第13話 拳 VS ナイフ

◆ 八木 久



「逃げたか、オッケーオッケー」


 満足そうに頷く久。

 そして彼女は廊下の端で倒れている葉良に眼を向ける。


「どうだ? 拳は最強だろ」

「ええ。確かにそうかもね。結構きたわ。お腹にも――頭にも」


 葉良は大きく深呼吸を一度して、器用に身体のバネを使って立ち上がる。それを見ながら、久は太陽達が進んだ方向を背にする形で移動する。


「赤ちゃんがいたらどうするのよ?」

「さっき言ってた渡先輩って人の子? うわっ、もうそこまでいってたのかよ? きゃーいやらしいわーへんたーい」

「いっていないから、後悔しまくっているのよ。あの人、いい意味でも悪い意味でも誠実な人だったからね。私もそうだったし」

「へえ。そうだったんだね。意外」

「そういう貴方は?」

「彼氏いない奴にそういう経験があると思う?」

「最近の子はあるんじゃないの? 友達ってだけで。九条君ともヤってるんじゃないの?」

「いやいやないから。そういうあんただって、彼氏いてもしてないじゃん」

「それはそうだったわ。うっかりしていたわ」

「だろ? 最近の高校生は、メディアが言うほど乱れていないって」

「そうね。メディアにも困ったものね」



「まあ、大量殺人鬼の女子高生はいるけどな」

「あら。その殺人鬼を吹き飛ばせる女子高生もいるわよね」



「あっはっは。だよな」

「うふふ。そうね」


 二人は仲が良さそうに笑い合う。


「さて先輩」

「ええ後輩」


「そろそろ、始めますか」

「ええ。始めましょう」


 ふう、と二人は同時に息を吐く。



「後悔しろよな、先輩」

「死になさい、後輩」



 二人は向き合い、構える。

 葉良はナイフの先端を向ける。

 久はファイティングポーズを取る。

 そして数秒間の静寂の後――互いが、互いに向かって猛進する。

 お互いの眼には、相手しか映っていなかった。

 向かってくる相手の手元。

 顔。

 足元。

 胴体。

 その挙動を見て、瞬時に対応した行動へと移るべく、脳が電気信号を切り替え続ける。

 一瞬のこと。

 とても高度な勝負。

 だからこそ、二人はお互いしか見られなかった。

 お互いに集中をせざるを得なかった。


 故に――彼女は気が付かなかった。

 背後からくる、その者の接近を。


「っ!」


 振り向くことさえできなかった。

 反応するのが、精一杯だった。


 ストン、と彼女の後ろ首に手刀が入れられた。


 綺麗に。

 鮮やかに。

 彼女は、前のめりに倒れた。

 防御する間もなく。

 顔面から、倒れて行った。

 ――それを見て。

 彼女と対面していた者は、足を止め、乱入者の名を呼ぶ。


「……太陽」


「言っただろ? 後ろからなら先輩を一撃で倒すことができる自信があるって」


 太陽は爽やかな笑顔を、久に見せつけた。

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