第20話

HARDBOILED SWING CLUB 第20話




「バン!」と車のドアを閉める音がした。




「チャリチャリ・・・」とウォレットチェーンとキーホルダーがぶつかる音と同時にジュリアの耳に懐かしい声が聞こえた。




「サム、ここの駐車場でいいのかい?」




(・・・ラッキーの声だ!)




一瞬にして、ジュリアは胸の鼓動が高まった。




「アレサ!ラッキーが来たかも!」




ジュリアは興奮気味にアレサに言った。




「ラッキーが?突然?なんで?」




アレサは落ち着きの無くなったジュリアに聞き返した。




「今、駐車場から声がしたのよ!」




ジュリアは風で乱れた髪を慌てて整え始めながら、そう言った。




「アハハ、まさか。そんな・・・」




アレサはそんなジュリアを見て笑っていた。




その時、「散歩用コース」に隣の駐車場の専用口通路から2人の男が入ってきた。




(ラッキーとサムだわ!)




ジュリアは何度も目を凝らして2人の男を見た。




タイトなデニムパンツ、エンジニアブーツ、チーム「REBELERS」のTシャツ、真鍮のウォレットチェーン・・・見覚えのあるスタイルのラッキーとサムが通路から歩いてきた。




「ラッキー!!サム!!」




ジュリアは思わず大声を上げて、2人の名前を呼んだ。




その声で2人は周りをキョロキョロと見渡した。




そして、サムが「散歩コース」にいる車椅子のジュリアに気がついた。




「ラッキー、ジュリアだ!」




そう言いながら、ラッキーの肩を「パン!」とサムは叩いた。




「・・・本当だ、ジュリアだ」




ラッキーは車椅子のジュリアを見つめて呟いた。




「行くぞ、ラッキー!」




サムは笑顔でラッキーの背中を押した。




「・・・うん。でも・・」




ラッキーは車椅子のジュリアを見て、緊張して立ち尽くしていた。




そんなラッキー達の様子を見ていたアレサはジュリアの耳元に近づいた。




「ジュリア、手を振って笑顔でラッキーを呼んだら?」




アレサはジュリアの耳元で囁いた。




アレサの言葉に頷いたジュリアは大きく手を振り、笑顔でラッキーの名前を呼んだ。




「ラッキー!!」




笑顔で自分を呼ぶジュリアを見た途端、ラッキーの強ばっていた表情が見る見るうちに柔らかくなっていった。




「サム、ジュリアが笑ってるぞ!・・・来てよかったよ、サム!」




ラッキーは手を振るジュリアを見つめながら、サムに言った。




「礼はいいからさ、早くジュリアのところに行こうぜ!」




サムは呆れたような顔でラッキーに言った。




ラッキーとサムはジュリアとアレサのいる「散歩用コース」に駐車場通路から入って歩き出した。




ラッキーは照れているのか、下を向いたまま歩いてる。




ジュリアは緊張しながら歩いてくるラッキー達を待った。




・・・そしてラッキーとサムがジュリアの目の前まで歩いてきた。




ジュリアはラッキーの顔を見つめた。




黒い髪、灰色の瞳、そして無骨な雰囲気の中にある優しそうな表情・・・ジュリアは1年振りに会うラッキーを確かめた。




ジュリアとアレサの前まで来たラッキーとサムはそこで足を止めた。




ラッキーはジュリアの後ろにいるアレサに向かって、ペコリと頭を下げた。




「初めまして。ラッキー・スティングレーです」




ラッキーはアレサに挨拶をした。




「はいはい、あなたがラッキーね。あたしはジュリアの担当看護婦のアレサよ」




アレサはラッキーに向かってそう言った。




「俺はサム。ヨロシク!」




サムはいつもの調子で陽気にアレサに挨拶をした。




「あなたがサムね。前にジュリアから話は聞いてるわよ。ブラックミュージックが大好きなんでしょ?」




アレサはサムに言った。




「イエス!憶えてくれてた?さすが、ジュリアちゃん!」




サムは満面の笑顔でジュリアに言った。




「そりゃ、憶えてますとも。サムには沢山、音楽を教えてもらったもの!」




ジュリアはサムに元気よく言った。




その後、4人の間に一瞬の沈黙が流れた。




「あ、そうだ!トイレ行きたかったんだよね!トイレは病院の中にあるの?」




突然、サムはアレサに聞いた。




「・・・あ、あー、トイレね。いいわよ、案内するから」




アレサはサムの機転に気がつき、そう言った。




「・・・じゃあ、ジュリアとラッキーはここで待ってて。サムにトイレを案内してくるから」




アレサはジュリアとラッキーにそう言った。




「行きましょう」




アレサは病院側に歩き出した。




「スイマセンね~」




サムはそう言いながら、アレサの後を追って歩き出した。




アレサとサムが病院側に歩いていってしまったので「散歩用」コースには車椅子のジュリアとラッキーの2人だけが残された。




ジュリアとラッキーの間に沈黙の空気が流れた。




ラッキーはジュリアの顔が見れず、下を向いたままでデニムパンツのフロントポケットに両手を入れて肩を竦ませてる。




ジュリアはそんなラッキーを見つめ続けた。




しばらく沈黙が続いた後、ラッキーが口を開いた。




「・・・足、どう?」




ラッキーは沈黙を破るかのようにジュリアに話しかけた。




「・・・・もう立てるようになったのよ」




ジュリアはラッキーの緊張をほぐす様に優しい声で言った。




「本当!?」




ラッキーは驚いて伏せていた顔を上げてジュリアの顔を見た。




ラッキーの目に赤毛でグリーンの瞳をした昔と変らないジュリアが映った。




「本当よ」




ジュリアもラッキーの灰色の瞳を見つめながら、そう言った。










・・・・しばらく2人は見つめあい、目でお互いがどう思っているのかを模索していた。





ラッキーの瞳の奥に自分に対する真摯な感情を感じたジュリアは口を開いた。







「・・・ラッキー」






ジュリアはゆっくりラッキーの名前を呼んだ。






「ん?」






ラッキーはジュリアの声に答えた。





「・・・ありがとう」




ジュリアは優しく、そしていたわる様にラッキーに言った。




「・・・・・・」




ジュリアからその言葉を聞いた途端、ラッキーの瞳からボロボロと涙が溢れ出した。




ラッキーの心に閉まっていた感情が涙と共に一気に外に噴き出しているようだった。




それを見ていたジュリアも涙が溢れ出していた。




「もう・・・お願いだから苦しまないで」




ジュリアはラッキーにそう言った。




「あの事故はラッキーのせいじゃない。あたしの不注意なんだから・・・自分を責めないで。」




ラッキーは唇を噛み、溢れる涙をこらえながらジュリアの言葉に何度も頷いた。




「・・・ありがとう、ジュリア」




ラッキーは呟いた。




「それと・・お金はもう送らなくていいからね。今までのお金も全部使わずに取ってあって、いつかラッキーと会ったら返そうと思ってたの」




ジュリアはラッキーに言った。




「いや、ダメだ。それは受け取れない。それは治療費に使ってくれ」




ラッキーはジュリアに涙声ではあったが、強めの口調で言った。




「治療費はパパが全部出してくれてるから大丈夫よ」




ジュリアはラッキーに言った。




「・・・・」




ラッキーは下を向いて黙っていた。




「あたしは毎月ラッキーの気持ちだけ受け取らせてもらっていたの。ラッキーからお金は受け取れないわ」




ジュリアはそう言った。




「・・・だけど」




ラッキーは納得のいかない表情でジュリアに言った。




「じゃあ、その代わり、お願い聞いてもらっていい?」




ジュリアはラッキーの言葉を遮るように言った。




「お願い?」




ラッキーはジュリアに聞き返した。




「・・・あたしが歩けるようになったら買い物に付き合って欲しいんだけど」




ジュリアはラッキーに言った。




「買い物?!」




ラッキーはジュリアにまた聞き返した。




「そうよ。1年間、パジャマしか着てないもの。退院したらブルーム街でアクセサリーや服も買いたいし、美味しいものも食べに行きたいの。だけど・・・もしかして途中で足が痛くて歩けなくなるかもしれないじゃない?」





ジュリアは無邪気な笑顔でラッキーにそう言った。




「そうだね・・・」




ラッキーは車椅子に座っているジュリアの足を見ながら呟いた。





「だから・・・その時にはラッキーに助けて欲しいんだけど」





ジュリアは目を伏せながら、そう呟いた。





「ああ、もちろん!」




ラッキーは笑顔でそう言った。





「本当?約束だからね、ラッキー!」





ジュリアは輝くような笑顔でそう言った。





「うん」





ラッキーは照れながら返事をした。





「あたしも早く歩けるように頑張るから!」





ジュリアは元気な声でそう言った。





「待ってるよ」





ラッキーはジュリアに言った。






その時、病院側からアレサとサムが戻ってきた。






「おーい、君達、話は済んだかーい」





サムは歩きながら、ラッキーとジュリアに向かってそう言った。





サムの横ではアレサが困ったような顔で笑っていた。





ラッキーはサムとアレサの方を見ながら大きく手を振った。





ラッキーはその後、ジュリアの方を振り向いた。





「ジュリア、実はまだ仕事が残っていて・・・すぐにエニィシングに戻らなきゃいけないんだ」





ラッキーは残念そうにジュリアに言った。






「そう・・・」






ジュリアは寂しげな表情で返事をした。






「また来るから」






ラッキーは寂しげなジュリアの顔に気づいて、そう言った。






「うん」





ジュリアは気を取り直したようにラッキーに返事をした。





・・・サムとアレサがラッキーとジュリアがいる場所に戻ってきた。





「さぁ、仕事に戻ろうか」





ラッキーは戻ってきたサムに言った。





「えー、俺、全然ジュリアと話してないぜ!」





サムはガッカリしたような顔でラッキーに言った。





「だって・・・夕方までにはエニィシングに戻らないと、夜にキングのところに行けないぜ」






ラッキーはサムに言った。






「あー、はいはい、わかりましたよ。その代わり、今日は俺の「MY BABE」は全てラッキーが出してくれよ」






サムは言った。





「それじゃあ、ジュリア!・・・早く治せよ!アレサもトイレ、案内してくれてサンキュー!バイバイ!」





サムは戻ると決まったら、ジュリアとアレサに帰りの挨拶をしながら駐車場につながっている通路に歩いていってしまった。





「じゃあ・・・また来るよ、ジュリア」






ラッキーもジュリアにそう言った。






「うん」






ジュリアは名残惜しそうに返事をした。






「ジュリアをヨロシクお願いします」






ラッキーは頭を下げて、アレサにそう言った。







「気をつけて帰るのよ」






アレサは頭を下げるラッキーに言った。






「はい」






ラッキーは返事をして、駐車場の方に歩き出した。






ジュリアとアレサはコツコツとブーツの音を響かせて駐車場に歩くラッキーの後姿を見送った。





「あれがラッキーかぁ・・。あのマークが「レベラーズ」ね・・・なかなかカッコいいんじゃない?」






背中の「REBELERS」のマークを見て、アレサはジュリアに言った。







「でしょ」





ジュリアはアレサにそう言いながら、ラッキーが駐車場に行くまでずっと見続けていた。


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