ROUND1 市長の娘・由利未季

 それから1年後――。


 1台の軽トラックが、市長邸に突入した。

 それは門を突き抜け、中庭の噴水に突き刺さった。

 軽トラックは、たちまち鉄塊となった。

 炎を噴きあげた。

 と、同時に。


「うらァ!」


 鉄塊から少女と、そして、俺は跳びだした。




「行くぞっ」


 少女の名前は、たちばな魅夏・みか

 濃赤のストレートヘアで、やや長めのショートボブ。

 まるでアイドルのような派手で整った顔。

 学校指定の半そでワイシャツ、短めのスカートにジャージ。

 胸もとには鬼神高専の校章。

 典型的な運動部女子のスタイルで、抜き身のカタナ――しかもネジや計器がゴテゴテとついたメカニカルなブツ――をだらりと下げている。


「おい、そこの女、何してる!?」


 警備員がさっそく駆けつける。

 それを彼女は、なでるように斬った。

 そして、するりと建物の陰に消えた。



「ちょっと、待ってよ!」


 俺は、あわてて追いかける。

 俺の名前は、浅井誠也あさい・せいや

 市長に殺された浅井記者、彼の息子である。

 俺はそういう縁もあって今ココにいる。

 というより、魅夏先輩に拉致らちられて、わけも分からずココまでやってきた。



「誠也ァ! 後ろ後ろォー!!」

「えっ?」


 俺は、ハッとして後ろを見た。

 すると警備員が間近まで迫っていた。


「誠也ァ! 右の手首だ、ボタンを押せ!!」

「おっ、おう」


 俺は、とりあえず言われるままに押してみた。

 するとブレスレットからワイヤーが、スパイダーマって感じに飛びだした。

 そして飛んだ先には警備員。


「ボタンだ、誠也ァ!」

「ああっ」


 ボタンを押すと、警備員が引き寄せられてきた。

 俺は反射的に頭突きをカマしてしまった。


「ぐはっ」


 警備員は、ぶっ倒れた。


「痛ってえ……」


 俺は警備員に一瞥いちべつをくれると、魅夏先輩を追いかけた。

 建物の陰に身を潜めたのである。



「こっちだ」

「えっ、うん」


 俺と魅夏先輩は、そこから建物をなぞるようにして奥に進んだ。

 いかにも金持ちの邸宅って感じ。

 荘厳そうごんな壁。

 そんな壁がどこまでも続いた。

 ようやく途切れると、広大な庭園があらわれた。

 それは大森林を背にした、一面のみごとな芝生しばふだった。

 そのなかに納屋なやが、ぽつんぽつんと建っている。


 俺たちは手近な納屋に潜んだ。

 魅夏先輩は、いきなり言った。



「市長の娘のパンチラ写真を撮るぞ」

「ああン!?」


 俺は思わずアゴをしゃくるような声をあげてしまった。

 だってあげるだろう。

 こんなことを唐突に言われては。


「あのっ、いろいろと意味不明なんだけど。おいてけぼりなんだけど」

「だからパンチラ写真を撮るんだって」

「なんで? というか、そもそもなんで俺までココにいるんすか?」

「ああん、もう、めんどくさいなあ」


 魅夏先輩はケータイを取り出した。

 じとっとした目で俺を見ながらコールした。


「あー、音芽おとめ? 誠也がめんどくさいこと言いだしたから、あんたから説明してくんない?」


 魅夏先輩はそう言って、俺にケータイを手渡した。

 ケータイを耳にあてると、音芽という人は、いきなりまくしたてた。



「やあ、キミも突然拉致らちられて大変だったねえ。ボクは早乙女音芽さおとめ・おとめ、チーム蛮痴羅パンチラのメカニック担当だよ。ちなみに蛮痴羅パンチラというのは、魅夏とボク、そしてキミの3人。無理やり結婚させられたキミのお姉さん……はるかの復讐のために結成されたチームだよ」

「俺も!?」

「復讐したいだろう?」

「いやっ、まあ、しかし。でも、いきなりなんて」

「お父さんは殺されたし、お姉さんだって、そのっ……あれから自殺しちゃったし。くやしくないのかい?」


 音芽さんの声に涙が混じった。


「……ああ」


 俺はみしめるようにうなずいた。

 音芽さんは言った。


「うん、じゃあ時間もないから説明するね。キミたちの任務は市長邸に潜入、市長の娘・未季みきちゃんのパンチラを撮影すること」

「なぜ?」

「脅迫の道具とする」

「えっ?」

「鬼神市の有力者たちを脅迫し、『パンツを見られたら結婚条例』を廃止させるんだ」

「そういうことか」

「そういうこと」


 音芽さんは、母性に満ちたため息をついた。

 俺はケータイを魅夏先輩に返した。

 魅夏先輩は、少し話してすぐにケータイを切った。

 ポケットからイヤホンとピアスを取り出した。

 イヤホンを俺に手渡した。


 魅夏先輩は眉をしぼり、髪をかき上げた。

 それからピアスを左の耳たぶに付けた。

 そうやって耳の裏に固定した。

 俺は眉をひそめながらも、とりあえずイヤホンを装着した。

 するとイヤホンから、音芽さんの声がした。



『やあ、ふたりとも聞こえているかい?』

「ああ」「うん」

『これは【骨伝導無線】だよ。ハンズフリーで3人で通話できる』

「無線電波の有効レンジは?」


 俺は訊いた。

 すると音芽さんは、大らかな声でこう言った。


『だいたい5キロから10キロくらいかなあ』

「5キロから10キロって……。ずいぶんザックリなんですね」

『まあね』

「って、笑わないでくださいよ」

『なんだよはるかの弟クン。キミは細かいなあ』

「はあ」

『そんなんじゃモテないぞ』

「いやっ」

『おっぱいモミモミできないぞお』

「それはっ」

『おっぱいは嫌いかい?』

「どちらかというと華奢きゃしゃなほうが……って、別にどうでもいいじゃないっすか」

『あははっ。でも残念だなあ』

「なにがですか」


 などと音芽さんとやりあっていると。


「行くぞ」


 と言って、魅夏先輩が俺のベルトをつかんだ。

 そしてそのまま歩きはじめた。


「ちょっと待ってよ!」

「さっさと終わらせるぞ」


 魅夏先輩は、俺のベルトをつかんだまま納屋を出た。

 俺は先輩に引っぱられて庭園を歩いた。

 ずかずかと無人の芝を奥へと進んだ。

 しばらく進むと、魅夏先輩は立ち止まった。

 そして言った。


「ターゲットは、あそこにいる」


 魅夏先輩の指さした先には、やや小さめの体育館。

 上品な木造の建物があった。

 由利市長の娘は、あの道場にいるという。

 俺はゴクリとツバをのみこんだ。




   ▽     ▽     ▽


「とりあえず、へいを越えるか」


 と言って、魅夏先輩は道場を囲う塀に両手をかけた。

 塀の高さは、ちょうど魅夏先輩の肩の高さ。

 先輩はいきおいよく登ると、お腹を塀に乗せて一息ついた。

 鉄棒のように、くの字に身体を折って、道場の様子をのぞきこんでいる。


 俺は魅夏先輩の落としたカタナを拾った。

 それから髪をかき上げると顔を上げた。

 するとそこには、


 むちっ。


 なんという肉感。

 俺の眼前には、魅夏先輩のお尻があった。


「すげえな……」


 魅夏先輩は、力強く上半身を伸ばしている。

 そのことによって、臙脂色えんじいろのジャージが引っぱられている。

 太ももが圧迫されている。

 下着のラインが浮かび上がっている。


 豊満というわけではないが、ど迫力ボディ。

 陸上選手のように引き締まっているが、ぷにっとした美味しそうな肢体。

 相反する質感がみごとに同居した魅夏先輩の――悪魔的な肉体。


「なんて体をしてるんだ」


 俺は目をつぶり、何度も首を振った。


「違う、違うんだ。そんな目で見るんじゃない」


 なげくようにつぶやいた。

 すると突然、骨伝導無線が声を発した。


『ああー、弟クン。思ったことを口に出すクセ、治そうな?』

「あっ!?」


 俺は変な汗がドッと噴きだすのを感じた。

 ぎこちない笑みで顔をあげた。

 魅夏先輩は塀の向こう側に飛びおりて、ちょこんと顔を出していた。


「なんだよ、誠也ァ。もしかしてパンツ見えてた?」

「い、いや、まあ、でもっ」

「あんた、まだ15歳だろ?」

「あっ、うん」

「だったら別に見たって平気じゃん」

「いやっ、それはそうかもしれないけれど」

『なあ、魅夏ァ。弟クンは魅夏のことを心配してるんじゃない?』


 と、音芽さんの呑気な声がした。

 すると魅夏先輩は、あーっと言って、ぽんっと手を叩いた。

 それからスカートをたくしあげ、ジャージに手をかけてこう言った。


「じゃあ念のため、脱いでおくか」


 魅夏先輩はしばらく塀の向こうで、もそもそとやっていたが、ふいに顔をあげるとニコッと笑ってこう言った。


「パンツをはいてなければ、ジャージを脱がされても大丈夫だろ?」


 俺には、なにが大丈夫なのか分からなかった。


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