第43話 真相

「俺が……【真のエゴイスト】だと……?」

「ああ、そうだ。もう一度言ってやろうか?」


 太陽ははっきりと明言する。



「洋を扇動し、この事件を起こしたのは、姫、お前だ」



「……」


 一姫は表情を変えず、太陽を見返す。

 太陽は真っ直ぐな眼で一姫を見る。


「……反論させてもらう」

「どうぞ」

「この状況は……どう見たって……お前が犯人だろうが……」

「うん。そうだな。でも違う」


 太陽は頷き、否定する。


「なあ、オレが何で、お前を撃ったと思う?」

「……知らない。お前が犯人で、俺を始末しようとしているとしか言えない」

「まあ、当然ながらそれは違うけどな。まあ、俺の目的は――それなんだよ」


 太陽は左手で一姫を指差す。


「……何だよ?」


 一姫は疑問を口にする。


「俺を指差して……何が言いたい?」

「逆に訊ねよう。姫さんよ」


 太陽は指を少しずつ下にずらしながら、こう訊ねる。



「お前、どうして――?」



「……」

「つーかさ、腹ぶち抜かれて、何でそんなに喋られるんだよ?」


 太陽に指摘され、一姫は腹部を隠すように抑える。

 一姫の腹部。

 制服に黒い穴が開いている。

 だが、その色はあくまで黒で、紅は混じっていなかった。


「オレは間違いなく撃ったぜ。お前の腹を。なのに随分と元気じゃねえか。鉄の腹筋だとでも言うのか?」

「……」

「……なあ、姫」


 首を二度振り、太陽は声のトーンを落として、問い掛ける。



「どうしてお前――んだよ?」



 太陽の顔が先程よりも大きく歪む。

 その表情は、悔しさで満ちていた。


「オレはさ……お前が防弾チョッキを着ていなかったら、信じようと決めていたんだ。お前がエゴイストじゃないって。勿論、お前がエゴイストでも防弾チョッキは着ていない可能性はあった。もしその場合でも、お前を信じるつもりでいた。証拠の十割がお前を指していても、その点さえ違うのならば、お前を信じた」

「……何だよ?」


 表情は変わっていないが、一姫はいらついたように眉を顰める。


「俺が防弾チョッキを着ていることに、何の問題があるんだよ?」

「問題ないと思っているんだな?」

「ああ。たまたま拾った防弾チョッキを――」



「どうして――?」



「……」


 一姫は顔を逸らす。


「……それは」

「いつ拾った? お前が教室を出たのは、食糧取りに行った時と、嘘の情報を流しに行った時、オレを捜索しに来た時の三回だよな。その内のどれだ?」

「……三回目だ」

「じゃあ、その後、体育館に向かうオレと未来に、どうしてそれを渡さなかった? 危ない目に遭うってことは、お前も判っていただろうが」

「それは。……それは……」


 続く言葉が出て来ない。

 言い訳できない。


「ってかさ、防弾チョッキなんて拾える訳ねえよな。拳銃を隠していたのは、殺し合いを誘発するためだから判り易い所に銃を置いた、ってのは判る。だが――防弾チョッキはどうだ? 着込んでおけばいいじゃないか。服を脱ぐ用事なんてそうそうない。最初から着込んでおけばいい。かといって拳銃のように、そこらへんに隠しておく意味もない。死ぬ確率が低くなるアイテムなんて、趣旨からズレちまうからな。……それなのにお前、何処でそんなの拾えるんだよ?」

「……」


 事実として、太陽と未来が持つ防弾チョッキは犯人側から剥いだものである。また補足すると、犯人の大多数は防弾チョッキを着ていなかった。

 しかし一姫は反論する。


「防弾チョッキだって、着込んでいたら怪しまれるだろう? ならば、拾ってもおかしくないんじゃないか?」

「他の二つと違って、防弾チョッキは身につけなきゃ意味ないだろうが。それに着ているのが見つかった所で防弾チョッキだとは傍目に判らない。そういうガッチガチのものじゃないし、制服って基本前閉じるじゃねえか。だから着ないで隠すメリットは全然ない」

「それでも……」


 一姫は言い澱む。


「……隠されてあったんだから、仕方がない」

「理論的じゃねえな」


 いつもならその言葉と共に笑い飛ばす太陽。

 だが今は、笑わない。


「……お前さ、本当に馬鹿になったよな」

「馬鹿?」

「ああ。マジで有り得ないくらい」

「……大きなお世話だ」

「違う……違うんだよ、姫」


 太陽の歯がギシリと音を立てる。


「お前はあまりにも……気が付かな過ぎたんだよ。この事件について」

「……気が付かなかった、だと?」

「ああ。お前なら、オレが推理したこと、全てに気が付いているはずだ。間違っても【気が付かなかった】とはならないはずだ」

「……馬鹿らしい」


 一姫が呆れたように深く息を吐く。


「俺だって普通の人間だ。こんな異常事態に陥ったら、混乱するに決まっているだろう。通常の思考が出来ないのも当然だ」


 あとさ、と一姫は首を振る。


「俺を万能だと思うな。俺ならばその程度くらい、なんて思っているだろうが、お前の【その程度】は普通の人にとっては、決して程度の低いものではない。こんな状況に置かれても普通以上に思考出来るお前の異常さに少しは気が付け」

「そんなものはとうに気が付いている」


 太陽は、はっきりとそう言葉にする。


「オレが異常なのは重々承知だ。その上で、お前には【その程度】と言っている」

「それは、俺も異常だと言っているのか?」

「ああ。異常さ。こんな事件に巻き込まれて、あんなにもすぐに状況を把握し、冷静に対応して出来る奴はな」

「それは……」


 一姫は再び言葉に詰まる。


「それはたまたま、そっちの方に頭がいっただけだ。理屈じゃないが、そうとしか言えない」

「苦しいな」

「……ああ、そういえば俺、その後にお前に言われて気が付いたことがあるじゃないか」


 一姫は言葉を絞り出す。


「犯人が複数人いるってことの話。覚えているだろ?」

「ああ、そうだな。犯人に繋がることだけは判らなかったな」

「……悪意のある言い方だな」

「悪意はない。事実だ。お前が推理し、指示したのは、生き残ることに関してだけ。犯人については、見当外れの意見ばっかり口にしていたんだよ」

「……俺は、人の気持ちを察することが苦手なんだよ。だから、その場での対応は出来るけど、犯人については推察出来なかったんだ」

「そこまで言って、まだ逃げるか……」


 太陽はやれやれと小さく息を吐き、


「いいだろう。お前が言い訳もできないような、事実を突き付けてやる」


 人差し指を突き付ける。


「お前さ、その場での対応は出来るってことは、人以外の状況は、ある程度落ち着いて見られるってことだよな?」

「落ち着いてはいないだろうが……そういうことになるな」

「ならば訊こう。姫」


 太陽はそう言って人差し指を、一姫から窓へと移す。


「どうして逃げ出さなかったんだ?」

「逃げ出す? 俺一人の保身のために逃げ出せってことか?」

「そうじゃない。お前がクラスの皆のことを考えていたことは、よく分かっている。だからこそ、もう一度訊く。どうして――クラス全員を引き連れて、この校内から逃げ出さなかった?」

「……何を言っているんだ、お前」


 一姫は眉を潜める。


「校内から逃げだそうとしても、外には地雷があるだろうが」

「そこだよ」


 太陽は人差し指を一姫に戻し、強い口調で、こう言い放つ。





 地雷がない。

 その事実は、この事件で太陽達を閉じ込めていた檻を破壊する。地雷があるからこそ、校内からの外出ができなかった。外に待機している警察らも入って来られなかった。


「……その根拠は?」

「そもそもよ、どうして地雷があると思ったんだっけ?」

「それは……校庭を走っていた千田が突然爆発したからで……」

「そうだな。それで、みんなは思考を停止させたんだ。逃げるなんて選択肢は無くなった、と」


 爆発=地雷によるものと勝手に結びつけた。


「でも、少し考えれば判ったはずだ。そして、おかしいと思うはずだ。朝、自分は――何処を通って来たのかと」


 生徒は皆、校舎内にいる。何処からか連れ去られてきた訳でもなく、普通に登校してホームルーム中に、催眠ガスによって眠らされていた。つまりは、何処かの入口から校舎内に入って来たということなのだが、誰かが死んだという話は聞いておらず、爆発音も聞いていない。


「そうなると、オレ達が眠らされた後に埋めたってことになるよな。だが、そんな時間あるか? 地雷って一時間で埋めることが出来るか?」

「……出来る訳ないな」

「加えて、地雷の取り扱いは難しい。下手したら爆発するからな。だから慎重になり、時間が掛かる。経験がない限り、一日で仕込もうとしても間に合わないだろうな」

「つまり、準備の段階で無理だってことだな」


 一日で無理ならば、何日も掛けなくてはいけない。しかし、グラウンドは部活動などにより、土日も含めて毎日使用されている。到底、そのようなことが出来る時期などない。


「だから、地雷なんてないんだよ」

「……それは分かった」


 一姫は一つ頷く。


「地雷なんてない。確かに……考えればすぐ分かることだな。それならお前も『その程度』と言うのも判る」

「認めるのか? お前が【真のエゴイスト】だということを」

「どうしてそうなる?」


 一姫は澄ました顔で言い放つ。


「地雷なんてない。それを判っていなかっただけで、どうして俺が【真のエゴイスト】だと断言出来る?」

「お前……お前ならその程度のこと、知っていたんだろう?」

「無機物相手だから知っている、か。ならば、どうして知っていたら、【真のエゴイスト】になるんだ?」

「そんなの当たり前じゃねえか。知っていたのに逃がさない。つまり、この事件を終わらせたくないからそうするんだよ。そんなの、犯人に決まっているじゃねえか」

「ふむ、成程。その理屈、一応は通じるな」


 一姫は人ごとのように感心の声を上げる。そんな態度に、太陽は苛立ちを募らせる。


「何が言いたいんだよ、お前」

「地雷がないことを知っていたのに、クラスのみんなを校舎の外に逃がさなかった。だから俺が犯人だ。そう言っているんだろ?」

「そうだ」

「ならば、こう言おう」


 一姫は太陽に、人差し指を向ける。


「その理屈なら、お前も犯人だ」

「……は?」

「何を呆けている。お前だってそのくらいのこと、判っていたんだろ? 地雷がないってことくらい」


 くらい、という所を一姫は強調する。


「地雷がないということをこうして説明したのに、まさか知らないなんて訳の判らないことは言わないよな?」

「……そう逃げるのか」

「逃げる? 理論的に当然のことを口にしているだけだ」

「……」

「さあ、証明してもらおうか。お前が犯人ではないということを」

「……オレは、つい数時間前に気が付いたんだよ」


 太陽は少しだけ言葉に詰まりながら答える。


「ほう、それで?」

「お前と洋を嵌めるために、みんなに協力してもらった。だから逃がせなかったんだ」

「成程。だから俺とは違うってか。ならば訊こう、太陽よ」


 一姫は眼を瞑る。


「お前はどうして数時間前まで、気が付かなかったんだ?」

「それは……」


 太陽は押し黙る。

 ここで理由を述べられなければ、一姫が気が付かなかったことを責められない。

 かといって理由を述べれば、それがそのまま一姫の理由となる。

 答えても答えなくても――一姫を論破できない。

 そうなることが判っていて、一姫はあのような返しをしたのだ。


 ――だが。


「……そこで、俺が何も言えなくなる、ってか?」


 太陽は不敵な笑みを浮かべて、人差し指を突きつける。


「残念だが姫。お前が犯人だということは、この地雷の観点から証明して見せるぜ」

「……ほう。やってみろ」


 射抜くような視線を向ける一姫。

 太陽はそれを真っ直ぐに見返す。


「オレが地雷があると思ったのは、千田が校庭を走り抜けている時に爆発したからだ。だからあそこにはまだ地雷が仕掛けられている、と思った」

「そうだよな。あれを見れば、誰だってそう思うよな。俺もそう思った」



「――



 にやり、と太陽が口元を歪める。一姫は不快そうな表情で訊ねる。


「……何を待っていたんだ?」

「お前が認めるのをだよ。【校庭で千田が爆破されたから、地雷があると思い込んでいた】ということをな」

「……どういうことだ?」

「オレが、校庭に地雷があると思い込んでいたのは――それが要因じゃねえんだよ」

「嘘だというのか?」

「まんざら嘘でもねえけどな。ただ、主な要因じゃねえってことだ」

「じゃあ、何が要因だって言うんだ?」


「――お前の言葉だ、姫」


「え……?」


 呆ける一姫に、太陽は追い打ちを掛ける。


「千田が爆発する前に、お前は既に、校庭に地雷があるだろうと考えていた。だからお前は、あっさりと千田の爆発は地雷なんだと思い込んでいたんだ」

「……」

「あの時、お前は『そろそろ千田が死ぬ』って言ったよな? で、続けてお前は『地雷がやっぱりあった』と口にした」

「それは、予想が確信に変わっただけで……」

「そもそもだ。どうして予想が出来た? そんな予想が出ること事態がまず、おかしいだろうが。オレは爆発の後のお前の言葉と説明に呑まれたけど、お前は爆発する前から、そう想像していたんだよな。だが、校庭に地雷が埋まっているなんて突拍子もないこと、爆発前から思いつけるはずもない。拳銃とか銃火器類が何も出てきていなかったあの時、ただ校庭の真ん中で教師の一部が爆発した、あれだけで地雷を想像することは、はっきり言って不可能だ。そんな所で地雷を口に出来るのは、そう思わせたい人だけだ。だからお前を疑った」

「……」

「千田が教室を出て行く所を見たのは誰だ? 最初の先生達が折り重なって爆破された時に逃げたであろう千田に、爆発物を取り付けた、もしくは爆発物が入った物を持たせた可能性があるのは、恐らくはそいつだ。未来には言わなかったが、真犯人が一年二組にいると推測した理由の一つが、実はそれだ。――その該当人物が誰だか、判るよな?」

「……」

「お前だ。お前しかいないんだ、そんな奴」


 太陽は強く言い放つ。



「これでチェックメイトだ――【真のエゴイスト】」



「――いいや。それはだ。太陽」



「……」


 完全に決めたと思っていた太陽は、一姫の返しに唖然とする。


「何を呆然としている」

「いや、だってさ、お前が【真のエゴイスト】だってことを証明したのにさ……ただのチェックって何だよ?」

「そのままの意味だ。お前の理論は、俺がエゴイストであると証明していない」


 一姫は腹部を抑えながら立ち上がる。


「ボーンだけでチェックをしたのは凄いが、残念なことに、お前のチェックした駒は俺が一歩下がれば済むだけの話だ」


「……どういうことだ?」

「どうもこうも、お前の論理なんか幾らでも言い訳出来るんだよ」


 一姫は肩を竦める。


「例えば――『』」


「なっ……」


「他にもあるぞ。『最初に思い込んでしまったから、おかしいってことにいつまでも気が付かなかった』――『地雷はないかもしれないけれど、百パーセントではない。だから無駄に希望を持たせないために言わなかった』」


「ぐっ……」


 一姫の言葉は、説得力があった。確かにそう言われれば、太陽は閉口せざるを得ない。


 チェックメイトではない。

 ――チェックですらなかった。


 甘い。自分は何て甘いんだ、と太陽は唇を噛み締める。

 あの程度のことで、鬼の首を取ったように得意気になって。

 一姫を追い詰めた気でいて――


「……まあ」


 一姫は深く溜め息を吐き、


「そこまで論理を組み立てたのは流石だな。ってことで教えてやる」


 告げる。



「俺は【真のエゴイスト】――



「……え?」

「これは事実だ。嘘ではない」

「そん、な……」


 太陽は信じられないという表情になる。

 直感であるが、太陽は感じていた。


 一姫のこの言葉が、真実であると。


「なら、オレは……お前を……」

「ん、でもあながち間違っちゃいないから、謝らなくていいぞ」

「……は?」

「ほぼ正解だったからな。……うん。もういいか。別に言っちゃっても」


 太陽は眼を丸くする。一姫は一人で納得したように頷くと、


「あのな、太陽。お前の言っていることはほとんど正しい。ただ、俺が【真のエゴイスト】であるってことだけは間違っている」

「は? どういうことだ?」



「俺は【真のエゴイスト】ではない。まあ、強いて造語するならば――【】ってとこだな」



「は? ウォッチャー?」

「観測者。事件を解決せずにただ成り行きを見守っていた」

「……どういうことだよ、おい」

「そのままの意味だ。俺は最初から、この事件を解決する気はなかった。……うん、違うな。始まる前から、既に解決していた、の方が正しいな」

「……オレには、お前の言っている意味がさっぱりと判らないぞ」

「もっと端的に話すと、この事件を考えたのは、実は俺だ」


 一姫はあっさりと認めた。


「おい、ちょっと待て! 結局、お前が黒幕ってことじゃねえか!」

「違う。事件は考えたが、黒幕ではない」

「意味が分からねえよ! 普通に考えて事件の首謀者だろうが!」

「首謀者ではない。提案もしていない。――勝手に見られただけだ」

「見られた?」

「ノート」


 一姫は単語だけ口にし、天井を見上げる。


「この事件の細かい仕組みなどを書いたノート。最近、何処かに無くしてしまったんだよ」

「……大金と一緒に、か?」

「何だ。もう理解したのか」


 今度は一姫が驚愕する。太陽は難しい顔のまま続ける。


「正直な話、あれだけの量の銃なんて普通は買えない。洋の金を使ってもな。だけど、そんな金を簡単に捻出出来る奴を、オレは一人だけ知っている」

「俺か。まあ、そうだな」


 ひどく簡単に、一姫は肯定する。


「洋を語る上での話では嘘を半分くらい言った。だが、まあ、俺にはあんな低い金額で売り買いを細かくするのは無理だ。あれの十倍や百倍以上の値段で取引している、と思ってくれ」

「俺には想像のつかない話だがな。で、いくら落としたんだよ」


「一億」


「……は?」

「うっかりしてな。一億とそのノートが入ったカバンを何処かに落としてしまってな」

「うっかりって問題じゃねえだろ、確信犯」

「そこはどう思っても結構。立証は出来るはずがないからね」


 嘯く一姫に、太陽は呆れたように軽く首を振る。


「お前の目的は、何だ?」

「この事件の目的か? それとも――止めなかったのはどういう目的だったのかってことか?」

「両方だ」

「じゃあ答えるが、前者はない。動機なんかない。だって俺は実行する気がなかったし」


「でも千田を殺しただろ?」

「殺したのは認めていない。知らん。勝手に体内が爆発したんじゃないか?」

「……」

「まあ、動機として考えられるとしたら――」


 一姫は言葉を並び立てる。


「吊り橋効果で恋人を生じやすくさせるってこともあるし、殺されるかもしれないっていうスリルを味わいたかったってのもあるかもな。学校に復讐する気があったのかもしれないし、担任教師をあらゆる手段で社会的に抹殺しようとしたが、理事長の息子故に揉み消されたため物理的に排除するしかなかったためなのかもしれない。はたまた、お前に挑戦状を叩きつけたかったかもしれない。もしかしたら、この学校の膿を排除するためかもしれないし、儲けのために事件を起こしたかもしれない。――どうだ? これだけ考えられるぞ」

「……そうか」


 太陽は興味なさそうに言う。幾つかは真実だろうが、今はどうでもいい。


「じゃあ、止めなかった目的は何だ?」

「それは単純な話で、見たかっただけだよ。俺の立てた計画が、どこまで進められるのかをな。まさかここまで持つとは思っていなかったけどな」

「お前が作ったのに、そう思うのか?」



「当たり前だ。だってこの計画を練ったのは――なんだからな」



「は? 五歳?」


 太陽は思わず素っ頓狂な声を放ってしまう。


「当たり前だろう。拳銃や爆薬を使う計画なんて子供しか考えないだろう。まさか俺も、あの計画が実行されるとは思ってもみなかったからな」

「だからどこまで実行されるか、試したかったんだな」

「あの計画は五歳の時に作っただけあって、穴だらけだったからな。地雷の件然り、犯人同士の絆然り。だから、すぐに終わると思っていた」

「それが予想外に伸びた、か」

「お前は俺が邪魔したけどな。だが、お前のような奴は、他のクラスにいなかったようだな」


 一姫は遠い眼をする。


「……やっぱり俺達がやらなくちゃいけないか」

「何をだ?」

「この学校の立て直し」


 深い溜め息を吐く一姫。


「テロ事件があった学校として、経営者は勿論、生き残った生徒も叩かれることになる。これからの学校生活、大変だぞ? 受験や就職、果てはスポーツの大会まで、全てに置いてこの事件が持ち込まれる」

「まあ、そうなるわな」

「で――ここからが予定だ」


 一姫は人差し指を廻す。


「俺は落ちに落ちたここの経営権を買い取る。そして理事長となり、この学校を建て直す」

「それがお前の目的だったのか?」

「さあ、どうだろうな」


 はぐらかす一姫は「……さて」と両手を広げる。


「これから俺をどうする? 俺を犯罪者として警察に言うか? 但し、証拠はないし、自白するつもりもない。まあ、自分で言うのもなんだけど危険な思想の持ち主だぞ。命よりも自分の計画がどうなるかについて興味があったくらいだからな。そんな狂って壊れた頭は、その手で持っている銃で撃ち抜けば機能を停止させられる」

「……」


 太陽は自分の手の中にある銃を凝視し、そして顔を上げないまま問う。


「……お前、反省していないのか?」

「反省? する訳ないだろう。俺は子供の頃に書いたノートとお金を落として、傍観者になっていただけだ。犯罪行為など、何一つしていない。教唆と言い張ることも出来るが、こっちも昔に書いた妄想ノートだと言い張れば、ま、何とか罪は逃れるだろうよ」

「つまり、司法ではお前を裁けない、ということか」


 その言葉と共に、銃口がゆっくりと一姫の頭に向けられる。


「そうだ。それでいい。お前は、そうするしかない」


 一姫は手を広げたまま、太陽に背を向ける。

「許しは請わない。助けは請わない。予定も、まあ、別にやる必要はないしな。この世への未練は……そうだな。久ぐらいだな。だが仕方ない。諦めたくないけれど諦めるしかないしな」

「……そうか。じゃあ、オレの答えを示そう」


 抑揚のない声で、太陽はそう告げる。


 同時に一姫は背中に衝撃を受けた。


「なっ……」


 彼は、驚きの声を上げていた。


「お前……どうして……」


 信じられないという様相を顔中に表しながら、一姫は振り返って訊ねる。


「どうして銃を……投げつけた?」

「銃は投げるもの、なんてな。実はこれで二回目なんだけどな」


 太陽はやれやれと首を振って、


「なあ、姫。洋とかについて、オレらはどうすると思っている?」

「犯人だと暴くんだろ?」

「その後は?」

「当然、この事件の犯人として警察に……」

「そこなんだよな」


 太陽は指を振る。



「オレ達は決めたんだ。――、ってな」



「……許す、だと?」


 信じられないという表情のままの一姫に、太陽は口端を歪める。


「まあ、条件があるけどな。兵頭豊、有田太一……おっと、犯人グループじゃなかったけど葉良先輩も含めたその三人――つまりは確実に殺人をしたと言える人達だな。あと個人的な恨みで犯人の一人の小島茂も含めて四人だな。そいつらに全て罪を被せて、残りの人達は全部、不問にするつもりだ。勿論――洋も、な」

「みんなは納得してくれたのか?」

「ああ。目に見えて殺人をした訳じゃないからな。心の中でどう思っているかは知らないけれど、一応は頷いてくれたさ。……ああ、そういえば千田以外の先生を殺したのは誰だか知らないけど、まあ、爆弾狂じゃない限り大丈夫だろうさ」

「……よく納得したな」

「まあな。一年二組はいい奴しかいないからな。口も堅いし。で、犯人グループの奴らは言う訳ないし、結局、各クラスで出された生贄は、三年五組の三山以外は、犯人グループの奴らにしたしな。放送していた奴もあの中の誰かだろうさ」

「……まあ、大体予想はついているけどな」


 ぼそり、と一姫はそう呟く。

 そこに対して言及することもできたが、既に終わった事件でもう誰なのか暴く必要性はないだろう、と判断して「ってな訳で」と太陽は続ける。


「お前も許す、って訳だ」

「……理屈じゃないのか?」

「理屈だろ?」

「何処が? 俺は元凶だぞ」

「元凶だろうが何だろうが、直接的に殺人はしていないだろ? 千田は勝手に爆発したんだし」

「……そう言ったのは俺だが、お前がそう言うのは――」

「――それに」


 太陽は、にっと笑う。


「約束したしな」

「約束?」


「【これから残酷なことを言うし、実行する。それでも――友達でいてくれるか】」


 千田が爆発する以前に、一姫が太陽に告げた言葉。

 その時は、千田を犠牲にしてクラスを纏める、という意味だと思っていた。

 だが全てが分かった今、その意味は変わってくる。


「友達なら許すべきだしな。多少の悪いことも」

「多少では……」

「んで、約束は守らねえとな。オレを殺しても友達でいるって言い切ったオレが悪い。それ以上ひどい状況なんて、そうそうないしな」

「……太陽」

「つーかさ」


 太陽は腰に手を当てて短く息を吐く。


「全く、論破されていないのに勝手に罪をべらべらと喋り、自分を殺すように仕向けやがってよ。お前は死にたいのか? それとも、オレを殺人犯にさせたいのか?」


 いや違うこっちか、と太陽は自問自答して答えを導き出す。


「ああ、そっか。オレにはお前は殺せないと思われていたのか。うん。なら、正解だ」

「……」

「でも、殺せないんじゃなくて殺さないんだからな」


 注釈を付ける太陽は、一姫に鋭い視線を向ける。


「お前、死んで楽になろうと思ったら大間違いだぞ。その予定とやらを口にしたってことは、どうせオレにお前の莫大な金を寄越して、自分が死んだ後はよろしく、ってするつもりだったんだろ? ふざけるな。持ち逃げするわ」

「……お前ならやってくれると思ったのにな」


 一姫は疲れた、というように肩に首をもたげる。


「面倒くさいんだよ。俺のノートが要因とはいえ、色々と面倒くさい。久に知られるのも嫌だし、死んだ方が楽」

「お前の中の久の割合、どんだけ高いんだよ……」

「少なくとも、自分の命よりは高いぞ」

「……そういうことを無表情で言えるお前はすげえよ」

「ま、結局は逃がさず、危険に晒してしまっているから説得力無いけれどな。あいつを学校に来させない方法が見つからなかった、ってのもあるけど」

「だからお前は学校に来て、一年二組を――久を守った」

「俺にとって都合のいい解釈だな」


 深く息を吐いて、一姫は座り込む。そんな彼に、太陽は上から問い掛ける。


「いつから、この事件が起きると気が付いた?」

「ノートと一億を落とした時からだ」

「嘘つけ。それは、起こそうと思っただけだろ? 実際に水面下で進行していると感じたのはいつだ?」

「一週間くらい前からだ。そこ辺りで、いじめられていた奴……犯人グループな、そいつらの行動がちょっとおかしかったからな。緊張していたんだろう」

「止めるつもりはなかったのか?」

「なかった。というか、金を落としたとはいえ、拳銃を用意出来ると思っていなかった。あと言うが、俺の計画では地雷は本当にあったんだぞ」

「だからか。地雷があるって言ったのは」

「そんな理由もあるだろうな」


 他人事のように言う一姫。

 そこで太陽は気が付く。


「お前……適当にその場に合わせたことを言っていただけだったんだな」

「何だ。今頃気が付いたのか」


 一姫は欠伸をする。


「生贄の時にしても、俺は死にたくなかったが、まあ、ああ言うしかなかっただろう。ああ、死にたくないという証明はこれで済むだろう?」


 一姫は自分の胸元を指さす。


「この防弾チョッキ、別に抜け出した際に身に着けたわけじゃなくて、俺の私物だからな。だからさっきまで実はつけていたのを忘れていた、ってのが真実だ」

「……そうなのか」

「そうだよ」


 一姫は肩をすくめるが、太陽は首を横に振る。


「そうじゃなくて、自分が元凶だと言ったのは……その……俺がお前を撃ったから、気にしないように……」

「そっちか。さあな。それはお前の自業自得だろ」


 一姫はふんと鼻を鳴らす。


「あんな理由しかないのに撃ちやがって。結果が正しかったからいいとしても、もう少し考えた方がいいぞ」

「ああ。だがオレは謝らんぞ」

「当たり前だ。謝る程ヘタレだとは思っていない」

「そうか。……じゃあ、汚名返上の質問を一つしてやろう」

「何だ?」


 太陽は人差し指を突きつける。


「お前、その計画を練ったというノートに、あと――幾つ計画を練ってある?」

「大小含めなければ、百以上ある」


 一瞬の静寂の間。


「……多すぎ」


 呆気に取られた表情の太陽。


「お前はあれか? 生まれながらの犯罪者の血でも流れているのか?」

「俺の親は普通のサラリーマンのはずだが……まあ、俺はそういう思考の持ち主だったんだよ。三歳から、つい最近まで書いていたしな。ま、一種のストレス解消法とでも思ってくれればいい」

「嫌な解消法だな……で、お前」


 太陽は訊ねる。


「この事件のような、そのノートが用いられた事件が他に発生しても、口を出すつもりはないんだな?」

「ああ。こちらに不利益さえなければ、基本的には傍観する」

「何でそんなことするんだよ?」

「理由は簡単だ。何故ならあれは、お前に勝つために書いたノートだからな」

「オレに……?」


 太陽が戸惑いの表情を見せる。


「お前が解決できない事件――迷宮入りしそうな事件を考えてやろうってのが、継続している理由だからな。事件を解決できない、イコール、お前の負けだからな」

「そんなくだらないことを……」

「まあ、くだらないけどな。とりあえず、自分の妄想が何処まで現実で通じるのか、そしてあのノートの中から、どんな計画なら実行出来ると思ったのか、ってことが知りたい。とても興味深い」

「つまり、オレに勝つってのは――」

「優先度はあまり高くないことだな。当然一番は、完全犯罪が達成出来るか、ってことだ」


 一姫の声は、相変わらず抑揚が少ない。

 だが、太陽は感じていた。

 一姫はとても楽しそうである。

 危険。

 頭の中で警告音が鳴る。

 一姫は、犯罪を楽しんでいる。

 完全犯罪を目論んでいる。

 そんな思想の奴は、消すべきだ。



「……親友じゃなきゃ、な」



「ん? 何か言ったか?」

「別に。大事なことじゃない」


 さて、と太陽は一姫に手を差し伸べる。

 一姫はその手を取り、立ち上がる。


「そろそろ体育館に行くか。流石にもう、全ては終わっているはずだから」

「その前に、放送するべきだろう。この事件は、終わったと」

「そうだった」


 頭を掻いて、太陽は進む。


「そんじゃあ、最後の仕上げと行きますか」

「……ああ」



 ――その時。



 太陽の眼に、今日初めて、一姫の満面の笑みが映った。

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