第5話 A Big “G”

「待っててねロクロー。今、迎えに行くから」


 カメラ越しに見た彼女の微笑みは、笑みというにはあまりに凄惨で、威圧と言うにはあまりに悲壮で、だから微笑みとしか形容できないそんな微笑みだった。


 見ていて胸が痛かった。


「ティナっ!」


 映像はそこまでだった。


 壁に表示されるテレビ画面は先ほどの博士の部屋に繋ぎ変えられる。


「現状の説明もしよう。支部長の置き土産の魔術結界で基地への侵入を防いでいる。だがそれも時間の問題だ。勿論今からでは支部長の帰還も間に合わない! ムク、すぐに出撃してくれ!」


「Dr.マリニー、すぐに行くから一瞬だけ結界を解く準備をしといてよ」


「了解だ! すぐに来てくれよ、頼むぞ!」


 モニターから映像が消える。 


「あーあ、やれやれだよ緑郎。君のお友達は随分過激じゃないか。きっと基地の場所がバレバレなのも君のせいだぞ?」


 そう言って椋はわざとらしく笑ってみせる。作務衣の襟に汗が一滴吸い込まれている。こいつも焦っているのだ。


 俺は今にも恐怖と不安と混乱で表情が歪みそうなところを堪え、普段の皮肉気で自信家の仮面を被る。


「ふっ、お前と良い勝負だ。そもそも俺なんぞと仲良しこよしをしようという時点でお前らは似た者同士かもしれんがな」


「ははっ、やめてくれよ。クトゥルーの眷属と似たもの扱いだなんて寒気がする」


 椋はそう言って椅子から立ち上がり、俺へ手を差し伸べる。


 俺も腰掛けていたベッドから立ち上がり、椋へ手を差し出す。


「すまん、助けてくれ椋」


「ああ、助けるさ。アイディアは有る?」


「ティナは現在暴走状態にある。そもそも俺の異能グリードによって人間に近づきつつあるなら、あの暴走も同じように俺の異能グリードで上書きできると思うんだ」


「素晴らしいアイディアだ。君が自らの物語を狂える神に読ませることができるっていうならね」


「安心しろ。俺の創作意欲は今までにないほど湧き上がっている! 女性向けなど初めてだが、今までで最高の物語を書いてやろう! 俺好みの幸せな大団円って奴をな!」


「グッド、君の親友大ファンとしてそれを信じよう」


「その前に取材だ。お前の能力は変身と身体能力の強化、それ以外には何が有る?」


「大気の操作とそれによる空中飛行。壁を作ったり大砲みたいに撃ちだすことができるかな」


「オーケー十分だ。お前の活躍は俺が書く!」


「オーケー存分にやってくれたまえ!」


 俺達はガシっと拳を打ち合わせる。


「よし、それではやってみるとしようか! 見ているが良い! この未来の大作家有葉緑郎の乾坤一擲奇跡の一筆を!」


 俺は即座に朱金色の本と銀色の万年筆を取り出し、自らの手で物語を書き始める。


「我が銀筆よ――――始原を著せ。瀛神謡コール・オブ・クトゥルー!」


 これは俺自身の暴走対策だ。


 前回のようにタコヘッドに俺の物語を奪われてたまるものか!


 さあ、行こう!


【椋は仮面を取り出し、高らかに叫ぶ】


「――――神化フェイズシフト・仮面ハスター!」


【瞬く間に黄衣を纏う仮面の英雄と化した椋は、有葉緑郎の身体を一瞬で風の防護膜で包み込むと、基地の正面玄関へと走りだす】


 俺が朱金色の本にそう書き込むと、書き込んだ文字が光を放ち、光は俺達を包む。


 すると俺達は一瞬で基地の正面玄関へ辿り着いていた。


 要するに場面転換だ。


「ワープした!? まるで特撮だね! しかも緑郎の防御魔術まで済んでる!」


「驚くにはまだ早いぞ。クライマックスはこれからだ!」


 まだ記述は終わらない。


 次は雑魚共を打ち倒す必要が有る。


 戦闘員をぶちのめしてから怪人と殴りあうのがお約束って奴だからな。


【玄関にたどり着いた俺達は殺到する無数の異形に襲われる。だが椋は黄衣の下から触手を伸ばし、先端からかまいたちを起こすことで、迫る有象無象を一瞬で八つ裂きにする】


「信じられないよ緑郎、面白いぐらいに力が湧いてくる!」


「安心しろ、俺もだ!」


 先ほどまで感じていた迷いは無い。


 この世界がどんなに異常だったところで俺にとって大切な人は俺のことを思ってくれている。


 椋とは十分話して誤解を解いて、今はひと暴れの手伝いまでしてくれている。


 ティナは俺が居なくなった後、狂おしい程に俺を探し求めていてくれた。


 俺は見捨てられていなかった。俺を見捨てない奴が、俺を拾う神が居た!


 それだけで、そう思うだけで俺の中からは無限の力が湧いてくるのだ!


【仮面ハスターの触手が一瞬で細い触手へと分裂する。それは椋自身の身体を密に覆い、人工筋肉として駆動。そしてその一本一本の補助により、椋は自身の異能グリードを用いて更に精密な大気操作を可能とした】


「なんだこれ!? 僕の“黄衣の王キング・イン・イエロー”が!」


【ゆったりとしていた黄色のマントは燃えて消えた。そしてマントの下から仮面ハスターの新たなる姿が顔を見せる】


【椋の姿は触手の変化と同時に突如発生した漆黒のプロテクターと、触手が変化した金色のタイツによって、ヒロイックかつ人間的なものへと変化していた】


「先程からキリが無いと思っていたんだ。そこで強化カイザーフォームの進呈だ! 今の貴様はキングを超えた! 俺が心から信じる故に!」


「ははっ、知らないってのは本当に恐ろしいね。だがこういうバカは悪く無い!」


 椋は彼を包囲する虹色の色彩を睨みつける。


 でもなんだか楽しそうだ。ああいう顔をされると俺も筆が乗る。


【進化した仮面ハスターは再び迫る無数の異形へと向き直る。彼は腰を低く落とし、彼を取り囲む虹の怪物へと拳を振りぬく】


【するとプロテクターから大量の空気が放出され、嵐を起こし、虹の怪物を一瞬で薙ぎ払った】


 しかし、その隙を突いて魚人達が宙から現れる。彼らは仮面ハスターに向けて三又槍トライデントを突き立てようとした。


【だが、彼らの身体ごとその三又槍トライデントは止まる】


【直撃の寸前に超高密度に圧縮された空気が炸裂し、彼らを遥か上空まで吹き飛ばしたのだ!】


 我ながら素晴らしい。次から次へと言葉が溢れてくる!


「テンション上がってきた! 行くぞ椋! 道を開けろ!」


「任せてくれよ! 君の為だ!」


 友が、仮面ハスターが拳一つで押し開ける道を俺は駆ける。


 向かう先はただ一つ、俺なぞの為に神生じんせいを滅茶苦茶にされた哀れな姫君の隣だ。


 左右から投槍やら汚水のような暗い緑色の光線やらが飛んでくるが、先ほどの風の防護皮膜のお陰で俺の身体にまでは届かない。


「居たぞっ! あそこだ! 走れ緑郎!」


 椋が指差す先にティナは居た。


 異能グリードの行使には体力を使う。正直に言えば限界は近づいていたが、やっとゴールは見えてきた。


 有象無象の雑魚を吹き飛ばし、俺と椋はティナの前に立つ。


「椋!」


「分かってる! 死ぬなよ!」


【仮面ハスターは指先一つで大風を巻き起こし、竜巻の中に有葉緑郎とティナを包む】


【ティナを守っていた魚人も、漆黒の鱗を持った怪鳥も、虹色のガス状生命体も、圧倒的な仮面ハスターの力の前に一掃されてしまった】


【かくして有葉緑郎とティナは旋風の牢獄へ閉じ込められた】


 俺の異能グリードで強化した椋の大気操作能力。そう簡単に邪魔が入ることは無いと考えて良いだろう。


「……ティナ」


「来てくれたんだねロクロー」


 ティナはまるで人間みたいにニコニコ笑っている。


「帰ろう。椋とはしっかり話し合った。俺達が戦う必要は無い」


「有るよー? だってロクローが私の前から居なくなっちゃうじゃん」


 だが瞳だけが違う。人間でない何かの瞳だ。桃色の瞳が狂気によって爛々と輝き、俺の話も聞いているようで聴いてはいないのではないかと思わされる。


「居なくなる? そんなことはしない。安心しろ。怯えることは――――」


「変なんだよ。最初は便利で面白い奴としか思ってなかった。次の朝に顔を合わせると何故か家族みたいに思えていた。神都ル・リエーから追放された私に手を差し伸べてくれた時は家族なんかよりもっと大切なんじゃないかって気までしていた。なんなんだろうねこの気持は。私には分からない。どうしてこうなったのかも、今の私がどうしたいのかも分からない。分かるのはたった一つ。きっとこうなったのはロクローのせいだよね? わざとなのかな、それとも事故だったのかな。あっ、別に責めてる訳じゃないんだよ? 今はもうどっちでも良いんだ。むしろこれでよかったんじゃないかとさえ思っているの。人間の絆とか感情とか馬鹿にしていた筈なんだけど、それが本当に暖かくて優しくて素敵だったから……そういうものを知って私は幸せで……。でもね、分かったからこそ寂しいんだ。ロクロー、私はロクローが攫われて寂しかったんだよ。だからわざわざ残っていた神の力を全部振り絞ってこうやって迎えに来たの。私がどうなっても構わない。でもその前に一目でもロクローに会いたいと思って。もう嫌だよ。ロクローがなんて言おうと、私はもう独りになりたくない! そう、ロクローが大切なんだよ。世界を殺しても構わないくらいに!」


 俺はまず真っ先にティナの手を取る。


 小さくて、凍り付きそうな程冷たい手だった。


「分かった」


 何故こいつに心惹かれるのか。


 それはきっと懐かしいからだ。


「要するに寂しかったんだな」


 何の因果か知らないが、こいつは昔の俺とそっくりなんだ。


「……うん」


「それは分かった。俺の話も聞いてくれないか?」


 ティナは桃色の瞳をうるませてうなずいた。


 寂しい。


 ただそれだけでこれだけの事をしでかすのか、と人は思うかもしれない。だが俺はそう思わない。そう思えない事情がある。


 説得の為に考えていた無数の言葉は、テスト直前に覚えようとした英単語みたいに頭の中から吹き飛んだ。


 俺と彼女がこんなにも似たもの同士なら、俺はこんな物語を彼女に送るべきなのだろう。


「――ある少年の話をしよう」


 指先がゆっくりと凍りついているのが分かる。


 多分ティナの能力が暴走しているからだ。


 先ほど椋に異能グリードを惜しげも無く使ったせいで体力も消費している。


 あと、喉が焼けるように痛い。気を抜けば一瞬で倒れてしまうだろう。だが語る。俺は語る。物語を紡ぐことこそ我が本分故に。


「少年は生まれた時から孤独だった。親は仕事で家を空け、育ててくれたのは心優しい祖父母。ここまでならまだありふれていたのかもしれない。今は忙しい世の中だからな。仕方なしだ。だがしかし少年が十四になり、育ててくれた祖父母が死んだ時に彼はある事実に直面する。そして考える。の葬式が有ったのに家に帰らなかった連中が、を愛する訳など無いのではないかと。少年は悩んだ。自分は何故生まれてきたのか。そんな少年の傍に居てくれたのは物語、そして優しかった祖父母の思い出だけだった。かくて少年は物語に耽溺するようになった。人との絆を求めながらも、少年は人との絆に満たされることができなかった」


「ねえロクロー、それって……」


 そうだ。俺はそれでも恨めなかった。両親を恨むことも、好きでこうなってしまった俺を厭う周囲を恨むことも、できなかった。


 いいや、憎いし恨んでもいる。だが憎しみをぶつけようとしてもこの手が竦むのだ。どうすれば良かったというのだ。


 椋が、そして自らの作品を発表できる場が無ければ、俺はこの世に居なかったかもしれない。


「そんな少年に、神が手を伸ばしたのは何時のことか。世界を滅すと嘯く神も、カレにとっては救いの女神。あの時彼女が手を伸ばしたのと同じように、カレカノジョに手を差し伸べる。そしてこう言うのだ」


 俺はかじかむ指、血の滲む喉、霞む瞳に最後の気合を入れる。


「――――安心しろ。寂しいのは君だけではない」


 最後の言葉を紡いだその瞬間、ティナの指先に暖かな血が通う。


 俺の指先を襲っていた冷気は消え去り、指もなんとか動くようになる。


「そっか……でも私、もう寂しくないな」


「ああ、俺もだ」


 ティナが微笑み、俺も笑う。

 

 すると竜巻も消え――――消えた?!


 まだ椋に合図もしてないのに! ちょぉっと大団円には早過ぎるぞ!?


「椋!?」


「パパ!?」


 俺とティナは同時に悲鳴を上げる。


 竜巻が消えた後、俺達の前に広がっていた景色は衝撃的なものだった。


 醜悪なる神話的生命体の屍山血河、そしてそれらが折り重なり一つになり、巨大な怪物の姿を形成していたのだ。蛸の頭、コウモリの翼、龍の鉤爪、辛うじて人のようなシルエット。


 俺はきゃつの姿に見覚えがある。最初に俺が異能グリードを使った時に干渉してきた不快なタコヘッドの神だ。名前はクトゥルー。俺に異能グリードを与えた張本神ちょうほんじんではないか。


 そして何より驚くべきなのが先程まで八面六臂、獅子奮迅の活躍をしていた筈の椋が力なく片膝を突いている。


「椋! 遅れてすまん!」


「はは、まったくだ! 少し反省してくれたまえ! 君が遅れた間に、僕が倒しまくった神話生物を贄にして、あの邪神クトゥルーが仮初の現界を果たしてしまったんだからね。とりあえず君達がストロベリってる間に。後はなんとかしたまえ」


 見れば俺が手ずから強化エンチャントした筈の風神ハスターの触手を圧縮した高密度スーツが破られ、隕鉄のプロテクターもあちこちひび割れている。


「パパが仮初の現界!? そんな、ロクロークラスの望者アクターが完全に暴走しないと本来無理な筈なのに!!」


「娘が何やら力を取り戻したと勘違いしたんじゃないか? それで取り返しに来たとか。泣かせるじゃない親子愛!」


 椋はシニカルに笑って肩を竦める。


 一方、俺は両手に朱金色の本と銀色の万年筆を具現化し、血によって具現化した海魔を睨みつける。俺の選択は決まっている。


「なあティナ、お前の父親が迎えに来たみたいだがどうする?」


 ティナはわざとらしく髪をいじって迷う振りをするが、俺の目を見るときっぱりと断言してのける。


「今は此処が私の居場所だからね!」


 ああ、その言葉が聞きたかった。


 見せてやる。この有葉緑郎が! 君のための物語を!


「我が銀筆よ————始源を著せ。 瀛神謡コールオブクトゥルー!」


 吠え立てよ我が絶筆、今こそ我が物語は神さえ超える。


 銀の筆は、朱金色の本に俺自身の言葉で、ただ一人の少女の姿を書きつける。


 我が理想、我が夢、我が悲哀、我が希望。全てを載せて書き上げる絶招いっぴつをここに。


 そして人理の守護者の大任を、我が愛しの人魚姫に捧げよう。


【有葉緑郎の咆哮と共に蒼白の燐光がティナの身を包む。純白のドレスは蒼く染まり、袖が消え、スカート丈は短くなり、背中には青いリボンが付き、動きやすく愛らしいデザインに変わった!】


【更に、鈴の鳴るような音色と共に彼女の胸元に赤い光が走る。ティナの闘争心を表すが如きその光は、もう一度鳴った鈴の音色と共にブローチとして実体化を果たす!】


【一見すれば身体を覆う布面積は減ったように見えるが、これは彼女の持つ神々の力をより効率よく収束制御させた結果なのだ!】


【白かった髪は蒼色に、桃の瞳には煌めく光が宿り、闇は光へと生まれ変わる!】


波濤はとう神子みこ、プリティー☆トゥルー!」


 ティナは高らかに名乗りを上げる。


 勝てる。今ならば、あの邪神に勝てる。


 俺の指示を待たずして彼女は氷の巨槍を召喚し、父たる巨神クトゥルーに投げつける。


 槍をまともに受けた海神は、本調子でないのもあってか簡単に膝をつく。


 ティナは降り注ぐ触手を舞うように受け流し、すれ違いざまに手刀で切り裂く。


 勝てる。絶対に勝てる。


【有葉緑郎】


 そう思った時、声が聞こえた。


 左手の朱金色の本が青い光を放っては消える。俺の異能グリードを通じて、頭の中にまたアイツが干渉してきている。


「おい、女の子が戦ってるぞ!」


「なんだあの怪物!?」


「警察呼べ警察!」


「ブラザーフッドとかいう奴らは何しているんだ?」


 不味いことになった。野次馬が次々集まってティナの戦いに注目し始めた。ティナはまだしも俺の顔が見られてしまったら大問題だ。


【魔法少女プリティー☆トゥルーはその場に居た全ての人の目を引き付けながら戦う。華麗に、鮮やかに、疲れる様子一つ無い】


 慌てて彼女に人目を引き付ける。これで俺の姿は記憶に残らない。限定的であり、万能でもある。これは実に便利な――――


【貴様ガ万能なのデはナイ】


 まただ。


 頭の中で声が響き、朱金色の本に見慣れぬ文字が浮かび上がる。


【貴様は、我が力を借りタだけノありふレたカミ、紛イ物の――――】


「いくよロクロー! これでトドメだ!」


 まずい。この流れは実に不味い。


 俺が邪神だったら、今都合よく集まってきている一般人共を殺させる。


【崩れ落ちる巨神クトゥルー、少女はついに最後の一撃を加えんと空高く舞い上がる】


「頑張れ!」


「頑張れお嬢ちゃん!」


「なんかよく知らないけどやっちまえ!」


【少女の蒼衣は神の力人々の祈りに応じて光の羽をその背に生やす】


 この一節には覚えがある。これは確かに書こうと思って俺の頭にストックしていた描写だ。だが今書こうだなんて思ってなかった!


【彼女は己の内に眠る神の力を震わせ、両腕を前に構える】


【光の羽による姿勢制御で魔力はより強く鋭く破壊を齎す兵器と化す】


 やめろ!


【放たれた蒼き光条は夜空を貫く神の息吹】


 やめろやめろやめろ!


【少女は高らかにその閃く光の名を謳う――――】

 

 脳裏に走るのは最悪のシナリオ。


 俺の考えた最高の大団円をいとも容易く崩す最悪の干渉。


 戦闘に集中するティナは俺の異能グリードを疑問も無く受け入れ、最後の一撃を集まった一般市民の方に叩きつけかねない。


 そうなれば俺も彼女も立派なパブリック・エネミーズ。化物の烙印を押されて人々から石もて追われることしかできない。


 俺は、俺達は――――――!


「緑郎、しっかりしろ。幾ら邪神から与えられた能力と言ったってそれを操るのは君なんだぜ?」


 その時、耳元で声が聴こえた。椋の声だ。


 慌てて椋の方を振り返る。既に彼は力尽き、地面に倒れ伏している。


 声なんか届く訳が無い距離を大気操作でわざわざ届けたのか!?


 椋は俺が見ている事に気づいたのか右手の親指だけをグッと上げる。


 そうか。そうなのか。だったら――――


「やってやらああああああああああ!」


 ティナに、何よりムクに、格好わるい所は見せられない。


 そしてまた頭の中で声が響く。奴の干渉が来た。


【――――星辰正シキxaxaxaxaxaxaxaxaxaxaxaxaaxa/|/|/|/|/|】


 俺は勝手に文字の浮かび上がるページを破り捨てた。


 そしてすぐさま人間オレの意思で、人間オレの言葉で、最後の描写を付け足す。


「頑張れ! プリティー☆トゥルー!」


【有葉緑郎の声援が最後の切っ掛けだった】


【ティナは自らの右手に魔力を集束させた光の大刀を形成し、大きく見栄を切って空高く舞い上がる】


夢見果て来る暁星デイクラフター!!」


【天上からただ一太刀によって父なる巨神クトゥルーの似姿を両断した】


【立ち上る光の柱。それは天に坐す聖なる神々の怒りにも見える。邪神クトゥルーはその裁きの光に飲まれ、姿を消した】


「かくて、この街には平穏が戻ってきたのである……ってな」


 そうだ。俺はこういう平和で幸せな大団円を書きたかった。


 これこそ俺の大きな大きな欲望グリードだ。


 俺は朱金色の本に物語の終わりを示す一文を付け加えようと思い立った。


 そうだな、さしずめこんな感じだろうか。


【第五話 A Big “G” 完】

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