第3話

HARD BOILED SWING CLUB 第3話




「起きろ!起きろよ、ラッキー!」



聞き覚えのある声が頭の中に響いた。



「サムかぁ・・・」



ラッキーはベッドの中で呟いた。



昨夜、HARD BOILED SWING CLUBでラッキーは泥酔し、その後のことは憶えていなかった。



自分のアパートに戻り、自分のベッドで寝ていたことを確認したラッキーはサムを無視し、また眠りに堕ちようとしていた。



「だからぁ!寝るなって!・・・もう仕事の時間だぜ!」



サムはラッキーに呆れたように言った。



黒人とのハーフのサムは身長も高く、スリムで濃いパープルのラメシャツ、黒いスリムなスラックスにサイドゴアのシャープシューズを履いていて、まるで古いソウルやR&Bのミュージシャンのようだった。



サムはいつも陽気で、その笑顔は愛嬌があった。



楽観的なサムはラッキー、そしてREBELERSのメンバーからムードメーカーとしても仲間としても信頼できる人間として好かれていた。



サムは何度、起こしても起きないラッキーに溜息をつきながら、思いついたように足元にあるラッキーのレコードコレクションの中を漁りだした。



そこでリトルリチャードのアルバムを見つけ、ラッキーの古いオーディオのターンに乗せた。



ボリュームを最大にし、レコード針をゆっくりと廻るレコードの上に這わせた。



「A wop bop a lu bop,a good Goddamn!」



ラッキーの部屋に大音量で、リトルリチャードの「トゥッティフルッティ」が流れた。



ラッキーはその音に驚いて、ベッドから飛び起きた。



目の前ではサムが笑顔で音楽に合わせて、足でビートを刻んでる。



「・・・朝からリトルリチャードかよ!?」



ラッキーは眠い目を擦りながら、サムにそう言った。



「お前の好きな白人のロックンロールは甘ったるいんだよ!」



サムは笑顔でリトルリチャードのアルバムを大事そうに抱きしめながら、そう言った。



サムは黒人のロックンロール、ブルース、R&B、ソウル等しか、音楽として認めないと皆の前で断言する男だった。



だけど、ラッキーはサムがたまにエルビス、エディコクラン、ジーンヴィンセント、そしてローリングストーンズ等のロックンロールを聴いているのを知っていた。



ラッキーはそれを思い出して、サムの言葉と仕草に笑いながらベッドの下に放り投げたブラックパンツを履きはじめた。



「今日はどこ?」



ラッキーは煙草にオイルライターで火を点けながら、サムに聞いた。



「今日は5番地区の粗大ゴミ収集。」



サムは大きな目をクリクリさせて、笑顔でラッキーに言った。



「・・・疲れそうだな、そりゃ」



ラッキーは「REBELERS」のチームジャケットに袖を通しながら呟くようにそう言った。



ラッキーの仕事は通称「エニィシング」と呼ばれる 「なんでも屋」。



67ストリートの住民のリクエストで犯罪、法に触れること以外であれば何でも引き受ける。



探偵まがいの仕事もあれば、掃除、洗濯、子守、店の留守番まで引き受ける。



頼まれれば嫌とはいえないラッキーの性格もあって、「エニィシング」は67ストリートの住人には人気があった。



サムもラッキーが支度を終えるのを見計らって、「REBELERS」のチームジャケットをシャツの上から羽織って、ジッパーを上げた。



「よし、行こう!」



ラッキーがサムの肩を軽く叩いて、玄関に向って歩いてドアを開けた。



灰色のグラデーションの雲の隙間から太陽が真っ白の光を覗かせていた・・・。


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サーカス「THE SOFT PARADE」が67ストリートに来てから2日経過した。



上演まであと6日。



団員達はそれぞれの曲芸の練習やその準備で、朝から忙しくしていた。



ピエロのジャッキーは敷地内にある向かえあっている大きな木2本に練習用のブランコを設置した。



ジャッキーがロープに全体重をかけ、ブランコの安全性を確認しているところにルルが歩いてきた。



ペコッとルルは頭を下げてジャッキーに挨拶した。



(・・・喋るとまた鞭で打たれる)



ルルは団長に怯えていた。



ルルの顔や手足には赤黒く内出血した鞭の痕があった。



ジャッキーは「THE SOFT PARADE」に来た自分が子供の頃を思い出していた。



(俺もそうだった。この娘のようにいつも鞭で打たれてた・・・)



ジャッキーは昨日からルルと会うとそんな昔の記憶が湧いてきた。



我に返り、いつもの無表情に戻ったジャッキーはルルに向かい側の木に設置したブランコにぶら下がるように指示した。



ルルはジャッキーの指示に従い、向かい側のブランコに歩いていった。



そして軽く飛んで、そのブランコにぶら下がった。



足で後ろ側の大きな木を蹴り上げ、勢いをつけてブランコを漕ぎ出した。



ジャッキーは感心するようにそれを見ていた。



ルルはブランコを大きく揺らした自分が照れ臭かったのか、ブランコに揺られながらジャッキーに恥ずかしそうな笑顔を見せた。



ジャッキーはそのルルの笑顔を見ている自分が、いつの間にか唇に笑みを浮かべてることに気づいた。



ジャッキーはふと自分の心に湧いてきた暖かい感情に戸惑った。



ジャッキーはルルが乗っているブランコの向かい側に設置したブランコを勢いをつけて、ルルに向けて振り飛ばした。



ジャッキーはルルに、これに飛び移るように指示をした。



ルルは頷き、タイミングを合わせてジャッキーが投げ飛ばしたブランコに飛び移った。



(うん、筋はいい)



ジャッキーは何度もブランコを振り飛ばして、ルルに飛び移る練習を繰り返しさせた。



ルルもジャッキーも何かを忘れるように、この空中ブランコの練習に夢中になっていた。



2人は空中ブランコの練習に明け暮れた。


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・・・3日後。



練習を毎日続けたジャッキーとルルはお互いのブランコに絶妙のタイミングで飛び移れるようになっていた。



最初は怯えていたルルもジャッキーにだけは気を許すようになっていた。



喋ることを禁じられているので、2人とも喋りはしないが目と目で通じ合っていた。



ジャッキーは自分の曲芸の練習もせず、ルルとのブランコの練習に没頭していた。



空中ブランコは危険な曲芸故に、入念な練習とタイミング、そしてバランスが必要とジャッキーは考えていた。



(今日から会場の高い場所で練習するか・・・)



ジャッキーは本番の高い場所からの空中ブランコでルルが足が竦むんじゃないかと心配していた。



いつの間にか、一生懸命に練習をするルルを自分の分身のように愛しく思う感情がジャッキーの心の中に育っていた。



・・・その日、いつものように朝からブランコの前にジャッキーは立っていると、ルルが自分のテントから走ってきた。



何事か!?とジャッキーは驚いていると、ルルは周りをキョロキョロと警戒して見渡している。



誰もいないのを確認したルルは、ジャッキーの手を取って掌を広げた。



「これ」



ルルはジャッキーの掌にブラウンメタリックの包装で包まれたキャンディーをポンと置いて握らせた。



「食べてください」



ルルはジャッキーにそう言った。



無表情だったジャッキーの唇に笑みが浮かんだ。



「あ・・・あり・・ありがとう」



ジャッキーはルルに礼を言った。



「THE SOFT PARADE」では団員、そして曲芸をする動物達には1日1食しか与えられてなかった。



このキャンディーはルルがこの「THE SOFT PARADE」に来る前から持っていたキャンディーだと思った。



(自分だって食べたいだろうに・・・)



ジャッキーはルルに申し訳なく思った。



・・・気がつくと他のテントから団員達が起き出してきた。



ジャッキーはルルからもらったキャンディーを、慌ててパンツの前ポケットに仕舞い込んだ。



その慌てたジャッキーの姿を見たルルが「クスッ」と笑った。



ジャッキーは起きてきた団員達や慌てている自分を誤魔化す為、ルルの前で「紳士」のパントマイムを始めた。



「わぁ・・・・」



ルルは初めて見るジャッキーの完璧で美しいパントマイムに見惚れていた。




・・・一通りパントマイムが終わると、ジャッキーは我に返ったようにルルにブランコに乗るように指示した。



自分のブランコに乗ろうと振り返ったジャッキーの顔は今までの冷たく暗い無表情から、暖かく朗らかな無表情に変わっていた。


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