第40話 エゴイストの正体

◆ 体育館  五島 未来



「ナ……何ダコレハ……」


 黒仮面は、震えた声を放つ。



「何デ……!?」



 生贄に選ばれた者達は全員、銃口を黒仮面に向けていた。

 それらは本来は黒仮面ではなく、未来に向けられるべきだ。そう思っていた黒仮面は動揺で声を荒げるが、しかし大量の銃口を目の前にして、動くことは出来なかった。


「コレハ……ドウイウコトダ……?」

「こういうことですよ。貴方の言うことを聞く人なんて、この中にはいませんよ」


 彼女は両手を広げて悠々と微笑みながら立ち上がり、黒仮面を見返す。


「だってですね、ここにいる全員が――自分から生贄になったのですから」

「何、ダッテ……?」

「ついでに言いますと、私は怪我なんかしていません。おかしいと思わなかったのですか? ここまで元気な怪我人がいますか?」

「ジャア、ソノ血ハ……?」


ですよ」


 太陽は左手を怪我していた。

 それは未来を怪我させないようにした時にできた傷ではない。

 未来を――怪我していると見せかける時にできた傷だ。

 彼女の表層の血は、すべて太陽のものだ。

 未来は傷一つついていない。

 もちろん、太陽の自傷を彼女は認めていない。

 だが作戦を告げた直後に止める間もなく太陽は自分の左手を切り、どくどくと血を流し始めてしまった。故に、その行為を無駄にしないために、未来は渋々了承した。

 未来の顔が青かったのは、演技もあったが、太陽が怪我したことに対して心配していたからだった。


「量も少なかったからばれるかと心配しましたが、特にそういうこともなかったですね。ともかく――先程言われました、怪我をしたから生贄に立候補した、ということは、私は違いますからね」


 未来はくすりと笑う。その余裕の態度を見て、黒仮面はさらに動揺する。


「ドウシテ……何人カハコチラ側ナノニ……」

「そんな人はいませんよ」

「……エ?」


「いじめられていたために犯人グループに属し、――なんてする人はいませんよ」


「――ッ」


 その時、黒仮面は全てを悟った。

 未来は、この事件の全てを――判っている。


「何デダ……何デ裏切ッタ!」


 歯ぎしりをする音が、黒仮面の下から聞こえた。


「だから、裏切っていないのですって。元々、貴方の仲間なんていないのですから」

「ソンナコトハ――」

「強いて言えば」


 黒仮面の言葉を遮り、未来は語る。


「いじめていた人を殺したい、という弱い繋がりならば、裏切るなんて簡単だとは思いますね。ましてや――リーダーの顔も名前も、メンバーは知らないとなりますとね」

「クッ……」


 悔しそうな声を放つ黒仮面。そこに未来は追い打ちを掛ける。


「貴方がこういう行動に出ることは、あらかじめ分かっていました。だからこそ私達は、対策をしていたのです」

「対策? ソンナコトガドウシテ出来るンダヨ!」

「太陽君と対峙した犯人の一人に、グループ全員の名前を知っている人がいましてね。そこから、各クラスの犯人に交渉したのですよ」

「交渉? 何ヲダ?」

「太陽君の言葉をそのまま引用しますと、――『復讐と生きるの、どっちを諦めたい?』」


 仮面を被って侵入し。

 呼び出して脅して。

 自ら生贄になれと言われたと嘘をつかせ。

 全員をここに集めさせた。


「……脅シダロ」

「そうかもしれませんね。ですが、事件が終わっても犯人だということがバレない、というメリットが無くなれば、殺人をしていない人達が寝返るのは当然かと」

「……」

「もういいでしょう。貴方の計画は、ここでもう終わりなのですよ」


 押し黙る黒仮面に、未来は微笑みかける。


「屈伏して下さい。そろそろ銃を持っている人達の腕も限界です」

「ホウ。ソレハイイコトヲ聞イタ。ナラバ、ズットコノママデイヨウカ?」

「それに意味があるのならば、ですけれど」


 そう言って未来は、胸元から拳銃を取り出した。


「……何ヲスル気ダ?」

「私は躊躇なく撃ちます。貴方が怪しい真似をすれば」

「君ニ撃テルト思エナイガ」

「あら。私のことを良く知っていますね」

「……」

「失言ではないですよ。私は貴方の正体も把握していますから」


 黒仮面の身体が少し揺れる。


「……ドウシテ」

「犯人グループの特徴と、私達のクラスだけ、先生がクラスの人数に含まれていたことからです。――ああ、そういえば」


 思い出したかのように、未来は告げる。


「警備員さんと先生の大半は監禁されていましたよ」


 犯人の名前を全て知っている人――有田太一はそのことを言わなかったが、太陽は最初から、ある事に気が付いていた。

 肉片が足らない。

 爆破で吹き飛んだとはいえ、あまりにも死体が少なすぎる。クラスの担任だけで考えても二十八人以上はいるはずなのに、あの程度の量で済むはずがない。そこから、先生達は全員死んだと思わせて実は生きているのではないかという推測に至った。そのため、兵頭豊を確認するまでは犯人グループが先生達ではないかと思っていたのだが。

 結局、生きてはいても被害者であった先生達は、音楽室に監禁されていた。


「場が混乱するので、まだ解放はしていませんが……まあ、それは置いておきましょう。とにかく、一年二組だけは先生がクラスの人数に含まれていました。一体、それは誰の指示だったのでしょうか?」

「……僕ノ指示。ソレデモ、僕ガ一年二組以外ノ人ダトイウコトクライシカ判ラナイダロウ」

「逆ですよ。詳しい説明は省きますが、先生を殺害したことにより、一年二組は他のクラスより安全になったのです。だから、そんな指示を出した貴方は、一年二組に属している可能性が高いのでは、と推測していました」

「ドウイウ理屈ダヨ」

「しかし、実際にそうでしょう?」

「……」


 黒仮面は答えない。

 未来は諦めたように溜め息を吐く。


「もういいですよ。仮面を外して下さい」

「……」

「意地でも外さないのですか? それとも、私がはったりで貴方を知っているなどと口にしていると思っているのですか?」

「……」

「分かりました。では、貴方にこう訊ねることで、それが真実だと証明いたしましょう」


 未来は人差し指を黒仮面に突き付ける。



「どうして太陽君は、私をここに連れて行く際の手助けに――【】を選んだと思いますか?」



「……ッ!」

「たまたま適当に選んだとは思いませんよね?」

「マサカ……」


「そうです。いじめられていた経験があって――最初に泣き事を口にしていて――役に立たないと自分で口にして――自分が生贄になろうとしていたのでしょう? ですが、私や一姫君の所為で予定が狂い、この場に来ることも難しくなった。最初は意図していませんでしたが、貴方が犯人だと判った所からは、全部、計算づくで行動していますよ」


「ジャア……アノ時ノハ……」

「ええ。私達はわざと貴方をここに呼び寄せたのです。生贄となったこの私の手助けとして、自然と、教室の外に出られるようにするために。貴方に――尻尾を出させるために」


 そう言って未来は、ポケットから携帯電話を取り出し、左手だけで操作する。

 と――次の瞬間。


「ナ……何デ……」


 黒仮面はひどく狼狽する。


「言ったでしょう。貴方が犯人であることは、知っているのです」


 未来は左手で後ろを示す。



「―― 



 未来の背後。

 そこにあった体育館の扉が開き、太陽と一姫、そして犯人を除いた一年二組の面々が集まっていた。

 太陽の指示により、クラスのみんなには未来の看病に行く振りをさせて、真実と、この計画を伝えていた。


 ――


 集まってきた皆の手には何も持っていない。

 だが、意思は持っている。

 意志を持って、その場にいる。

 いるだけで、他に何もしていない。

 だが、それでも――


「ウ……」


 黒仮面に、大きな重圧感を与えていた。


「――よう」


 その中から、久が未来の傍まで駆け寄ると、黒仮面に向かって笑いを飛ばす。


「エゴイスト、ってまだ呼んだ方がいいのか?」

「……」

「何だ、だんまりか? 往生際が悪いな。あたしはそういうの嫌いだ」


 そう言いながら、久は黒仮面に近づいて行く。


「久ちゃん」

「大丈夫だって。殺しはしないよ」

「そうではないです」

「危険だってか? 大丈夫」


 ニヒルに笑い、久は歩みを止めずに舞台の下まで辿り着く。


「見上げるのは何かあれだな。ちょっと待ってろ。あたしがそこに行くまで、その手の銃は納めておけ」

「……」


 黒仮面は身を硬直させ、じっと久を見る。その間に、彼女は壇上に登る。


「じゃあまず、その銃を寄越せ」


 上がるなり、彼女はそう言って左手を出した。


「……何故、ソウシナクテハナラナイ?」

「あたしに危険が及ばせないために決まっているだろ」

「ソレナラバ、断ル」


 黒仮面は銃口を久の額に押し当てる。


「ほう。まだ抵抗する意思があるのか」


 久は、力強く黒仮面を睨み返す。


「どうした? 引き金引いてみろよ」

「……ッ」


 久が黒仮面に銃口を突き付けられている。

 黒仮面は、人差し指を動かすだけで久を殺せる。

 対する久は、腕を組んでじっと見返すだけ。

 しかしそんな状況でも、誰がどう見ても、優位に立っているのは久だった。


「ま、試しにやってみろ。そしたらさ――」


 そして、


「お返しに――あたしがお前を殺してやるよ」

「――ッ!」


 その言葉にて、二人の駆け引きは完全に決着した。

 強がりにも聞こえるその言葉だったが、その時の久の表情が決定的だった。


「……ドウシテ」


 黒仮面のその声は震えていた。


「ドウシテ……笑ッテイルンダヨ……」

「うん? ああ。怖いだろ?」


 答えになっていない答えを、久は口にする。


「相手が絶対的ピンチの時なのに微笑まれると、底知れない恐怖が湧き上がってくるだろ? しかもこう説明された所で、もう恐怖を取り除けないだろ? それを狙ったんだ」

「……ソウカ」


 そう呟いて、黒仮面は、銃を後ろに投げ捨てた。


「対峙シテ判ッタヨ。僕ニハ……覚悟ガ足リナカッタ。君ヤ五島サン、太陽君ニ一姫君ヲ敵ニ廻ス覚悟ガ、ネ」

「そっか。じゃあ、あたし達の勝ちだな」

「ソノ――通りだね」


 黒仮面は、その象徴たる仮面を脱ぎ棄て、素顔を見せる。


「僕の完全なる敗北だよ」



 黒仮面を付けていた彼――




 億里 洋は、穏やかな表情で両手を上げた。

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