番外編その2:複数の辞書を参照する事の大切さ

 この十月から、フジテレビ系列の深夜アニメ枠「ノイタミナ」において、辞書編纂へんさんに携わる人々を描いた作品「舟を編む」の放送が始まりました。原作は三浦しをん先生の同名小説で、実写映画化もされています。辞書編纂という特殊な仕事を描いているので、言葉に関するあれこれについて考えさせられる部分もあり、実に興味深い作品ですのでご一読もしくはアニメ・映画をご覧になる事をお薦めします。



 この「舟を編む」のアニメ版第一話で、数多くある辞書それぞれの「個性」について語られる一節がありました。実際、辞書にはそれぞれの編纂者の思想や流儀が反映されていて、実に様々な「個性」が見受けられます。

 ある辞書は「新語」を積極的に取り入れていますし、またある辞書は語釈ごしゃく(語句の解釈や解説)に力を入れある種「読み物」として通用する事を目指し、またある辞書は堅実かつ伝統的なスタイルを貫く……一口に「辞書」と言っても、それぞれにほとばしる個性があるわけですね。大学入試経験者の方々は、「受験生向け辞書」等という言葉を聞いた覚えがあるのではないでしょうか? あれも個性の一つと言えます。



さて、「言葉は生き物であり『絶対的な正解』はない」のですから、辞書それぞれの個性が際立っていると、当然の事ながら語釈についても微妙に見解が異なるケースが出てきます。例えば、「む」という言葉を参照した場合、デジタル大辞泉では


1 糸・竹・籐 (とう) ・針金・髪などを互い違いに組み合わせて、一つの形に作り上げる。そのようにして、ある物を作り上げる。「藺草 (いぐさ) でござを―・む」「髪をお下げに―・む」

2 いろいろの文章を集めて書物を作る。編集する。「論文集を―・む」

3 計画を組み立てる。編成する。「日程表を―・む」


となっていますが、一方「大辞林 第三版」では、


1 糸・竹・髪の毛など細長い物を、結び合わせたりからみ合わせたりして、一つの形ある物を作り上げる。 「毛糸を-・む」 「竹でかごを-・む」

2 文章を集めて本を作る。編集する。 「論集を-・む」

3 いくつかの物をまとめて一つに組織化する。編成する。 「軍団を-・み、将校を撰ましめ/経国美談 竜渓」


となっています。1と2の語釈はほぼ同一の意味ながらも言い回しや用例のニュアンスが少々異なり、3に関してはデジタル大辞泉では『計画を組み立てる』方の意味を重視し、大辞林では『編成する』を重視している事が分かりますね。



 また、多くの場合ひらがなで書かれるような動詞に対し、どの漢字を当てるかについても辞書によって分かれている場合があります。

 例えば、『ある行為をする』という意味の「なす」という言葉について、デジタル大辞泉では


な・す【成す】

(中略)

1 (「為す」とも書く)ある行為をする。「無益の事を―・す」「―・すすべもなく敗れる」


と解説されていますが、一方の大辞林では


なす[成す・為す]

(中略)

4 ある行為をする。主に慣用句的なかたい言い回しの中で使われる。 《為》 「人力の-・し得るところではない」 「相手の-・すがままにまかせる」 「すること-・すこと」


とあります。デジタル大辞泉では「成す」を見出しとして採用し『「為す」とも書く』としていますが、大辞林では逆に「成す・為す」両方を見出しにした上で「為」を当てるよう解説されています。

 古い文章等を参照すると、どちらの使い方も散見されますので、これも「どちらかが正解でどちらかが間違い」というケースではないようです。ただ、私的には「行為」という言葉からの連想で「為す」の方が親しみがありますから、「為す」の方を推したいと思います(笑)。



 以上のように、辞書によって語釈のニュアンスや漢字の当て方が異なるケースは少なからず存在します。語句や文法のチェックの際、単一の辞書だけ参照して「この表現は間違い」と判断する前に、異なる「個性」を持つ辞書も参照してみた方が、文章表現の幅も広がるかもしれませんよ?

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