第5話 わたしの過去

「どうしたの?」

「なんでもない。ただ、わたしのことを荒西くんがそこまで思ってくれていたことに、驚いて……」

「ほめることでもないよ。ところで、話に戻るけど、白原さんがどういう思いで、ぼくに『殺して』って言ったのか知りたいんだ」

 顔を向けた荒西くんは、真剣そうな眼差しを送った。わたしは箸を持っている手を止めて、頭を巡らす。

 幼稚園に通っていて、両親と兄のいたころが脳裏によみがえる。

「わたしが小さいときに、両親が交通事故に遭って、亡くなったの」

「そうなの?」

「うん……。だけど、兄がいたから、わたしは長くは悲しまなかった。これからはふたり合わせて生きていこうって決めたから。なんだろう、そういう未来に向けた言葉って、なんだか明るいよね?」

「そうだね。そういうのって、明るいよね……」

 答える彼は、物悲しげな口調だった。もう、先に話すことを察したみたいだった。とはいっても、わたしは口を止めようとはしない。最後までしっかりと聞いてもらいたい思いがあったからだ。好きな荒西くんには、自分のことをわかってもらいたい。

「やっぱり、そうだよね……。なのに、兄はわたしを残して、両親のところに行っちゃって……。今は、わたしひとり」

「お兄さんは、事故かなにかでも遭ったの?」

「ううん……。飛び降りたの。学校のいじめに耐えられなくて……」

 わたしは言うなり、もう言葉を続けることができなかった。兄が亡くなったときのことが、頭に浮かんできたからだ。おそらく、わたしを残して飛び降りることは辛かったかもしれない。兄がどう思っていたのかはわからないけど、なにもなかったわけではないはずだ。

 気づけば、弁当のごはんに涙がこぼれ落ちていた。

「弱いよね、わたし。それでこれからは、ひとりで生きていこうとせずに、昨日みたいに、荒西くんに『殺して』なんて、頼んでる」

「そんな、自分を蔑むような言い方はやめてよ。白原さんは決して弱い人間じゃないよ!」

 荒西くんは正面を合わせて、声を上げていた。ほかにだれもいない屋上に響き渡るほどだ。

「でも、わたしはこれ以上、生きる気力がなくなっていて、もう、これからどうすればいいのかわからなくなっていて……」

「じゃあ、ぼくに『殺して』って言ったのは、それで混乱したからってこと?」

「それはちがう。あれはわたしが考えて思いついたひとつの方法なの。つまりは、両親と兄のところへ行けたらいいなっていう、ささいな願いから生まれたもので……」

「気を持って、白原さん! 両親やお兄さんのことはわかるけど、だからといって、白原さんも行っていいわけじゃないよ! それに、そんなことして、両親やお兄さんがよろこぶと思う?」

「たぶん、よろこばないと思う。だけど、それでも、わたしはお父さんやお母さん、そして、兄にも会いたいの」

「白原さんの気持ちは、わからなくもないよ。だからって、その、なんでぼくなんかにひもを渡したのっていう疑問が、やっぱり湧いてくるよ……」

「荒西くんのことが、好きだから。好きな人に殺されることが一番いい死に方じゃないかなって。それで、幸せなことと思って」

「白原さんが幸せと思っても、ぼくは全然、幸せじゃないよ……」

 彼は、寂しげな表情で言う。わたしのことを悲しんでいるようだった。

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