はミサイルの火災に対応するので手一杯だった。


 理科棟に入ったところで、いきなり空飛ぶ小型メカに襲われた。

 ドローンっていう機械で、エアガンのような物が付いている。

 誠也お兄ちゃんは、それをナタで叩き落とすと、いきなり叫んだ。


「音芽ェ!」


 そして廊下をダッシュし、階段を駆け上がった。

 ドローンを叩き落としながら、2階の突きあたりまで全力疾走した。

 そしてドアを蹴破った。

 入口には『蛮痴羅パンチラ作戦本部』というプレートがかけてある。



「音芽、てめえ!!」


 私が教室に入ると、そこではお兄ちゃんとちっちゃな女の子が3メートルの距離で相対していた。

 お兄ちゃんは、その距離でナタを振りかぶっていた。

 だけど、なにか透明な膜があるらしく、ギリギリとするだけでそれ以上は近づけずにいた。

 一方、女の子は携帯ゲーム機のような物を両手で握りしめ、お兄ちゃんの顔を見ながらなにやら懸命に考えていた。


「音芽、これを解除しろ!」

「………………」


 音芽という人は、無言で髪をかきあげた。

 ばっさりとしたボブに、大きなおっぱい。

 だぼっとしたパーカー、その下はぶかぶかのタンクトップ。

 背は低いけれど、年齢はお兄ちゃんとそれほど変わらない。


「音芽てめえ、ブッ飛ばしてやる!!」


 誠也お兄ちゃんがまた叫んだ。

 すると音芽さんは、ひどく冷静な顔で質問をした。


「誠也がなぜここにいる?」

「監獄から出たんだよ!」

「それがまずおかしい」

「この子が出してくれたんだ!」

「もっとありえない。それにミサイルで攻撃してきたのは、キミだろう?」

「てめえをブッ飛ばすためだ!」

「ようするにキミは、ボクを始末しにやってきた」

「あっ、ああ。てめえだって、ドローンで攻撃してきただろがッ!」

「ナタを振りまわしてキチガイがやって来たら、誰だって身を守る」

「なんだとォ!!」


 売り言葉に買い言葉。

 ふたりは激しく言い争っている。

 かつては仲間だったというのに、今にも殺し合いをはじめそうだ。

 しかし、誠也お兄ちゃんの乱暴な言葉づかいと、音芽さんの理知的な発言。

 どうみてもお兄ちゃんのほうが悪者である。


(というか、音芽さんはきっと悪い人じゃない)


 だけど私には、この状況をどう解決したらいいのか分からなかった。

 誠也お兄ちゃんは、頭に血が上って、完全に理性を失っている。

 やがて音芽さんが言った。


「キミは、誠也のクローンだな?」

「はあ!?」

「知事は、ボクたちが邪魔になった。だけどなかなか倒せそうにない、特に魅夏みかはね。だから誠也のクローンを作った」

「なに言ってんだバカ」

「誠也がこんなことをするわけがない。そもそも、ここにいるのがありえない」

「そっ、そんなこと言ったら、てめえらのほうが、もっとありえねえだろがァ」

「そうかな?」

「ああ、そうだ。てめえらこそ、クローンだ。語るに落ちたとは、まさにこのこと。てめえ、音芽のクローンだなァ!」

「なにをバカなことを言っているんだよお」

「うっせえ」


 誠也お兄ちゃんは、全身全霊をあびせるようにして飛びかかった。

 だけど透明な何かに阻まれ、激しく跳ね返った。

 床に突っ伏した。

 お兄ちゃんは、音芽さんにみつくような目を向けた。

 音芽さんはドローンを操りながら、ぼそりと言った。


「誠也そっくりのクローンを送りつけてくるなんて、ほんとゲスなヤツらだよ」


 この言葉で私は確信した。

 音芽さんはやっぱり味方だ。

 だけどこのままでは、お兄ちゃんと殺しあいになる。

 私は懸命に考えた。

 そして結論を出すと、一歩、前に出た。

 お兄ちゃんを背に、音芽さんの前に立ちはだかったのだ。


「キミは?」


 音芽さんが眉をひそめた。

 私は無言でエフェクターガンを構えた。

 説得も自己紹介もしない。

 私が県知事の娘と知ったら、きっと余計にこじれてしまう。

 だから私は、とりあえず彼女を倒すことにした。

 倒した後で、じっくり誤解を解けばいい。

 私はそう決めると、いきなり撃った。


 バシュン!


 フランジャー弾が透明の膜を突き抜け、音芽さんに襲いかかる。

 彼女はそれをギリギリで避けると、目まぐるしく計算をした。

 そして言った。


「その銃は空気を振動させる……音波兵器のようなものだね?」

「バリアは通用しません」

「そのようだね。でも、今のでデータが取れた。その銃は、人体細胞の固有振動数と逆位相の波形を飛ばす。その衝撃波にあたると、おそらくマヒをする」

「フランジャー弾といいます」

「バリアのプログラムを書き換えた。もうその弾は透過しないよ」


 音芽さんは笑顔でそう言った。

 私はコクンとうなずくと、エフェクターガンのスイッチを押した。

 そうやってモードを切り替えると、私はいきなり撃った。

 それは音芽さんの手首に命中した。


「あっ!?」


 ゲーム機のようなコントローラが吹っ飛んだ。

 そして弾が命中したところから、音芽さんのパーカーが蒸発しはじめた。

 がく然とする音芽さんに向かって、私は若干のドヤ顔でこう言った。


「それはディストーション弾。お洋服を破きます」

「衣類の持つ固有振動数と同じ波形を飛ばすのか!?」


 音芽さんは、あわててパーカーを脱ぎ捨てた。

 そのとき、作業パンツにパーカーがふれた。

 作業パンツは、ふれたところから蒸発しはじめた。

 音芽さんは、あわててそれも脱ぎ捨てた。

 ぶかぶかのタンクトップとブルマという姿になった。

 しかも足もとには壊れたコントローラ。

 作業パンツを脱いだときに踏みつけたようだった。


「バリアがなくなりましたね」


 私はエフェクターガンを向けてそう言った。

 音芽さんは、ごくりとツバをのみこんだ。

 なにやら懸命に考えている。

 まだ私たちと戦う気でいる。

 だから私はトドメを刺すことにした。

 フランジャー弾でマヒさせることにしたのである。


「とりあえず話を聞いてください」


 私は音芽さんを撃った。

 彼女は身をよじり、若干のきりもみ状態で床に突っ伏した。

 ぷるんぷるんしたお尻をこっちに向けて、そのブルマからはパンツが可愛くはみだしている。

 チラリと誠也お兄ちゃんを見たら、お兄ちゃんはあのお尻に釘付けだった。


 もう、しかたがないわねえ。

 私はまるでお母さんのようなため息をつくと、パシャリ! ――と音芽さんのパンチラ写真を撮影した。特に意味はない。




■ROUND1 オペレーション・リザルト■

 マン・ターゲット    :早乙女音芽 鬼神高専二年 十七歳

 マテリアル・ターゲット :コットン100%。ブルマよりわずかに大きい

 備考          :白色と水色のやや太めの縞柄しまがら


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